血圧が正常でも安心できない―乳児の「4秒」が告げる代償性ショック
第118回医師国家試験 B問題 第31問
国試問題にチャレンジ
1か月の男児。不機嫌と哺乳不良とを主訴に両親に連れられて来院した。昨夜から機嫌が悪く,約50%哺乳量が減少したため夜間救急外来を受診した。周産期に異常はない。意識は清明。①体温37.1℃。②心拍数120/分,整。③血圧80/50mmHg。④呼吸数36/分。顔色はやや不良。大泉門は平坦。頸部にリンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は軟である。⑤毛細血管再充満時間4秒。 下線部のうち,迅速な対応を要する所見はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳児では不機嫌・哺乳不良・顔色不良といったnot doing wellの徴候が重症疾患の重要な手がかりとなり、バイタルサインは年齢別の正常範囲(生後1か月前後で心拍数おおむね100〜160/分、呼吸数30〜60/分、収縮期血圧70〜100mmHg)で評価します。毛細血管再充満時間の正常は2秒以内で、4秒への延長は末梢循環不全を示し、血圧が保たれていても代償性ショックの段階にある可能性を意味します。小児は頻脈と末梢血管収縮で血圧を長く維持するため、低血圧は代償破綻の遅いサインであり、出現時には心停止が迫っていることがあります。小児評価トライアングルとABCDEアプローチで呼吸・循環を優先的に評価し、敗血症・脱水・心不全などを想定して輸液路確保や原因検索を迅速に始めることが求められます。血圧の数字に惑わされず早期の循環徴候を拾う視点は、小児救急のあらゆる場面で命を守る基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
患者は生後1か月の乳児(新生児期は生後28日未満までなので、本児は乳児期に入ったばかりである)。周産期歴に問題はなく、前夜からの不機嫌と、普段の約半分にまで落ちた哺乳量を主訴に夜間に受診している。乳児は症状を言葉で訴えられないため、「機嫌が悪い」「飲みが悪い」「顔色が悪い」といった、いわゆる not doing well(何となく元気がない)の徴候が重症疾患の唯一の手がかりとなることが多い。本児では哺乳量の急な減少と顔色不良がこれに当たる。
バイタルサインの評価
下線部①〜④の体温・心拍数・血圧・呼吸数は、いずれも生後1か月児の年齢相応の範囲内にある。一方、⑤の毛細血管再充満時間(capillary refill time:CRT)は4秒で、正常上限の2秒を明らかに超えている。CRT の延長は末梢の皮膚への血流が低下していることを示し、末梢循環不全(ショックの徴候)を意味する。
考え方
小児の重症度評価では、病名を考える前に「呼吸・循環がいま保たれているか」を生理学的に判断することが優先される(小児評価トライアングルと ABCDE アプローチ)。乳幼児は心拍数の増加や末梢血管の収縮によって血圧を長く維持できるため、血圧が正常でもショックが始まっていることがある(代償性ショック)。血圧が下がってから気づくのでは遅く、CRT 延長や皮膚色の不良、意識の変化といった早期の循環徴候を見逃さないことが重要である。本児は not doing well の徴候に加えて CRT 延長を認めることから、敗血症、脱水、心不全(先天性心疾患など)を背景とする循環不全を想定し、輸液路の確保、酸素投与、感染症の検索などを迅速に開始すべき状態と判断する。したがって迅速な対応を要する所見は⑤である。
選択肢考察
- ×a. ①
体温37.1℃は乳児の正常範囲(おおむね36.5〜37.5℃)にあり、発熱ではない。なお生後3か月未満の乳児では38.0℃以上の発熱があれば重症細菌感染症(敗血症、細菌性髄膜炎、尿路感染症など)を念頭に置いた精査が必要になるが、本児はこれに当たらない。また重症感染症の乳児ではむしろ低体温を示すこともあるが、37.1℃は低体温でもない。
- ×b. ②
