StudyMed医師国家試験

症状が消えても「治った」ではない―一過性脳虚血発作は脳梗塞の警報だ

第106回医師国家試験 I問題 第63問

国試問題にチャレンジ

第106回 I問題 第63問

65歳の男性。右手の脱力としびれとを主訴に来院した。1週前と昨日とに,これらの症状が現れ,約20分間持続したという。身体診察所見に異常を認めない。頭部MRIで明らかな異常を認めない。  この患者に対する説明として最も適切なのはどれか。

  1. a.「特に心配はありません」
  2. b.「自宅で安静にしていてください」
  3. c.「すぐに原因の精査をしましょう」
  4. d.「検査のため来週入院しましょう」
  5. e.「1か月後にもう一度,頭部MRIを撮りましょう」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、短時間で消える神経症状をどう受け止め、患者さんに何と伝えるかを問う問題だ。注目してほしいのは、症状の「出方」と「消え方」、そして「繰り返している」という点。まず、この症状の正体から考えてみよう。
医学生医学生
片側の手の脱力としびれが突然出て、20分ほどで完全に消えている…。今は診察もMRIも異常なしなので、一過性脳虚血発作、TIAでしょうか。
ドクタードクター
その通り。脳の局所的な虚血で神経症状が出たけれど、短時間で回復し、画像上も新しい梗塞巣が残っていない状態がTIAだ。右手の運動と感覚の障害だから、どちらの大脳半球のどの血管領域の虚血が考えられるかな。
医学生医学生
右手なので左大脳半球、左の内頸動脈から中大脳動脈の領域だと思います。
ドクタードクター
いいね。ではここが本題。症状はもう消えていて、MRIにも異常がない。この患者さんにどう説明する?
医学生医学生
正直、異常がないなら少し様子を見てもいい気がしてしまいます。神経内科の講義でもTIAは「一過性」と習ったので…。
ドクタードクター
そこが最大の落とし穴なんだ。TIAは脳梗塞の前触れで、TIAのあと90日以内に脳梗塞を起こす人のうち、およそ半数は最初の48時間以内に発症すると報告されている。つまり、まさに今が一番危ない時期なんだよ。
医学生医学生
症状が消えた直後こそ危険、ということなんですね。リスクの評価方法はありますか。
ドクタードクター
ABCD2スコアが使われる。年齢60歳以上で1点、初診時の血圧140/90 mmHg以上で1点、症状は片側の脱力なら2点、脱力を伴わない言語障害なら1点、持続時間は60分以上で2点、10〜59分で1点、糖尿病があれば1点。この患者さんは年齢、片側の脱力、持続時間だけで4点になる。
医学生医学生
4点以上なら高リスク群ですね。しかも1週間で2回起きています。
ドクタードクター
そう、短期間に発作を繰り返していることもリスクを高める要素だ。だから正解は「すぐに原因の精査をしましょう」。では、ほかの説明がなぜ不適切か見ていこう。「特に心配はありません」はどうかな。
医学生医学生
警告サインを見逃して帰してしまうことになるので、一番まずい説明だと思います。
ドクタードクター
その通り。「自宅で安静に」も同じで、安静にしていても頸動脈の狭窄や心房細動といった原因は何も解決しない。最も危険な時期に何も手を打たないことになる。
医学生医学生
「来週入院しましょう」は精査をする点では惜しいですが、48時間以内が危ないなら遅すぎますね。
ドクタードクター
その理解で合っている。「1か月後にMRIを再検」も同様に遅いうえ、MRIを繰り返すだけでは血管病変や塞栓源の評価にも、再発予防の治療にもつながらない。
医学生医学生
精査では具体的に何を調べるんですか。臨床実習で脳卒中科を回ったときは、頸動脈エコーをよく見学しました。
ドクタードクター
いい経験だね。MRI拡散強調画像で新しい虚血巣がないかを確認し、MRAや頸動脈超音波で頭蓋内外の動脈狭窄を評価する。心電図やホルター心電図、心エコーで心房細動などの塞栓源を探し、血糖・脂質・凝固系などの血液検査も行う。この患者さんのような高リスク例では、入院のうえで精査と治療を進めるのが望ましい。
医学生医学生
治療は原因によって変わるんですよね。
ドクタードクター
そう。非心原性なら抗血小板薬で、高リスク例では発症早期にアスピリンとクロピドグレルを短期間併用することもある。心房細動による心原性なら抗凝固薬だ。症候性の高度頸動脈狭窄には頸動脈内膜剥離術やステント留置術を考慮し、高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙の管理も欠かせない。
医学生医学生
片眼が一時的に見えなくなる一過性黒内障もTIAの一つとして覚えておきます。
ドクタードクター
いいね、同側の内頸動脈病変を示唆する重要な症状だ。逆に、めまいや失神だけの症状は通常TIAとは考えない。そして、ABCD2スコアが低くてもリスクがゼロではないから、TIAを疑ったら速やかに評価するのが基本だと覚えておこう。

