空気が入るなら水も漏れる―側頭骨骨折と気脳症から読む「難聴」と「髄液漏」
第110回医師国家試験 E問題 第58問
国試問題にチャレンジ
23歳の男性。バイクを運転中に転倒して頭部を受傷したため救急車で搬入された。意識は清明。体温36.6℃。脈拍100/分,整。血圧130/80 mmHg。呼吸数24/分。SpO2 99%(room air)。胸部と腹部とに異常を認めない。右側頭部を強打しており右外耳からの出血がある。血液検査と尿検査とに異常を認めない。頭部CTで内耳道に達する側頭骨骨折と気脳症とを認める。 出現が予想される症状はどれか。2つ選べ。
- a.嗄声
- b.複視
- c.難聴
- d.髄液漏
- e.顔面の知覚低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
気脳症は硬膜が破れて頭蓋内と中耳などの含気腔が交通していることを示し、同じ経路を通って髄液が漏れ出すため、髄液耳漏や耳管経由の髄液鼻漏が予想されます。内耳道には顔面神経と内耳神経が通るため、内耳道に達する側頭骨骨折では内耳・内耳神経の損傷による感音難聴やめまい、さらに中耳損傷による伝音難聴が起こりえ、顔面神経麻痺も生じえます。顔面の知覚は三叉神経、嗄声は頸静脈孔を出る迷走神経、複視は上眼窩裂を通る動眼・滑車・外転神経の障害で生じるため、今回の損傷部位からは典型的には予想されません。外傷性髄液漏の多くは保存的治療で自然閉鎖しますが、肺炎球菌などによる髄膜炎のリスクに注意が必要です。脳神経と頭蓋底の孔の対応を押さえておくことは、頭部外傷の症状予測や神経診察の基盤となります。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・23歳男性、バイク転倒による頭部外傷。意識清明でバイタルサインはおおむね安定している(脈拍・呼吸数はやや速いが受傷直後の反応として説明できる範囲)。 ・右側頭部を強打し、右外耳から出血している。 ・頭部CTで「内耳道に達する側頭骨骨折」と「気脳症(頭蓋内に空気が入り込んだ状態)」を認める。
病態の読み取り
気脳症は、頭蓋内と外界(中耳・乳突蜂巣や副鼻腔など含気腔)との間に交通が生じたことを意味する。すなわち骨折線が頭蓋底に及び、硬膜(およびくも膜)が破れていると考えられる。側頭骨の骨折なので、部位としては中頭蓋窩の頭蓋底骨折(中頭蓋底骨折)に相当する。 硬膜が破れて空気が入れる経路があるということは、逆方向に脳脊髄液(髄液)が漏れ出す経路も存在するということである。側頭骨骨折では髄液が中耳腔に流れ込み、鼓膜が破れていれば外耳道から(髄液耳漏)、鼓膜が保たれていれば耳管を通って鼻から(髄液鼻漏)出てくる。右外耳からの出血にも髄液が混じっている可能性がある。
内耳道に達する骨折の意味
内耳道は側頭骨錐体部を貫く管で、顔面神経(第Ⅶ脳神経)と内耳神経(第Ⅷ脳神経:蝸牛神経と前庭神経)が通る。骨折線が内耳道に及んでいれば、これらの神経や周囲の内耳(蝸牛・前庭)が損傷されやすい。したがって予想される症状は、内耳神経・内耳障害による難聴(およびめまい)と、顔面神経障害による末梢性顔面神経麻痺である。
設問への考え方
「どの脳神経がどの孔・管を通るか」と「その神経の障害でどの症状が出るか」を対応させれば、側頭骨骨折で生じやすい症状を選べる。本問では、内耳道の損傷から難聴、気脳症から髄液漏が導かれる。
選択肢考察
- ×a. 嗄声
嗄声(声のかすれ)は声帯の運動を支配する反回神経、すなわち迷走神経(第Ⅹ脳神経)の障害で生じる。舌咽神経(第Ⅸ脳神経)障害を伴う球麻痺でも構音・嚥下障害とともにみられることがある。迷走神経は後頭蓋窩の頸静脈孔から頭蓋外へ出るため、内耳道に達する側頭骨骨折で直接障害されることは通常ない。頸静脈孔に骨折が及ぶような後頭蓋底の骨折であれば別だが、本症例では予想される症状ではない。
- ×b. 複視
