熱・気圧・寒冷・高地・放射線―環境障害を貫く「重症度」と「初期対応」の原則
第107回医師国家試験 I問題 第29問
国試問題にチャレンジ
環境による障害について正しいのはどれか。
- a.深部体温44℃の熱中症は予後が悪い。
- b.減圧症は旅客機に搭乗することで改善する。
- c.凍傷では壊死部分のマッサージが有効である。
- d.高地脳浮腫では酸素吸入で登山続行が可能となる。
- e.全身被ばく後に下血を伴う急性放射線障害は予後が良い。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
環境による障害は、病態生理から「重症度の指標」と「初期対応の原則」を押さえることが大切です。熱中症は深部体温が高く高体温が長いほど多臓器不全をきたしやすく、44℃のような極端な高体温は予後不良で、迅速な冷却が鍵になります。減圧症は気圧低下で窒素気泡が増えるため航空機搭乗で悪化し治療は再加圧、凍傷はマッサージ禁忌で温水による急速復温、高地脳浮腫は酸素で登山続行せず即時下山が原則です。急性放射線症候群では線量に応じて造血器・消化管・中枢神経障害が現れ、下血などの消化管障害は高線量被ばくを示す予後不良の徴候です。「何がその病態を悪化させるか」を理解しておくことは、試験だけでなく救急・災害医療の現場での適切な判断にもつながります。
解答・解説
正解はaです
本問は、温度・気圧・放射線といった物理的環境因子による障害(熱中症、減圧症、凍傷、高地脳浮腫、急性放射線症候群)について、重症度・予後と初期対応の原則を横断的に問う問題である。 各病態で押さえるべき原則は以下のとおりである。 ・熱中症:深部体温が高いほど、また高体温の持続時間が長いほど臓器障害が重く予後が悪い。治療は迅速な冷却である。 ・減圧症:体内に溶けていた窒素が、周囲の圧力低下によって気泡化して起こる。圧力をさらに下げる(高所へ行く)と悪化し、治療は再加圧(高気圧酸素治療)である。 ・凍傷:凍結した組織を機械的にこすると損傷が拡大する。治療は温水による急速復温である。 ・高地脳浮腫:低酸素による致死的な病態であり、治療の最優先は直ちに下山することである。 ・急性放射線症候群:被ばく線量が高いほど重い障害が現れ、消化管症状(下血・重い下痢)は高線量被ばくを意味する予後不良の徴候である。 これらの原則に照らすと、正しい記述は深部体温44℃の熱中症の予後不良を述べたものだけである。
選択肢考察
- ○a. 深部体温44℃の熱中症は予後が悪い。
熱中症の重症度と予後は、深部体温の高さと高体温が続いた時間に強く依存する。深部体温がおおむね42℃を超えると、細胞の蛋白変性やミトコンドリア障害が進み、中枢神経障害、横紋筋融解症、急性腎障害、肝障害、播種性血管内凝固(DIC)などの多臓器不全をきたしやすくなる。44℃という値は極めて高く、救命できても中枢神経の後遺症が残ることが多く、死亡率も高い。したがって予後が悪いという記述は正しい。治療では、冷水浸漬や蒸散冷却などで可能な限り速やかに深部体温を下げることが予後改善の鍵となる。
- ×b. 減圧症は旅客機に搭乗することで改善する。
減圧症は、潜水などで高い圧力下にいた間に組織へ溶け込んだ窒素が、浮上して周囲の圧力が下がる際に気泡となり、血管や組織を障害する病態である。旅客機の客室は与圧されているものの、気圧は標高およそ2,000~2,400m相当まで低下するため、搭乗すると気泡がさらに膨張・発生して症状が悪化する。このため、潜水後は一定時間(単回の無減圧潜水で12時間以上、複数回・連日潜水では18時間以上が目安)をあけてから航空機に搭乗するよう推奨されている。治療は100%酸素投与と高気圧酸素治療(再圧治療)である。
- ×c. 凍傷では壊死部分のマッサージが有効である。
