COを測るならCO-Hb―生物学的モニタリングの「物質と指標」を代謝経路でつなぐ
第105回医師国家試験 G問題 第4問
国試問題にチャレンジ
職場の有害因子と生物学的曝露の測定項目との組合せで誤っているのはどれか。
- a.鉛 ―― 赤血球中プロトポルフィリン
- b.キシレン ―― 尿中メチル馬尿酸
- c.スチレン ―― 尿中マンデル酸
- d.トルエン ―― 尿中馬尿酸
- e.一酸化炭素 ―― 血中メトヘモグロビン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
生物学的モニタリングは、労働者の血液や尿から有害物質やその代謝物、生体への影響を測ることで、個人が実際に吸収した量を評価する方法です。トルエンは尿中馬尿酸、キシレンは尿中メチル馬尿酸、スチレンは尿中マンデル酸と、有機溶剤は代謝経路から指標を導けます。鉛はヘム合成を阻害するため、赤血球中プロトポルフィリンや尿中δ-アミノレブリン酸が増えます。一酸化炭素はヘモグロビンの鉄を酸化せずに結合するため、指標は血中CO-Hbです。メトヘモグロビンは亜硝酸塩やアニリン、ニトロベンゼンなど鉄を酸化する物質で増えます。CO中毒ではパルスオキシメータのSpO2が当てにならない点も臨床で重要であり、物質ごとの作用の仕組みを理解することが、産業保健と救急診療の両方に役立ちます。
解答・解説
正解はeです
本問は、労働衛生における生物学的モニタリングの知識を問う問題である。「誤っている組合せ」を選ぶ形式である点に注意する。 生物学的モニタリングとは、有害物質を取り扱う労働者の血液や尿を調べ、体内に取り込まれた量(曝露量)やその影響を評価する方法である。作業環境の空気中濃度を測る作業環境測定と異なり、皮膚からの吸収や保護具の着用状況、作業強度の違いまで含めて、個人が実際に吸収した量を反映できるのが利点である。わが国では、有機溶剤や鉛などを扱う労働者の特殊健康診断で、代表的な項目が定められている。 測定対象は大きく次の二つに分けられる。 1. 有害物質そのもの、またはその代謝物:例えばトルエンは体内で安息香酸を経て馬尿酸となり尿中に出る。キシレンはメチル安息香酸を経てメチル馬尿酸、スチレンはマンデル酸やフェニルグリオキシル酸となって尿中に排泄される。 2. 有害物質による生体への影響を反映する指標:鉛はヘム合成酵素を阻害するため、ヘムの材料やその前段階の物質(δ-アミノレブリン酸、プロトポルフィリン)が増える。 選択肢a〜dはいずれも正しい組合せである。一酸化炭素は赤血球中のヘモグロビンと強く結合して一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)をつくるため、曝露の指標は血中CO-Hb濃度である。メトヘモグロビンはヘモグロビンの鉄が酸化されたもので、亜硝酸塩やアニリンなどの芳香族アミノ・ニトロ化合物の曝露で増える別の指標である。よって誤っている組合せはeである。
選択肢考察
- ×a. 鉛 ―― 赤血球中プロトポルフィリン
正しい組合せである。鉛はヘム合成経路の酵素、特にδ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)とフェロケラターゼ(プロトポルフィリンに鉄を入れてヘムにする酵素)を阻害する。フェロケラターゼが阻害されると、鉄が入らないままのプロトポルフィリンが赤血球中にたまるため、赤血球中プロトポルフィリンの増加は鉛の影響を示す指標となる(亜鉛が代わりに入った亜鉛プロトポルフィリンとして測定されることもある)。鉛の生物学的モニタリングでは、ほかに曝露量を直接示す血中鉛濃度や、ALADの阻害を反映する尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)も用いられる。
- ×b. キシレン ―― 尿中メチル馬尿酸
正しい組合せである。キシレン(ジメチルベンゼン)は、ベンゼン環に付いたメチル基の一つが酸化されてメチル安息香酸(トルイル酸)となり、グリシンと抱合してメチル馬尿酸として尿中に排泄される。メチル馬尿酸は通常の食事ではほとんど生じないため、キシレン曝露に特異性の高い指標である。
