水を飲みすぎるとADHは黙る―浸透圧と循環血液量で読み解くバソプレシンの動き
第105回医師国家試験 I問題 第6問
国試問題にチャレンジ
血漿ADHが低値を示すのはどれか。
- a.脱水症
- b.SIADH
- c.腎性尿崩症
- d.心因性多飲症
- e.非代償性肝硬変
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
ADHは血漿浸透圧の上昇(鋭敏な刺激)と循環血液量の低下(感度は低いが強力な刺激)によって分泌が増え、集合管のV2受容体を介して水を再吸収させます。心因性多飲症では過剰な飲水で浸透圧が下がり、ADHが生理的に抑制されて低値となります。一方、脱水症は浸透圧上昇と容量低下で、腎性尿崩症は濃縮障害への代償で、非代償性肝硬変は有効循環血液量の低下でADHが高値となり、SIADHは低浸透圧にもかかわらず分泌が抑制されない「不適切な分泌」です。多尿の鑑別では水制限試験とデスモプレシンへの反応で心因性多飲症と中枢性・腎性尿崩症を見分けます。ADHを動かす「浸透圧」と「容量」という二つの刺激で考える習慣は、低ナトリウム血症や多尿の診療全般に役立ちます。
解答・解説
正解はdです
テーマ
抗利尿ホルモン(ADH、別名アルギニンバソプレシン〈AVP〉)の分泌調節を理解し、各病態で血漿ADHがどう動くかを予測できるかを問う問題である。
ADHの基本
ADHは視床下部(視索上核・室傍核)で産生され、下垂体後葉から分泌される。腎集合管のV2受容体に結合し、水チャネルであるアクアポリン2(AQP2)を管腔側膜へ移動させて水の再吸収を促し、尿を濃縮する。
分泌を調節する二つの刺激
1. 浸透圧刺激:血漿浸透圧が上がるとADH分泌が増え、下がると抑制される。わずか1〜2%程度の浸透圧変化にも鋭敏に反応する、平常時の主な調節系である。 2. 容量(圧)刺激:循環血液量や血圧が低下すると、左房・大血管の圧受容器を介してADH分泌が増える。感度は浸透圧刺激より低く、おおむね10%前後以上の低下で作動するが、いったん働くと強力で、浸透圧による抑制に打ち勝つこともある。
考え方
血漿ADHが低くなるのは、「血漿浸透圧が低下し、かつ循環血液量が保たれている(むしろ過剰な)状態」、あるいはADHを作れない状態(中枢性尿崩症)である。選択肢の中で、水の過剰摂取により血漿浸透圧が下がり、ADH分泌が生理的に抑制されるのは心因性多飲症である。他の選択肢はいずれも、浸透圧刺激・容量刺激・腎の反応低下に対する代償・自律的分泌のいずれかの理由でADHが高値(または不適切に保たれた値)となる。
選択肢考察
- ×a. 脱水症
脱水(とくに水分の喪失が主体の高張性脱水)では血漿浸透圧が上昇し、浸透圧受容器を介してADH分泌が増加する。加えて循環血液量の減少も容量刺激としてADH分泌を促す。ADHは水を再吸収して体液を保持する方向に働き、尿は濃縮され尿量は減少する。血漿ADHは高値となる。
- ×b. SIADH
SIADH(syndrome of inappropriate secretion of ADH:ADH不適合分泌症候群)は、肺小細胞癌などの腫瘍による異所性産生、中枢神経疾患、肺疾患、薬剤などにより、ADHが生理的な調節を受けずに分泌され続ける病態である。本来なら低ナトリウム血症・低浸透圧でADHは抑制されるはずなのに、血漿ADHが抑制されず測定感度以上に検出される(絶対値としては正常範囲のこともある)点が本質である。その結果、水が貯留して希釈性の低ナトリウム血症となり、尿は不適切に濃縮される。血漿ADHが低値を示す病態ではない。
