StudyMed医師国家試験

「かめない」は骨からのSOS―症状の組み合わせで読み解く顔面骨骨折

第104回医師国家試験 D問題 第53問

国試問題にチャレンジ

第104回 D問題 第53問

20歳の男性。物をかめないことを主訴に来院した。昨日,自転車を運転中に転倒し,顔面を強打した。顔面の皮下出血,腫脹および咬合異常を認める。眼球運動障害,頬部感覚異常および開口障害は認めない。  骨折部位として考えられるのはどれか。2つ選べ。

  1. a.眼窩底
  2. b.頬骨
  3. c.上顎骨
  4. d.下顎骨
  5. e.舌骨

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は顔面外傷のあと、どの骨が折れているかを症状から推定する問題だ。顔面骨骨折は、折れた場所ごとに出てくる症状がかなり特徴的なんだ。だから「ある症状」だけでなく、「ない症状」にも意味がある。咬合異常があって、眼球運動障害、頬部感覚異常、開口障害がないという組み合わせに注目しよう。
医学生医学生
物がかめないということは、顎の骨が折れているイメージです。でも、開口障害がないなら下顎は大丈夫なのかなとも思いました。
ドクタードクター
面白い迷い方だね。順番に整理しよう。まず咬合異常とは、上の歯列と下の歯列のかみ合わせがずれること。咬合は上下の歯列がかみ合うことで成り立っているから、歯を支えている骨、つまり上顎骨か下顎骨が折れて歯列の位置がずれると、咬合異常が起こるんだ。
医学生医学生
歯を支える骨はその2つだけなので、まずそこが候補になるわけですね。
ドクタードクター
その通り。下顎骨は顔面骨骨折の中でも頻度が高くて、骨折すると骨片が咀嚼筋に引っ張られて偏位し、咬合異常、歯列の段差、下顎の変形、圧痛、口腔粘膜の裂傷などが出る。「物をかめない」という訴えは典型的だよ。開口障害は関節突起の骨折などで目立つけれど、骨折部位によっては口は開けられることもあるから、開口障害がないことで下顎骨骨折を否定はできないんだ。
医学生医学生
なるほど、開口障害は下顎骨骨折の必須条件ではないんですね。上顎骨のほうはどうですか。
ドクタードクター
上顎骨は上の歯列を支える歯槽突起を持っているから、骨折して偏位すれば咬合異常はほぼ必発だ。代表的な分類にLe Fort分類があって、Ⅰ型は梨状口の下縁から上顎洞下部を水平に走り、歯槽部を含む上顎の下部が遊離する骨折。眼窩や頬骨に及ばないので、眼球運動障害や頬部感覚異常を伴わないことも多い。今回の所見とも矛盾しないね。
医学生医学生
解剖実習で上顎洞を開けたとき、上顎骨が思ったより薄くて驚きました。強い力が加わると折れやすそうです。
ドクタードクター
そうだね。では、残りの選択肢がなぜ違うかを見ていこう。眼窩底骨折はどんな症状が出るかな。
医学生医学生
吹き抜け骨折ですよね。眼科の実習で、上を見ると物が二重に見えるという患者さんを診ました。
ドクタードクター
いい経験をしているね。眼球に強い外力が加わると眼窩内圧が急に上がり、薄い眼窩底が下の上顎洞へ向かって折れる。下直筋や眼窩脂肪が挟み込まれて、上転障害を中心とした眼球運動障害と複視、眼球陥凹が起き、眼窩下神経が傷つくと頬部の感覚低下も伴う。今回はどちらもないし、眼窩底は歯列を支えていないから咬合異常の原因にもならない。
医学生医学生
頬骨骨折は、頬がへこむのと、しびれでしょうか。
ドクタードクター
そう。頬の隆起が失われて平坦になり、三叉神経第2枝の枝である眼窩下神経の障害で、頬から上口唇、鼻翼にかけて感覚障害が出やすい。さらに頬骨弓が内側に陥没すると、その内側を通る側頭筋や下顎骨の筋突起の動きが邪魔されて開口障害が起こる。今回は頬部感覚異常も開口障害もないし、頬骨も歯列を直接支えないから外れる。
医学生医学生
舌骨は顎の下にある骨ですけど、咬合とは関係なさそうです。
ドクタードクター
その通り。舌骨は下顎と甲状軟骨の間にあるU字状の骨で、ほかの骨と関節を作らず、筋や靱帯で吊り下げられている。歯列の支持には関与しないし、顔面の打撲で折れることは極めてまれだ。舌骨骨折は扼頸のように首を直接圧迫されたときに起こることが知られていて、法医学の講義で出てくることが多いね。
医学生医学生
咬合異常で上顎骨と下顎骨に絞り、ほかの症状がないことで眼窩底と頬骨を外す、という流れですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として、Le Fort分類の残りも押さえておこう。Ⅱ型は鼻骨から眼窩内側壁・眼窩底を通るピラミッド状の骨折、Ⅲ型は鼻根部から眼窩の内側壁・外側壁、頬骨弓を通って顔面全体が頭蓋底から離れる頭蓋顔面分離で、髄液漏を伴うこともある。どの型も歯槽部を含むから、咬合異常が出るのが共通点だよ。
医学生医学生
治療ではどんなことを重視するんですか。
ドクタードクター
偏位のある骨折では、咬合を正しい位置に戻すことが最優先だ。観血的に整復してプレートで固定したり、上下の歯列をワイヤーなどでつなぐ顎間固定を行ったりする。臨床では、顔面外傷の患者さんを診たら、かみ合わせ、眼球運動と複視、頬のしびれ、口の開き具合を系統立てて確認する習慣をつけておくと、骨折部位の見当がつけやすくなるよ。

