StudyMed医師国家試験

アルコールが効かない冬の脅威―高齢者施設のノロウイルスを「手」と「塩素」で封じ込める

第105回医師国家試験 I問題 第69問

国試問題にチャレンジ

第105回 I問題 第69問

介護老人福祉施設において,多数の入所者が嘔吐と下痢とを発症した。複数の患者の糞便試料から,PCR法によって原因ウイルスが確定された。  感染の拡大を抑えるために適切なのはどれか。2つ選べ。

  1. a.手洗いの励行
  2. b.エタノールによる消毒
  3. c.塩素系薬剤による消毒
  4. d.入所者の魚介類摂取の禁止
  5. e.入所者への抗ウイルス薬の予防投与

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者施設で起きた嘔吐・下痢の集団発生への対応を問う問題だ。ウイルス名は書かれていないけれど、状況から原因ウイルスを推定し、そのウイルスの性質に合った感染対策を選べるかがカギになる。まず、どのウイルスを考えるかな。
医学生医学生
嘔吐と下痢の集団発生なので、ノロウイルスかロタウイルスでしょうか。
ドクタードクター
いい候補だね。ただ、ロタウイルスは主に乳幼児の病気だ。成人や高齢者も含めてあらゆる年齢層で集団発生を起こすのはノロウイルス。悪心・嘔吐が目立ち、培養が難しいので診断には糞便のRT-PCR法や迅速抗原検査が使われる。高齢者施設でPCRにより確定、という状況はノロウイルスと考えるのが自然だ。
医学生医学生
微生物学の講義で、ノロウイルスはカリシウイルス科でエンベロープがないと習いました。それが対策に関係するんですよね。
ドクタードクター
その通り、そこが今回の核心だ。ノロウイルスの性質を整理すると、感染経路は糞口感染が基本で、患者の便や吐物に含まれる大量のウイルスが手指や環境を介して口に入る。10〜100個程度のごく少量でも感染が成立するとされるほど感染力が強い。そしてエンベロープがないため、アルコールが効きにくい。
医学生医学生
だとすると、エタノール消毒は選びにくいですね。病院実習では病室の前のアルコールで手指消毒するのが当たり前だったので、少し意外です。
ドクタードクター
日常の手指衛生としてアルコールは非常に有用なんだけど、それはインフルエンザウイルスやコロナウイルスのようなエンベロープをもつウイルスに効きやすいからなんだ。エタノールは主に脂質膜を壊して効果を出すから、ノンエンベロープのノロウイルスには十分な効果が期待できない。アルコールだけに頼るとかえって感染を広げるおそれがある。
医学生医学生
では手指はどうすればいいんですか。
ドクタードクター
流水と石けんによる手洗いだ。ウイルスを物理的に洗い流すから、アルコールが効きにくい相手にこそ重要になる。ケアをする職員が便や吐物、汚染された手すりなどに触れたあとの手洗いを徹底することが、ヒトからヒトへの伝播を断つ基本で、手洗いの励行は正解の一つだ。
医学生医学生
もう一つは塩素系薬剤による消毒ですね。次亜塩素酸ナトリウムならノンエンベロープのウイルスにも効くと国試の過去問で見ました。
ドクタードクター
正解。濃度の目安も押さえておこう。便や吐物が付着した床や衣類には約0.1%、ドアノブや手すり、トイレなど手が触れる環境には約0.02%が推奨されている。ただし金属を腐食させ皮膚刺激も強いので、手指消毒には使わない。手は石けんと流水、環境は塩素系、と使い分けるんだ。
医学生医学生
魚介類の禁止はどうでしょう。カキでノロウイルスの食中毒が起こると公衆衛生の講義で習いましたが。
ドクタードクター
よく覚えているね。ノロウイルスは下水を経て海に流れ、カキなどの二枚貝に濃縮される。でもそれは中心温度85〜90℃で90秒以上の十分な加熱で防げるし、魚介類全般を禁止する根拠はない。何より、施設内で多数に広がった段階では主な伝播はヒトからヒト、環境からヒトへの二次感染だから、食品制限は拡大防止として的外れなんだ。
医学生医学生
抗ウイルス薬の予防投与は、インフルエンザの施設内流行でオセルタミビルを使うイメージがあって迷いました。
ドクタードクター
その連想はもっともだけど、ノロウイルスには有効性が確立した抗ウイルス薬もワクチンもない。治療は補液による脱水や電解質異常の補正が中心だ。止痢薬はウイルスの排出を遅らせるおそれがあるから、原則として使わない。
医学生医学生
手洗いでヒトからヒトを断ち、塩素系消毒で環境からヒトを断つ、という2本柱ですね。
ドクタードクター
その通り。発展として、実際の施設対応で大事なことも知っておこう。まず吐物処理。使い捨ての手袋・マスク・エプロンを着けて、ペーパータオルで静かに拭き取ってから次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、処理後は換気する。吐物が乾燥すると舞い上がって吸い込む塵埃感染が起こるから、速やかな処理が必要だ。
医学生医学生
症状が治まったら、もう感染対策は解除していいんでしょうか。
ドクタードクター
そこが落とし穴。症状が消えたあとも1週間から1か月程度、便中にウイルスが出ることがあるし、症状のない不顕性感染者からも排出される。回復後も手洗いの徹底は続ける必要がある。汚れたリネンは85℃で1分以上の熱水洗濯や塩素系薬剤への浸漬、発症者の個室管理やトイレの専用化、発症した職員、特に調理従事者を業務から外すことも重要だ。
医学生医学生
高齢者だと、脱水だけでなく吐物の誤嚥も心配ですね。
ドクタードクター
いい視点だ。通常は1〜3日で軽快するけれど、高齢者や乳幼児では脱水や、吐物の誤嚥による誤嚥性肺炎・窒息に注意が必要だ。冬に流行が多いので、毎年この時期の施設や病院では必ず意識しておきたい知識だね。

