上を向くと二重に見える―眼窩吹き抜け骨折が連れてくる「沈む眼」と「しびれる頬」
第104回医師国家試験 A問題 第53問
国試問題にチャレンジ
71歳の女性。複視を主訴に来院した。昨日,起床時に転倒し,左眼窩部を打撲した。その直後から上向きで複視がある。頭部単純CT冠状断像を別に示す。 この患者でみられるのはどれか。2つ選べ。

- a.縮瞳
- b.眼球陥凹
- c.眼瞼下垂
- d.開口障害
- e.頬部感覚鈍麻
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
眼窩部への鈍的外力で眼窩内圧が急上昇すると、眼窩縁は保たれたまま薄い眼窩下壁や内側壁が副鼻腔側へ折れる眼窩吹き抜け骨折が生じます。下壁骨折では下直筋周囲組織の絞扼による上転障害(上方視での複視)が典型で、CT冠状断像では眼窩内容が上顎洞へ垂れ下がる像がみられます。随伴所見として、眼窩容積の相対的拡大による眼球陥凹と、眼窩底を走る眼窩下神経(上顎神経の枝)の損傷による頬部〜上口唇の感覚鈍麻が重要で、縮瞳・眼瞼下垂(交感神経・動眼神経)や開口障害(下顎神経)は通常起こりません。小児の閉鎖型骨折は迷走神経反射を伴い緊急手術の対象となる点も臨床上大切です。骨折部位と周囲を走る神経・筋の解剖を結びつけて考えることが、顔面外傷の症状を予測する基本になります。
解答・解説
正解はb, eです
所見の整理
・転倒して左眼窩部を打撲した直後から、上方を見たときに物が二重に見える(上方視での複視)。 ・頭部単純CT冠状断像(画像の向かって右が患者の左)では、左眼窩の下壁(眼窩底)が上顎洞側へ落ち込むように骨折し、眼窩内の脂肪組織などの軟部組織が左上顎洞内へ垂れ下がるように脱出している。左上顎洞の上部には軟部組織濃度の陰影がみられる。眼窩内側壁(篩骨洞との境界)にも骨折線が及んでいる可能性がある。右眼窩は正常である。
診断へのプロセス
眼窩部に拳やボール、床面などが当たり眼窩内圧が急激に上昇すると、眼窩の縁(眼窩縁)は保たれたまま、薄く弱い眼窩下壁や内側壁が副鼻腔側へ吹き抜けるように折れる。これが眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)である。本症例は外傷の機転、上方視での複視、CT所見から左眼窩下壁の吹き抜け骨折と診断できる。 上方視で複視が生じるのは、骨折部に下直筋やその周囲の結合組織が挟み込まれ(絞扼)、眼球が上転しにくくなるためである。
設問の考え方
複視以外にこの骨折で生じる症状を考える。①眼窩内容が上顎洞へ脱出して眼窩の容積が相対的に大きくなるため、眼球が奥へ沈む(眼球陥凹)。②眼窩底の眼窩下溝・眼窩下管を走る眼窩下神経(三叉神経第2枝=上顎神経の枝)が損傷され、頬部から上口唇にかけての感覚が鈍くなる。一方、瞳孔や眼瞼挙上を支配する神経(交感神経、動眼神経)や、咀嚼筋を支配する下顎神経は、眼窩下壁の骨折では通常障害されない。
選択肢考察
- ×a. 縮瞳
縮瞳は瞳孔散大筋を支配する交感神経の障害(Horner症候群など)で生じる。交感神経は頸部の交感神経幹から内頸動脈周囲を上行して眼窩に入る経路をとり、眼窩下壁の骨折で損なわれることはない。なお、眼球そのものに鈍的外傷が加わった場合は、瞳孔括約筋の損傷によりむしろ散瞳(外傷性散瞳)を来すことがあるが、縮瞳は本症例に特徴的な所見ではない。
- ○b. 眼球陥凹
眼窩下壁が上顎洞側へ抜けると、眼窩内の脂肪組織や軟部組織が上顎洞内へ脱出し、眼窩の容積が内容物に比べて大きくなる。その結果、眼球は後方(および下方)へ沈み込み、眼球陥凹を呈する。受傷直後は眼窩内の浮腫や出血のため目立たないことがあり、腫れが引いた数日~数週後に明らかになることも多い。2 mm以上の眼球陥凹は整容上の問題となり、手術適応を考える一つの目安とされる。
- ×c. 眼瞼下垂
