StudyMed医師国家試験

「個人情報ですが非常事態なので」―意識のない患者を救う情報連携と守秘義務の例外

第109回医師国家試験 C問題 第25問

国試問題にチャレンジ

第109回 C問題 第25問

52歳の男性。意識障害のため搬入された。勤務していた工場で作業中に倒れ,同僚が119番と110番に通報し救急搬送された。搬入時,意識レベルはJCSⅢ-300。体温41.0℃。脈拍120/分,整。血圧80/50 mmHg。呼吸数28/分。搬入時には家族に連絡がとれず既往歴や生活歴が分からなかった。同僚から患者は不眠症で複数の医療機関から薬を処方されていたようだとの話があった。熱中症を疑い,状況を確認するため連絡した問い合わせ先と,その返答とを表に示す。 問い合わせ先 返答 ①   救急隊員  現場の状況を医師に伝えるのは救急隊員の役割ではありません。 ②   警察官  発症現場でなく,病院を所轄する警察署が取り扱うべき事件です。 ③   産業医  事業所の労働環境の管理は産業医の職務でも責任でもありません。 ④   かかりつけ医  一般に睡眠導入薬は熱中症に影響せず,私には無関係です。 ⑤   かかりつけ  薬局の薬剤師  個人情報ですが非常事態なので調剤の内容を伝えます。 正しいのはどれか。

  1. a.①
  2. b.②
  3. c.③
  4. d.④
  5. e.⑤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、意識のない高体温の患者さんを前に、診断の手がかりを誰からどう集めるかという問題だ。医学的な鑑別と同時に、各職種の役割と、守秘義務・個人情報保護のルールが問われている。まずは、この患者さんで何を鑑別したいかから考えてみよう。
医学生医学生
工場で作業中に倒れて41℃、深昏睡でショックなので、まずは熱射病だと思います。
ドクタードクター
そうだね、熱中症の最重症型をまず考える。ただ、意識障害に40℃を超える高体温を伴う病態はほかにもある。同僚の話も踏まえると、何が気になる?
医学生医学生
不眠症で複数の医療機関から薬をもらっていたという点です。精神科の講義で習った悪性症候群が頭に浮かびました。
ドクタードクター
いい着眼点だ。悪性症候群は抗精神病薬などで起こり、高熱、筋強剛、意識障害、CK上昇が特徴になる。睡眠目的で抗精神病薬が処方されていることもあるし、複数の医療機関にかかっていれば薬が重複している可能性もある。ちなみに悪性高熱症はどうかな。
医学生医学生
麻酔科の実習で習いました。揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウムが誘因なので、作業中の発症なら考えにくいですね。
ドクタードクター
その通り。つまり鑑別と治療方針のためには、「現場の環境がどうだったか」と「実際に何の薬を飲んでいたか」の2つの情報が欠かせない。本人には聞けず、家族にも連絡がつかない。だから周囲の職種に問い合わせるわけだ。では、それぞれの返答が正しいかを見ていこう。まず救急隊員の「現場の状況を伝えるのは役割ではない」という返答は?
医学生医学生
救急外来の実習では、救急隊の方が現場の様子やバイタルの推移を申し送ってくれていました。だから誤りだと思います。
ドクタードクター
正解。救急隊員は、発生現場の状況、接触時の状態、行った処置などを医師に引き継ぐのが重要な役割だ。作業場の暑さや、現場に薬の空き包装が落ちていなかったかといった情報は、熱中症と薬剤性の病態を見分ける手がかりにもなる。次に警察官の「病院を所轄する警察署が扱うべき」という返答は?
医学生医学生
搬送先の病院で管轄が決まるのは、なんとなく違和感があります。
ドクタードクター
その感覚で正しい。事件や事故は原則として発生地を管轄する警察署が扱う。現場の確認や保全をするのは、工場のある地域の警察なんだ。続いて産業医の「労働環境の管理は職務でも責任でもない」という返答。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、産業医は職場巡視をして作業環境を管理すると習いました。むしろ本来の仕事ですよね。
ドクタードクター
そう。労働安全衛生法令では、作業環境や作業の管理、健康障害の原因調査と再発防止が産業医の職務とされている。暑熱環境での熱中症対策はまさに産業医の領域だ。では、かかりつけ医の「睡眠導入薬は熱中症に影響しないから無関係」という返答は?
医学生医学生
睡眠薬なら体温にはあまり関係なさそうな気もしてしまいます。
ドクタードクター
そこが引っかかりやすいところだね。睡眠目的で抗精神病薬や抗コリン作用のある薬が使われることがある。抗コリン作用は発汗を抑えて体温調節を妨げるし、抗精神病薬なら悪性症候群のリスクもある。鎮静で体調の異変に気づきにくくなることもある。何より、かかりつけ医は処方内容や既往歴を最もよく知る立場だから、「無関係」と断じて情報提供を拒むのは誤りだ。
医学生医学生
最後の薬剤師さんの返答ですが、調剤内容は個人情報ですよね。本人の同意なしに伝えて大丈夫なんでしょうか。
ドクタードクター
大事な疑問だ。薬剤師には刑法134条の守秘義務があり、調剤内容は個人情報保護法でいう要配慮個人情報にあたる。ただし、個人情報保護法では「人の生命、身体又は財産の保護のために必要があり、本人の同意を得ることが困難なとき」は、同意なしで第三者に提供できると定めている。意識がなく命に危険がある患者の治療に処方情報が必要な今回は、その典型例だ。守秘義務の例外となる「正当な理由」にもあたる。だから、この薬剤師の返答が正しい。
医学生医学生
守秘義務は絶対ではなく、本人の同意か正当な理由があれば開示できる、ということですね。
ドクタードクター
その通り。正当な理由には、感染症法などの法令に基づく届出や、チーム医療内での情報共有も含まれる。さらに、かかりつけ薬局は複数の医療機関からの処方を一元的に把握できるのが強みだ。お薬手帳とあわせて、救急の現場では非常に頼りになる情報源なんだ。
医学生医学生
救急外来で、お薬手帳を持っている患者さんだと情報収集がずっと早かったのを思い出しました。
ドクタードクター
実感があるのはいいことだ。臨床では、意識障害+高体温を見たら、冷却や循環管理を進めつつ、環境要因と薬剤歴を同時に洗い出す。そして情報を持っている人たちが、それぞれの役割に応じて協力し合う。個人情報保護は大切だけれど、命を守るための情報連携を妨げるものではない、という原則を押さえておこう。