まとめ

高齢者施設などで成人・高齢者を含む嘔吐・下痢の集団発生があれば、まずノロウイルスを考えます。ノロウイルスはエンベロープをもたないためアルコールが効きにくく、感染力が非常に強いことから、拡大防止の柱は流水と石けんによる手洗いの励行と、次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系薬剤による吐物・便や環境の消毒です。二枚貝は加熱で安全に食べられ、施設内流行の主体はヒトや環境を介した二次感染であるため、魚介類の禁止は対策になりません。また有効な抗ウイルス薬はなく治療は補液中心で、止痢薬は原則使いません。症状消失後もウイルス排出が続くこと、吐物の乾燥による塵埃感染があることを踏まえ、エンベロープの有無から消毒法を選ぶ考え方は、院内感染対策全般の基礎として臨床現場で直接役立ちます。

解答・解説

正解はa, cです

状況の整理

介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)という高齢者が集団生活する場で、多数の入所者が短期間に嘔吐と下痢を発症している。糞便からPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法:病原体の遺伝子を増幅して検出する方法)で「ウイルス」が確定されたという記載がある。

原因ウイルスの推定

感染性胃腸炎を起こす主なウイルスには、ノロウイルス、サポウイルス(いずれもカリシウイルス科)、ロタウイルス、腸管アデノウイルス、アストロウイルスがある。このうちロタウイルスなどは主に乳幼児に発症するのに対し、成人・高齢者を含むあらゆる年齢層で集団発生を起こすのはノロウイルスである。ノロウイルスは小腸上皮で増殖し、悪心・嘔吐が目立つのが特徴である。また、ノロウイルスは培養が難しく、診断には糞便のPCR法(RT-PCR法)や迅速抗原検査が用いられる。以上から、高齢者施設での嘔吐・下痢の集団発生で、PCRにより原因ウイルスが確定されたという状況はノロウイルス感染症と考えるのが妥当である。

設問の考え方

問われているのは「すでに起きている施設内流行をこれ以上広げないための対策」である。ノロウイルスの性質として押さえるべき点は次のとおりである。 ・感染経路は糞口感染が基本で、患者の糞便・吐物に含まれる大量のウイルスが手指や環境(ドアノブ、手すり、トイレなど)を介して口に入る接触感染が中心となる。乾燥した吐物が塵埃とともに舞い上がり、それを吸い込んで感染する経路(塵埃感染)もある。 ・感染力が非常に強く、10〜100個程度のごく少量のウイルスでも感染が成立するとされる。 ・エンベロープ(ウイルス表面の脂質二重膜)をもたないため、アルコールや一般的な消毒薬に抵抗性が高い。有効なのは次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系消毒薬と加熱である。 ・特異的な抗ウイルス薬やワクチンは実用化されておらず、治療は脱水の補正などの対症療法である。 したがって、ヒトからヒト・環境からヒトへの伝播を断つ「手洗い」と「塩素系薬剤による環境消毒」が対策の柱となる。

選択肢考察

  1. ○a.  手洗いの励行

    ノロウイルスは主に汚染された手指を介して口に入る。ケア担当者が患者の排泄物や吐物、汚染環境に触れた後に十分な手洗いをしないと、別の入所者へウイルスを運んでしまう。流水と石けんによる手洗いは、ウイルスを物理的に洗い流す方法であり、アルコールが効きにくいノロウイルスに対して特に重要である。標準予防策(すべての患者の血液・体液・排泄物を感染性ありとみなして扱う基本的対策)に加えて接触予防策を徹底する際の基本となるため、適切である。

