StudyMed医師国家試験

歩けない・漏れる・ぼんやりする―「治せる認知症」特発性正常圧水頭症をMRIで見抜く

第106回医師国家試験 I問題 第61問

国試問題にチャレンジ

第106回 I問題 第61問

77歳の男性。1年前から緩徐に進行する歩行困難と尿失禁とを主訴に来院した。軽度の開脚歩行である。その他の身体診察所見に異常を認めない。頭部MRIのT2強調冠状断像を別に示す。  最も考えられるのはどれか。

第106回 I問題 第61問の問題画像
  1. a.Alzheimer型認知症
  2. b.脊髄小脳変性症
  3. c.多発性脳梗塞
  4. d.特発性正常圧水頭症
  5. e.Huntington病

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者のゆっくり進む歩行障害と尿失禁から原因を考える問題だ。ポイントは「症状の組み合わせ」と「MRIで何が目立つか」の2つ。まず症状の組み合わせから、どんな病気が頭に浮かぶかな。
医学生医学生
歩行障害と尿失禁、それに高齢者というと、特発性正常圧水頭症の三徴を思い出します。でも認知症の記載がないので、三徴がそろっていないのが気になりました。
ドクタードクター
鋭い引っかかりだね。特発性正常圧水頭症の三徴は歩行障害・認知障害・排尿障害だけれど、すべてそろう必要はない。むしろ最も早く、最も高い頻度で出るのは歩行障害なんだ。認知障害が目立たない段階で受診する人も少なくない。
医学生医学生
歩行はどんな特徴があるんでしたっけ。パーキンソン病と似ていると聞いたことがあります。
ドクタードクター
小刻みで、足幅が広く、すり足。足が床に張り付いたように上がりにくいので「磁性歩行」と表現される。パーキンソン病と違って、号令や床の目印といった外からのきっかけで改善しにくく、上肢の症状は乏しいのが特徴だ。今回の開脚歩行もこの病気でよくみられる所見だよ。
医学生医学生
次はMRIですね。脳室が大きいなら、単純に脳が萎縮しているだけという可能性はないんでしょうか。
ドクタードクター
それが一番大事な鑑別だ。T2強調冠状断像では両側の側脳室が明らかに拡大している。ところが頭のてっぺん、高位円蓋部の脳溝やくも膜下腔はむしろ狭く詰まって見え、一方でシルビウス裂は開いている。萎縮なら脳溝は全体に一様に開くはずだから、この「広いところと狭いところが不釣り合い」な状態こそ手がかりになる。DESHと呼ばれる所見だ。
医学生医学生
脳梁角という言葉も聞いたことがあります。
ドクタードクター
左右の側脳室の上の壁がつくる角度のことで、冠状断で見るとこの病気では鋭角に狭くなる。おおむね90度未満が目安だ。脳室拡大の指標としてはEvans indexも覚えておこう。両側の側脳室前角の最大幅を頭蓋内腔の最大幅で割って、0.3を超えると脳室拡大とみなす。
医学生医学生
症状とDESH所見がそろうので、特発性正常圧水頭症が最も考えられる、ということですね。Alzheimer型認知症も高齢者で脳室が広がるので迷いそうです。
ドクタードクター
Alzheimer型認知症は近時記憶障害で始まり、認知機能の低下が病像の中心だ。歩行障害や尿失禁が目立つのはかなり進んでからになる。画像でも海馬を含む側頭葉内側の萎縮と下角の拡大、脳溝のびまん性開大が特徴で、高位円蓋部が詰まる今回の所見とは異なる。
医学生医学生
脊髄小脳変性症も開脚歩行になりますよね。神経内科の実習で、失調性歩行の患者さんが足を広げて歩いていたのを覚えています。
ドクタードクター
そう、失調性歩行も開脚になる。ただ脊髄小脳変性症なら、断綴性言語、眼振、四肢の測定障害といった小脳症状を伴うはずだ。今回は開脚歩行以外に異常がないし、画像も小脳・脳幹の萎縮ではなく側脳室拡大が主体だから合わない。
医学生医学生
多発性脳梗塞は、小刻み歩行と尿失禁と認知機能低下が出るので、症状だけなら似ていませんか。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。基底核や深部白質にラクナ梗塞が多発すると、血管性パーキンソニズムや血管性認知症として似た症状が出る。ただ多くは危険因子を持ち、段階的に悪化し、偽性球麻痺や腱反射亢進などの錐体路徴候を伴いやすい。T2強調像なら多数の高信号病変が見えるはずだが、今回は梗塞巣が目立たず脳室拡大が主体だ。
医学生医学生
Huntington病は、尾状核の萎縮で側脳室前角が丸く広がるんでしたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。常染色体優性遺伝のCAGリピート病で、30~50歳代に舞踏運動、精神症状、認知症で発症する。77歳で不随意運動も家族歴もない今回とは合わない。
医学生医学生
診断がついたら、腰椎穿刺をするんですよね。名前の通り髄液圧は正常なんでしょうか。
ドクタードクター
その通り、髄液圧は正常範囲にとどまる。ここで行うのがタップテストで、髄液を30 mLほど抜いて、数日以内に歩行などが改善するかを見る。改善すればシャント術の効果が期待でき、脳室腹腔シャントや腰椎腹腔シャントを行う。特に歩行障害は改善が得られやすい。
医学生医学生
CBTの勉強で「治療可能な認知症」として甲状腺機能低下症やビタミンB12欠乏と一緒に覚えました。見逃すと治るチャンスを逃してしまうんですね。
ドクタードクター
まさにそこが臨床で一番伝えたいことだ。高齢者の「歩きにくい」「トイレが近い」「最近ぼんやりしている」は年のせいと片付けられがちだけれど、MRIで脳室とくも膜下腔のバランスを確認する習慣をつけてほしい。なお、くも膜下出血や頭部外傷、髄膜炎の後に起こるものは続発性正常圧水頭症と呼び、原因がないものを特発性と呼ぶ点も区別しておこう。