まとめ

意識障害と高体温をきたす重症疾患として、熱射病、悪性症候群、悪性高熱症などを鑑別し、そのためには発症現場の環境と服薬内容の情報が欠かせません。救急隊員は現場の状況を医師に引き継ぎ、事件は発生地を管轄する警察署が扱い、産業医は作業環境の管理や健康障害の原因調査を担い、かかりつけ医は処方内容を最もよく知る立場にあります。医師や薬剤師には刑法134条の守秘義務がありますが、本人の同意か正当な理由があれば開示でき、個人情報保護法でも生命・身体の保護に必要で本人の同意を得ることが困難な場合は同意なしの情報提供が認められています。そのため、非常事態として調剤内容を伝えたかかりつけ薬局の薬剤師の対応が正しいことになります。各職種の役割と守秘義務の例外を理解しておくことは、救急医療で迅速に情報を集め、多職種で連携するための基本となります。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・52歳男性。工場で作業中に倒れ、救急搬送された。 ・JCSⅢ-300: 痛み刺激にまったく反応しない深昏睡である。 ・体温41.0℃: 生命に関わる著しい高体温である。 ・脈拍120/分、血圧80/50 mmHg、呼吸数28/分: 頻脈・低血圧・頻呼吸があり、ショック状態である。 ・家族と連絡がとれず、既往歴や生活歴は分からない。同僚によると、不眠症で複数の医療機関から薬を処方されていたらしい。

鑑別の考え方

急な意識障害に40℃を超える高体温を伴う重症疾患として、熱射病(熱中症の最重症型。日本救急医学会の分類ではⅢ度)、悪性症候群、悪性高熱症を考える。このほか、甲状腺クリーゼ、中枢神経感染症、セロトニン症候群、薬物中毒なども鑑別に挙がる。 ・悪性高熱症: 全身麻酔中や麻酔後に揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウムが誘因となって起こる。本例は作業中の発症で、麻酔とは関係がない。 ・熱射病: 作業中の発症と経過から十分に考えられる。ただし、作業場が高温多湿だったかどうかの情報はまだない。 ・悪性症候群: 抗精神病薬などの向精神薬で起こる。複数の医療機関から処方を受けていたなら、抗精神病薬を含む向精神薬が出されていた可能性や、薬が重複していた可能性がある。 鑑別にも治療方針の決定にも、「現場の環境がどうだったか」と「実際にどの薬をどれだけ服用していたか」の情報が欠かせない。本人から話を聞けず、家族にも連絡がとれないので、関係する職種や機関から情報を集める必要がある。

設問の考え方

表の5つの返答のうち、各職種の役割や法的な位置づけに照らして正しいものを選ぶ問題である。医療・薬事に関わる職種には守秘義務があり、個人情報保護法の規制もある。しかし、意識のない患者の生命を守るために必要で、本人の同意を得ることが難しい場合には、本人の同意なしで情報を提供することが認められている。救急隊員、警察官、産業医、かかりつけ医の返答は、いずれもそれぞれの本来の役割を否定しており、誤りである。

選択肢考察

  1. ×a.  ①

    救急隊員は、傷病者を医療機関に引き継ぐとき、発生現場の状況、接触時の状態、バイタルサインの推移、行った処置などを医師に伝える。これは救急隊員の重要な役割である。本例では、作業場の温度・湿度、倒れたときの様子、現場に残っていた薬の空き包装などが、熱中症と薬剤性疾患を区別する手がかりになりうる。「伝えるのは役割ではない」という返答は誤りである。