複視は外眼筋を支配する動眼神経(Ⅲ)・滑車神経(Ⅳ)・外転神経(Ⅵ)の障害で生じる。これらは海綿静脈洞を経て上眼窩裂から眼窩へ入るため、眼窩や前頭蓋底、海綿静脈洞周囲の損傷で障害されやすい。外転神経は錐体尖部の近くを走るため、骨折が錐体尖に及ぶと障害されることもあるが例外的であり、内耳道に達する側頭骨骨折で典型的に予想される症状ではない。
- ○c. 難聴
内耳道には内耳神経(蝸牛神経・前庭神経)が通り、そのすぐ外側に蝸牛・前庭からなる内耳がある。骨折線が内耳道に及んでいれば、蝸牛神経や内耳の損傷による感音難聴をきたしうる。さらに外耳からの出血がみられ、中耳腔の血液貯留(鼓室内血腫)や鼓膜穿孔、耳小骨連鎖の離断による伝音難聴も起こりうる。いずれの機序でも難聴の出現が予想される。前庭障害によるめまい・眼振も伴いうる。
- ○d. 髄液漏
気脳症は硬膜が破れ、頭蓋内と含気腔(中耳・乳突蜂巣など)が交通していることを示す。この交通路を通って髄液が漏れ出すため、髄液漏が予想される。側頭骨骨折では髄液が中耳腔に入り、鼓膜が破れていれば外耳道から髄液耳漏として、鼓膜が保たれていれば耳管を経て髄液鼻漏として出現する。耳からの出血に透明な液体が混じる場合や、血液をガーゼに落とすと血液の周りに淡い輪ができる所見(ダブルリングサイン、ハローサイン)は髄液混入を示唆する。
- ×e. 顔面の知覚低下
顔面の皮膚感覚はほぼ三叉神経(第Ⅴ脳神経)が担う。三叉神経の各枝は上眼窩裂(眼神経)、正円孔(上顎神経)、卵円孔(下顎神経)から頭蓋外へ出ており、内耳道は通らない。側頭骨錐体部の骨折で障害されやすいのは顔面神経であるが、顔面神経は主に表情筋を支配する運動神経で、障害されると顔面の運動麻痺(末梢性顔面神経麻痺)をきたす。顔面神経の感覚成分は外耳の一部の皮膚感覚や舌前2/3の味覚に限られ、顔面の知覚低下は生じない。「顔面神経=顔面の感覚」と混同しないことが重要である。
頭蓋底骨折の部位と症候
・前頭蓋底骨折:眼窩周囲の皮下出血(ブラックアイ、パンダの眼徴候)、髄液鼻漏、嗅覚障害(嗅神経)、視神経管骨折による視力障害。 ・中頭蓋底骨折(側頭骨骨折を含む):耳後部の皮下出血(バトル徴候)、耳出血、髄液耳漏(鼓膜が保たれていれば耳管経由で髄液鼻漏)、難聴・めまい(内耳神経・内耳)、顔面神経麻痺。 ・後頭蓋底骨折:頸静脈孔周囲の下位脳神経(Ⅸ・Ⅹ・Ⅺ)障害など。
側頭骨骨折の分類
錐体の長軸に対する骨折線の向きで縦骨折と横骨折に分ける。 ・縦骨折:頻度が高く(7〜9割)、側頭部への打撃で生じる。外耳道・中耳を通るため鼓膜損傷・耳出血・伝音難聴が多い。顔面神経麻痺は約2割。 ・横骨折:後頭部への打撃で生じやすい。骨迷路や内耳道を横切るため感音難聴・めまいをきたしやすく、顔面神経麻痺も約半数と高頻度である。 近年は耳包(内耳を包む骨)を損傷するか否か(耳包損傷型/非損傷型)で分類する考え方も用いられる。
髄液漏・気脳症の管理
多くの外傷性髄液漏は安静・頭部挙上などの保存的治療で1〜2週間以内に自然閉鎖する。持続する場合や細菌性髄膜炎を繰り返す場合は硬膜修復術を考慮する。外傷性髄液漏は髄膜炎のリスクとなる(起炎菌として肺炎球菌が多い)。漏出液が髄液かどうかは、鼻汁などと区別するためβ2-トランスフェリンの検出が特異的とされる。
脳神経と頭蓋底の孔
・上眼窩裂:Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ1・Ⅵ ・正円孔:Ⅴ2 ・卵円孔:Ⅴ3 ・内耳道:Ⅶ・Ⅷ ・頸静脈孔:Ⅸ・Ⅹ・Ⅺ ・舌下神経管:Ⅻ
POINT
・気脳症は硬膜損傷と頭蓋内外の交通を意味し、髄液漏の存在を示唆する。 ・内耳道を通るのは顔面神経(Ⅶ)と内耳神経(Ⅷ)。側頭骨骨折では難聴・めまい、顔面神経麻痺が出現しうる。 ・顔面の知覚は三叉神経、顔面の運動は顔面神経。 ・嗄声は迷走神経(頸静脈孔)、複視はⅢ・Ⅳ・Ⅵ(上眼窩裂)の障害。
