銅はあふれているのに血清銅は低い―Wilson病の検査値を「向き」で整理する
第105回医師国家試験 I問題 第9問
国試問題にチャレンジ
Wilson病でみられないのはどれか。
- a.アミノ酸尿
- b.溶血性貧血
- c.血清銅の低値
- d.血清尿酸の高値
- e.血清セルロプラスミンの低値
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Wilson病はATP7B遺伝子異常による常染色体劣性遺伝の疾患で、肝細胞から胆汁への銅排泄とセルロプラスミンへの銅の組み込みが障害されます。その結果、血清セルロプラスミンと総血清銅は低値となる一方、遊離銅は増えて肝臓・脳・角膜・腎臓・赤血球を障害し、尿中銅は増加します。腎臓では近位尿細管障害によるFanconi症候群からアミノ酸尿や腎性糖尿を呈し、尿酸も尿中に失われるため血清尿酸は低値となり、また遊離銅による赤血球傷害でCoombs陰性溶血性貧血をきたします。治療はキレート薬や亜鉛製剤を生涯継続し、劇症例では肝移植も考慮されます。「体内の銅は過剰でも血清銅は低い」「尿酸は高値ではなく低値」という検査値の向きを病態から説明できることが、銅代謝異常の理解の要となります。
解答・解説
正解はdです
Wilson病(ウィルソン病)は、肝細胞から胆汁中へ銅を排泄する仕組みが先天的に障害され、体内に銅がたまっていく常染色体劣性(潜性)遺伝の疾患である。原因遺伝子は第13番染色体上のATP7B(銅輸送型ATPase)で、この蛋白は肝細胞内で①銅をセルロプラスミンに組み込む、②余った銅を胆汁中へ汲み出す、という2つの役割を担う。 この機能が失われると次のことが起こる。 ・銅を持たないセルロプラスミン(アポセルロプラスミン)は速やかに分解されるため、血清セルロプラスミンが低下する。 ・血清銅の大部分(約9割)はセルロプラスミンに結合して存在するため、セルロプラスミンが減ると血清銅(総銅)も低くなる。一方で、セルロプラスミンに結合していない銅(遊離銅)はむしろ増える。 ・胆汁へ出せない銅は肝臓にたまり、あふれた遊離銅が血中を介して脳(大脳基底核)、角膜、腎臓、赤血球などに沈着・障害を起こす。遊離銅は腎から排泄されやすく、尿中銅排泄量は増加する。 したがって本問は、「銅が各臓器に何をするか」と「血液・尿検査がどちらに動くか」を整理すれば解ける。特に腎臓では近位尿細管が傷害されてFanconi症候群(近位尿細管での再吸収障害の総称)の形をとり、アミノ酸、ブドウ糖、リン、尿酸などが尿中に漏れ出す。尿酸は尿へ失われるので、血清尿酸はむしろ低値となる。「血清尿酸の高値」はWilson病の所見として逆向きであり、これが「みられないもの」である。
選択肢考察
- ×a. アミノ酸尿
みられる。銅が腎臓の近位尿細管に沈着すると尿細管上皮が傷害され、本来ここで再吸収されるはずのアミノ酸が尿中に出てくる。同じ機序で糖尿(血糖正常でも出る腎性糖尿)、リン酸尿、尿酸排泄増加、低分子蛋白尿、近位尿細管性アシドーシス(2型RTA)などを伴い、Fanconi症候群の像を呈しうる。高カルシウム尿や腎結石を生じることもある。
- ×b. 溶血性貧血
みられる。肝細胞が壊れて大量の銅が一気に血中へ放出されると、遊離銅が酸化ストレスを介して赤血球膜を傷害し、直接Coombs試験陰性の溶血性貧血を起こす。劇症肝炎型(急性肝不全)のWilson病では溶血を伴うことが特徴的で、若年者の急性肝不全に溶血を合併していたらWilson病を疑うきっかけになる。また肝硬変に進行した例では、門脈圧亢進による脾機能亢進で赤血球が脾臓で壊されやすくなることも貧血に関与する。
- ×c. 血清銅の低値
みられる。体内の銅の総量は増えているのに血清銅が低くなる点が、Wilson病の検査所見で紛らわしいところである。血清銅の大部分はセルロプラスミンに結合して測定されているため、セルロプラスミンが減ると総血清銅も下がる。ただし、セルロプラスミン非結合銅(遊離銅)は増加しており、これが組織障害と尿中銅排泄の増加の原因となる。なお急性肝不全で肝細胞から銅が大量に流れ出た場合には、血清銅が正常〜高値を示すことがある。
