「飲み込めない」から「口が開かない」へ―筋のこわばりが告げる破傷風
第106回医師国家試験 I問題 第54問
国試問題にチャレンジ
61歳の女性。嚥下困難を主訴に来院した。5日前から水を飲み込みにくい感じがあり,徐々に増悪してきた。嚥下困難の原因検索のため入院となった。血液検査,上部消化管内視鏡検査,頸部CT及び胸部CTに異常を認めなかった。入院後4日,患者は口を開けられないと訴えた。身体診察で胸鎖乳突筋の筋緊張亢進を認める。 考えられるのはどれか。
- a.破傷風
- b.多発性筋炎
- c.重症筋無力症
- d.多発性硬化症
- e.Guillain-Barré症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
検査で器質的異常のない嚥下困難に開口障害(牙関緊急)と頸部筋の筋緊張亢進が続く経過は、破傷風に典型的です。破傷風菌の毒素テタノスパスミンは抑制性介在ニューロンからのグリシン・GABA放出を阻害し、筋の持続収縮を起こすため、症状は筋力低下ではなく強直として現れます。重症筋無力症、多発性筋炎、Guillain-Barré症候群はいずれも筋力低下が主体で方向が逆であり、多発性硬化症も経過や症候が合いません。外傷の自覚がない例も多く、診断は臨床症状に基づき、抗破傷風ヒト免疫グロブリン、創処置、抗菌薬、けいれん・呼吸・自律神経の管理を早期に行い、回復後にはトキソイド接種が必要です。「力が抜ける」のか「こわばる」のかという視点は、神経筋疾患の鑑別全般に役立つ基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・61歳女性。5日前から水が飲み込みにくくなり、次第に悪化した(亜急性に進行する嚥下困難)。 ・血液検査、上部消化管内視鏡検査、頸部CT、胸部CTに異常がない。 ・入院4日目に「口を開けられない」(開口障害、牙関緊急)が出現した。 ・胸鎖乳突筋の筋緊張亢進(筋の硬さ・こわばり)を認める。
診断へのプロセス
嚥下困難の原因は、①器質的な原因(咽頭・食道の腫瘍や炎症、狭窄、外からの圧迫など)、②機能的な原因(神経・筋疾患による嚥下運動の障害)、③心理的な原因に大きく分けられる。 本例では内視鏡と頸部・胸部CTに異常がなく、咽頭・食道の腫瘍や狭窄、縦隔病変などの器質的疾患は否定的である。血液検査にも異常がなく、炎症や筋酵素の上昇もない。数日の経過で急速に悪化しており、心理的な原因も考えにくい。したがって、神経・筋の機能的な異常を考える。 ここで重要なのは、症状が「筋力低下(麻痺)」ではなく「筋緊張の亢進(こわばり)」である点である。重症筋無力症、多発性筋炎、Guillain-Barré症候群はいずれも筋力低下をきたす疾患で、筋が硬くなって口が開かなくなるという所見とは方向が逆である。 嚥下困難に続いて開口障害が出現し、胸鎖乳突筋など頸部の筋にもこわばりが広がっていく経過は、破傷風に特徴的である。破傷風では、破傷風菌が産生する神経毒素(テタノスパスミン)が抑制性の神経伝達を遮断するため、筋が持続的に収縮する。初期には口周囲や頸部のこわばり、嚥下困難、肩こり様の違和感などで始まり、咬筋の強直による開口障害(牙関緊急)が現れ、やがて全身の強直性けいれんへ進行する。明らかな外傷の記載がなくても、小さな刺し傷や擦り傷から感染することがあり、受傷を自覚していない例も多い。
設問の考え方
原因不明の嚥下困難や開口障害をみたら、破傷風を必ず鑑別に挙げる。初期症状は非特異的で、耳鼻科・歯科疾患や顎関節症と誤られやすいが、発見が遅れると全身けいれんや呼吸筋のけいれんで致命的となりうるため、早期診断が重要である。
選択肢考察
- ○a. 破傷風
破傷風菌(Clostridium tetani)の神経毒素は、脊髄・脳幹の抑制性介在ニューロンからの抑制性伝達物質(グリシン、GABA〈γ-アミノ酪酸〉)の放出を阻害する。その結果、運動ニューロンへのブレーキが外れて骨格筋が持続的に収縮する。典型的には口周囲・頸部のこわばりや嚥下困難に始まり、開口障害(牙関緊急)、顔面筋のけいれんによる痙笑(苦笑したような表情)、項部硬直、さらに全身の強直性けいれんや後弓反張へ進む。意識は通常保たれる。本例の嚥下困難に続く開口障害、胸鎖乳突筋の筋緊張亢進という経過はこれに合致し、画像・血液検査で異常がない点も矛盾しない。
- ×b. 多発性筋炎
