ショックの外傷患者を検査室へ運ぶな―ベッドサイドで出血源を探すFASTの意味
第109回医師国家試験 E問題 第63問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
67歳の男性。交通事故で受傷したため搬入された。 現病歴:道路を歩いて横断中,自動車に衝突され跳ね飛ばされ転倒した。直ちに救急車が要請された。救急隊到着時,意識は清明で右殿部を痛がり,歩行不能であった。四肢に明らかな麻痺はなかった。救急車で救命救急センターに搬送された。 既往歴:高血圧症で内服治療中。 生活歴:妻と2人暮らし。定年退職後は無職。日常生活は自立し毎朝の散歩を日課にしていた。 家族歴:父親が高血圧性脳内出血で死亡。母親が認知症。 現症:病院到着時は不穏。体温36.0℃。心拍数136/分,整。血圧70/38 mmHg。呼吸数32/分。SpO2 95%(リザーバー付マスク10 L/分 100%酸素投与下)。右腰部に皮下出血がみられ,仙骨部に圧痛を認める。腹部は平坦で,軽度の反跳痛を認める。外尿道口から出血を認める。
この患者にポータブルエックス線撮影を指示した。 次に優先すべき検査はどれか。
- a.腰椎MRI
- b.頭部単純CT
- c.腹部血管造影
- d.骨盤部造影CT
- e.迅速超音波検査〈FAST〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
高エネルギー外傷で頻脈と低血圧を伴うショック状態の患者では、JATECのprimary survey(ABCDEアプローチ)に沿って、まず循環の評価と出血源の検索を行います。Cの段階で行う画像検査は、胸部・骨盤ポータブルエックス線撮影とFASTの3点セットで、FASTはベッドサイドで短時間に繰り返し施行でき、心嚢・胸腔・腹腔の液体貯留を検出して治療方針を決めます。CT、MRI、血管造影など移動を伴う検査は、ショックが続く段階では優先せず、循環が安定してからsecondary surveyや止血治療の一環として行います。不穏は低血圧があればまず脳灌流低下を考え、外尿道口出血があれば尿道損傷を疑って盲目的な尿道カテーテル挿入を避けます。「ショック患者を検査室へ運ばない」という原則は、外傷診療の安全を支える基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・受傷機転: 歩行中に自動車にはねられて跳ね飛ばされた。歩行者対自動車の事故で、身体が跳ね飛ばされるほどの衝撃は高エネルギー外傷に当たり、見た目以上に重い損傷が隠れている前提で診療を進める。 ・現場では意識清明だったが、病院到着時は不穏になっている。頭部外傷の進行も否定はできないが、同時に著しい低血圧があることから、まずはショックによる脳灌流の低下を考える。 ・循環: 心拍数136/分、血圧70/38 mmHg。頻脈と低血圧がそろっており、明らかなショック状態である。外傷によるショックの大部分は出血性(循環血液量減少性)ショックである。 ・呼吸: 呼吸数32/分と頻呼吸で、リザーバー付マスクで高流量酸素を投与してもSpO2 95%にとどまる。ショックに伴う代償性の頻呼吸も含まれるが、呼吸の評価も継続が必要である。 ・局所所見: 右殿部痛で歩行不能、右腰部の皮下出血、仙骨部の圧痛は骨盤骨折を強く示唆する。外尿道口からの出血は尿道損傷(骨盤骨折に合併しやすい)を示す。腹部は平坦だが軽度の反跳痛(腹膜刺激症状)があり、腹腔内損傷・腹腔内出血の可能性も残る。 ・高齢者であり、高血圧治療中である。降圧薬(特にβ遮断薬)で頻脈が出にくい、抗血小板薬や抗凝固薬を内服している可能性がある、などの理由で、高齢者の外傷は急に悪化しやすい。
診断へのプロセス
外傷患者のショックでは、出血源として胸腔内出血・腹腔内出血・後腹膜出血(主に不安定型骨盤骨折)の3つをまず考える(外表から見える外出血と長管骨骨折も合わせて確認する)。本例は外見上の損傷が骨盤から右殿部に集中しており、骨盤骨折による後腹膜出血が最も疑われる。ただし反跳痛もあるため、腹腔内出血の合併も否定できない。
設問の考え方
日本の外傷初期診療ガイドライン(JATEC)では、まず生命を脅かす異常を見つけて処置する primary survey(A: 気道、B: 呼吸、C: 循環、D: 中枢神経障害、E: 脱衣と体温管理)を行う。Cの評価の段階で行う画像検査は、ベッドサイドで短時間にできる「胸部・骨盤のポータブルエックス線撮影」と「FAST」の3点セットである。本問ではすでにポータブルエックス線撮影が指示されているので、次に優先すべきはFASTである。CT、MRI、血管造影など患者を検査室へ移す必要のある検査は、循環が安定しない段階では原則として行わず、secondary survey(全身の詳しい診察と精査)以降、または止血治療の一環として行う。