- ○d. 血清尿酸の高値
みられない(正解)。尿酸は糸球体で濾過されたあと、大部分が近位尿細管で再吸収される。Wilson病では銅沈着により近位尿細管が傷害されるため尿酸の再吸収が低下し、尿中への尿酸排泄が増える。その結果、血清尿酸は高値ではなく低値となる。低尿酸血症はFanconi症候群の一所見として覚えておくとよい。
- ×e. 血清セルロプラスミンの低値
みられる。ATP7Bの機能が失われると、肝細胞内でセルロプラスミンに銅を組み込めない。銅を持たないアポセルロプラスミンは血中での半減期が短く、すぐに分解されるため、血清セルロプラスミンは低値(おおむね20 mg/dL未満)となる。Wilson病の診断に最も広く用いられる検査である。ただしセルロプラスミンは急性期反応蛋白でもあるため、炎症やエストロゲン(妊娠、経口避妊薬)の影響で見かけ上正常域に入ることがあり、逆に保因者や低栄養、ネフローゼ症候群でも低値になるので、単独では確定診断にならない。
Wilson病の概要
・遺伝形式:常染色体劣性(潜性)遺伝。原因遺伝子はATP7B(13q14.3)。わが国の頻度はおよそ3〜4万人に1人とされる。 ・病態:肝細胞から胆汁への銅排泄障害と、セルロプラスミンへの銅の取り込み障害。銅はまず肝臓にたまり、その後あふれて全身に沈着する。
臓器別の症状
・肝臓:無症候性の肝機能異常、脂肪肝、慢性肝炎、肝硬変。劇症肝炎型では溶血を伴い、ALPが相対的に低く、AST優位のトランスアミナーゼ上昇を示すことが多い。小児期(学童期)は肝症状で発症しやすい。 ・脳(特にレンズ核:被殻・淡蒼球):振戦(羽ばたき様振戦を含む)、構音障害、ジストニア、筋強剛、書字障害など錐体外路症状。思春期以降は神経症状で発症しやすい。 ・精神:性格変化、抑うつ、学業成績低下など。 ・眼:Kayser-Fleischer角膜輪(角膜辺縁のデスメ膜への銅沈着による褐色〜緑褐色の輪)。細隙灯顕微鏡で確認する。神経型ではほぼ全例にみられる。ひまわり様白内障を伴うこともある。 ・腎臓:近位尿細管障害(Fanconi症候群)→アミノ酸尿、腎性糖尿、リン酸尿、低尿酸血症、近位尿細管性アシドーシス。 ・血液:Coombs陰性溶血性貧血。 ・その他:骨軟化症、心筋障害、関節症など。
検査所見のまとめ
・血清セルロプラスミン:低値 ・血清銅(総銅):低値(セルロプラスミン非結合銅は増加) ・尿中銅排泄量:増加(24時間尿で100 µg/日以上が目安) ・肝銅含量:増加(肝生検で乾燥重量1 gあたり250 µg以上が目安) ・頭部MRI:レンズ核、視床、脳幹などのT2強調像高信号 ・確定には遺伝子検査も用いられる。
治療
・銅キレート薬:D-ペニシラミン、トリエンチン(塩酸トリエンチン)。尿中への銅排泄を促す。 ・亜鉛製剤(酢酸亜鉛):腸管上皮でメタロチオネインを誘導し、腸管からの銅吸収を抑える。維持療法や発症前の患者に用いる。 ・食事療法:銅を多く含む食品(貝類、レバー、ナッツ、チョコレートなど)を控える。 ・劇症肝炎型や治療抵抗性の肝不全では肝移植。 ・治療は生涯継続が必要で、自己中断により急激に悪化することがある。
鑑別として押さえたい銅代謝異常
Menkes病はATP7A異常により腸管からの銅吸収が障害されるX連鎖劣性遺伝の疾患で、こちらは体内の銅が不足する(縮れ毛、発達遅滞、けいれんなど)。Wilson病とは銅の過不足が逆である。
POINT
・Wilson病はATP7B異常による常染色体劣性遺伝の銅排泄障害である。 ・血清セルロプラスミン低値、血清銅(総銅)低値、尿中銅増加、肝銅含量増加が典型的な検査所見である。体内の銅は過剰なのに血清銅は低い点に注意する。 ・近位尿細管障害(Fanconi症候群)により、アミノ酸尿・腎性糖尿・リン酸尿を呈し、血清尿酸は「低値」となる。 ・遊離銅による赤血球傷害でCoombs陰性溶血性貧血を起こし、特に劇症肝炎型で目立つ。 ・肝障害、錐体外路症状、Kayser-Fleischer角膜輪が三大症候である。