多発性筋炎は骨格筋に炎症が起こる自己免疫疾患で、左右対称性の四肢近位筋(上腕・大腿など)の筋力低下が主症状である。階段昇降やしゃがみ立ち、重い物の持ち上げ、臥位からの頭部挙上が困難になり、咽頭筋や食道上部の横紋筋が侵されると構音障害・嚥下困難をきたす。血液検査ではクレアチンキナーゼ(CK)などの筋原性酵素が上昇するのが通常である。本例は血液検査に異常がなく、症状も筋力低下ではなく筋緊張の亢進であるため合わない。
- ×c. 重症筋無力症
重症筋無力症は、神経筋接合部のアセチルコリン受容体などに対する自己抗体により、筋を使うほど力が入らなくなる(易疲労性)筋力低下を生じる疾患である。眼瞼下垂や複視で始まることが多く、構音障害や嚥下困難、四肢の筋力低下もみられ、症状は夕方に悪化する(日内変動)。胸腺腫や胸腺過形成を合併することが多く、胸部CTで胸腺腫が見つかる場合がある。本例では眼症状や易疲労性の記載がなく、胸部CTも正常であり、何より筋緊張が亢進している点が筋無力症の筋力低下と相反する。
- ×d. 多発性硬化症
多発性硬化症は中枢神経(脳・脊髄・視神経)に脱髄病変が時間的・空間的に多発する疾患で、若年成人の女性に多い。視力障害(視神経炎)、複視、小脳失調、四肢の麻痺・しびれ、膀胱直腸障害などを再発・寛解を繰り返しながら生じ、病変は頭部・脊髄MRIで描出される。61歳での初発は典型的でなく、本例のように嚥下困難から開口障害・頸部筋の強直へ数日で進む経過や、ほかの神経症状を欠く点も合わない。
- ×e. Guillain-Barré症候群
Guillain-Barré症候群は、カンピロバクター腸炎や上気道感染などの先行感染の1〜3週後に、自己免疫機序で末梢神経が障害される急性の多発ニューロパチーである。典型的には下肢から始まり上行する左右対称性の弛緩性筋力低下と、腱反射の低下・消失を示し、脳神経障害として顔面神経麻痺や球麻痺(嚥下障害)を伴うこともある。症状は弛緩性麻痺であり、本例のような筋緊張亢進や開口障害は説明できない。先行感染や四肢の筋力低下の記載もない。
破傷風の概要
破傷風菌は土壌中に芽胞として広く存在する偏性嫌気性のグラム陽性桿菌である。創傷(釘の踏み抜き、土で汚れた傷、小さな刺し傷など)から侵入し、嫌気的な環境で発芽・増殖して神経毒素テタノスパスミンを産生する。毒素は末梢神経を逆行性に輸送されて中枢神経系に達し、抑制性介在ニューロンからのグリシン・GABAの放出を阻害する。わが国では、予防接種の世代的な事情から免疫が不十分な中高年〜高齢者の発症が多い。感染症法の5類感染症(全数把握)である。
臨床経過
潜伏期は通常3〜21日程度である。臨床的には次の4期に分けて考えることが多い。 ・第1期:口周囲の違和感、肩こり・首のこわばり、寝汗、歯ぎしりなど。 ・第2期:開口障害(牙関緊急)が出現し、次第に増強する。顔面筋のけいれんで痙笑を呈する。嚥下困難、構音障害も目立つ。 ・第3期:項部硬直、背筋の緊張による後弓反張、全身の強直性けいれん、呼吸筋・喉頭のけいれんによる呼吸困難。光や音などわずかな刺激でけいれんが誘発される。生命に最も危険な時期である。自律神経障害(血圧・脈拍の大きな変動、発汗過多)も起こりうる。 ・第4期:回復期。筋のこわばりや反射亢進が徐々に軽快する。 第1期の症状(開口障害の出現)から第3期の全身性けいれんが始まるまでの時間をオンセットタイムと呼び、これが48時間以内と短いほど重症で予後不良とされる。潜伏期が短いことも予後不良因子である。
診断と治療
診断は臨床症状に基づいて行い、特異的な確定検査はない(創部から菌が培養されないことも多い)。治療は、抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)による未結合毒素の中和(すでに神経に結合した毒素には無効なので早期投与が重要)、創部のデブリドマン、抗菌薬(メトロニダゾール、ペニシリンGなど)、ベンゾジアゼピン系薬や硫酸マグネシウムなどによるけいれんのコントロール、暗く静かな環境での刺激回避、必要に応じた気管挿管・人工呼吸管理、自律神経障害への対応を行う。破傷風にかかっても免疫は成立しないため、回復後に破傷風トキソイドによる予防接種を行う。
POINT
・原因不明の嚥下困難・開口障害(牙関緊急)をみたら破傷風を疑う。 ・破傷風は筋力低下ではなく筋緊張亢進・強直性けいれんを起こす。毒素がグリシン・GABAの放出を抑える(抑制が外れる)ためである。 ・経過:口周囲・頸部のこわばり → 開口障害・痙笑 → 項部硬直・後弓反張・全身けいれん → 回復期。 ・オンセットタイム(開口障害から全身けいれんまで)48時間以内は予後不良。 ・重症筋無力症、多発性筋炎、Guillain-Barré症候群はいずれも筋力低下が主体で、筋緊張亢進とは逆の所見である。
