山菜採りのあとの高熱と黒いかさぶた―刺し口を探せばつつが虫病が見える
第108回医師国家試験 A問題 第51問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。発熱と全身の皮疹を主訴に来院した。15日前に山へ山菜採りに行った。5日前から発熱があり,3日前から全身に皮疹が出現していた。体温39.5℃。全身に痒みのない紅色丘疹が多発し,右下腿には黒褐色の痂皮が付着した紅斑を認める。血液所見:赤血球436万,Hb 13.6 g/dL,Ht 42%,白血球6,800,血小板32万。血液生化学所見:AST 120 IU/L,ALT 110 IU/L。CRP 3.5 mg/dL。胸腹部(A)と右下腿(B)の写真を別に示す。 治療薬として適切なのはどれか。

- a.抗真菌薬
- b.抗ウイルス薬
- c.副腎皮質ステロイド
- d.ペニシリン系抗菌薬
- e.テトラサイクリン系抗菌薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
山林などへの立ち入り後に「発熱・発疹・刺し口(黒色痂皮)」がそろえばリケッチア症を考え、潜伏期が5〜14日程度で明瞭な刺し口を伴う場合はつつが虫病が考えやすくなります。病原体Orientia tsutsugamushiは細胞壁にペプチドグリカンをほとんど持たない偏性細胞内寄生菌であり、β-ラクタム系は無効で、テトラサイクリン系抗菌薬(ドキシサイクリン、ミノサイクリン)が第一選択です。抗真菌薬・抗ウイルス薬・副腎皮質ステロイドは適応がなく、白血球・血小板減少を伴うSFTSとの鑑別も重要です。確定診断を待たずに治療を開始しないとDICや多臓器不全に至ることがあり、診断後は4類感染症として直ちに届け出ます。病原体の構造から有効な抗菌薬を論理的に選ぶ力と、野外活動歴の聴取・全身の刺し口検索という基本動作が、見逃しを防ぐ鍵となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・60歳男性、15日前に山菜採りで山林に入っている(野外での節足動物への曝露歴)。 ・5日前から発熱、3日前から全身の皮疹。体温39.5℃の高熱。 ・皮疹は痒みを伴わない紅色丘疹・紅斑で、体幹を中心に全身に散在している(写真A)。 ・右下腿に黒褐色の痂皮(かさぶた)が付いた紅斑があり、周囲に発赤を伴う(写真B)。これは節足動物に吸着された部位にできる「刺し口(eschar)」の所見である。 ・AST 120 IU/L、ALT 110 IU/Lと肝逸脱酵素が上昇し、CRPも上昇している。白血球数と血小板数は基準範囲内である。
診断へのプロセス
山林・草むら・河川敷などへの立ち入り後に「発熱・発疹・刺し口」の三徴がそろえば、まずリケッチア症(つつが虫病、日本紅斑熱)を考える。山に入ってから発熱までの期間は約10日であり、つつが虫病の潜伏期(おおむね5〜14日)に合致する。本例では下腿に1cm前後の明瞭な黒色痂皮を伴う刺し口があり、つつが虫病が最も考えやすい。日本紅斑熱でも刺し口はみられるが、一般に小さく目立たないことが多く、皮疹は手掌・四肢末端にも出やすい。肝機能障害(AST・ALT上昇)はリケッチア症でしばしばみられる所見である。 確定診断は、血清のOrientia tsutsugamushiに対する特異的IgM抗体の検出、ペア血清でのIgG抗体価の有意な上昇、あるいは刺し口の痂皮や血液からのPCR法による病原体遺伝子の検出で行う。ただし結果を待たずに、臨床診断の段階で治療を開始するのが原則である。
設問の考え方
病原体のOrientia tsutsugamushiは偏性細胞内寄生菌で、細胞壁にペプチドグリカンをほとんど持たない。したがって細胞壁合成を阻害するβ-ラクタム系薬は無効であり、細胞内によく移行してリボソームでのタンパク合成を阻害するテトラサイクリン系抗菌薬(ドキシサイクリン、ミノサイクリン)が第一選択となる。
選択肢考察
- ×a. 抗真菌薬
抗真菌薬はカンジダ、アスペルギルス、白癬菌などの真菌感染症に用いる薬である。本例の病原体は細菌の一種であるリケッチア(Orientia tsutsugamushi)であり、抗真菌薬は作用しない。
- ×b. 抗ウイルス薬
