上を向けないのは「下」の筋のせい―眼窩吹き抜け骨折で挟まれる下直筋
第108回医師国家試験 I問題 第62問
国試問題にチャレンジ
17歳の男子。1か月前に左眼部に野球のボールが当たり,複視が消失しないため来院した。上方視をさせた時の写真を別に示す。 眼球運動障害の原因となっている筋はどれか。

- a.上直筋
- b.下直筋
- c.内直筋
- d.外直筋
- e.上眼瞼挙筋
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
ボールなどによる眼部の鈍的外傷で眼窩内圧が急上昇すると、薄い眼窩壁が外方へ抜ける眼窩吹き抜け骨折が生じ、その好発部位は下壁、次いで内壁です。下壁骨折では下直筋とその周囲組織が骨折部に挟み込まれて伸展できなくなり、反対方向である上転が機械的に制限されるため、上方視で複視が出現します。このように障害された運動方向と原因となる筋の作用は逆になる点が要点で、内壁骨折で内直筋が挟まれれば外転が障害されます。診断にはCT冠状断と牽引試験が有用で、眼球陥凹や眼窩下神経領域の知覚低下も伴いやすく、若年者の閉鎖型骨折では外見所見が乏しくても眼球心臓反射を伴えば緊急手術を要します。外眼筋の作用と眼窩の解剖を結びつけて考えることは、眼科外傷の診療だけでなく救急や形成外科の場面でも役立つ基礎となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・17歳男子、1か月前に左眼部へ野球のボールが直撃した(眼窩部への鈍的外傷)。 ・受傷後1か月たっても複視が残っている。 ・上方視をさせた写真では、右眼は十分に上を向いているのに対し、左眼は上転が不十分で下方に取り残されている(左眼の上転障害)。眼瞼下垂や明らかな眼球突出はみられない。
診断へのプロセス
眼窩の開口部より大きいボールや拳が眼部に当たると、眼窩内圧が急激に上昇し、眼窩壁のうち最も薄い部分が外側へ抜けるように折れる。これが眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)である。骨折の好発部位は、上顎洞の天井にあたる眼窩下壁(眼窩底)で、次いで篩骨洞に接する眼窩内壁(篩骨紙様板)である。 下壁が骨折すると、眼窩内の脂肪組織や、下壁に接して走る下直筋(およびそれを包む結合組織)が骨折部に落ち込み、挟み込まれる(絞扼・嵌頓)。下直筋は本来、眼球を下に向ける筋であるが、骨折部に引っかかって伸びることができなくなるため、反対方向である上方へ眼球を動かそうとしても下に引っ張られたままとなり、上転障害が生じる。これにより上方視で複視が出現する。 上転障害をきたす他の病態として、甲状腺眼症(下直筋の肥大・線維化による)、動眼神経麻痺、Brown症候群(上斜筋腱の滑動障害)なども挙がる。しかし本例は明確な外傷歴があり、甲状腺眼症に典型的な眼瞼腫脹・眼球突出・眼瞼後退はなく、動眼神経麻痺でみられる眼瞼下垂・内転や下転の障害・散瞳の記載もない。したがって、左眼窩下壁の吹き抜け骨折による下直筋の絞扼が最も考えやすい。
設問の考え方
「眼球運動障害の原因となっている筋」は、上転という動作を担う筋(上直筋・下斜筋)ではなく、骨折部に挟まって眼球の動きを妨げている筋を問うている。障害されている運動方向とは反対方向に作用する筋が、骨折部位に近接して挟まれている、と考えるのが要点である。
選択肢考察
- ×a. 上直筋
上直筋は眼球を上転させる筋であり、上直筋そのものが麻痺していれば上転障害は生じうる。しかし本例は眼窩部への鈍的外傷後の複視であり、筋の神経麻痺ではなく骨折部への筋の絞扼が原因と考えるのが自然である。上直筋は眼窩上壁に接するが、上壁(前頭蓋底に面する厚い骨)は吹き抜け骨折の起こりにくい部位である。仮に上壁骨折で上直筋が挟まれたとしても、制限されるのは反対方向の下転であり、本例の上転障害とは合わない。
- ○b. 下直筋
