その影、本当に肺炎?―乳児の胸部写真に浮かぶ「ヨットの帆」と経過観察の勇気
第104回医師国家試験 B問題 第45問
国試問題にチャレンジ
8か月の男児。肺炎の疑いで紹介され来院した。3日前から発熱,咳嗽および鼻汁が持続するため自宅近くの診療所を受診した。昨日から発熱はなく,咳嗽も軽快傾向を示している。来院時,活気があり,哺乳力は良好である。体温37.2℃。白血球8,700。CRP 0.2 mg/dL。持参した胸部エックス線写真を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.無治療で経過観察する。
- b.気管支鏡を施行する。
- c.抗菌薬投与を開始する。
- d.気管支拡張薬の吸入を行う。
- e.肺理学療法を施行する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
乳児の胸部エックス線写真で右上縦隔に下縁が水平な三角形の陰影を認めても、陰影越しに血管影が追え、エアブロンコグラムや胸水がなければ、正常な胸腺陰影(sail sign)を考えます。解熱し咳嗽も軽快、活気・哺乳良好で白血球・CRPも正常であれば、ウイルス性上気道炎の自然軽快であり、無治療で経過観察とするのが適切です。抗菌薬はウイルスに無効で耐性菌を増やし、気管支鏡は異物や原因不明の無気肺、気管支拡張薬は気道狭窄、肺理学療法は排痰障害と、それぞれ明確な適応があります。乳幼児の胸腺はwave signやpseudo-cardiomegalyとしても見えるため、正常構造を病変と誤らない読影力が不要な検査・治療を防ぎます。経過観察の際は、再発熱や呼吸状態の悪化、哺乳低下があれば再受診するよう保護者に伝えることも忘れないようにしましょう。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・8か月の男児。3日前から発熱、咳嗽(せき)、鼻汁があり、近くの診療所で撮影した胸部エックス線写真をもとに肺炎を疑われて紹介された。 ・臨床経過:昨日から解熱し、咳嗽も軽快に向かっている。 ・全身状態:活気があり、哺乳力も良好である。乳児では「元気があるか」「よく飲めているか」が重症度判断の重要な手がかりであり、いずれも保たれている。 ・検査:体温37.2℃、白血球8,700/μL(乳児の基準範囲内)、CRP 0.2 mg/dL(ほぼ正常)で、炎症反応の上昇はない。 ・胸部エックス線写真:右上縦隔から右上肺野にかけて、下縁が水平に近い直線状で境界明瞭な三角形の陰影がみられる。肺血管影は陰影を通して追うことができ、気管支透亮像(エアブロンコグラム)や胸水はない。これは乳幼児に特有の大きな胸腺の陰影であり、ヨットの帆に似た形から sail sign(セイルサイン)とよばれる。
診断へのプロセス
発熱・咳嗽・鼻汁で始まり、数日で自然に改善しつつある経過と、白血球・CRPの上昇がないことから、ウイルス性の上気道炎(いわゆるかぜ症候群)が最も考えられる。細菌性肺炎であれば、通常は発熱の持続、多呼吸や陥没呼吸などの呼吸障害、哺乳不良、白血球増多やCRP上昇を伴うことが多いが、本例にはいずれもない。 胸部エックス線写真の右上の陰影は、肺炎の浸潤影ではなく生理的な胸腺陰影である。乳児の胸腺は相対的に大きく、上縦隔の陰影として肺野に張り出して見えるため、肺炎や腫瘤、無気肺と誤りやすい。つまり紹介の理由となった「肺炎の疑い」は、正常構造の読み違いによるものと考えられる。
設問の考え方
全身状態は良好で症状は自然に軽快しつつあり、治療を要する病変も画像上存在しない。したがって、薬物投与や侵襲的検査は不要であり、無治療で経過を観察するのが適切である。その際、保護者には再度の発熱、呼吸が速い・苦しそう、哺乳量の低下などがあれば再受診するよう説明しておく。
