StudyMed医師国家試験

腰を守るのは「距離」と「膝」―職業性腰痛予防の原則を生体力学で読み解く

第107回医師国家試験 I問題 第28問

国試問題にチャレンジ

第107回 I問題 第28問

職業性腰痛の予防対策として正しいのはどれか。

  1. a.照明を暗くする。
  2. b.室温を低めに保つ。
  3. c.同じ作業を繰り返す。
  4. d.荷物を軀幹から離して持つ。
  5. e.腰を下げて荷物を持ち上げる。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は職業性腰痛の予防策を問う問題だ。暗記で解こうとするより、「その対策は腰への負担を減らす方向か、増やす方向か」で判断するとすっきり解ける。カギになるのは、腰にかかる力のモーメントという考え方と、作業環境の整え方の2つだよ。
医学生医学生
職業性腰痛って、公衆衛生の講義で業務上疾病の中で一番多いと習った記憶があります。
ドクタードクター
その通り。休業4日以上の業務上疾病の中で最も多くを占めるのが腰痛なんだ。重量物の取り扱い、介護・看護作業、長時間の立ち仕事や座り仕事、車両運転による全身振動などが代表的な原因だね。厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」では、作業管理、作業環境管理、健康管理、労働衛生教育という枠組みで対策が整理されている。
医学生医学生
労働衛生の3管理に教育を加えた形ですね。まず作業環境から考えると、照明や室温は腰と関係なさそうに見えますが……。
ドクタードクター
そう思いがちだけど、ちゃんと関係がある。照明が暗いと足元の障害物や荷物の形が見えにくくなって、つまずいたり、無理な姿勢で作業したりする原因になる。だから指針では、作業場所や通路に適切な明るさを確保することが求められているんだ。
医学生医学生
なるほど、転倒や不自然な姿勢を防ぐという意味ですね。では室温を低めに保つのは、眠くならないように、という発想でしょうか。
ドクタードクター
それは誤りだよ。寒いと筋肉や靱帯が硬くなって血流も落ちるから、脊柱起立筋などの腰の筋が傷みやすくなる。指針でも屋内は適切な温度に保ち、寒冷下の作業では保温用の衣類や暖を取れる休憩設備を用意することが求められている。
医学生医学生
同じ作業を繰り返すのは、慣れて効率がよくなるので良さそうにも思えますが。
ドクタードクター
効率の面ではそうかもしれないけれど、同じ作業・同じ姿勢を長く反復すると特定の筋に疲労がたまり、腰の負担が増してしまう。予防には作業内容のローテーション、こまめな休憩、姿勢を変える工夫、作業量の調整が勧められているんだ。
医学生医学生
残りの2つは荷物の持ち方ですね。荷物を体幹から離すのと、腰を下げて持ち上げるのと。
ドクタードクター
ここで生体力学の出番だ。腰椎には「荷物の重さ×腰から荷物までの水平距離」に比例したモーメントがかかる。てこの原理と同じで、荷物を身体から離すほど腕の長さが伸びて、同じ重さでも腰への負担が大きくなる。距離が倍ならおよそ倍だね。だから荷物はできるだけ身体に密着させるのが正しい。
医学生医学生
解剖学の講義で、L5/S1の椎間板に一番負担がかかると聞いたのを思い出しました。
ドクタードクター
いい連想だね。前かがみや荷物を離した姿勢では、そのモーメントに対抗するために脊柱起立筋が大きな張力を出さねばならず、結果として椎間板への圧縮力が増える。そこで正解になるのが、腰を下げて荷物を持ち上げる方法だ。荷物に十分近づいて片足を少し前に出し、膝と股関節を曲げて腰を落とし、背筋をなるべく伸ばして荷物を抱え、脚の伸展力で立ち上がる。
医学生医学生
膝を伸ばしたまま前かがみで持つと腰だけで持ち上げることになるけれど、腰を落とせば荷物が身体に近づくうえ、太ももの大きな筋肉が使えるということですね。
ドクタードクター
まさにそれ。距離を縮めることと、下肢の大きな筋を使うことの両方で腰の負担を減らせるんだ。もう一つ注意したいのが、持ち上げたまま身体をひねらないこと。方向を変えるときは足の向きを変えるのが原則だよ。
医学生医学生
臨床実習で看護師さんが患者さんを移乗させる場面を見ましたが、介護・看護職も腰痛が多いと聞きます。
ドクタードクター
そうだね。指針では介護・看護作業で対象者を人力だけで抱え上げることは原則として行わせず、リフトなどの福祉用具を積極的に使うよう求めている。重量物の目安としては、満18歳以上の男性で体重のおおむね40%以下、女性はその60%程度までとされているよ。
医学生医学生
腰痛ベルトを全員に配れば予防になりそうな気もしますが。
ドクタードクター
実は一律の使用は推奨されていないんだ。個人ごとに効果を確かめて使うかどうか判断する。また、腰に著しい負担がかかる作業に常時従事する労働者には、配置前と6か月以内ごとに1回の腰痛健康診断を行い、腰痛予防体操も取り入れる。産業医として職場巡視をするときも、こうした視点で作業を見てほしいね。

まとめ

職業性腰痛はわが国の業務上疾病で最も多く、厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」では作業管理・作業環境管理・健康管理・労働衛生教育の枠組みで予防策が示されています。腰椎には荷物の重さと腰からの水平距離に比例したモーメントがかかるため、荷物は身体に近づけ、膝と股関節を曲げて腰を落とし、脚の力で持ち上げるのが基本で、持ち上げたままのひねりも避けます。作業環境では十分な照明と適切な温度を保ち、同一姿勢・反復作業は休憩やローテーションで避けることが重要です。介護作業での福祉用具の活用や、腰部保護ベルトを一律には使わないことなども押さえておきましょう。「負担を減らす方向か」という生体力学的な視点を持てば、選択肢を暗記に頼らず判断でき、産業保健の現場での指導にも活かせます。

