授乳をやめれば防げる感染、防げない感染―HIVとHTLV-1が母乳で問題になる理由
第109回医師国家試験 B問題 第35問
国試問題にチャレンジ
児への直接の授乳を避けることで母乳を介した母子感染予防効果がある病原体はどれか。2つ選べ。
- a.E型肝炎ウイルス
- b.インフルエンザウイルス
- c.ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
- d.ヒトパピローマウイルス〈HPV〉
- e.ヒトT細胞白血病ウイルス〈HTLV-Ⅰ〉
対話形式の解説
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ドクターまとめ
母子感染には胎内感染、分娩時感染、経母乳感染の3経路があり、授乳を避けることで感染を確実に減らせるのは、母乳中の感染リンパ球を介してうつるレトロウイルスのHIVとHTLV-1です。HTLV-1はキャリアの多くが母乳感染によるもので、完全人工栄養により児の感染率を大きく下げられ、数十年後の成人T細胞白血病・リンパ腫の発症予防につながります。HIVは人工栄養に加え、妊娠中の抗レトロウイルス療法、選択的帝王切開、新生児への予防投与を組み合わせることで母子感染率を1%未満にできます。一方、E型肝炎ウイルスは経口感染、インフルエンザは飛沫・接触感染、HPVは接触感染(母子間では産道感染)が主で、授乳中止の意義はありません。病原体ごとの感染経路を押さえることは、妊婦健診でのスクリーニングと母親への栄養法の説明という実際の臨床判断に直結します。
解答・解説
正解はc, eです
母子感染(垂直感染)のうち、母乳を介する経路(経母乳感染)が重要な病原体を選ぶ問題である。
母子感染の3つの経路
・胎内感染:主に胎盤を通る(経胎盤感染)。例:風疹ウイルス、サイトメガロウイルス、トキソプラズマ、梅毒トレポネーマ。 ・分娩時感染:主に産道を通過する際に児が母体の血液や分泌物に触れて感染する(経産道感染)。例:B型肝炎ウイルス、B群溶血性レンサ球菌、単純ヘルペスウイルス、HPV。 ・経母乳感染:母乳中の病原体、特に感染したリンパ球などの細胞とともに児に移る。
考え方
直接授乳を避ける(人工栄養にする)ことで感染を確実に減らせるのは、母乳が感染経路として大きな比重を占める病原体である。その代表が、リンパ球に感染するレトロウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)とHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)である。どちらも母乳中の感染細胞を通じて児に感染し、授乳期間が長いほど感染率が上がる。日本ではいずれも妊婦健診でスクリーニングが行われ、陽性の場合は授乳方法の指導が母子感染予防の柱となる。 一方、経口感染や飛沫感染、接触感染が主な経路の病原体では、授乳を中止しても感染予防の意味は乏しい。
選択肢考察
- ×a. E型肝炎ウイルス
誤り。E型肝炎ウイルス(HEV)は主に経口感染する。加熱不十分なブタ・イノシシ・シカなどの肉やレバーの摂取、流行地域での汚染された飲料水が原因となり、まれに輸血による感染も報告されている。母乳を介した感染は問題とならず、授乳を避ける対策はとられない。なお、妊婦がE型肝炎に罹患すると劇症化しやすいことが知られている。
- ×b. インフルエンザウイルス
誤り。インフルエンザウイルスは主に飛沫感染・接触感染で広がり、母乳による感染は問題にならない。母親が罹患しても、手洗いやマスク着用などの感染対策を行ったうえでの授乳は可能であり、抗インフルエンザ薬の多くは授乳中にも使用できる。母親の症状が強い間は搾乳して他の人が与える方法もあるが、これは母乳ではなく母親との密接な接触による飛沫感染を避けるための工夫である。
- ○c. ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
正しい。HIVは血液・精液・腟分泌液・母乳に感染を成立させるだけのウイルス量が含まれ、母子感染は胎内・分娩時・母乳の3経路で起こる。母乳による感染を防ぐため、人工乳が安全に使える日本のような環境では授乳を行わず人工栄養とする。これに、妊娠中からの抗レトロウイルス療法、選択的帝王切開、新生児への抗ウイルス薬予防投与を組み合わせることで、母子感染率は1%未満にまで下げられる。
- ×d. ヒトパピローマウイルス〈HPV〉
誤り。HPVは皮膚や粘膜の微小な傷からの接触感染(多くは性行為)で広がり、尖圭コンジローマ、子宮頸癌などの原因となる。母子感染は主に分娩時の産道感染であり、児に若年性の再発性呼吸器乳頭腫症(喉頭乳頭腫)を起こすことがある。母乳を介した感染は問題とならず、授乳を避ける意義はない。
- ○e. ヒトT細胞白血病ウイルス〈HTLV-Ⅰ〉
正しい。HTLV-1は成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)やHTLV-1関連脊髄症(HAM)の原因ウイルスであり、感染経路には母子感染・性行為・輸血があるが、キャリアの多くは母乳を介した母子感染による。長期間母乳を与えた場合の児の感染率は十数%〜約20%とされ、完全人工栄養にすると数%程度まで下がる。ATLは感染から数十年を経て発症するため、乳児期の感染を防ぐことが発症予防上もっとも重要である。日本では妊婦健診で抗体検査を行い、キャリアの母親には完全人工栄養を基本として勧める(十分な説明のうえで短期間の母乳栄養を選ぶ場合もある)。
母乳を介して感染しうる主な病原体
HIV、HTLV-1のほか、サイトメガロウイルス(CMV)、風疹ウイルス、EBウイルス、ムンプスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスなどが母乳中に検出される。ただし、授乳中止が推奨される代表はHIVとHTLV-1である。CMVは母乳を介して児に移ることが多いが、正期産の健康な児ではほとんどが不顕性感染に終わるため、通常は授乳を制限しない(極低出生体重児などでは凍結処理した母乳を用いるなど配慮することがある)。
HTLV-1母子感染予防の要点
・妊婦健診で抗体スクリーニングを行い、陽性ならウエスタンブロット法やLIA法、PCR法などで確認する。 ・キャリア妊婦には、授乳方法による感染リスクの違いを説明したうえで栄養法を選んでもらう。完全人工栄養が最も確実であり、基本として勧められる。 ・人工栄養でも感染がゼロにならないのは、胎内・分娩時にも少数ながら感染が起こるためである。
HIV母子感染予防の要点
・妊娠初期に抗体スクリーニングを行う。スクリーニング検査は偽陽性があるため、確認検査で診断する。 ・妊娠中の抗レトロウイルス療法、選択的帝王切開、人工栄養、新生児への予防投与を組み合わせる。
POINT
・母乳を介した母子感染対策として授乳を避ける代表はHIVとHTLV-1である。 ・HTLV-1のキャリアの多くは母乳感染による。完全人工栄養で感染率は大きく下がる。 ・HIVは抗ウイルス療法・帝王切開・人工栄養・新生児予防投与の組み合わせで母子感染率を1%未満にできる。 ・HEVは経口感染、インフルエンザは飛沫感染、HPVは接触感染(母子間は産道感染)が主である。
