牽引中の夜に訴えた激痛―5Pが告げるコンパートメント症候群と「切る」決断
第104回医師国家試験 B問題 第46問
国試問題にチャレンジ
8歳の男児。本日,右上腕骨顆上骨折で入院した。直達牽引を行っていたが,夜間に激しい疼痛を訴えた。右前腕は水疱形成を伴って腫脹し,手指は蒼白で,前腕と手とに錯感覚と運動麻痺とを認める。 対応として適切なのはどれか。
- a.前腕部の冷却
- b.骨折の徒手整復
- c.前腕部の筋膜切開
- d.手指自動運動の奨励
- e.非ステロイド性抗炎症薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
小児の上腕骨顆上骨折は、骨折部の出血や浮腫により前腕屈筋群の区画内圧が上昇し、急性コンパートメント症候群を起こしやすい骨折です。骨折に不釣り合いな激痛、緊満した腫脹、蒼白、錯感覚、運動麻痺(5P)をみたら本症を疑い、圧迫を除去したうえで緊急の筋膜切開により減圧します。冷却、徒手整復、自動運動、鎮痛薬では区画内圧は下がらず、特に鎮痛薬は警告症状である疼痛を隠して診断を遅らせる危険があります。脈拍が触れても本症は否定できず、手指の他動伸展による疼痛増強や区画内圧測定が早期診断に役立ちます。放置すれば不可逆的なVolkmann拘縮に至るため、「疑ったら迷わず減圧」という時間を意識した判断が、子どもの手の機能を守ることにつながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・8歳男児、右上腕骨顆上骨折で入院し、直達牽引中 ・夜間になって激しい疼痛が出現(受傷から数時間後) ・右前腕の高度腫脹と水疱形成 ・手指の蒼白(循環障害) ・前腕から手にかけての錯感覚(異常感覚)と運動麻痺(神経障害)
診断へのプロセス
小児の上腕骨顆上骨折は、肘の近くを走る上腕動脈と正中神経を損傷・圧迫しやすく、さらに骨折部の出血や浮腫によって前腕屈筋群の区画(コンパートメント)の内圧が上がりやすい骨折である。前腕の筋群は骨と伸びにくい筋膜に囲まれた閉鎖空間に収まっているため、内圧が上昇すると毛細血管の灌流が途絶え、筋や神経が虚血に陥る。これが急性コンパートメント症候群である。 本例では、骨折の程度に不釣り合いな激痛、前腕の緊満した腫脹と水疱、蒼白、錯感覚、運動麻痺がそろっており、前腕の急性コンパートメント症候群と診断できる。いわゆる5P(Pain:疼痛、Pallor:蒼白、Paresthesia:錯感覚、Paralysis:麻痺、Pulselessness:脈拍消失)のうち4つが明らかで、すでに進行した段階にあると考えられる。 この状態を放置すると、前腕屈筋群(特に深指屈筋・長母指屈筋)が壊死・線維化し、手関節屈曲・手指屈曲位で固まる不可逆的な拘縮、すなわちVolkmann〈フォルクマン〉拘縮が完成する。筋は4〜6時間程度の虚血で不可逆的な障害を受け始めるとされ、時間との勝負となる。
設問の考え方
問われているのは、コンパートメント症候群が強く疑われる状況での「直ちに行うべき対応」である。区画内圧を物理的に下げて血流を回復させる以外に、筋・神経の壊死を防ぐ手段はない。包帯やギプスなど外からの圧迫があればまず除去するが、それでも改善しない場合や、本例のように麻痺まで出現している場合には、緊急の筋膜切開(減張切開)が必要となる。
選択肢考察
- ×a. 前腕部の冷却
冷却は打撲や捻挫などで炎症・浮腫を抑える目的で用いられるが、本例の病態は区画内圧の上昇による虚血であり、冷却では内圧は下がらない。むしろ血管を収縮させて虚血を助長するおそれがあり、また冷却で時間を費やすことが筋膜切開の遅れにつながる。不適切である。
- ×b. 骨折の徒手整復