- ×c. スチレン ―― 尿中マンデル酸
正しい組合せである。スチレン(ビニルベンゼン)は肝臓でスチレンオキシドに酸化され、さらに代謝されてマンデル酸とフェニルグリオキシル酸になり尿中に排泄される。スチレン曝露の指標には尿中マンデル酸が用いられ、フェニルグリオキシル酸との合計量で評価されることもある。
- ×d. トルエン ―― 尿中馬尿酸
正しい組合せである。トルエン(メチルベンゼン)はメチル基が酸化されて安息香酸となり、グリシンと抱合して馬尿酸として尿中に排泄される。ただし、馬尿酸は安息香酸を含む食品や保存料の摂取でも増えるため、特異性はあまり高くない。この弱点から、近年は尿中のトルエンそのものを測定する方法も用いられている。
- ○e. 一酸化炭素 ―― 血中メトヘモグロビン
誤った組合せであり、これが正解である。一酸化炭素(CO)はヘモグロビンの鉄(2価)に酸素の約200〜250倍の親和性で結合し、一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb、カルボキシヘモグロビン)をつくる。したがってCO曝露の指標は血中CO-Hb濃度である(呼気中のCO濃度から推定することもある)。メトヘモグロビンは、ヘモグロビンの鉄が2価から3価に酸化されて酸素を運べなくなったもので、亜硝酸塩、アニリン、ニトロベンゼンなどの芳香族アミノ・ニトロ化合物の曝露で増加する。COはヘモグロビンの鉄を酸化するわけではないため、メトヘモグロビンの指標にはならない。
主な有害因子と生物学的モニタリングの指標
・鉛:血中鉛、尿中δ-アミノレブリン酸、赤血球中プロトポルフィリン ・トルエン:尿中馬尿酸(近年は尿中トルエン) ・キシレン:尿中メチル馬尿酸 ・スチレン:尿中マンデル酸(フェニルグリオキシル酸との合計) ・トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン:尿中トリクロロ酢酸、総三塩化物 ・ノルマルヘキサン:尿中2,5-ヘキサンジオン ・N,N-ジメチルホルムアミド:尿中N-メチルホルムアミド ・一酸化炭素:血中CO-Hb ・芳香族アミノ・ニトロ化合物(アニリン、ニトロベンゼンなど):血中メトヘモグロビン ・有機リン系農薬:血中コリンエステラーゼ活性(低下) ・水銀:尿中水銀、カドミウム:尿中カドミウム、尿中β2-ミクログロブリン(腎尿細管障害の指標)
一酸化炭素中毒の要点
COは無色・無臭で、不完全燃焼(火災、練炭、暖房器具、排気ガスなど)で発生する。ヘモグロビンと強く結合して酸素を運べなくするうえ、酸素解離曲線を左に移動させて組織で酸素を放しにくくするため、組織の低酸素を起こす。ミオグロビンやシトクロム酸化酵素とも結合する。皮膚が鮮紅色(チェリーレッド)になることがある。通常のパルスオキシメータはCO-Hbを酸素化ヘモグロビンと区別できず、SpO2が見かけ上正常に表示されるため、血液ガス分析装置(CO-オキシメトリー)でCO-Hbを測定する。治療は高濃度酸素投与で、重症例では高気圧酸素療法を行う。急性期を乗り切った後、数日〜数週間して意識障害や認知機能低下などが出る遅発性脳症(間欠型CO中毒)に注意する。
メトヘモグロビン血症の要点
ヘモグロビンの鉄が3価に酸化され、酸素と結合できなくなった状態である。チアノーゼ、チョコレート色の血液が特徴で、治療にはメチレンブルーを用いる。原因として亜硝酸塩、硝酸塩を含む井戸水(乳児)、アニリン、ニトロベンゼン、局所麻酔薬(ベンゾカイン、リドカインなど)、ダプソンなどがある。
POINT
・CO曝露の指標は血中CO-Hbであり、メトヘモグロビンではない。 ・メトヘモグロビンが増えるのは亜硝酸塩、アニリン、ニトロベンゼンなど鉄を酸化する物質の曝露である。 ・鉛:血中鉛、尿中δ-ALA、赤血球中プロトポルフィリン。 ・有機溶剤の尿中代謝物:トルエン→馬尿酸、キシレン→メチル馬尿酸、スチレン→マンデル酸、トリクロロエチレン→トリクロロ酢酸・総三塩化物、ノルマルヘキサン→2,5-ヘキサンジオン。