選択肢考察
- ×a. 腰椎MRI
四肢に麻痺はなく、脊髄損傷を疑わせる所見は乏しい。そもそもMRIは撮像に時間がかかり、検査室への移動が必要で、撮像中はモニタリングや蘇生処置がしにくい。血圧70 mmHgのショック患者に対して優先して行う検査ではない。脊椎の評価は循環が安定してからCTなどで行う。
- ×b. 頭部単純CT
到着時の不穏は、現場で意識清明だったことと著しい低血圧を合わせて考えると、まず出血性ショックによる脳灌流低下が疑われる。JATECでも、ショックの蘇生を優先し、頭部CTは循環が安定した後の secondary survey の最初に行うのが原則である。頭部外傷の可能性は残るので後で撮影を検討するが、現時点で優先する検査ではない。
- ×c. 腹部血管造影
血管造影は、骨盤骨折や実質臓器損傷からの動脈性出血に対して経カテーテル動脈塞栓術(TAE)を行う際の治療手段として用いる。出血源がどこにあるか(腹腔内か、後腹膜か)を把握しないまま最初に行う検査ではない。まずFASTで腹腔内出血の有無を確かめ、その結果によって開腹止血とTAEのどちらを優先するかを判断する。
- ×d. 骨盤部造影CT
骨盤骨折の型や造影剤の血管外漏出(extravasation)の確認に有用で、治療方針を決めるうえで重要な検査である。しかしCT室への移動を伴うため、ショックが続く状態では原則として行わない。輸液などへの反応を見て循環がある程度安定したら、secondary survey の中で行う検査である。
- ○e. 迅速超音波検査〈FAST〉
FAST(focused assessment with sonography for trauma)は、初療室のベッドサイドで数分以内に施行でき、繰り返し行える超音波検査である。心嚢液・胸腔内の液体貯留・腹腔内の液体貯留(モリソン窩、脾周囲、膀胱直腸窩など)を調べ、ショックの原因となる心タンポナーデや体腔内出血を見つける。primary survey のCの段階で、胸部・骨盤ポータブルエックス線撮影と組み合わせて行う標準的な検査である。本例は骨盤骨折が強く疑われるが、反跳痛もあり腹腔内出血の合併も否定できない。腹腔内出血があれば開腹止血が優先されるなど治療方針が変わるため、次に行うべき検査はFASTである。
JATECの primary survey(ABCDEアプローチ)
・A(Airway): 気道の開通を確認する。頸椎を保護する。 ・B(Breathing): 呼吸を評価し、緊張性気胸、大量血胸、フレイルチェスト、開放性気胸などを見つけて処置する。 ・C(Circulation): ショックを見つけて、その原因を探す。2本の静脈路を確保して初期輸液を行い、胸部・骨盤ポータブルエックス線撮影とFASTで出血源(胸腔・腹腔・後腹膜)を検索する。 ・D(Dysfunction of CNS): GCSと瞳孔所見、片麻痺の有無を確かめ、「切迫するD」(脳ヘルニアの徴候など)があれば secondary survey の最初に頭部CTを行う。 ・E(Exposure and Environmental control): 全身を脱衣させて観察し、保温して低体温を防ぐ。
外傷性ショックの出血源
大量出血の源となりやすいのは、胸腔、腹腔、後腹膜(骨盤骨折)である。これに外出血と長管骨骨折(特に大腿骨)を加えて検索する。胸腔内出血は胸部エックス線とFAST、腹腔内出血はFAST、骨盤骨折は骨盤エックス線で評価する。
FASTの観察部位
心嚢、右胸腔、モリソン窩(肝と右腎の間)、左胸腔、脾周囲、膀胱直腸窩(女性ではダグラス窩)を順に観察し、液体貯留(エコーフリースペース)の有無を確かめる。FASTは液体を検出する検査であり、後腹膜の出血や臓器損傷そのものの評価は苦手である。状態が変化すれば繰り返し行う。
骨盤骨折と尿道損傷
骨盤骨折では、特に男性で後部尿道(膜様部)の損傷を合併しやすい。外尿道口からの出血、会陰部の血腫、前立腺の高位浮動などがあれば尿道損傷を疑い、尿道カテーテルを盲目的に挿入してはならない。
POINT
・高エネルギー外傷でショックの患者には、JATECのABCDEアプローチで対応する。 ・primary survey のCで行う画像検査は、胸部・骨盤のポータブルエックス線撮影とFASTの3点セットである。 ・外傷性ショックの主な出血源は、胸腔・腹腔・後腹膜(骨盤骨折)の3か所である。 ・CT、MRI、血管造影など移動を伴う検査は、ショックが続いている段階では優先しない。 ・現場で意識清明だった患者が不穏になった場合、低血圧があればショックによる脳灌流低下をまず考える。