まとめ

咬合異常は上下の歯列のかみ合わせのずれであり、歯列を支える上顎骨または下顎骨の骨折で生じます。眼窩底骨折では上転障害を中心とした眼球運動障害・複視・眼球陥凹、頬骨骨折では頬部の平坦化・眼窩下神経領域の感覚低下・頬骨弓骨折による開口障害が特徴で、これらがない場合は該当部位の骨折は考えにくくなります。上顎骨骨折にはLe Fort分類があり、いずれの型も歯槽部を含むため咬合異常を伴い、下顎骨骨折は頻度が高く、開口障害は骨折部位によって伴わないこともあります。舌骨は歯列の支持に関与せず、骨折は扼頸など頸部の直接圧迫で起こるのが典型です。「ある症状」と「ない症状」の組み合わせから骨折部位を推定する考え方は、顔面外傷の初期診療で役立つ実践的な技術です。

解答・解説

正解はc, dです

所見の整理

・20歳男性、自転車で転倒し顔面を強く打った翌日の受診 ・主訴は「物をかめない」、所見は顔面の皮下出血・腫脹と咬合異常(上下の歯のかみ合わせのずれ) ・眼球運動障害なし、頬部の感覚異常なし、開口障害なし

考え方

顔面外傷後の骨折(顔面骨骨折)は、骨折部位によって出現する症状がかなり特徴的であり、症状の組み合わせから骨折部位をある程度推定できる。代表的な対応は次のとおりである。 ・眼窩底(眼窩下壁)骨折:眼球運動障害(特に上転障害)と複視、眼球陥凹、眼窩下神経領域の感覚低下 ・頬骨骨折:頬部の平坦化、眼窩下神経障害による頬部〜上口唇のしびれ、頬骨弓骨折では開口障害 ・上顎骨骨折:咬合異常、顔面中央部の腫脹・変形、骨片の可動性 ・下顎骨骨折:咬合異常、下顎の変形、歯列の段差、圧痛、口腔内粘膜の裂傷 咬合は上顎の歯列と下顎の歯列がかみ合うことで成り立つため、歯を支える骨、すなわち上顎骨か下顎骨のどちらかが骨折して歯列の位置がずれると咬合異常が起こる。本例では咬合異常がある一方で、眼窩底骨折を示唆する眼球運動障害、頬骨骨折を示唆する頬部感覚異常や開口障害がみられない。したがって、歯列を支える上顎骨と下顎骨の骨折が最も考えやすい。

選択肢考察

  1. ×a.  眼窩底

    眼窩底は薄い骨でできており、眼球に強い外力が加わると眼窩内圧が急上昇して下方の上顎洞へ向かって骨折する(吹き抜け骨折)。眼窩内の脂肪や下直筋が骨折部に挟み込まれ、上転障害を中心とする眼球運動障害と複視、眼球陥凹が生じ、眼窩下神経の損傷で頬部の感覚低下を伴うこともある。本例では眼球運動障害も頬部感覚異常もなく、また眼窩底は歯列を支える部分ではないため咬合異常の原因とはならない。