抗ウイルス薬はヘルペスウイルスやインフルエンザウイルスなどに対して用いる。野外活動後の発熱・発疹としてはマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS、ウイルス感染症)も鑑別に挙がるが、SFTSでは白血球減少・血小板減少が特徴的であり、本例は両者とも正常である。刺し口と全身性紅斑からつつが虫病と考えられ、抗ウイルス薬の適応はない。
- ×c. 副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドは病原体そのものを排除する作用を持たず、つつが虫病の治療薬にはならない。むしろ免疫を抑制して感染を悪化させるおそれがある。皮疹があるからといって、薬疹や膠原病のように扱うのは誤りである。
- ×d. ペニシリン系抗菌薬
ペニシリン系はβ-ラクタム系抗菌薬で、細胞壁のペプチドグリカン合成を阻害して効果を発揮する。レンサ球菌などのグラム陽性球菌や梅毒トレポネーマには有効だが、Orientia tsutsugamushiはペプチドグリカンをほとんど持たない細胞内寄生菌であるため無効である。セフェム系も同様に無効であり、発熱と発疹から漫然とβ-ラクタム系を投与して治療が遅れることが、つつが虫病の重症化・死亡の一因となる。
- ○e. テトラサイクリン系抗菌薬
テトラサイクリン系抗菌薬は細菌リボソームの30Sサブユニットに結合してタンパク合成を阻害し、細胞内への移行性も良好であるため、細胞内寄生菌であるリケッチアに有効である。つつが虫病の第一選択薬はドキシサイクリンやミノサイクリンであり、適切に投与すれば通常1〜2日で解熱する。この速やかな解熱は診断を裏付ける所見にもなる。
つつが虫病の概要
・病原体:Orientia tsutsugamushi(かつてはRickettsia属に分類されていた)。偏性細胞内寄生性のグラム陰性桿菌である。 ・媒介:ツツガムシ(ダニの一種)の幼虫。幼虫は一生に一度だけ動物に吸着して組織液を吸い、その際に病原体が感染する。媒介種はアカツツガムシ(夏、現在はまれ)、フトゲツツガムシ・タテツツガムシ(秋〜初冬、および地域により春)で、国内の患者は秋〜冬に多い。マダニとは別の生物であることに注意する。 ・潜伏期:5〜14日程度。 ・症状:発熱、刺し口(黒色痂皮を伴う潰瘍・紅斑。陰部・腋窩・腰回りなど皮膚の柔らかい部分や衣服で締め付けられる部位にもできるので全身をくまなく探す)、発疹(体幹中心の紅斑・丘疹)、所属リンパ節腫脹。 ・検査:AST・ALT・LDHの上昇、CRP上昇。重症例ではDIC(播種性血管内凝固)、多臓器不全に至る。 ・診断:特異的IgM抗体、ペア血清でのIgG抗体価上昇、PCR法による遺伝子検出。 ・治療:テトラサイクリン系(ドキシサイクリン、ミノサイクリン)が第一選択。妊婦・小児などで使いにくい場合はアジスロマイシン、クロラムフェニコールなどが代替となる。β-ラクタム系は無効。 ・届出:感染症法の4類感染症であり、診断した医師は直ちに保健所へ届け出る。
日本紅斑熱との比較
・病原体:Rickettsia japonica。媒介はマダニ。 ・好発:西日本の太平洋側に多く、春〜秋(4〜10月頃)に発生。 ・刺し口:つつが虫病より小さく、見つけにくいことが多い。 ・皮疹:手掌・足底を含む四肢末端にも出現しやすい。 ・治療:テトラサイクリン系が第一選択で、重症例ではニューキノロン系の併用が行われる。4類感染症。
野外活動後の発熱で鑑別すべき主な疾患
・重症熱性血小板減少症候群(SFTS):マダニが媒介するウイルス感染症で、白血球減少と血小板減少が特徴。4類感染症。 ・ライム病:マダニが媒介するボレリア感染症で、遊走性紅斑が特徴。 ・レプトスピラ症:ネズミの尿で汚染された水・土壌からの感染で、黄疸・腎障害・結膜充血をきたす。
POINT
・野外活動後の「発熱・発疹・刺し口(黒色痂皮)」はリケッチア症(つつが虫病、日本紅斑熱)を考える。 ・つつが虫病はOrientia tsutsugamushiによる感染症で、ツツガムシ(ダニ)の幼虫が媒介し、潜伏期は5〜14日程度。 ・第一選択はテトラサイクリン系抗菌薬(ドキシサイクリン、ミノサイクリン)。β-ラクタム系(ペニシリン系・セフェム系)は無効。 ・確定診断を待たずに治療を開始する。治療が遅れるとDIC・多臓器不全に至りうる。 ・4類感染症であり、診断後直ちに保健所へ届け出る。