まとめ

突然出現した片側の局所神経症状が短時間で完全に消失し、画像で急性梗塞を認めない場合は一過性脳虚血発作(TIA)を考えます。TIAは脳梗塞の前触れであり、その後の脳梗塞は発症後48時間以内に集中するため、症状が消えていても医学的緊急事態として扱い、直ちに原因精査を始める必要があります。ABCD2スコアで早期脳梗塞リスクを評価し、MRI拡散強調画像、MRAや頸動脈超音波、心電図・ホルター心電図・心エコー、血液検査で血管病変や塞栓源を検索します。原因に応じて抗血小板薬、抗凝固薬、頸動脈内膜剥離術・ステント留置術を選択し、危険因子を管理します。「消えた症状こそ急いで調べる」という姿勢は、脳梗塞を未然に防ぐ臨床判断の基本です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・65歳の男性。 ・右手の脱力としびれが、1週前と昨日の2回出現し、いずれも約20分で消失した。 ・来院時の身体所見に異常はなく、頭部MRIでも明らかな異常(新しい梗塞巣など)を認めない。

診断

片側上肢の運動障害と感覚障害という局所神経症状が突然出現し、短時間(24時間以内、本例では20分)で完全に消え、画像上梗塞が確認されないことから、一過性脳虚血発作(TIA:transient ischemic attack)と考えられる。右手の症状であることから、左大脳半球(左内頸動脈・中大脳動脈領域)の虚血が推定される。

TIAの危険性

TIAは脳梗塞の「前触れ」であり、発症後早期に脳梗塞を起こすリスクが高い。TIA後90日以内に脳梗塞を発症する患者の約半数は、TIA後48時間以内に発症するとされる。したがって、症状が消えていても「治った」と考えてはならず、医学的緊急事態として扱う。 脳梗塞発症リスクの評価にはABCD2スコアが用いられる。 ・A(Age):60歳以上→1点 ・B(Blood pressure):初診時の収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上→1点 ・C(Clinical features):片側の脱力→2点、脱力を伴わない言語障害→1点 ・D(Duration):60分以上→2点、10~59分→1点 ・D(Diabetes):糖尿病あり→1点 本例は年齢1点、片側の脱力2点、持続時間約20分で1点の計4点以上(血圧・糖尿病の情報はない)となる。2日以内の脳梗塞発症リスクはおおむね0~3点で約1%、4~5点で約4%、6~7点で約8%と報告されており、本例は高リスク群に入る。さらに1週間に2回と発作を繰り返している点もリスクを高める要素である。

設問の考え方

TIAを疑ったら、できるだけ速やかに(原則として当日中に)原因の精査と再発予防の治療を開始する必要がある。経過観察や、日を置いてからの検査予定はいずれも不適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  「特に心配はありません」

    症状が消えており診察・MRIで異常がなくても、TIAは近い将来の脳梗塞の強い警告サインである。本例はABCD2スコアが4点以上で、短期間に発作を繰り返しており、早期の脳梗塞発症リスクが高い。「心配ない」と説明して帰宅させることは、脳梗塞発症の機会を放置することにつながり、誤りである。

  2. ×b.  「自宅で安静にしていてください」

    安静にしていてもTIAの原因(頸動脈の狭窄、心房細動による心原性塞栓など)は解消されず、脳梗塞の予防にはならない。原因を調べずに自宅で様子を見させることは、特に発症後48時間以内という最も危険な時期に何も手を打たないことになり、不適切である。