解答・解説

正解はeです

職業性腰痛は、業務上の負担が原因となって起こる腰痛であり、わが国の業務上疾病(休業4日以上)のなかで最も多くを占める。重量物の取り扱い、介護・看護作業、長時間の立位・座位作業、車両運転などによる全身振動が代表的な原因である。 厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂)では、予防対策を大きく次のように整理している。 ・作業管理:自動化・省力化、作業姿勢・動作の改善、作業の実施体制、作業標準の策定、休憩・作業量の調整 ・作業環境管理:温度、照明、作業床面、作業空間・設備の配置、振動対策 ・健康管理:配置前・定期の健康診断、腰痛予防体操 ・労働衛生教育 本問では、選択肢の内容が腰への負担を減らす方向か増やす方向かを、生体力学的な考え方(腰にかかる力のモーメント)と作業環境の原則に照らして判断すればよい。腰椎には「荷物の重さ×腰から荷物までの水平距離」に比例したモーメントがかかるため、荷物を身体に近づけ、膝と股関節を曲げて腰を落とし、脚の力で持ち上げるのが基本である。

選択肢考察

  1. ×a.  照明を暗くする。

    照明が暗いと足元や周囲の障害物、荷物の形状が見えにくくなり、つまずき・転倒や無理な姿勢での作業につながる。指針でも、作業場所・通路・階段などは作業を安全に行えるよう適切な明るさを確保することが求められている。暗くするのは誤りである。

  2. ×b.  室温を低めに保つ。

    寒冷環境では筋肉や靱帯が硬くなり血流も低下するため、脊柱起立筋などの腰部の筋が損傷しやすくなり、腰痛が起こりやすい。指針では、屋内作業場は適切な温度に保つこと、寒冷下の作業では保温のための衣類や暖を取れる休憩設備を用意することが求められている。室温を低くするのは誤りである。

  3. ×c.  同じ作業を繰り返す。

    同一の作業や同一の姿勢を長時間・反復して続けると、特定の筋に疲労が蓄積し、腰部への負担が増す。特に作業ペースが速く反復回数が多い場合は筋疲労が起こりやすい。予防には、作業内容のローテーション、適宜の休憩、姿勢を変える工夫、作業量の調整が推奨される。

  4. ×d.  荷物を軀幹から離して持つ。

    荷物を体幹から離して持つと、腰から荷物までの水平距離(てこの腕の長さ)が長くなり、腰椎にかかる力のモーメントが大きくなる。同じ重さでも距離が倍になれば腰部の負担はおよそ倍になる。荷物はできるだけ身体に近づけ、体幹に密着させて持つのが正しい。

  5. ○e.  腰を下げて荷物を持ち上げる。

    床に置いた荷物を持ち上げるときは、膝を伸ばしたまま前かがみになるのではなく、荷物に十分近づき、片足を少し前に出して膝・股関節を曲げて腰を落とし、背筋をなるべく伸ばした姿勢で荷物を抱え、脚の伸展力で立ち上がるのがよい。前かがみ(腰椎の前屈)のまま持ち上げると椎間板や腰部の筋・靱帯に大きな負荷がかかるが、腰を落とせば荷物が身体の近くにきて腰へのモーメントが小さくなり、大きな下肢筋を利用できる。したがって正しい予防対策である。

職場における腰痛予防対策指針の主な内容

・重量物取扱い:人力で取り扱う重量は、満18歳以上の男性でおおむね体重の40%以下、女性は男性が取り扱える重量のおおむね60%程度までとする。取り扱う物の重量を明示し、できるだけ機械・台車・リフトなどを用いる。 ・作業姿勢・動作:前屈、ひねり、後屈ねん転などの不自然な姿勢を避ける。荷物は身体に近づけ、膝を曲げて持ち上げる。持ち上げたまま体をひねらず、足の向きを変えて方向転換する。 ・作業時間:小休止・休息を適宜とり、他の作業と組み合わせるなどして同一姿勢・反復作業が続かないようにする。 ・作業環境:適切な温度、十分な照度、つまずき・滑りにくい平坦な床、十分な作業空間を確保する。 ・福祉・医療分野の介護・看護作業:対象者を人力のみで抱え上げることは原則として行わせず、リフトなどの福祉用具を積極的に使用する。 ・健康管理:重量物取扱いや介護作業など腰部に著しい負担のかかる作業に常時従事する労働者には、配置前および6か月以内ごとに1回、腰痛に関する健康診断を行う。腰痛予防体操(ストレッチング)を実施する。 ・腰部保護ベルト:一律の使用は推奨されず、個人ごとに効果を確認して使用の可否を判断する。

腰にかかる負担の考え方

腰椎(特にL5/S1椎間板)への負荷は、上半身と荷物の重さ、およびそれらと腰部との水平距離によって決まる。前かがみ姿勢や荷物を身体から離した姿勢では、脊柱起立筋がこのモーメントに対抗するために大きな張力を発揮しなければならず、椎間板への圧縮力が増大する。

POINT

・荷物は身体(体幹)に近づけて持つ ・膝と股関節を曲げて腰を落とし、脚の力で持ち上げる(膝を伸ばした前かがみは避ける) ・持ち上げたまま体をひねらない ・同一姿勢・反復作業を避け、休憩や作業の組み合わせを工夫する ・作業環境は適温・十分な照明・安全な床面を確保する ・人力で扱う重量の目安:18歳以上男性は体重のおおむね40%以下、女性はその60%程度

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。