まとめ

高齢者で緩徐に進行する歩行障害(小刻み・開脚・すり足の磁性歩行)と尿失禁を認めた場合、認知障害が目立たなくても特発性正常圧水頭症を考えます。MRIでは脳室拡大(Evans index>0.3)に加え、高位円蓋部の脳溝狭小化とシルビウス裂開大が不釣り合いに併存するDESH所見や脳梁角の狭小化が特徴で、脳溝が一様に開大する単純な萎縮との鑑別点になります。Alzheimer型認知症は記憶障害と側頭葉内側萎縮、脊髄小脳変性症は小脳症状と小脳・脳幹萎縮、多発性脳梗塞は段階的悪化と白質・基底核の多発病変、Huntington病は若年発症の舞踏運動と尾状核萎縮で区別します。髄液圧は正常で、タップテストで症状改善を確認したうえでシャント術を行えば改善が期待できるため、「治療可能な認知症」として見逃さないことが重要です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・77歳の高齢男性。 ・1年前から緩徐に進行する歩行困難と尿失禁。 ・軽度の開脚歩行(両足の幅を広げて歩く、wide-based gait)。 ・その他の身体所見に異常なし。すなわち、小脳失調を示す眼振・構音障害・四肢の測定障害や、片麻痺などの局所神経症候、不随意運動はみられない。

画像所見

頭部MRI T2強調冠状断像では、両側の側脳室が明らかに拡大している。一方で、脳室の大きさに比べて頭頂部(高位円蓋部)の脳溝やくも膜下腔は狭く詰まって見え、左右の側脳室上壁がつくる角度(脳梁角、callosal angle)は鋭角に狭小化している。シルビウス裂は逆に開大している。このように「脳室とシルビウス裂は広いのに、頭頂部の脳溝は狭い」というくも膜下腔の不均衡な拡大はDESH(disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus)と呼ばれ、特発性正常圧水頭症に特徴的である。単純な脳萎縮であれば脳溝も一様に開大するため、この所見が両者の鑑別点となる。

診断プロセス

高齢者で緩徐進行性の歩行障害と尿失禁があり、MRIでDESH所見を伴う脳室拡大を認めることから、特発性正常圧水頭症(iNPH:idiopathic normal pressure hydrocephalus)が最も考えられる。iNPHの三徴は歩行障害・認知障害・排尿障害(尿失禁)であり、歩行障害が最も早期から高頻度にみられる。本例では認知障害の記載はないが、三徴がすべてそろう必要はない。先行する頭部外傷やくも膜下出血、髄膜炎などの原因がないことから「特発性」と考える。

設問の考え方

症状の組み合わせ(歩行障害+尿失禁、目立たない認知障害)と、画像で萎縮や梗塞ではなく脳室拡大が主体であることを押さえれば、他の変性疾患や血管性病変と区別できる。

選択肢考察

  1. ×a.  Alzheimer型認知症

    Alzheimer型認知症は近時記憶障害で始まり、見当識障害、実行機能障害などの認知機能低下が病像の中心となる。歩行障害や尿失禁は進行した段階で目立つようになるもので、本例のように初期から歩行障害と尿失禁が主体となることは少ない。画像では海馬を含む側頭葉内側の萎縮と、それに伴う側脳室下角の拡大、びまん性の脳溝開大が特徴であり、本例のように高位円蓋部の脳溝が狭小化する所見とは異なる。