上眼瞼を挙上するのは動眼神経支配の上眼瞼挙筋と、交感神経支配の瞼板筋(Müller筋)である。眼瞼下垂はこれらの神経の障害(動眼神経麻痺、Horner症候群)や挙筋自体の障害で生じる。動眼神経は上眼窩裂を通って眼窩に入るため、眼窩上部や眼窩尖端部の損傷(上眼窩裂症候群など)では障害されうるが、眼窩下壁の吹き抜け骨折では通常障害されない。受傷直後の眼瞼腫脹で開瞼しにくいことはあっても、神経障害による眼瞼下垂は本症例の所見とはいえない。
- ×d. 開口障害
口を開ける・閉じる運動に関わる咀嚼筋(咬筋、側頭筋、内側・外側翼突筋)は、三叉神経第3枝の下顎神経が支配する。下顎神経は卵円孔から頭蓋外へ出て下顎方向へ走るため、眼窩の骨折とは経路が離れており障害されない。三叉神経第1枝(眼神経)と第2枝(上顎神経)は感覚線維のみで運動線維を含まない。なお、頬骨骨折(特に頬骨弓骨折)では、陥没した骨片が下顎骨の筋突起の動きを妨げて開口障害を来すことがあるが、本症例の画像は眼窩下壁の吹き抜け骨折であり、開口障害は生じにくい。
- ○e. 頬部感覚鈍麻
三叉神経第2枝(上顎神経)の枝である眼窩下神経は、眼窩底の眼窩下溝・眼窩下管を前方へ走り、眼窩下孔から出て頬部・下眼瞼・鼻翼・上口唇・上歯肉の感覚を担う。眼窩下壁が骨折すると、この神経が骨片で圧迫・伸展・損傷され、同側の頬部から上口唇にかけての感覚鈍麻(しびれ)が生じる。眼窩底骨折で高頻度にみられ、見逃してはならない随伴症状である。
眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)
・機序:眼窩前方から鈍的外力が加わり眼窩内圧が急上昇すると、厚い眼窩縁は保たれ、薄い眼窩下壁(上顎洞との境界)や内側壁(篩骨洞との境界、紙様板)が副鼻腔側へ折れる。 ・症状: ①複視・眼球運動障害:下壁骨折では下直筋・下斜筋周囲組織の絞扼により上転障害(上方視で複視)が典型である。下方視でも複視が生じることがある。内側壁骨折では内直筋の絞扼による外転障害がみられる。 ②眼球陥凹:眼窩内容の副鼻腔への脱出による。 ③頬部・上口唇の感覚鈍麻:眼窩下神経の損傷による。 ④その他:眼瞼腫脹、皮下出血、鼻出血、鼻をかんだ後の眼瞼の皮下気腫。 ・若年者の特殊型:骨が柔らかい小児・若年者では、骨片が一度開いて元に戻り、筋を強く挟み込む「閉鎖型(trapdoor型)骨折」を起こしやすい。外見の損傷が軽いのに眼球運動障害が強く、眼球を動かそうとすると迷走神経反射による悪心・嘔吐、徐脈を来すことがある。筋の虚血・壊死を防ぐため緊急手術が必要となる。 ・検査:CT冠状断像で骨折部位と軟部組織の脱出(上顎洞内への垂れ下がり、いわゆるtear drop sign)を確認する。眼球運動障害の評価にはHessチャートや両眼単一視野検査を用いる。 ・治療:軽症例は経過観察(鼻をかまないよう指導)でよいが、筋の絞扼が明らかな場合、改善しない複視、著しい眼球陥凹がある場合は手術(脱出組織の整復と眼窩壁の再建)を行う。
三叉神経の3枝と通過孔
・第1枝 眼神経:上眼窩裂を通る。感覚のみ(前額・上眼瞼・角膜など)。 ・第2枝 上顎神経:正円孔を通り、その枝の眼窩下神経が下眼窩裂から眼窩底を走り眼窩下孔へ出る。感覚のみ(頬部・上口唇・上歯など)。 ・第3枝 下顎神経:卵円孔を通る。感覚に加え咀嚼筋の運動を支配する。
POINT
・眼窩部打撲後の上方視での複視+CTで眼窩下壁から上顎洞への軟部組織脱出 → 眼窩吹き抜け骨折。 ・随伴所見は「眼球陥凹」と「頬部(~上口唇)の感覚鈍麻(眼窩下神経障害)」。 ・下壁骨折は下直筋絞扼で上転障害、内側壁骨折は内直筋絞扼で外転障害。 ・縮瞳・眼瞼下垂(交感神経・動眼神経)や開口障害(下顎神経)は通常生じない。 ・小児の閉鎖型骨折は迷走神経反射(悪心・嘔吐・徐脈)を伴い、緊急手術の対象となる。
