眠れない夜の理由を聴く―死別後の不眠に「薬より先に」すべきこと
第108回医師国家試験 F問題 第16問
国試問題にチャレンジ
70歳の女性。不眠が続くことを主訴に家族とともに来院した。2週前から不眠に対して抗不安薬を投与されているが,改善しないため受診した。本日,家族の話で,1か月前に夫と死別したばかりであることが判明した。 まず行うべき対応として適切なのはどれか。
- a.経過観察する。
- b.患者の話を傾聴する。
- c.抗認知症薬を追加投与する。
- d.抗不安薬を抗精神病薬に変更する。
- e.精神科への医療保護入院の手続きを進める。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
配偶者との死別後に生じる不眠は、多くの場合、悲しみや思慕などとともに現れる自然な悲嘆反応の一部であり、症状だけを標的に薬を追加・変更しても改善しにくいことがあります。まず行うべきは患者の話を傾聴することで、共感的な傾聴は支持的精神療法として悲嘆の過程を支えると同時に、うつ病の合併や希死念慮の有無を評価する手段にもなります。認知症や精神病症状、自傷他害の危険を示す所見がなければ、抗認知症薬・抗精神病薬の使用や医療保護入院の適応はありません。持続的な抑うつや強い自己否定感があればうつ病を、長期にわたる強いとらわれがあれば遷延性悲嘆症を考え、高齢者へのベンゾジアゼピン系薬の漫然とした使用は避けます。症状の背景にある生活の変化に目を向ける姿勢は、あらゆる診療科で求められる基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・70歳の女性。主訴は持続する不眠。 ・2週前から抗不安薬を処方されているが効果がない。 ・家族からの情報で、1か月前に夫を亡くしていたことが初めて明らかになった。 ・幻覚・妄想、興奮、自傷他害のおそれ、記憶障害などの認知機能低下を示す記載はない。
考え方
配偶者との死別は、人生で経験するストレスのなかでも最も大きなものの一つとされる。死別後に不眠・食欲低下・悲しみ・故人への思慕などが出現するのは、多くの場合「悲嘆反応(grief)」という自然な心の反応である。本例では、不眠の背景にある心理的要因が把握されないまま、症状だけを標的に抗不安薬が投与され、効果が得られていなかったと考えられる。 したがって最初にすべきことは、薬を足したり替えたりすることではなく、患者本人から死別の経緯や現在の気持ち(悲しみ、後悔、孤独感、今後の生活への不安など)を十分に聴き取ることである。傾聴には二つの意味がある。一つは、共感的に話を聴くこと自体が支持的精神療法として悲嘆の過程を支える治療的効果をもつこと。もう一つは、評価(アセスメント)としての意味で、通常の悲嘆反応の範囲なのか、うつ病の合併、希死念慮(死にたい気持ち)、アルコール依存、身体疾患などが隠れていないかを見極める材料になることである。高齢で配偶者を失った人は、うつ病や自殺の危険が高まる集団でもあるため、話を聴く中でこれらを確認することが重要である。 以上から、まず行うべき対応は「患者の話を傾聴する」である。
選択肢考察
- ×a. 経過観察する。
誤り。すでに2週間の薬物療法で改善せず、本人と家族が困って受診している状況である。何も働きかけずに様子を見るだけでは、不眠の原因である死別のストレスに向き合うことにならず、うつ病の発症や希死念慮といった危険な兆候を見逃すおそれもある。悲嘆反応の多くは時間とともに和らぐが、それは話を聴いて状態を評価したうえで判断すべきことであり、最初の対応として何もしないのは適切でない。
- ○b. 患者の話を傾聴する。