- ×c. 腎性尿崩症
腎性尿崩症は、ADHは十分に分泌されているのに腎集合管が反応しない病態である。先天性ではV2受容体遺伝子(X連鎖性)やAQP2遺伝子の異常、後天性ではリチウム製剤、高カルシウム血症、低カリウム血症などが原因となる。尿を濃縮できず低張尿の多尿となり、水分が失われて血漿浸透圧が上昇するため、ADH分泌は代償的に亢進し、血漿ADHは高値となる。ADH(デスモプレシン)を投与しても尿浸透圧が上がらない点で中枢性尿崩症と区別される。
- ○d. 心因性多飲症
心因性多飲症(一次性多飲症)は、精神的要因などにより水を過剰に摂取する状態である。取り込んだ水で体液が希釈されて血漿浸透圧が低下(正常下限付近〜低値)し、浸透圧受容器を介したフィードバックでADH分泌が抑制される。そのため血漿ADHは低値となり、尿は希釈され低張の多尿となる。これは余分な水を排泄するための正常な生理反応である。水制限試験を行うと、水分摂取が止まって浸透圧が上がるにつれADHが分泌され、尿が濃縮される点で尿崩症と鑑別できる。
- ×e. 非代償性肝硬変
非代償性肝硬変では、腹水・浮腫によって体全体の細胞外液量はむしろ増えている。しかし、内臓血管の拡張(一酸化窒素などによる)と低アルブミン血症による血管外への水分漏出のため、動脈系を満たしている血液量(有効循環血液量)は不足した状態になる。これを圧受容器が「容量不足」と感知し、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系や交感神経とともにADH分泌が亢進する。血漿ADHは高値となり、水の再吸収が増えて希釈性の低ナトリウム血症を生じやすい。
血漿ADHと病態の整理
・ADH低値:中枢性尿崩症(ADHを作れない)、心因性多飲症(浸透圧低下による生理的抑制) ・ADH高値(代償性・生理的):脱水、腎性尿崩症、有効循環血液量が減少する病態(心不全、非代償性肝硬変、ネフローゼ症候群など) ・ADH不適切分泌:SIADH(低浸透圧にもかかわらず分泌が抑制されない)
多尿の鑑別(水制限試験・高張食塩水負荷試験)
・中枢性尿崩症:水制限・高張食塩水負荷でもADHが上がらず、尿は濃縮されない。デスモプレシン投与で尿が濃縮される。 ・腎性尿崩症:ADHは高値だが尿は濃縮されない。デスモプレシンにも反応しない。 ・心因性多飲症:水制限により浸透圧が上がるとADHが分泌され、尿が濃縮される。安静時の血清ナトリウムはやや低めのことが多い(尿崩症では高めになりやすい)。 ※長期の多飲では腎髄質の浸透圧勾配が薄まり(medullary washout)、一時的に濃縮力が落ちていることがある。
心因性多飲症の注意点
統合失調症患者などで大量の飲水が続くと、腎の水排泄能力を超えて水中毒(重度の低ナトリウム血症)となり、頭痛、嘔吐、痙攣、意識障害をきたすことがある。
低ナトリウム血症の病態との関連
ADHの作用による水の貯留は、SIADH、心不全、肝硬変などにおける低ナトリウム血症の主因の一つである。V2受容体拮抗薬(トルバプタン)はこの作用を遮断して水の排泄を促す薬である。
POINT
・ADH分泌の主な刺激は血漿浸透圧の上昇(鋭敏)と循環血液量の低下(約10%前後以上で作動、強力)。 ・ADH低値:心因性多飲症、中枢性尿崩症。 ・ADH高値:脱水、腎性尿崩症(代償性)、心不全・肝硬変(有効循環血液量低下)。 ・SIADHは低浸透圧でもADHが抑制されない「不適切な分泌」。 ・心因性多飲症は水制限で尿が濃縮される点で尿崩症と鑑別する。
