広がる輪っかの正体は数分でわかる―股部白癬とKOH直接鏡検
第106回医師国家試験 I問題 第53問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。皮疹を主訴に来院した。6か月前に右鼠径部の皮疹に気付いた。中心部が治癒しながら周辺に拡大し,痒みを伴うという。右鼠径部の写真を別に示す。 治療を開始するための迅速な検査法として最も有用なのはどれか。

- a.培養法
- b.PCR法
- c.皮膚生検
- d.トリコフィチン反応
- e.苛性カリ〈KOH〉直接鏡検法
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
陰股部に中心治癒傾向を示しながら遠心性に拡大する痒みのある環状紅斑をみたら、股部白癬を疑います。治療開始の判断に最も有用な迅速検査は、病変辺縁の鱗屑をKOHで処理して菌糸・胞子を観察する直接鏡検法で、外来で数分〜十数分のうちに結果が得られます。培養は菌種同定に有用ですが数週間かかり、PCR法や皮膚生検は設備・侵襲・時間の面で日常の迅速診断には向かず、トリコフィチン反応は現在の感染を証明しません。湿疹と誤認してステロイドを外用すると白癬は悪化するため、治療前に鏡検で真菌を確認する習慣が重要です。採取部位や前治療による偽陰性といった鏡検のコツも含めて理解しておくと、日常診療での皮膚真菌症の見逃しや誤治療を防げます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・45歳男性。6か月前から右鼠径部に皮疹がある。 ・皮疹は中心部が治りながら周囲へ広がり、痒みを伴う。 ・写真では、中央部は色素沈着を残して比較的落ち着き、辺縁が堤防状にやや隆起した環状の紅斑がみられる。
診断へのプロセス
陰股部に生じ、「中心治癒傾向を示しながら遠心性に拡大する、痒みのある環状紅斑」は、皮膚糸状菌(白癬菌)による股部白癬(いわゆる「いんきんたむし」)の典型像である。白癬菌は角質層に寄生して周囲へ広がっていくため、菌が多いのは活動性のある辺縁部で、辺縁には小水疱や鱗屑(皮膚表面のかさかさした落屑)がみられやすい。 鑑別としては、湿疹・接触皮膚炎、カンジダ症(皮膚カンジダ症。紅斑の周囲に小さな膿疱や紅斑が衛星状に散らばり、中心治癒傾向は乏しい)、紅色陰癬(コリネバクテリウムによる褐色斑。ウッド灯でサンゴ赤色の蛍光を示す)などが挙がる。湿疹と誤ってステロイド外用薬を使うと白癬が悪化・拡大する(異型白癬)ため、治療前に真菌の有無を確かめることが重要である。
設問の考え方
問われているのは、「治療を開始するために、その場ですぐ結果が得られる検査」である。外来で数分〜十数分以内に真菌の存在を確認でき、抗真菌薬の投与開始を判断できる検査は、鱗屑を採取して苛性カリ(水酸化カリウム、KOH)で処理し顕微鏡で観察する直接鏡検法である。他の検査はいずれも結果が出るまでに時間がかかるか、目的が異なる。
選択肢考察
- ×a. 培養法
採取した鱗屑をサブロー(Sabouraud)ブドウ糖寒天培地などで培養し、集落の形態や顕微鏡所見から菌種を同定する方法である。菌種まで確定できる利点があるが、白癬菌は発育が遅く、結果が出るまでに通常2〜4週間程度かかる。治療開始を判断する迅速検査としては適さない。
- ×b. PCR法
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法は真菌の遺伝子を増幅して検出・菌種同定を行う方法で、感度・特異度は高い。しかし、専用の設備と手技を要し、一般外来ですぐに結果を得られる検査ではなく、日常診療での白癬の診断には通常用いない。
- ×c. 皮膚生検
皮膚の一部を切除して病理組織を調べる方法で、PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色などで角質内の菌要素を確認できる。しかし侵襲的であり、標本作製・診断に数日以上を要する。表在性の白癬の診断は直接鏡検で十分であり、生検は他疾患との鑑別が難しい場合などに限られる。
- ×d. トリコフィチン反応
白癬菌から抽出した抗原(トリコフィチン)を皮内に注射し、遅延型(Ⅳ型)アレルギー反応をみる皮内反応である。判定に48時間程度を要し、過去の感染でも陽性となりうるため現在の感染の証明にはならない。主にケルスス禿瘡などの深在性白癬で免疫反応を評価する目的で用いられてきたもので、表在性白癬の迅速診断には用いない。
- ○e. 苛性カリ〈KOH〉直接鏡検法
病変の辺縁部から鱗屑(あるいは小水疱の蓋)を採取してスライドガラスに載せ、10〜30%程度の苛性カリ(KOH)溶液を滴下してカバーガラスをかけ、軽く加温して角質を溶かしたうえで顕微鏡で観察する。角質が溶けて透明になり、KOHに溶けにくい真菌の菌糸や胞子が見えるようになる。外来でその場で実施でき、数分〜十数分で結果が得られる簡便・迅速な検査であり、陽性であれば直ちに抗真菌薬による治療を開始できる。皮膚真菌症の診断の基本である。
白癬(皮膚糸状菌症)の概要
皮膚糸状菌(主にTrichophyton rubrum、T. mentagrophytes〈T. interdigitale〉など)がケラチンを栄養源として角質層・毛・爪に寄生する感染症である。部位によって、足白癬、爪白癬、体部白癬、股部白癬、頭部白癬などと呼ばれる。高温多湿の環境で起こりやすく、股部白癬は足白癬からの自家感染で生じることも多い。
股部白癬の臨床像
鼠径部から大腿内側に、辺縁が堤防状に隆起して小水疱・鱗屑を伴う環状〜半環状の紅斑を生じ、中心部は治癒傾向を示して色素沈着を残す。強い痒みを伴う。
KOH直接鏡検のコツ
・検体は菌の多い活動性の辺縁部(鱗屑、小水疱の蓋)から採取する。 ・抗真菌薬をすでに外用していると偽陰性になりやすい。 ・陰性でも臨床的に疑わしければ、時間をおいて再検する。 ・カンジダでは仮性菌糸と酵母様の胞子の集まりがみられ、白癬菌の分節性の菌糸と区別する。
治療
股部白癬・体部白癬は、イミダゾール系、アリルアミン系(テルビナフィンなど)などの抗真菌薬の外用が基本である。症状が消えても菌が残りやすいので、一定期間外用を続ける。広範囲の場合や爪白癬・頭部白癬では内服薬を用いる。ステロイド外用薬は白癬を悪化させるため使用しない。
POINT
・中心治癒傾向を示し遠心性に拡大する痒みのある環状紅斑は白癬を疑う。陰股部なら股部白癬。 ・皮膚真菌症の迅速診断はKOH直接鏡検法。病変の辺縁から鱗屑を採取し、菌糸・胞子を確認する。 ・培養は菌種同定に有用だが数週間かかる。トリコフィチン反応は皮内反応で迅速診断には使わない。 ・湿疹と誤認してステロイドを外用すると白癬は悪化する。治療前に鏡検で確認する。
