詰まるのは肺、困るのは右心―肺血栓塞栓症を3つの軸で整理する
第104回医師国家試験 I問題 第35問
国試問題にチャレンジ
肺血栓塞栓症で正しいのはどれか。
- a.るいそうは危険因子である。
- b.下肢深部静脈血栓が原因となる。
- c.胸部エックス線写真で肺血管陰影が増強する。
- d.急性左心不全をきたす。
- e.術直後の発症例では血栓溶解療法を優先させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肺血栓塞栓症は、主に下肢・骨盤内の深部静脈で形成された血栓が遊離して肺動脈を閉塞する疾患で、塞栓源の約9割は深部静脈血栓症です。危険因子は長期臥床、手術後、悪性腫瘍、妊娠、経口避妊薬、肥満、凝固異常などで、るいそうは含まれません。胸部エックス線写真はほぼ正常のことが多く、異常があっても肺血管陰影の減弱(Westermarkサイン)であり、病態は急性右心不全(急性肺性心)です。治療の基本はヘパリンによる抗凝固療法で、血栓溶解療法は重症例に限られ、術直後のように出血リスクが高い場合は避けてカテーテル治療や外科的治療を検討します。血栓の発生部位・心肺への影響・治療の優先順位という3つの軸で整理することが、術後管理を含む日常診療での早期発見と予防に直結します。
解答・解説
正解はbです
肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)は、静脈系で形成された血栓が遊離して血流に乗り、右心系を経て肺動脈を閉塞する疾患である。塞栓源の大部分(約9割)は下肢や骨盤内の深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)であり、PTEとDVTは一連の病態として「静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)」とまとめて扱われる。 本問を解くには、次の3つの軸で病態を整理しておけばよい。 【どこで血栓ができるか】下肢・骨盤の深部静脈。血栓形成の要因はVirchowの3徴(血流の停滞、血管内皮障害、血液凝固能の亢進)で説明される。 【肺動脈が詰まると何が起こるか】閉塞部より末梢の肺血流が減るため、画像上はその領域の血管影が乏しくなる。また肺血管抵抗が急上昇して右心室に圧負荷がかかり、急性肺性心(急性右心不全)となる。左心系はむしろ前負荷が減って心拍出量が低下する。 【どう治療するか】基本は抗凝固療法(未分画ヘパリンなど)であり、血栓溶解療法はショックなど重症例に限って、出血リスクと天秤にかけて選択される。手術直後は出血リスクが高く、血栓溶解療法は原則として避けるべき状況である。 この枠組みに当てはめると、危険因子・画像所見・心不全の種類・治療の優先順位のそれぞれについて各選択肢の正誤が判断できる。
選択肢考察
- ×a. るいそうは危険因子である。
誤り。るいそう(やせ)はDVT・PTEの危険因子とはされていない。逆に肥満は、腹腔内圧の上昇による下肢静脈還流の障害や活動性の低下などを介して危険因子となる。主な危険因子には、長期臥床・長時間の同一姿勢(いわゆるエコノミークラス症候群)、手術後(特に整形外科の下肢手術や腹部・骨盤手術)、外傷・骨折、悪性腫瘍、妊娠・産褥、経口避妊薬やエストロゲン製剤の使用、静脈炎、心不全、先天性の凝固制御因子欠乏(アンチトロンビン・プロテインC・プロテインS欠乏症)、抗リン脂質抗体症候群、高齢などがある。
- ○b. 下肢深部静脈血栓が原因となる。
正しい。PTEの塞栓源の約9割は下肢および骨盤内の深部静脈に生じた血栓である。特に膝窩静脈より中枢側(大腿静脈・腸骨静脈)の近位型DVTは遊離して大きな塞栓となりやすく、重症PTEの原因となる。下肢の腫脹・疼痛・色調変化などDVTの所見がないかを確認し、下肢静脈超音波検査で血栓を検索することが診療上重要である。
- ×c. 胸部エックス線写真で肺血管陰影が増強する。