  2. ×b.  脊髄小脳変性症

    脊髄小脳変性症は小脳や脳幹、脊髄の神経変性による疾患群で、開脚性のふらつく歩行(失調性歩行)を来すが、同時に構音障害(断綴性言語)、眼振、四肢の協調運動障害(測定障害など)といった小脳症状を伴う。病型によっては錐体路徴候、パーキンソニズム、自律神経障害(排尿障害・起立性低血圧)を伴うこともある。本例は開脚歩行以外に身体所見の異常がなく、画像でも小脳・脳幹の萎縮ではなく側脳室拡大が主体であるため考えにくい。

  3. ×c.  多発性脳梗塞

    大脳基底核や深部白質のラクナ梗塞が多発すると、小刻み歩行、尿失禁、認知機能低下などを来し(血管性パーキンソニズム・血管性認知症)、症状がiNPHと似ることがある。しかしその場合は脳血管障害の危険因子を持ち、段階的に悪化することが多く、偽性球麻痺や腱反射亢進などの錐体路徴候を伴いやすい。MRI T2強調像では基底核・白質に多数の高信号病変がみられるはずであるが、本例の画像では梗塞巣を示す所見は目立たず、脳室拡大が主体である。

  4. ○d.  特発性正常圧水頭症

    高齢者で、緩徐に進行する歩行障害(小刻み・開脚・すり足で、足が床に張り付いたように上がりにくい「磁性歩行」が典型)と尿失禁があり、MRIで側脳室の拡大、高位円蓋部の脳溝・くも膜下腔の狭小化、シルビウス裂の開大、脳梁角の狭小化(DESH所見)を認めることから、特発性正常圧水頭症と診断できる。腰椎穿刺で髄液圧は正常範囲(200 mmH2O以下)であり、髄液を30 mL程度排除するタップテストで歩行などの症状が改善すればシャント手術の効果が期待できる。治療は脳室腹腔(V-P)シャント術や腰椎腹腔(L-P)シャント術で、「治療可能な認知症(treatable dementia)」の代表である。

  5. ×e.  Huntington病

    Huntington病は第4染色体のHTT遺伝子におけるCAGリピート伸長による常染色体優性遺伝の疾患で、主に30~50歳代に発症し、舞踏運動(不規則で素早い不随意運動)、精神症状、認知症を三主徴とする。画像では両側尾状核の萎縮により側脳室前角が外側へ丸く膨らむように拡大するのが特徴である。本例は77歳発症で不随意運動や家族歴の記載がなく、画像所見も合致しない。

正常圧水頭症(NPH)の概要

髄液の循環・吸収障害により脳室が拡大するが、腰椎穿刺で測定した髄液圧は正常範囲にとどまる水頭症である。くも膜下出血、頭部外傷、髄膜炎などの先行疾患に続いて起こる続発性NPHと、明らかな原因のない特発性NPH(iNPH)がある。iNPHは主に60歳以上の高齢者に起こる。

臨床三徴

(1)歩行障害:最も早期から出現し頻度が高い。小刻み、開脚(歩隔の拡大)、すり足、方向転換時の不安定性が特徴で、足が床から離れにくい磁性歩行と表現される。パーキンソン病と異なり、号令や目印などの外的なきっかけでも改善しにくく、上肢の症状は乏しい。 (2)認知障害:注意障害、思考や反応の緩慢化、意欲低下などの前頭葉機能低下が中心。 (3)排尿障害:尿意切迫や頻尿、尿失禁。

画像所見

・脳室拡大(Evans index>0.3:両側側脳室前角の最大幅÷同一断面の頭蓋内腔最大幅) ・DESH所見:シルビウス裂・脳底部の脳槽の開大と、高位円蓋部・正中部の脳溝やくも膜下腔の狭小化の不均衡 ・脳梁角の狭小化(冠状断で鋭角、おおむね90度未満)

診断と治療

脳脊髄液排除試験(タップテスト):腰椎穿刺で髄液を約30 mL排除し、数日以内に歩行などの症状が改善するかを確認する。改善があればシャント術が有効である可能性が高い。 治療:V-Pシャント、L-Pシャント、脳室心房(V-A)シャントなどの髄液シャント術。特に歩行障害の改善が得られやすい。

POINT

・iNPHの三徴=歩行障害・認知障害・尿失禁。歩行障害が最も早期かつ高頻度。 ・歩行は小刻み・開脚・すり足(磁性歩行)。 ・MRIでは脳室拡大(Evans index>0.3)、高位円蓋部の脳溝狭小化とシルビウス裂開大(DESH)、脳梁角の狭小化。 ・髄液圧は正常。タップテストで症状改善を確認し、シャント術で治療する。 ・「治療可能な認知症」の代表として重要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。