乳児の心拍数は成人より速く、覚醒時でおおむね100〜160/分程度が正常範囲とされる。120/分は生後1か月児として正常であり、整脈でもあるため、この値自体に緊急性はない。なお、乳児の循環不全では代償として頻脈(180/分を超えるような値)を示すことが多く、逆に徐脈は心停止が切迫した危険な徴候である。
- ×c. ③
生後1か月児の収縮期血圧はおおむね70〜100mmHg程度が正常範囲であり、80/50mmHg は正常である。小児二次救命処置(PALS)では、生後1か月〜1歳未満で収縮期血圧70mmHg未満を低血圧の目安とする。ただし小児は代償機構により血圧が最後まで保たれやすく、血圧が正常であることはショックを否定する根拠にならない点に注意が必要である。
- ×d. ④
乳児の呼吸数はおおむね30〜60/分が正常範囲であり、36/分は正常である。乳児で60/分を超える多呼吸や、陥没呼吸・呻吟・鼻翼呼吸などの努力呼吸、無呼吸があれば呼吸障害として緊急対応が必要となるが、本児にはそれらの所見はなく、呼吸音にも異常はない。
- ○e. ⑤
毛細血管再充満時間(CRT)は、爪床や皮膚を5秒ほど圧迫して白くしたあと、圧迫を解除してから元の色調に戻るまでの時間であり、正常は2秒以内である。4秒という延長は末梢組織への血流低下、すなわち末梢循環不全を示し、血圧が保たれていても代償性ショックの段階にある可能性を示唆する。哺乳量の急減と顔色不良を伴う乳児で CRT が延長していることから、敗血症や脱水、心不全などによるショックを想定し、直ちに輸液路確保や原因検索を含む対応を開始すべき所見である。
小児の初期評価
小児救急では、まず第一印象として小児評価トライアングル(PAT:外観、呼吸状態、皮膚への循環)を短時間で観察し、続いて ABCDE アプローチで一次評価を行う。A は気道(Airway)、B は呼吸(Breathing)、C は循環(Circulation)、D は神経学的評価(Disability)、E は全身観察・体温(Exposure)である。 C(循環)の評価項目には、心拍数とリズム、中枢および末梢の脈の触れ、毛細血管再充満時間、皮膚の色と温度、血圧、意識状態、尿量が含まれる。
CRT の測り方と注意点
四肢を心臓よりやや高い位置に挙上し、指先や爪床、前胸部などの皮膚を圧迫して白くした後、すばやく離して色が戻るまでの秒数を数える。正常は2秒以内で、2秒を超えると延長と判断する。室温が低い環境では皮膚血管が収縮して偽陽性になりうるため、測定環境にも注意する。
乳児のバイタルサインの目安(生後1か月前後)
心拍数:覚醒時おおむね100〜160/分 呼吸数:おおむね30〜60/分 収縮期血圧:おおむね70〜100mmHg(1か月〜1歳では70mmHg未満を低血圧とする) 体温:36.5〜37.5℃程度
小児ショックの分類
代償性ショック:血圧は正常範囲に保たれているが、頻脈、CRT 延長、末梢冷感、皮膚色不良、尿量減少などの循環不全徴候がみられる段階。 低血圧性ショック:代償が破綻して血圧が低下した段階。心停止に急速に移行しうる。 小児は血管収縮と頻脈による代償力が大きいため血圧低下が遅れて出現し、低血圧になった時点ではすでに重篤である。
顔色不良
皮膚色の異常には蒼白(循環不全や貧血)、まだら模様(網状皮斑:末梢循環不全)、チアノーゼがある。チアノーゼは手足のみにみられる末梢性チアノーゼと、口唇や口腔粘膜にもみられる中枢性チアノーゼとに分けられ、後者は低酸素血症を示す。
POINT
・乳児では「不機嫌」「哺乳不良」「顔色不良」といった not doing well の徴候が重症疾患の重要な手がかりとなる。 ・毛細血管再充満時間の正常は2秒以内。延長は末梢循環不全(ショック)の徴候である。 ・小児は代償機構により血圧が保たれやすく、血圧正常でもショックは否定できない(代償性ショック)。 ・小児の一次評価は ABCDE アプローチで行い、病名診断より先に呼吸・循環の安定化を図る。 ・年齢ごとのバイタルサインの正常範囲(乳児:心拍数100〜160/分、呼吸数30〜60/分程度)を把握しておく。