  2. ×b.  頬骨

    頬骨骨折では頬の隆起が失われて平坦になり、眼窩下孔付近を通る眼窩下神経(三叉神経第2枝の枝)が損傷されて頬部から上口唇、鼻翼にかけての感覚障害を生じることが多い。また頬骨弓が内側へ陥没すると、その内側を走る側頭筋や下顎骨の筋突起の動きが妨げられ、開口障害をきたす。本例ではこれらの所見がなく、頬骨は歯列を直接支えないため、咬合異常の説明にもならない。

  3. ○c.  上顎骨

    上顎骨は上顎の歯列(上顎歯槽突起)を支えているため、骨折して骨片が偏位すると上下の歯のかみ合わせがずれ、咬合異常が生じる。上顎骨骨折では圧痛、腫脹、皮下出血とともに咬合異常がほぼ必発である。代表的な分類であるLe Fort分類のⅠ型(歯槽部を含む上顎下部が水平に離断される)は、眼窩や頬骨には及ばないため眼球運動障害や頬部感覚異常を伴わないことも多く、本例の所見と矛盾しない。

  4. ○d.  下顎骨

    下顎骨は下顎の歯列を支えており、顔面骨骨折のなかでも頻度が高い。骨折すると骨片が咀嚼筋に引かれて偏位し、咬合異常、歯列の段差・不整、下顎の変形、圧痛、皮下血腫、口腔粘膜の裂傷などが生じる。「物をかめない」という主訴と咬合異常は下顎骨骨折に典型的である。関節突起骨折などでは開口障害や開口時の偏位を伴うこともあるが、骨折部位によっては開口が保たれることもあり、本例の所見と矛盾しない。

  5. ×e.  舌骨

    舌骨は頸部前面、下顎と甲状軟骨の間にあるU字状の骨で、他の骨と関節を作らず筋や靱帯で吊り下げられている。歯列の支持には関与しないため、骨折しても咬合異常は生じない。また顔面を打撲して舌骨が折れることは極めてまれで、舌骨骨折は扼頸(手で首を絞める)など頸部への直接の圧迫で起こることが知られている。

顔面骨骨折の部位と主な症状

・鼻骨骨折:顔面骨骨折で最も多い。鼻出血、外鼻の変形(斜鼻・鞍鼻) ・眼窩底骨折(吹き抜け骨折):上転障害、複視、眼球陥凹、眼窩下神経領域の感覚低下。CTで上顎洞内への眼窩内容の脱出(涙滴状陰影)を確認する ・頬骨骨折:頬部の平坦化、眼窩下神経領域の感覚低下、頬骨弓骨折では開口障害、眼窩外側を巻き込むと複視 ・上顎骨骨折:咬合異常、顔面中央部の腫脹・扁平化(dish face)、上顎の異常可動性 ・下顎骨骨折:咬合異常、歯列の段差、下顎の変形、オトガイ神経(下歯槽神経)領域の感覚低下、関節突起骨折では開口障害

Le Fort分類(上顎骨の横骨折)

・Ⅰ型:梨状口下縁から上顎洞下部を水平に走る骨折で、歯槽部を含む上顎下部が遊離する ・Ⅱ型:鼻骨から眼窩内側壁・眼窩底を通り、上顎骨と鼻骨を含むピラミッド状の骨片が遊離する ・Ⅲ型:鼻根部から眼窩内側壁・外側壁、頬骨弓を通り、顔面骨全体が頭蓋底から離断される(頭蓋顔面分離)。髄液漏を伴うことがある いずれの型も歯槽部を含むため咬合異常を生じる。

治療の概略

偏位のある骨折では、咬合を正しい位置に戻すことを最優先に、観血的整復とプレート固定や、顎間固定(上下の歯列をワイヤーなどで固定する方法)が行われる。

POINT

・咬合異常は歯列を支える上顎骨または下顎骨の骨折で生じる ・眼窩底骨折:眼球運動障害(上転障害)・複視・眼球陥凹 ・頬骨骨折:頬部の平坦化・頬部感覚低下(眼窩下神経)・開口障害(頬骨弓骨折) ・症状の組み合わせから顔面骨骨折の部位を推定できるようにしておく

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。