凍傷の部位をマッサージしたりこすったりすると、組織内の氷晶が細胞を機械的に傷つけ、損傷をかえって拡大させるため禁忌である。すでに壊死した組織はマッサージで回復することはない。凍傷の治療は、再凍結のおそれがない環境に移したうえで、約37~42℃の温水で急速に復温することが基本であり、疼痛管理、感染対策、破傷風予防を行う。壊死範囲が確定するまでには数週間を要するため、壊死組織の切除・切断はその境界が明らかになるのを待って行う。
- ×d. 高地脳浮腫では酸素吸入で登山続行が可能となる。
高地脳浮腫(HACE:high altitude cerebral edema)は、急性高山病(AMS)が重症化した病態であり、高地肺水腫(HAPE)を伴うことも多い。低酸素により脳の血管透過性が亢進して脳浮腫をきたし、運動失調(ふらつき)、意識障害などが進行して死に至りうる。治療の原則は直ちに登山を中止して下山することであり、下山までの間や下山が困難な場合に酸素投与、デキサメタゾン投与、携帯型加圧バッグを用いる。酸素吸入は一時的な対処にすぎず、登山を続行してはならない。
- ×e. 全身被ばく後に下血を伴う急性放射線障害は予後が良い。
急性放射線症候群では、被ばく線量に応じて造血器障害、消化管障害、中枢神経・心血管障害が順に現れる。腸管上皮の幹細胞は放射線感受性が高く、全身におおむね6~10 Gy以上の高線量を被ばくすると、腸管粘膜の再生が止まり、粘膜の脱落による下血や重い下痢、水分・電解質喪失をきたす。さらに腸管のバリア機能が破綻して腸内細菌が血中に侵入し、同時に進行する骨髄抑制と相まって敗血症を起こしやすい。したがって、下血を伴う急性放射線障害は致死的となることが多く、予後は不良である。
熱中症の重症度分類(日本救急医学会)
・I度:めまい、立ちくらみ、筋肉痛・こむら返り、大量発汗など。現場での応急処置で対応可能。 ・II度:頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下など。医療機関での診察が必要。 ・III度:中枢神経症状(意識障害、痙攣、小脳失調など)、肝・腎機能障害、血液凝固異常のいずれかを認めるもの。入院・集中治療が必要。 (2024年改訂では、III度のうち特に重篤なものを「IV度」とする区分が加えられ、深部体温40.0℃以上かつ高度の意識障害などが目安とされている。)
減圧症の分類と治療
・I型:皮膚症状(かゆみ・皮疹)、関節痛(ベンズ)など比較的軽症のもの。 ・II型:脊髄障害(対麻痺、膀胱直腸障害)、脳障害、呼吸循環障害(チョークス)などの重症型。 ・治療:100%酸素投与、輸液、高気圧酸素治療(再圧治療)。搬送時もできるだけ低高度を保つ。
高地障害
・急性高山病(AMS):頭痛、食欲不振、悪心、倦怠感、不眠。予防は緩徐な高度順応、アセタゾラミド。 ・高地肺水腫(HAPE):低酸素性肺血管収縮による非心原性肺水腫。呼吸困難、咳、泡沫状痰。 ・高地脳浮腫(HACE):運動失調、意識障害。 ・いずれも治療の原則は下山であり、酸素、薬物(HACEにはデキサメタゾン、HAPEにはニフェジピン)、携帯型加圧バッグは補助的手段である。
急性放射線症候群と線量の目安(全身被ばく)
・約1 Gy以上:前駆症状(悪心・嘔吐)、リンパ球減少 ・約1~6 Gy:造血器障害が主体(数週後の汎血球減少、感染・出血) ・約6~10 Gy以上:消化管障害(下痢、下血、敗血症)を伴い予後不良 ・数十Gy以上:中枢神経・心血管障害で短期間に死亡 ・半数致死線量(LD50/60)は、治療を行わない場合でおよそ3~5 Gyとされる。 ・被ばく後早期のリンパ球数減少の程度や、嘔吐出現までの時間が線量推定の指標となる。
POINT
・熱中症は深部体温が高いほど、高体温が長く続くほど予後不良(42℃超は極めて危険)→速やかな冷却が最優先 ・減圧症は気圧低下(航空機搭乗・高所移動)で悪化する→治療は高気圧酸素治療(再圧) ・凍傷はマッサージ禁忌→温水で急速復温、再凍結を避ける ・高地脳浮腫・高地肺水腫の治療の原則は即時下山(酸素・薬物は補助) ・急性放射線症候群で消化管障害(下血)が出るのは高線量被ばくであり予後不良
