場所も時期もバラバラな白質病変―多発性硬化症を見抜く「空間」と「時間」
第108回医師国家試験 I問題 第52問
国試問題にチャレンジ
26歳の男性。歩行困難を主訴に来院した。痙性歩行,上下肢腱反射亢進およびBabinski徴候陽性を認める。頭部単純MRIのT2強調水平断像(A)(B),Aと同一断面の頭部造影MRIのT1強調水平断像(C)及び頸椎単純MRIのT2強調矢状断像(D)を別に示す。血清の抗アクアポリン4抗体は陰性である。 最も考えられるのはどれか。

- a.神経膠腫
- b.転移性腫瘍
- c.視神経脊髄炎
- d.多発性硬化症
- e.進行性多巣性白質脳症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年者に錐体路徴候があり、MRIで脳室周囲白質の卵円形病変、脳幹病変、短い脊髄病変が複数部位にみられ(空間的多発性)、造影される新しい病変と造影されない古い病変が混在する(時間的多発性)場合は、多発性硬化症を考えます。最も重要な鑑別は視神経脊髄炎で、抗アクアポリン4抗体陽性、3椎体以上の長大な脊髄病変、重い視神経炎、女性に多いことが区別のポイントです。神経膠腫は単発の腫瘤、転移性脳腫瘍は皮髄境界のリング状造影病変、進行性多巣性白質脳症は免疫不全を背景とした造影されない皮質下白質病変が典型で、本例とは合いません。インターフェロンβが視神経脊髄炎を悪化させうるように、両者の鑑別は治療選択に直結するため、画像と抗体を組み合わせた診断の考え方を確実に身につけておくことが重要です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・26歳の若年男性で、歩行困難を主訴とする。 ・痙性歩行、上下肢の腱反射亢進、Babinski徴候陽性は、いずれも上位運動ニューロン(錐体路)の障害を示す徴候である。上肢にも所見が及ぶことから、病変は頸髄以上のレベルに存在すると考えられる。
画像所見
・A(頭部T2強調水平断):側脳室周囲の白質に、境界明瞭な卵円形の高信号病変が複数みられる。脳室に接する、あるいは脳室近傍の白質に散在する卵円形病変は脱髄病変の典型像である。 ・B(頭部T2強調水平断、中脳レベル):中脳にも高信号病変がみられ、テント下(脳幹)にも病変が存在する。 ・C(Aと同一断面の造影T1強調像):Aでみられた病変のうち一部だけが造影される。造影効果は血液脳関門が破綻した活動性(新しい)病変を示し、造影されない病変は古い病変と考えられる。すなわち新旧の病変が同時に存在し、時間的多発性を示す。 ・D(頸椎T2強調矢状断):頸髄内に高信号病変があるが、その長さは1椎体程度の短い病変で、脊髄の腫大も目立たない。
診断へのプロセス
脳室周囲白質・脳幹(テント下)・脊髄と、中枢神経の異なる部位に病変があり(空間的多発性)、造影される病変とされない病変が混在する(時間的多発性)。若年発症の中枢神経脱髄疾患としてまず多発性硬化症(MS)が考えられる。 鑑別として最も重要なのは視神経脊髄炎(NMO、視神経脊髄炎スペクトラム障害:NMOSD)であるが、血清抗アクアポリン4(AQP4)抗体が陰性であり、脊髄病変も3椎体以上に及ぶ長大病変ではないため否定的である。腫瘍性病変や日和見感染症(進行性多巣性白質脳症)は、年齢・臨床背景・画像所見から考えにくい。以上より多発性硬化症が最も考えられる。
選択肢考察
- ×a. 神経膠腫
神経膠腫(グリオーマ)は脳実質に発生する原発性脳腫瘍で、通常は単発の腫瘤性病変として現れ、周囲に浮腫や圧排所見(mass effect)を伴う。本例のように脳室周囲白質・脳幹・頸髄に小さな卵円形病変が多数散在する像は腫瘍としては非典型的であり、大脳と脊髄の両方に多発することもまれである。
- ×b. 転移性腫瘍
転移性脳腫瘍は中高年に多く、原発巣(肺癌、乳癌など)の存在が前提となる。26歳で原発巣を示す情報もない。脳転移は血行性に到達するため皮質と白質の境界(皮髄境界)に好発し、周囲に強い浮腫を伴ってリング状や結節状に造影されることが多い。脳室周囲に並ぶ卵円形病変という分布は非典型的で、脊髄髄内への転移もまれである。
- ×c. 視神経脊髄炎