  3. ○c.  「すぐに原因の精査をしましょう」

    TIA後の脳梗塞は発症直後の数日間に集中しているため、直ちに原因を調べて治療を開始することが脳梗塞予防に直結する。具体的には、MRI拡散強調画像による新しい虚血巣の確認、MRAや頸動脈超音波による頭蓋内外の動脈狭窄の評価、心電図・ホルター心電図・心エコーによる心房細動などの塞栓源の検索、血液検査(血糖・脂質・凝固系など)を速やかに行う。本例のように高リスク(ABCD2スコア4点以上、短期間の反復発作)の場合は入院のうえで精査・治療を進めるのが望ましい。

  4. ×d.  「検査のため来週入院しましょう」

    精査の必要性を認識している点はよいが、時期が遅すぎる。TIA後の脳梗塞は48時間以内に最も多く発症するため、1週間後の入院では、その間に脳梗塞を起こしてしまう危険が大きい。精査と治療は当日から開始すべきである。

  5. ×e.  「1か月後にもう一度,頭部MRIを撮りましょう」

    1か月も待つ理由はなく、その間に脳梗塞を発症するおそれが高い。また頭部MRIを繰り返すだけでは、TIAの原因となる血管病変(頸動脈狭窄など)や心房細動などの塞栓源は評価できず、再発予防の治療にもつながらない。

TIAの定義

脳・脊髄・網膜の局所的な虚血によって一過性の神経症状を生じるが、画像上急性梗塞を伴わないものをいう。かつては「症状が24時間以内に消失するもの」という時間による定義が用いられたが、症状が短時間で消えてもMRI拡散強調画像で新しい梗塞巣がみられることが多いとわかり、現在は画像上の組織障害の有無を重視した定義(症状は24時間以内に消失し、かつ急性梗塞巣を認めないもの)が用いられる。

TIAの主な原因

・アテローム血栓性:頸動脈や頭蓋内動脈の動脈硬化性狭窄。狭窄部の血栓による塞栓(動脈原性塞栓)や血流低下によって起こる。 ・心原性塞栓:心房細動などで心臓内にできた血栓が流れて起こる。 ・ラクナ梗塞の前兆となる穿通枝の虚血。

代表的な症状

片麻痺、半身の感覚障害、失語、構音障害、片眼の一過性視力消失(一過性黒内障:同側内頸動脈の病変を示唆)など。めまい・失神・意識消失のみの症状は通常TIAとは考えない。

精査と治療

・精査:MRI(拡散強調画像)、MRA/CTA、頸動脈超音波、心電図・ホルター心電図・心エコー、血液検査。 ・治療:非心原性であれば抗血小板薬(高リスク例では発症早期にアスピリンとクロピドグレルの2剤併用を短期間行うことがある)、心房細動などの心原性であれば抗凝固薬(DOACやワルファリン)。症候性の高度頸動脈狭窄には頸動脈内膜剥離術(CEA)や頸動脈ステント留置術(CAS)を考慮する。高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などの危険因子の管理も行う。

ABCD2スコア

年齢(60歳以上1点)、血圧(140/90 mmHg以上1点)、臨床症状(片側脱力2点、脱力のない言語障害1点)、持続時間(60分以上2点、10~59分1点)、糖尿病(1点)の合計0~7点で、点数が高いほど早期の脳梗塞リスクが高い。ただしスコアが低くても脳梗塞リスクがないわけではなく、TIAが疑われる患者は速やかに評価することが基本である。

POINT

・一過性の局所神経症状+画像で梗塞なし=TIA。 ・TIAは脳梗塞の前兆であり、発症後48時間以内が特に危険。 ・ABCD2スコア(年齢・血圧・症状・持続時間・糖尿病)で早期脳梗塞リスクを評価する。 ・TIAを疑ったら経過観察や後日の検査は不可。直ちに原因精査と再発予防治療を始める。 ・原因(頸動脈狭窄、心房細動など)に応じて抗血小板薬・抗凝固薬・CEA/CASを選択する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。