誤り。肺動脈が閉塞すると、その末梢領域の肺血流が減少するため、肺血管陰影は増強ではなく減弱する(Westermarkサイン:局所の肺野透過性亢進)。また閉塞部より中枢の肺動脈が拡張して見えること(Knuckleサイン)もある。ただし実際には胸部エックス線写真はほぼ正常であることが多く、「強い低酸素血症があるのに胸部エックス線写真に目立った異常がない」こと自体がPTEを疑う手がかりになる。肺梗塞を伴えば胸膜側を底辺とする楔状陰影(Hampton's hump)や少量の胸水がみられることがある。肺血管陰影の増強は、むしろ左心不全による肺うっ血でみられる所見である。
- ×d. 急性左心不全をきたす。
誤り。肺動脈の急激な閉塞によって肺血管抵抗が上昇し、右心室に急な圧負荷がかかるため、急性肺性心すなわち急性右心不全をきたす。心エコーでは右室拡大、心室中隔の左室側への圧排(扁平化)、三尖弁逆流の増加などがみられ、頸静脈怒張も生じうる。右心室から左心系へ送られる血液量が減るため、左心室は前負荷不足となって心拍出量が低下し、低血圧やショック、場合によっては突然死に至る。つまり左心系は「うっ血」ではなく「血液が来ない」状態であり、左心不全による肺うっ血とは病態が異なる。
- ×e. 術直後の発症例では血栓溶解療法を優先させる。
誤り。血栓溶解薬(組織プラスミノゲンアクチベーター〈t-PA〉のモンテプラーゼなど)は、手術創など止血が完成していない部位から大出血を起こす危険が高く、手術直後は禁忌あるいは慎重に避けるべき状況である。PTEが疑われた時点でまず行うのは、禁忌がない限り未分画ヘパリンによる抗凝固療法であり、血圧が保たれている例ではこれが治療の中心となる。ショックや循環動態の破綻を伴う重症例で血栓溶解療法が考慮されるが、術直後のように出血リスクが高い場合には、カテーテルによる血栓除去・破砕や外科的血栓摘除術、経皮的心肺補助(PCPS)などが選択肢となる。したがって術直後に血栓溶解療法を「優先」するのは適切でない。
症状と検査
典型的な症状は突然の呼吸困難と胸痛であり、頻呼吸・頻脈がよくみられる。失神やショックで発症することもある。動脈血ガス分析では低酸素血症と、過換気による低二酸化炭素血症(呼吸性アルカローシス)を示し、肺胞気-動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)が開大する。血中Dダイマーは感度が高く、陰性であればPTEの可能性を下げる除外診断に有用だが、手術後・悪性腫瘍・妊娠などでも上昇するため特異度は低い。心電図では洞性頻脈のほか、右脚ブロック、右側胸部誘導の陰性T波、SⅠQⅢTⅢパターンなど右心負荷所見がみられることがある。
確定診断
造影CT(CT肺動脈造影)で肺動脈内の造影欠損を確認するのが現在の標準的な方法である。腎機能障害などで造影剤が使えない場合は肺換気血流シンチグラフィ(換気は保たれているのに血流が欠損する「換気・血流ミスマッチ」)が用いられる。下肢静脈超音波でDVTを確認することも重要である。
治療の概要
・抗凝固療法:未分画ヘパリンで開始し、その後ワルファリンまたは直接経口抗凝固薬(DOAC)に移行して一定期間継続する。 ・血栓溶解療法:ショックや循環不全を伴う重症例で考慮する。出血リスク(術直後、最近の脳出血・脳梗塞など)が高い場合は避ける。 ・カテーテル治療・外科的血栓摘除術:血栓溶解療法が禁忌または無効な重症例で検討する。 ・下大静脈フィルター:抗凝固療法が行えない例や、十分な抗凝固療法下でも再発する例などで考慮する。
予防
術後の早期離床、下肢の運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬の予防投与が行われる。長時間の航空機搭乗などでは、こまめな水分補給と下肢の運動が推奨される。
POINT
・PTEの塞栓源の約9割は下肢・骨盤内の深部静脈血栓(DVT)である。 ・危険因子は長期臥床、手術後、外傷、悪性腫瘍、妊娠・産褥、経口避妊薬、肥満、凝固異常など。るいそうは危険因子ではない。 ・胸部エックス線写真は正常のことが多い。異常があれば肺血管陰影の減弱(Westermarkサイン)であり、増強ではない。 ・「強い低酸素血症なのに胸部エックス線写真がほぼ正常」はPTEを疑う手がかり。 ・病態は急性右心不全(急性肺性心)であり、左心不全ではない。 ・治療の基本はヘパリンによる抗凝固療法。術直後は出血リスクのため血栓溶解療法を優先しない。