視神経脊髄炎(NMOSD)はアストロサイトの足突起に存在する水チャネルであるアクアポリン4に対する自己抗体(抗AQP4抗体)が病態の中心となる疾患で、多くの例で血清抗AQP4抗体が陽性となる。女性に多く、重度の視神経炎と、3椎体以上に連続する長大な脊髄病変(longitudinally extensive transverse myelitis:LETM)が特徴である。本例は男性で、抗AQP4抗体陰性、脊髄病変も1椎体程度と短く、脳室周囲の卵円形病変はむしろMSに典型的であるため考えにくい。
- ○d. 多発性硬化症
多発性硬化症(MS)は中枢神経の髄鞘が自己免疫機序で繰り返し障害される脱髄疾患で、20~30歳代の若年成人に好発する。本例では、脳室周囲白質、脳幹(中脳)、頸髄(短い病変)という複数部位に病変があり空間的多発性を満たす。さらに造影MRIで造影される活動性病変と造影されない陳旧性病変が同時に存在し、時間的多発性も示される。錐体路徴候はこれらの病変による錐体路障害で説明でき、抗AQP4抗体陰性で視神経脊髄炎も否定的であることから、MSが最も考えられる。
- ×e. 進行性多巣性白質脳症
進行性多巣性白質脳症(PML)は、JCウイルスがHIV感染症、悪性腫瘍、免疫抑制薬・生物学的製剤の使用などによる細胞性免疫低下を背景に再活性化し、オリゴデンドロサイトに感染して脱髄を起こす予後不良の疾患である。本例には免疫不全の背景がない。画像では皮質下白質(U線維を含む)に非対称で融合傾向のある病変が主体で、通常は造影されず浮腫も乏しい。脊髄病変はまれで、本例の画像とは一致しない。
多発性硬化症(MS)の概要
・中枢神経(大脳・小脳・脳幹・脊髄・視神経)の白質に脱髄病変が時間的・空間的に多発する自己免疫性疾患。若年成人(20~30歳代)の女性にやや多い。日本の有病率は欧米より低いが増加傾向にある。 ・症状:視神経炎(視力低下、眼球運動時痛)、錐体路徴候、感覚障害、小脳失調、膀胱直腸障害、内側縦束(MLF)症候群、Lhermitte徴候(頸部前屈で背部から四肢に電撃痛が走る)、Uhthoff現象(体温上昇で症状が一過性に悪化する)など。 ・病型:再発寛解型が最も多く、のちに二次性進行型へ移行することがある。はじめから進行する一次性進行型もある。
診断(McDonald診断基準の考え方)
臨床症状とMRIにより空間的多発性(dissemination in space)と時間的多発性(dissemination in time)を証明し、他疾患を除外する。 ・空間的多発性:脳室周囲、皮質または皮質直下、テント下、脊髄(2017年改訂以降は視神経も含めた議論がある)のうち2か所以上にT2病変がある。 ・時間的多発性:造影される病変と造影されない病変が同時に存在する、または経過中に新たな病変が出現する。脳脊髄液のオリゴクローナルバンド陽性も時間的多発性の代わりとして用いることができる(2017年改訂)。 ・MRIの典型像:側脳室に垂直に伸びる卵円形病変(Dawson's fingers)、脳梁病変、短い脊髄病変(2椎体未満)。
MSとNMOSDの比較
・抗体:MSは特異的抗体なし/NMOSDは抗AQP4抗体陽性が多い ・性差:NMOSDは女性に著しく多い ・脊髄病変:MSは短い(2椎体未満)/NMOSDは3椎体以上の長大病変 ・視神経炎:NMOSDでは重症で両側性のことが多い ・脳病変:MSは脳室周囲の卵円形病変が典型/NMOSDは脳病変が乏しいか、第三・第四脳室周囲や延髄最後野など非典型的 ・治療:急性期はいずれもステロイドパルス療法、無効時は血漿交換。再発予防はMSではインターフェロンβ、フィンゴリモド、ナタリズマブ、オクレリズマブなどの疾患修飾薬、NMOSDではステロイド・免疫抑制薬や抗補体・抗IL-6受容体・抗CD20抗体などを用いる。インターフェロンβはNMOSDを悪化させることがあるため鑑別が治療上重要である。
関連事項
ナタリズマブなどMSの疾患修飾薬の使用中にPMLが発症することがあり、両疾患は治療上の関連がある。
POINT
・若年者の錐体路徴候+脳室周囲白質の卵円形T2高信号病変+テント下・脊髄病変 → 多発性硬化症を考える。 ・造影病変と非造影病変の混在は時間的多発性を示す。複数部位の病変は空間的多発性を示す。 ・視神経脊髄炎との鑑別点:抗AQP4抗体陽性、3椎体以上の長大な脊髄病変、重症視神経炎。 ・PMLは免疫不全を背景にJCウイルスで起こり、皮質下白質中心で通常造影されない。 ・転移性脳腫瘍は皮髄境界に好発し、周囲浮腫とリング状造影を伴う。