  2. ×b.  ②

    事件や事故は、原則として発生地を管轄する警察署が扱う。工場で倒れた本例では、現場の状況を確認・保全するのは発症現場の所轄警察である。搬送先の病院の所在地で担当が決まるわけではない。また、警察官職務執行法では、応急の救護が必要な人を発見した警察官がその人を保護することと、家族などへの連絡や関係機関への引き継ぎを定めている。「病院を所轄する警察署が扱うべき」という返答は誤りである。

  3. ×c.  ③

    労働安全衛生法と労働安全衛生規則は、産業医の職務として、作業環境の維持管理、作業の管理、健康障害の原因の調査と再発防止策などを定めている。産業医は定期的に作業場を巡視し、有害なおそれがあれば事業者に改善を勧告できる。暑熱環境での作業による熱中症の予防や発生時の対応は、まさに産業医が関わるべき分野である。「職務でも責任でもない」という返答は誤りである。

  4. ×d.  ④

    かかりつけ医は、自分が処方した薬の種類・量・服用状況や患者の既往歴について、最も詳しい情報をもっている。「睡眠導入薬」として抗精神病薬や抗コリン作用のある薬が使われることもある。抗コリン作用は発汗を抑えて体温調節を妨げ、熱中症を起こしやすくする。抗精神病薬では悪性症候群も起こりうる。鎮静作用で体調の異変に気づきにくくなったり、水分補給が遅れたりすることもある。薬剤が熱中症に影響しないとは言いきれず、「無関係」と断じて情報提供を拒む返答は誤りである。

  5. ○e.  ⑤

    薬剤師には刑法第134条による守秘義務がある。調剤の内容は、個人情報保護法でいう個人情報、さらに要配慮個人情報にあたる。しかし個人情報保護法では、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」は、本人の同意なしで第三者に提供できる(第27条第1項第2号)。本例は、意識がなく生命に危険のある患者の診断と治療に、処方内容の情報が必要な場面である。これは守秘義務の例外となる「正当な理由」にあたる。複数の医療機関の処方をまとめて把握できる、かかりつけ薬局ならではの役割でもあり、この返答は適切である。

守秘義務と個人情報保護

・刑法第134条(秘密漏示罪): 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士などが、正当な理由なく業務上知った人の秘密を漏らすことを罰する。看護師、保健師、診療放射線技師、臨床検査技師などには、それぞれの資格法に守秘義務の規定がある。 ・守秘義務が解除される主な場合: 本人の同意がある場合と、正当な理由がある場合。正当な理由には、法令に基づく届出・報告(感染症法による届出、麻薬及び向精神薬取締法による届出など)、チーム医療の中での情報共有、本人や第三者の生命・身体を守るための開示がある。 ・個人情報保護法では、本人の同意を得ずに個人データを第三者に提供できる例外を定めている(第27条第1項。2022年施行の改正前は第23条)。①法令に基づく場合、②人の生命・身体・財産の保護のために必要で、本人の同意を得ることが困難な場合、③公衆衛生の向上や児童の健全な育成の推進のために特に必要で、本人の同意を得ることが困難な場合、④国の機関などの法令上の事務に協力する必要がある場合などである。意識障害のある救急患者の情報照会は、②の典型例である。

意識障害+高体温をきたす重症疾患

・熱中症(熱射病): 高温環境や作業による。深部体温の上昇に中枢神経症状を伴う。日本救急医学会の分類で重症度はⅠ〜Ⅲ度(2024年にⅣ度が追加された)に分けられる。高齢、脱水、抗コリン薬・抗精神病薬・利尿薬などの内服が危険因子である。 ・悪性症候群: 抗精神病薬の開始・増量や、抗パーキンソン病薬の急な中止などで起こる。高熱、筋強剛、意識障害、自律神経症状(頻脈、発汗、血圧変動)、CK上昇が特徴である。治療は原因薬の中止、全身冷却、補液、ダントロレンの投与などである。 ・悪性高熱症: 揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウムが誘因となる、遺伝性の骨格筋の異常(RYR1遺伝子変異など)による。急激な体温上昇、筋強剛、呼気終末二酸化炭素濃度の上昇がみられる。治療薬はダントロレンである。

各職種の役割

・救急隊員: 現場の状況と、搬送中の患者の状態・処置を医師に正確に引き継ぐ。 ・産業医: 労働者の健康管理、作業環境・作業の管理、職場巡視、健康障害の原因調査と再発防止を担う。 ・かかりつけ薬局の薬剤師: 複数の医療機関からの処方を一元的・継続的に把握し、重複投与や相互作用を確認する。

POINT

・生命に危険がある緊急時で本人の同意を得られない場合、個人情報を同意なしで提供することは個人情報保護法で認められている。守秘義務の例外となる「正当な理由」にもあたる。 ・刑法第134条は医師・薬剤師などの守秘義務を定めているが、本人の同意か正当な理由があれば情報を開示できる。 ・救急隊員は現場の状況を医師に伝え、産業医は作業環境の管理に関わる。事件は発生地を管轄する警察署が扱う。 ・意識障害+高体温では、熱射病、悪性症候群、悪性高熱症を鑑別する。服用している薬の情報が重要である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。