骨折の転位が上腕動脈を圧迫している場合には整復が血流改善に役立つこともあるが、本例はすでに直達牽引で整復・固定が図られており、新たに大きな転位が生じたとは考えにくい。症状の主体は前腕区画内圧の上昇であり、徒手整復では内圧は下がらない。整復操作に時間をかける間に筋壊死が進行するため、適切な対応ではない。
- ○c. 前腕部の筋膜切開
前腕の筋を包む筋膜を縦に大きく切開して区画を開放し、内圧を直ちに下げて筋・神経への血流を回復させる処置である。激痛・腫脹・蒼白・錯感覚・運動麻痺がそろった急性コンパートメント症候群では、これが唯一の根本的治療であり、Volkmann拘縮への進行を防ぐために可能な限り早く行う必要がある。切開創は腫脹が引いてから二期的に閉鎖または植皮する。
- ×d. 手指自動運動の奨励
手指の自動運動は、骨折後の拘縮予防や浮腫の軽減を目的に通常のリハビリテーションで勧められることがある。しかし本例はすでに運動麻痺が生じており、自分で指を動かすこと自体ができない。さらに虚血に陥った筋を動かしても内圧は下がらず、緊急処置を遅らせるだけである。
- ×e. 非ステロイド性抗炎症薬投与
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は鎮痛・抗炎症作用をもつが、区画内圧を速やかに下げる作用はない。さらに鎮痛薬で疼痛を抑えると、コンパートメント症候群の最も重要な警告症状である激痛がわかりにくくなり、診断・治療の遅れを招く危険がある。根本的な対応にはならない。
急性コンパートメント症候群
骨と筋膜で囲まれた区画(コンパートメント)の内圧が、出血・浮腫・外からの圧迫(きついギプスや包帯)などで上昇し、区画内の筋・神経が循環障害に陥る病態である。前腕屈筋群と下腿(特に前方区画)が好発部位で、原因として骨折(小児の上腕骨顆上骨折、下腿骨骨折など)、挫滅外傷、長時間の圧迫、血行再建後の再灌流などがある。
症状(5P)
・Pain(疼痛):骨折から予想される程度を超える激痛。区画内の筋を他動的に伸張すると痛みが増強する(前腕屈筋群なら手指の他動伸展で増強)のが早期から出る重要な所見である。 ・Paresthesia(錯感覚) ・Paralysis(運動麻痺) ・Pallor(蒼白) ・Pulselessness(脈拍消失) 注意点として、区画内圧が動脈圧を超えることはまれなため、橈骨動脈の脈拍は触知できることが多い。脈が触れることを理由にコンパートメント症候群を否定してはならない。
診断と治療
臨床症状で強く疑えば治療を優先する。判断に迷う場合は区画内圧を測定し、内圧が30mmHg程度以上、あるいは拡張期血圧と区画内圧の差が30mmHg未満であれば筋膜切開の適応とする考え方が一般的である。まずギプスや包帯などの圧迫を除去し、患肢は心臓の高さに保つ(過度の挙上は動脈圧を下げ灌流をかえって悪化させる)。改善がなければ速やかに筋膜切開を行う。
Volkmann拘縮
前腕屈筋群の虚血性壊死後に筋が線維化・短縮して生じる拘縮で、手関節屈曲、手指のMP関節伸展・IP関節屈曲位をとる特徴的な変形を示す。正中神経・尺骨神経の障害を伴うことも多い。一度完成すると機能回復は困難であり、腱延長術や筋解離術などが行われるが、予防が何より重要である。
小児上腕骨顆上骨折の主な合併症
・上腕動脈損傷、前腕コンパートメント症候群(Volkmann拘縮) ・神経損傷(正中神経、特に前骨間神経、ついで橈骨神経、尺骨神経) ・内反肘(最も多い変形治癒)
POINT
・骨折後、骨折の程度に不釣り合いな激痛・腫脹・錯感覚・運動麻痺をみたら急性コンパートメント症候群を疑う。 ・前腕屈筋群のコンパートメント症候群を放置するとVolkmann拘縮になる(小児上腕骨顆上骨折の重大合併症)。 ・治療は圧迫の除去と緊急の筋膜切開による減圧。冷却・鎮痛薬・様子見は不可。 ・脈拍が触れてもコンパートメント症候群は否定できない。