選択肢考察
- ○a. 無治療で経過観察する。
解熱して咳嗽も改善傾向にあり、活気・哺乳ともに良好で、白血球・CRPも正常範囲である。経過はウイルス性上気道炎の自然軽快として矛盾しない。胸部エックス線写真の陰影は正常の胸腺(sail sign)であり、肺炎を示す所見ではない。治療を必要とする病態がないので、無治療で経過観察とするのが適切である。
- ×b. 気管支鏡を施行する。
気管支鏡検査は、気道異物の診断・摘出、原因不明の無気肺や繰り返す同一部位の肺炎、気道狭窄・気管軟化症の評価などで行われる。乳児では鎮静や全身麻酔を要する侵襲的な検査である。本例は症状が軽快しており、陰影は生理的な胸腺であるので適応はない。
- ×c. 抗菌薬投与を開始する。
抗菌薬は細菌感染症に対する治療薬であり、ウイルス性上気道炎には効果がない。本例は解熱して全身状態良好、炎症反応も上昇しておらず、細菌性肺炎を示す根拠はない。不要な抗菌薬投与は、下痢などの副作用や薬剤耐性菌の増加につながるため避けるべきである。
- ×d. 気管支拡張薬の吸入を行う。
気管支拡張薬(β2刺激薬など)の吸入は、気管支喘息発作など、気道が狭くなって喘鳴や呼気延長、呼吸困難を生じている場合に用いる。本例ではこれらの気道狭窄を示す所見の記載はなく、症状も改善しているので必要ない。
- ×e. 肺理学療法を施行する。
肺理学療法(体位ドレナージ、スクイージング、排痰の介助など)は、痰が多く自力で排出できない場合や、無気肺、神経筋疾患などで排痰が障害されている場合に行われる。本例は咳嗽が軽快しつつあり、痰の貯留や無気肺を示す所見もないので適応はない。
乳幼児の胸腺陰影
・胸腺は前縦隔にあるT細胞の分化・成熟の場となるリンパ器官で、体重に対する割合は乳幼児期に最も大きい。重量は思春期ごろまで増えるが、その後は脂肪組織に置き換わって退縮する。 ・胸部エックス線写真では、おおむね2〜3歳ごろまで上縦隔の陰影として目立つことが多い。 ・代表的な所見 sail sign:胸腺の一葉(右側に多い)が肺野に張り出し、下縁が水平で直線的な三角形の陰影となる。ヨットの帆に似る。 wave sign:胸腺の辺縁が肋骨前端に押されて波状に見える所見。 thymic notch:胸腺と心陰影の境界にみられる切れ込み。 pseudo-cardiomegaly:胸腺が心陰影と重なり、心拡大のように見えるもの。 ・肺炎や腫瘤との鑑別点:胸腺は柔らかく周囲を圧排しないため気管の偏位がない。陰影を透かして肺血管影が追える。側面像では前縦隔に位置する。呼吸や体位で形が変わる。迷う場合は超音波検査やCT、MRIで確認できる。 ・重症の感染症や手術などの強いストレス、ステロイド投与などで胸腺は一時的に縮小し、回復後に再び大きくなることがある(リバウンド)。
小児の肺炎を疑うときのポイント
・臨床所見:発熱の持続、多呼吸(1歳未満では50回/分以上が目安)、陥没呼吸、鼻翼呼吸、呻吟、SpO2低下、哺乳不良、活気低下。 ・画像所見:浸潤影、エアブロンコグラム、シルエットサイン、胸水。 ・細菌性を示唆する所見:白血球増多(好中球優位)、CRP高値、大葉性の浸潤影。
POINT
・乳幼児の胸部エックス線写真では、生理的な胸腺陰影(sail sign)を肺炎や縦隔腫瘤と誤らないことが重要である。 ・解熱して全身状態良好(活気あり・哺乳良好)、白血球・CRP正常なら、ウイルス性上気道炎の自然軽快と考え、無治療で経過観察とする。 ・ウイルス感染に抗菌薬は無効であり、不要な投与は耐性菌を増やす。 ・気管支鏡、気管支拡張薬吸入、肺理学療法には、それぞれ明確な適応(異物・無気肺、気道狭窄、排痰障害など)が必要である。