正解。不眠の背景に1か月前の夫との死別という強い心理的ストレスがあることが判明した以上、まず患者が死別をどう受け止め、どのような気持ちで過ごしているかを本人の言葉で聴く必要がある。共感的な傾聴は支持的精神療法として悲嘆からの回復を支えるとともに、うつ病の合併や自殺の危険性の有無を評価する手がかりにもなる。心理的原因が明らかな不眠では、精神療法的な関わりを軸とし、薬物療法は補助と位置づけるのが基本である。
- ×c. 抗認知症薬を追加投与する。
誤り。物忘れ、見当識障害、日常生活能力の低下など、認知症を疑わせる情報は問題文にない。抗認知症薬(ドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチン)は認知症の診断に基づいて使う薬であり、不眠の治療薬でもない。むしろコリンエステラーゼ阻害薬は不眠や悪夢などの睡眠障害を副作用として起こしうる。
- ×d. 抗不安薬を抗精神病薬に変更する。
誤り。抗精神病薬は、幻覚・妄想などの精神病症状や強い精神運動興奮、せん妄などに用いる薬であり、本例にはそれを示す症状がない。高齢者では錐体外路症状(パーキンソン症状)、過鎮静、転倒、誤嚥などの副作用が問題となりやすく、根拠なく使うべきではない。薬の種類を変えても、不眠の根本にある死別の悲しみに対応したことにはならない。
- ×e. 精神科への医療保護入院の手続きを進める。
誤り。医療保護入院は、精神保健福祉法に基づき、精神保健指定医が診察して医療と保護のために入院が必要と判断したにもかかわらず、本人が精神障害のために入院に同意できない状態にある場合に、家族等の同意を得て行う非自発的入院である。本例は不眠のみで、判断能力の障害や自傷他害の危険を示す記載はなく、入院の適応はない。まず外来で話を聴き、評価を行う段階である。
悲嘆反応(死別反応)
死別後には、悲しみ、故人への強い思慕、不眠、食欲低下、集中力低下、罪悪感、怒りなどが見られる。これらは正常な反応であり、多くは数か月から1年ほどの経過で次第に和らぎ、喪失を受け入れて新しい生活に適応していく(喪の作業)。
通常の悲嘆と区別すべき状態
・うつ病:悲嘆では悲しみが故人を思い出したときに波のように押し寄せるのに対し、うつ病では気分の落ち込みや興味・喜びの喪失が持続的で、強い自己否定感(自分には価値がない)を伴いやすい。死別後であってもうつ病の診断基準を満たせば治療対象となる。 ・遷延性悲嘆症(遷延性悲嘆障害):故人への強い思慕やとらわれが長期間続き、日常生活に大きな支障をきたす状態。ICD-11では死別後少なくとも6か月、DSM-5-TRでは成人で少なくとも12か月の持続が目安とされる。 ・希死念慮:配偶者を亡くした高齢者は自殺のリスクが高まるため、「後を追いたい」などの気持ちがないか確認する。
高齢者の不眠と薬物療法の注意
高齢者の不眠は、身体疾患、服用薬、心理的ストレス、生活環境の変化(転居、配偶者の死など)など多様な原因で起こる。まず原因を探り、睡眠衛生指導や心理的支援を優先する。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬は、高齢者ではふらつき・転倒、せん妄、認知機能低下、依存などを招きやすく、漫然とした使用は避けるべきである。
医療保護入院の要件(精神保健福祉法)
①精神保健指定医の診察により、精神障害者であり医療と保護のため入院が必要と判断されること、②精神障害のために本人が任意入院に同意できない状態であること、③家族等の同意があること。
POINT
・不眠などの症状の背景に死別などの心理的ストレスが判明したら、まず患者の話を傾聴する。 ・傾聴は支持的精神療法であると同時に、うつ病・希死念慮の有無を評価する手段でもある。 ・心理的要因が明らかな不眠では精神療法的対応が基本で、薬物療法は補助である。 ・認知症や精神病症状を示す所見がなければ、抗認知症薬や抗精神病薬を使う理由はない。 ・医療保護入院は、指定医が入院の必要を認め、本人が同意できず、家族等が同意した場合の非自発的入院である。
