「1か月」が分ける境界線―PTSDの4つの症状群と急性ストレス障害
第105回医師国家試験 I問題 第24問
国試問題にチャレンジ
外傷後ストレス障害〈PTSD〉について誤っているのはどれか。
- a.自律神経過覚醒状態が起こる。
- b.感情が鈍くなり物事を楽しめなくなる。
- c.ストレス反応は1か月以内に消失する。
- d.外傷体験の想起につながる状況を回避する。
- e.外傷体験となった出来事を繰り返し回想する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
PTSDは生命や身体の安全を脅かす外傷体験の後に、侵入症状(再体験・フラッシュバック・悪夢)、回避、認知と気分の陰性の変化(感情麻痺・快感消失)、過覚醒の4つの症状群が生じる疾患です。診断には症状が1か月を超えて持続し機能障害を伴うことが必要で、1か月以内に消失するものは急性ストレス障害(ASD)として区別されます。また、日常的なストレス因への反応は適応障害、長期・反復的な外傷後の病態は複雑性PTSDとして整理されます。治療はトラウマ焦点化認知行動療法やEMDR、SSRIが中心で、ベンゾジアゼピン系薬や直後の心理的デブリーフィングは推奨されません。症状群と時間軸を押さえることは、災害医療や救急、プライマリ・ケアの現場でトラウマ後の患者を適切に支援する基礎になります。
解答・解説
正解はcです
外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)の症状と診断基準の時間的要件を問う一般問題である。「誤っているのはどれか」を選ぶ形式である。 PTSDは、実際に死にかける、重傷を負う、性暴力を受けるなど、生命や身体の安全を脅かす強烈な出来事(心的外傷体験、トラウマ)を体験したり目撃したりした後に生じる精神疾患である。災害、事故、犯罪被害、戦闘、虐待などが原因となる。日本では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を契機に広く知られるようになった。 中核症状は次の4群に整理される(DSM-5:米国精神医学会の診断基準による)。 ①侵入症状(再体験):外傷体験が本人の意思に反して繰り返し思い出される、悪夢、フラッシュバック ②回避:外傷体験を思い出させる場所・人・状況・話題を避ける ③認知と気分の陰性の変化:感情の麻痺、興味や喜びの喪失、自責感、孤立感など ④覚醒度と反応性の著しい変化(過覚醒):不眠、易刺激性、集中困難、過度の警戒、過剰な驚愕反応など これらの症状が1か月を超えて持続し、社会生活や職業上の機能に明らかな支障をきたしている場合にPTSDと診断する。外傷体験の直後から1か月以内に限って同様の症状がみられるものは急性ストレス障害(acute stress disorder:ASD)として区別される。したがって「ストレス反応は1か月以内に消失する」という記述はPTSDの定義と矛盾し、誤りである。
選択肢考察
- ×a. 自律神経過覚醒状態が起こる。
正しい記述である。PTSDでは、危険が去った後も脳が「危険が続いている」かのような警戒状態を保ち、交感神経系が過度に活性化した過覚醒状態となる。具体的には、入眠困難や中途覚醒などの睡眠障害、いらいらや怒りの爆発(易刺激性)、集中困難、周囲への過度な警戒、物音などへの過剰な驚愕反応、動悸・発汗などの自律神経症状がみられる。
- ×b. 感情が鈍くなり物事を楽しめなくなる。
正しい記述である。PTSDでは、喜びや愛情などの感情を感じにくくなる感情の麻痺(感情鈍麻)や、以前は楽しめていた活動への興味・関心の低下(アンヘドニア:快感消失)が生じる。例えば「事故以来、何をしても楽しいと感じない」「家族といても心が動かない」といった訴えである。他者から切り離されたような孤立感、自分や世界に対する否定的な思い込み、過度の自責感なども、この「認知と気分の陰性の変化」に含まれる。
- ○c. ストレス反応は1か月以内に消失する。
誤った記述であり、これが正解である。PTSDの診断には、侵入症状・回避・認知と気分の陰性変化・過覚醒といった症状が1か月を超えて持続していることが必要である。外傷体験後に同様の症状が出現しても1か月以内に治まるものは急性ストレス障害(ASD)と呼ばれ、PTSDとは区別される(DSM-5では外傷後3日から1か月の症状をASDとする)。症状は外傷体験の直後から出現することが多いが、6か月以上経過してから診断基準を満たす遅延型もある。PTSDは数か月から年単位で慢性化することも少なくない。
- ×d. 外傷体験の想起につながる状況を回避する。
正しい記述である。外傷体験に結びついた強い恐怖感のため、その体験を思い出させる場所・人・物・会話・活動を避けたり、体験そのものについて考えないように努めたりする。例えば、交通事故の被害者が事故現場の道を通れなくなる、車に乗れなくなるといった行動である。回避は一時的には苦痛を減らすが、恐怖が修正される機会を失わせるため、症状を長引かせる一因となる。
- ×e. 外傷体験となった出来事を繰り返し回想する。
正しい記述である。これは侵入症状(再体験)と呼ばれるPTSDの中核症状である。外傷体験の記憶が本人の意思とは無関係に繰り返し頭に浮かび、強い苦痛を伴う。体験の内容に関連した悪夢を繰り返し見ることや、あたかもその場面に戻ったかのように感じたり行動したりするフラッシュバックもみられる。きっかけとなる刺激(音、におい、映像など)に触れると、強い心理的苦痛や動悸・発汗などの身体反応が生じる。
PTSDの診断の要点(DSM-5)
・A基準:実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に、直接体験・目撃・近親者に起きたことを知る・職務上繰り返し詳細に曝露される、のいずれかの形で曝露されたこと。 ・症状:侵入症状、回避、認知と気分の陰性の変化、覚醒度と反応性の著しい変化の4群。 ・持続期間:1か月を超える。 ・機能障害:社会的・職業的機能に臨床的に意味のある苦痛または障害がある。 ・物質や他の医学的疾患によるものではない。
関連疾患との区別
・急性ストレス障害(ASD):外傷体験後3日〜1か月の間に症状がみられ、1か月以内に消失するもの。 ・適応障害:生命を脅かすほどではない日常的なストレス因(転居、失職、人間関係など)に対する反応で、ストレス因から通常3か月以内に症状が出現する。 ・複雑性PTSD(ICD-11で新設):虐待など長期間・反復性の外傷体験の後に、PTSD症状に加えて感情調節の困難、否定的な自己像、対人関係の困難を伴うもの。
治療
・心理療法:トラウマに焦点を当てた認知行動療法(持続エクスポージャー療法、認知処理療法など)や、眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)が有効性の確立した治療である。 ・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択で、日本ではパロキセチンとセルトラリンがPTSDの適応をもつ。ベンゾジアゼピン系薬は有効性が乏しく、推奨されない。 ・外傷直後に体験を詳しく語らせる心理的デブリーフィングは、PTSDの予防効果が示されず推奨されない。直後の支援は安全・安心の確保や生活支援を中心とする心理的応急処置(PFA)が基本である。
POINT
・PTSD=生命を脅かす外傷体験後の、侵入(再体験・フラッシュバック)・回避・認知と気分の陰性変化(感情麻痺・快感消失)・過覚醒の4症状群。 ・症状が1か月を超えて持続することが診断に必要。1か月以内に消失するものは急性ストレス障害(ASD)。 ・治療はトラウマ焦点化認知行動療法、EMDR、SSRI。