  2. ×b.  エタノールによる消毒

    エタノールは主にウイルスのエンベロープ(脂質膜)を破壊することで効果を発揮する。ノロウイルスはエンベロープをもたない(ノンエンベロープ)ウイルスで脂溶性が低いため、エタノールによる不活化効果は十分に期待できない。アルコール手指消毒薬だけに頼ると感染を広げるおそれがあり、流水と石けんによる手洗いを優先すべきである。したがって誤りである。

  3. ○c.  塩素系薬剤による消毒

    次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系消毒薬は、エンベロープをもたないウイルスにも有効であり、ノロウイルスの不活化に用いられる。目安として、便や吐物が付着した床・衣類などの処理には約0.1%(1,000 ppm)、ドアノブ・手すり・トイレなど日常的に手が触れる環境の消毒には約0.02%(200 ppm)の濃度が推奨されている。吐物処理の際には、使い捨ての手袋・マスク・エプロンを着用し、乾燥して舞い上がる前に速やかに処理する。環境を介した伝播を断つ対策として適切である。なお、塩素系薬剤は金属を腐食させ、皮膚への刺激も強いため手指消毒には用いない。

  4. ×d.  入所者の魚介類摂取の禁止

    ノロウイルスは患者の糞便から下水を経て海に流れ込み、カキなどの二枚貝の中腸腺に濃縮されるため、加熱不十分な二枚貝の摂取は食中毒の原因となりうる。しかし、この汚染は十分な加熱(中心温度85〜90℃で90秒以上)で防ぐことができ、魚介類全般の摂取を禁止する根拠はない。また、施設内で多数の入所者に広がった段階では、主な伝播はヒトからヒト・環境からヒトへの二次感染であり、食品の制限は拡大防止の対策として的外れである。誤りである。

  5. ×e.  入所者への抗ウイルス薬の予防投与

    ノロウイルスに対して有効性が確立した抗ウイルス薬は存在しないため、予防投与は行えない。治療は補液による脱水・電解質異常の補正などの対症療法が中心である。なお、止痢薬(下痢止め)はウイルスの排出を遅らせ、回復を遅くするおそれがあるため、原則として使用しない。誤りである。

ノロウイルス感染症の概要

・病原体:カリシウイルス科ノロウイルス属。エンベロープをもたない一本鎖RNAウイルスである。 ・疫学:冬季(11月〜翌2月頃)に流行が多く、高齢者施設、病院、保育施設、学校などで集団発生を起こしやすい。食中毒の原因物質としても患者数が最も多い部類に入る。 ・潜伏期:24〜48時間程度。 ・症状:悪心、嘔吐、下痢、腹痛、微熱。通常は1〜3日で軽快するが、高齢者や乳幼児では脱水や吐物の誤嚥(誤嚥性肺炎・窒息)に注意が必要である。 ・ウイルス排出:症状消失後も1週間から1か月程度、便中にウイルスが排出されることがあるため、回復後も手洗いの徹底が必要である。不顕性感染者からもウイルスが排出される。 ・診断:糞便のRT-PCR法や迅速抗原検査(イムノクロマト法)。 ・治療:特異的治療はなく、補液などの対症療法。止痢薬は原則使用しない。

感染経路

・食品媒介:加熱不十分な二枚貝、感染した調理従事者が汚染した食品。 ・接触感染:患者の便・吐物に触れた手指、汚染された環境表面を介する。 ・塵埃感染・飛沫:吐物や便が乾燥して舞い上がったものや、嘔吐時の飛沫を吸い込むことによる。

施設での拡大防止策

・流水と石けんによる手洗いの徹底(アルコールは補助的)。 ・吐物・便の処理は、手袋・マスク・エプロンを着用し、ペーパータオルなどで静かに拭き取ったうえで次亜塩素酸ナトリウムで消毒する。処理後は換気を行う。 ・次亜塩素酸ナトリウムの濃度の目安:吐物・便が付着した場所や物は約0.1%(1,000 ppm)、手が触れる環境表面は約0.02%(200 ppm)。 ・汚染したリネン類は、85℃で1分間以上の熱水洗濯や塩素系消毒薬への浸漬で処理する。 ・発症者の個室管理やトイレの専用化、職員の担当制などで接触機会を減らす。 ・発症した職員(特に調理従事者)は業務から外す。

消毒薬とウイルスの関係

エンベロープをもつウイルス(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ヘルペスウイルスなど)はアルコールで不活化されやすい。エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなど)はアルコール抵抗性が相対的に高く、塩素系消毒薬や加熱が有効である。

POINT

・成人・高齢者を含むあらゆる年齢層での嘔吐・下痢の集団発生はノロウイルスをまず考える。 ・ノロウイルスはエンベロープをもたないため、アルコールが効きにくい。 ・有効な消毒は次亜塩素酸ナトリウム(塩素系)と加熱である。 ・拡大防止の基本は流水と石けんによる手洗いと、吐物・便の適切な処理および環境消毒である。 ・特異的な抗ウイルス薬はなく、治療は対症療法。止痢薬は原則使わない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。