意識のない自殺企図患者を前にして―リスボン宣言が示す「待たずに救う」根拠
第108回医師国家試験 F問題 第12問
国試問題にチャレンジ
自殺を図り意識のない患者に医学的侵襲を伴う処置が緊急に必要となった。患者の家族にはまだ連絡がとれていない。医学的侵襲を拒絶するような患者の事前の確固たる意思表示は確認できていない。 リスボン宣言に基づく対応として正しいのはどれか。
- a.患者家族の到着を待つ。
- b.直ちに処置を開始する。
- c.倫理委員会の判断を待つ。
- d.自殺企図の患者は処置しない。
- e.患者の事前の意思表示を確認するまで待つ。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
リスボン宣言の原則4「意識のない患者」では、意思表明できない患者には可能な限り法的代理人から同意を得るとしつつ、代理人がおらず医学的侵襲が緊急に必要な場合は、事前の確固たる拒否の意思表示がない限り同意があるものと推定してよいとしています。さらに、自殺を企図して意識を失った患者については、医師は常に救命に努めるべきと明記されており、家族の到着や倫理委員会の判断、事前意思の確認を待つことなく直ちに処置を始めるのが正しい対応です。救命後は、再企図防止のため精神科的な評価と支援につなげることが重要です。リスボン宣言は患者の権利、ヘルシンキ宣言は医学研究の倫理、ジュネーブ宣言は医師の誓いと区別して押さえておくと、医療倫理の問題全般に対応しやすくなります。
解答・解説
正解はbです
問われていること
自殺企図によって意識を失った患者に、侵襲を伴う処置を緊急に行う必要がある場面で、世界医師会(WMA:World Medical Association)の「患者の権利に関するリスボン宣言」がどのような対応を求めているかを問う問題である。
状況の整理
・患者は意識がなく、自分で同意・拒否の意思を示せない。 ・家族(法的代理人になりうる者)とは連絡がとれていない。 ・処置は緊急に必要であり、待てば生命に危険が及ぶ。 ・その状況での侵襲を拒否する、事前の確固たる意思表示は確認されていない。
リスボン宣言の該当部分
リスボン宣言の原則4「意識のない患者」は、おおむね次の内容を定めている。 (a) 患者が意識不明などで意思を表明できない場合、可能な限り法的な代理人からインフォームド・コンセントを得なければならない。 (b) 法的代理人がおらず、しかも医学的侵襲が緊急に必要とされる場合には、患者の同意があるものと推定してよい。ただし、その状況での侵襲を拒否する確固たる意思表示が事前に明らかな場合は除く。 (c) しかしながら、医師は自殺を企図して意識を失った患者の生命を救うよう、常に努力すべきである。 本問の状況は(b)の「代理人不在+緊急性あり+拒否の事前意思表示なし」にそのまま当てはまり、同意は推定される。さらに(c)により、自殺企図であることは救命を控える理由にならず、むしろ救命に努めることが明記されている。したがって、家族・倫理委員会・事前意思の確認を待たず、直ちに処置を開始するのが宣言に沿った対応である。
選択肢考察
- ×a. 患者家族の到着を待つ。
誤り。代理人(家族)から同意を得るのは原則であるが、それは時間的余裕がある場合の話である。本問では処置が緊急に必要と明示されており、家族の到着を待つ間に救命の機会を失うおそれがある。代理人が不在で緊急性がある場合は同意が推定されるため、待つ必要はない。
- ○b. 直ちに処置を開始する。
正しい。リスボン宣言原則4では、法的代理人がおらず侵襲が緊急に必要なときは、事前の確固たる拒否の意思表示がない限り患者の同意があるものとみなされる。加えて、自殺企図で意識を失った患者については、医師は常に救命に努めるべきとされている。本問はこれらの条件をすべて満たすため、直ちに処置を始めるべきである。
- ×c. 倫理委員会の判断を待つ。
誤り。倫理委員会は研究計画の審査や施設としての方針・指針の検討を担う組織であり、分単位の判断が求められる救急の個別症例について、その場で可否を決める仕組みではない。招集を待てば処置が遅れ、救命の機会を失う。
- ×d. 自殺企図の患者は処置しない。
誤り。リスボン宣言は、自殺企図により意識を失った患者の生命を救うよう医師は常に努めるべきだと明記しており、本肢はその趣旨に正面から反する。自殺企図は精神疾患や一時的な危機状態を背景とすることが多く、救命後に精神科的評価・支援につなげることが重要である。医療倫理上も許されない対応で、禁忌肢と考えられる。
- ×e. 患者の事前の意思表示を確認するまで待つ。
誤り。問題文のとおり、侵襲を拒否する事前の確固たる意思表示は現時点で確認されておらず、この場合は同意が推定される。存在するかどうかわからない意思表示を探して処置を遅らせることは、緊急性と両立しない。また、自殺企図の患者については救命に努めることが別途求められている。
リスボン宣言とは
1981年にポルトガルのリスボンで開かれた世界医師会総会で採択された「患者の権利に関する宣言」である。その後、1995年、2005年、2015年に修正・再確認されている。医師が尊重すべき患者の権利を列挙したもので、主な原則は次のとおりである。 1. 良質の医療を受ける権利 2. 選択の自由の権利(医師や医療機関を選び、セカンド・オピニオンを求める権利など) 3. 自己決定の権利 4. 意識のない患者 5. 法的無能力の患者 6. 患者の意思に反する処置(法律で特に認められ、医の倫理に合致する例外的な場合に限る) 7. 情報に対する権利(知らされない権利も含む) 8. 守秘義務に対する権利 9. 健康教育を受ける権利 10. 尊厳に対する権利 11. 宗教的支援に対する権利
ほかの主な医療倫理の宣言
・ジュネーブ宣言(1948年):ヒポクラテスの誓いを現代化した医師の誓い。 ・ヘルシンキ宣言(1964年):人間を対象とする医学研究の倫理原則。 ・ニュルンベルク綱領(1947年):ナチスの人体実験への反省から生まれた、被験者の自発的同意を中心とする研究倫理の原則。
救急場面での同意の考え方
日本の実務でも、意識障害などで本人が判断できず、家族にも連絡がつかない緊急時には、救命のための処置は推定的同意に基づいて行われる。自殺未遂者に対しては、身体的治療に加えて、精神科医などによる再企図防止のための評価・介入につなげることが重要である。
POINT
・リスボン宣言原則4「意識のない患者」:代理人がおらず緊急に侵襲が必要な場合は、事前の確固たる拒否の意思表示がない限り、同意があるものとみなす。 ・自殺企図で意識を失った患者には、医師は常に救命に努めるべきと明記されている。 ・緊急時に家族の到着、倫理委員会の判断、事前の意思表示の確認を待つのは誤りである。 ・リスボン宣言は患者の権利、ヘルシンキ宣言は医学研究の倫理、ジュネーブ宣言は医師の誓いと区別して覚える。