吹き抜け骨折で最も多いのは眼窩下壁の骨折である。下壁に接する下直筋やその周囲組織が骨折部に挟み込まれると、下直筋が伸展できなくなり、反対方向である上方への眼球運動が機械的に制限される。本例の左眼上転障害と上方視時の複視はこの機序で説明でき、運動障害の原因となっている筋は下直筋である。牽引試験(forced duction test:点眼麻酔下で結膜ごと眼球を鑷子でつまみ、他動的に上転させる検査)を行うと抵抗がみられ、筋麻痺ではなく機械的な制限であることを確認できる。
- ×c. 内直筋
内直筋は眼窩内壁(篩骨紙様板)に接しており、内壁骨折は下壁骨折に次いで多い。内壁骨折で内直筋が挟まれると、主に反対方向の外転が制限される(内転も障害されうる)。本例で問題となっているのは上転障害であり、水平方向の運動障害は示されていないため該当しない。
- ×d. 外直筋
外直筋は眼窩外壁に接するが、外壁は頬骨・蝶形骨からなる厚く丈夫な骨で、吹き抜け骨折はまれである。外直筋が障害されれば外転障害や、挟み込みによる内転障害といった水平方向の異常が生じるはずで、本例の上転障害とは合わない。
- ×e. 上眼瞼挙筋
上眼瞼挙筋は上眼瞼を持ち上げる筋で、眼球そのものを動かす外眼筋ではない(動眼神経支配)。障害されると眼瞼下垂をきたすが、眼球運動障害や複視の原因にはならない。写真上も眼瞼下垂は目立たない。
外眼筋の作用と支配神経
・内直筋:内転(動眼神経) ・外直筋:外転(外転神経) ・上直筋:上転(外転位で最も強く働く)、内旋・内転(動眼神経) ・下直筋:下転(外転位で最も強く働く)、外旋・内転(動眼神経) ・上斜筋:下転(内転位で最も強く働く)、内旋・外転(滑車神経) ・下斜筋:上転(内転位で最も強く働く)、外旋・外転(動眼神経) ・上眼瞼挙筋:開瞼(動眼神経)。眼球運動には関与しない。
眼窩吹き抜け骨折の概要
・機序:ボール(野球・テニス・サッカーなど)や拳による眼部への鈍的外力で眼窩内圧が急上昇し、薄い眼窩壁が外方へ抜ける。壁が先に壊れることで衝撃が分散され、眼球破裂が避けられるという側面もある。 ・好発部位:下壁(上顎洞側)が最多、次いで内壁(篩骨洞側)。 ・症状:複視(下壁骨折では上転障害による上方視時の複視が典型的)、眼球陥凹(眼窩容積の拡大による)、眼窩下神経の障害による頬部〜上口唇の知覚低下、眼瞼腫脹・皮下出血、鼻をかんだ際の眼瞼気腫。 ・検査:CT(特に冠状断)で骨折部位と上顎洞への組織の脱出を確認する。牽引試験(forced duction test)で機械的な運動制限を評価し、Hess赤緑試験で眼球運動障害を定量的に記録する。 ・特殊型:小児・若年者では骨が弾力に富むため、骨片が一度開いてすぐ閉じる「閉鎖型(trapdoor型)骨折」が起こりやすい。外眼筋が強く絞扼され、外表の所見が乏しい(white-eyed blowout fracture)にもかかわらず高度の眼球運動障害を示し、眼球心臓反射による徐脈・悪心・嘔吐を伴うことがある。筋の虚血壊死を防ぐため緊急手術の適応となる。 ・治療:軽度の運動障害は腫脹の軽快とともに改善することがあり、経過観察も選択肢となる。筋の絞扼が明らかな場合、複視が改善しない場合、眼球陥凹が目立つ場合などは、脱出した組織を眼窩内に戻し骨欠損部を再建する手術(眼窩壁再建術)を行う。本例のように受傷後1か月たっても複視が残る例は手術を検討する。
POINT
・眼窩吹き抜け骨折の好発部位は下壁(最多)>内壁。 ・下壁骨折では下直筋が骨折部に挟まれ、反対方向の上転が障害される(上方視で複視)。 ・「障害された運動方向」と「原因の筋」は逆方向になる(挟まれた筋が伸びられない)。 ・その他の所見:眼球陥凹、眼窩下神経領域(頬部)の知覚低下。診断はCT冠状断、牽引試験で機械的制限を確認。 ・若年者の閉鎖型(trapdoor型)骨折は外見所見が乏しくても筋絞扼が強く、眼球心臓反射を伴えば緊急手術。
