「泣きやまない」の先にある悲劇―揺さぶりが架橋静脈を引き裂くとき
第106回医師国家試験 I問題 第62問
国試問題にチャレンジ
3歳の女児。意識障害のため搬入された。なかなか泣きやまないことに怒った父親が,児の肩を持って何度も強く揺さぶったところ,ぐったりして意識がなくなったという。意識レベルはJCSⅢ-200。 認められる可能性が最も高いのはどれか。
- a.脳梗塞
- b.水頭症
- c.髄膜炎
- d.脳内出血
- e.硬膜下血腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳幼児は頭部が相対的に大きく頸部の筋力が弱いため、強く揺さぶられると回転性の加速・減速力で脳表と静脈洞を結ぶ架橋静脈が断裂し、急性硬膜下血腫が生じます。硬膜下血腫・網膜出血(多発性・多層性)・脳浮腫が乳幼児揺さぶられ症候群の典型所見で、受傷直後から重い意識障害やけいれんを来しやすく、予後は不良です。脳内出血は直接の打撲で、水頭症は出血後の遅発合併症として、髄膜炎は感染徴候を伴う経過で考える病態であり、揺さぶり直後の意識消失には硬膜下血腫が最も合致します。CTでは硬膜下血腫が三日月型、硬膜外血腫が凸レンズ型である点もあわせて押さえておきましょう。虐待が疑われた時点で児童相談所などへの通告義務があり守秘義務に優先することは、医師として必ず知っておくべき知識です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・3歳の女児。 ・泣きやまないことに腹を立てた父親が、児の肩をつかんで何度も激しく揺さぶった直後に、ぐったりして意識を失った。 ・意識レベルはJCS(Japan Coma Scale)Ⅲ-200。Ⅲ桁は「刺激しても覚醒しない」状態で、200は痛み刺激に対して少し手足を動かしたり顔をしかめたりする程度の反応しかない重度の意識障害である。
病態の推定
乳幼児の頭部は体に比べて大きく重く、頸部の筋力も弱い。そのため肩や体幹を持って強く揺さぶると、頭部が前後に激しくむち打ち運動を繰り返し、頭蓋骨と脳の間に大きな回転性の加速・減速力が生じる。このとき、脳表面から硬膜の静脈洞へ橋渡しをしている架橋静脈(bridging vein)が引き伸ばされて断裂し、硬膜とくも膜の間に出血が広がる。これが急性硬膜下血腫である。さらに同じ剪断力でびまん性の脳損傷と脳浮腫が起こり、重い意識障害やけいれんを来す。 このように、激しく揺さぶることで硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫(脳症)などを生じる病態を乳幼児揺さぶられ症候群(SBS:shaken baby syndrome)といい、虐待による頭部外傷(AHT:abusive head trauma)の代表である。
設問の考え方
受傷機転(強い揺さぶり=回転加速度による外力)と、その直後からの重度意識障害から、架橋静脈の断裂による急性硬膜下血腫が最も考えやすい。外傷が明らかで、感染徴候や慢性経過を示す情報はないことから、他の選択肢は優先度が低い。
選択肢考察
- ×a. 脳梗塞
小児の脳梗塞はもやもや病、心疾患、血液凝固異常などを背景にまれに起こるが、頻度は成人に比べて非常に低い。頸部外傷による動脈解離から梗塞に至ることは理論上ありうるものの、揺さぶりの直後に意識を失ったという経過を説明する病態としては可能性が低い。本例にはこれらの基礎疾患を示す情報もない。
- ×b. 水頭症
水頭症は髄液の産生・循環・吸収の異常で脳室が拡大する病態である。頭蓋内出血の後に髄液の吸収障害が起こり、続発性の水頭症となることはあるが、それは受傷後しばらくしてから生じる合併症である。揺さぶった直後の急激な意識障害の原因として第一に考えるものではない。
- ×c. 髄膜炎
髄膜炎は細菌やウイルスなどの感染症で、発熱、頭痛、嘔吐、項部硬直などの髄膜刺激徴候を伴い、数時間~数日の経過で進行する。本例には発熱などの感染徴候の記載がなく、揺さぶりという外力の直後に突然意識を失っており、感染症では経過が説明できない。外傷で直接髄膜炎が起こることは通常ない(開放性頭蓋骨骨折や髄液漏があれば別である)。
- ×d. 脳内出血
強い外力により脳挫傷が生じ、脳実質内に出血することは起こりうるため、完全に否定はできない。しかし脳挫傷や脳内出血は頭部を物に打ちつけるような直接の衝撃で生じやすく、揺さぶりのように回転性の加速・減速が主体の外力では、脳表と静脈洞を結ぶ架橋静脈の断裂による硬膜下血腫の方がはるかに典型的である。「最も可能性が高い」ものとしては硬膜下血腫を選ぶ。
- ○e. 硬膜下血腫
揺さぶりにより頭部が前後に激しく振られると、頭蓋骨と脳の動きにずれが生じ、両者をつなぐ架橋静脈が伸展・断裂して硬膜とくも膜の間に出血する。これが急性硬膜下血腫であり、乳幼児揺さぶられ症候群で最も特徴的な頭蓋内病変である。大脳半球間裂や両側の大脳円蓋部に薄く広がる形をとることが多く、びまん性脳損傷・脳浮腫を合併して重度の意識障害を来しやすい。本例の受傷機転と直後のJCSⅢ-200の意識障害に最もよく合致する。
乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)
・主に2歳未満、特に生後6か月未満の乳児に多いが、本例のように幼児でも起こりうる。 ・典型的な所見は、(1)硬膜下血腫、(2)網膜出血(多発性・多層性で網膜周辺部まで及ぶものが特徴的)、(3)脳浮腫・びまん性脳損傷(急性脳症)である。肋骨の後方骨折(胸郭を強くつかまれた跡)や長管骨の骨幹端骨折を伴うこともある。 ・症状は不機嫌、哺乳不良、嘔吐、けいれん、意識障害、無呼吸など。 ・予後は不良で、死亡や、重い後遺症(てんかん、発達遅滞、視覚障害など)を残すことが少なくない。 ・「泣きやまない」ことへの苛立ちが契機として多く、予防として保護者への啓発(泣きやまないときは安全な場所に寝かせてその場を離れ、自分が落ち着く)が行われている。
硬膜外血腫と硬膜下血腫の違い
・急性硬膜外血腫:頭蓋骨骨折に伴う中硬膜動脈などの損傷。CTで凸レンズ型の高吸収域。受傷後いったん意識が清明になる時期(意識清明期)がみられることがある。 ・急性硬膜下血腫:架橋静脈や脳表血管の損傷。CTで三日月型の高吸収域。脳挫傷を伴い受傷直後から意識障害が強いことが多く、予後はより不良。
虐待を疑ったときの対応
・説明と外傷の程度が合わない、受診の遅れ、新旧混在する外傷、網膜出血などは虐待を疑う所見である。 ・頭部CT/MRI、眼底検査、全身骨撮影などで損傷を評価する。 ・児童虐待防止法により、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、市町村・福祉事務所または児童相談所へ速やかに通告する義務がある。医師の守秘義務はこの通告を妨げない。
POINT
・強い揺さぶり(回転性の加速・減速)→架橋静脈の断裂→急性硬膜下血腫。 ・乳幼児揺さぶられ症候群の典型所見:硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫。 ・急性硬膜下血腫はCTで三日月型、急性硬膜外血腫は凸レンズ型。 ・虐待が疑われたら児童相談所等への通告義務がある(守秘義務より優先される)。
