痛み止めより先に打つ一手―骨盤内炎症性疾患は「待たずに抗菌薬」
第103回医師国家試験 C問題 第31問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,30と31の問いに答えよ。 21歳の女性。下腹部痛を主訴に来院した。 現病歴:5日前に発熱を認めた。3日前から下腹部痛と帯下の増加とが出現した。 既往歴:16歳時に膀胱炎。 家族歴:母親と兄が尿管結石。 生活歴:6歳から10歳まで海外で過ごした。 月経歴:初経13歳。18歳までは周期27日型,持続5日間,中等量,月経痛は認めない。 服薬歴:避妊を目的に18歳から低用量ピルを服用している。 性交歴:16歳から不特定多数の男性と性交渉がある。 現症:身長155cm,体重48kg。体温36.8℃。呼吸数22/分。脈拍108/分,整。血圧120/70mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。下腹部正中に圧痛を認める。
血液検査で以下の結果が得られた。 赤沈46mm/1時間。血液所見:赤血球412万,Hb 12.9g/dL,Ht 41%,白血球12,200,血小板18万。血液生化学所見:尿素窒素19mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,総ビリルビン1.1mg/dL,直接ビリルビン0.6mg/dL,AST 73IU/L,ALT 86IU/L,LD〈LDH〉 380IU/L(基準176~353),ALP 222IU/L(基準115~359),Na 137mEq/L,K 4.5mEq/L,Cl 107 mEq/L。CRP 6.4mg/dL。 治療としてまず行うのはどれか。
- a.浣腸
- b.腹腔鏡手術
- c.抗菌薬投与
- d.胃粘膜保護薬投与
- e.非ステロイド性抗炎症薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
性交歴、発熱の先行、帯下増加、下腹部痛に、白血球増多・CRP上昇・赤沈亢進がそろえば、クラミジアや淋菌などの性感染症を背景とした骨盤内炎症性疾患(PID)と判断し、まず抗菌薬を開始します。治療の遅れは卵管障害による不妊や異所性妊娠につながるため、検査結果を待たずに経験的治療を始めることが原則で、β-ラクタム系が効きにくいクラミジアと淋菌の双方をカバーする組み合わせを選びます。腹腔鏡手術は膿瘍の難治例や診断困難例、NSAIDsは対症療法にとどまり、浣腸は腹膜炎で病状を悪化させうるため避けます。肝逸脱酵素の上昇からは肝周囲炎(Fitz-Hugh–Curtis症候群)にも目を向けつつ、パートナーの同時治療まで含めて考えることが、再感染と後遺症を防ぐ実践的なPID診療につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
21歳の女性で、5日前の発熱に続き、3日前から下腹部痛と帯下増加が出現した。16歳から不特定多数の男性と性交渉があり、低用量ピルで避妊している。来院時は体温36.8℃だが脈拍108/分、呼吸数22/分で、下腹部正中に圧痛がある。 今回追加された血液検査では、以下の点が異常である。 ・炎症反応:白血球12,200/μL(増加)、CRP 6.4mg/dL(上昇)、赤沈46mm/1時間(女性の基準はおおむね15mm/1時間以下で、明らかに亢進) ・肝機能:AST 73IU/L、ALT 86IU/L と軽度上昇、LD 380IU/L(基準176~353)と軽度上昇。ビリルビンとALPは基準範囲内で、胆汁うっ滞の所見はない。 ・貧血はなく(Hb 12.9g/dL)、腎機能(尿素窒素、クレアチニン)と電解質は正常。
診断へのプロセス
性交歴という危険因子、発熱の先行、帯下増加、下腹部正中の圧痛に、白血球増多・CRP上昇・赤沈亢進という細菌感染を示す炎症所見がそろっている。以上から、クラミジア・トラコマティスや淋菌などの性感染症(STI)を原因とする骨盤内炎症性疾患(PID:pelvic inflammatory disease)が最も考えられる。貧血がないことから、腹腔内出血を伴う異所性妊娠破裂や卵巣出血は考えにくい。 なお、AST・ALTの軽度上昇は、クラミジアや淋菌の感染が骨盤から上腹部へ広がって肝臓の表面(肝被膜)に炎症を起こす肝周囲炎(Fitz-Hugh–Curtis症候群)の存在を疑うきっかけにもなりうる。ただし肝周囲炎では肝逸脱酵素が正常のことも多く、典型的には右上腹部痛を伴うため、本例の数値だけから断定はできない。
設問の考え方
「まず行う治療」を問われている。PIDは細菌感染症であり、治療の中心は原因微生物に対する抗菌薬である。PIDは治療が遅れるほど卵管の癒着・閉塞が残りやすく、将来の不妊や異所性妊娠につながるため、臨床的にPIDと判断した時点で、培養や核酸増幅検査の結果を待たずに経験的に抗菌薬を開始することが原則とされる。手術や鎮痛薬は状況に応じた追加・補助の手段であり、最初に選ぶ治療ではない。
選択肢考察
- ×a. 浣腸
浣腸は便秘に伴う腹痛や腸管内の便貯留に対して行う処置である。本例は発熱、帯下増加、白血球増多・CRP上昇を伴う感染性の病態であり、便秘では説明できない。さらに、腹膜炎が疑われる状況での浣腸は腸管内圧を上げ、病状を悪化させるおそれがあるため避けるべきである。
- ×b. 腹腔鏡手術
腹腔鏡は、PIDの確定診断(卵管の発赤・腫脹や膿性滲出液の直接観察)や、抗菌薬治療に反応しない卵管卵巣膿瘍のドレナージ、異所性妊娠・卵巣腫瘍茎捻転・卵巣出血など外科的処置が必要な疾患との鑑別が難しい場合に行われる。本例は抗菌薬で治療を開始すべき段階で、膿瘍形成や外科的緊急疾患を示す所見もないため、最初に行う治療ではない。
- ○c. 抗菌薬投与
PIDは細菌感染症であり、原因菌に有効な抗菌薬の投与が治療の基本となる。クラミジアは細胞内寄生菌でβ-ラクタム系が効きにくいため、テトラサイクリン系(ドキシサイクリン、ミノサイクリン)、マクロライド系(アジスロマイシン)、一部のニューキノロン系(レボフロキサシンなど)を用いる。PIDでは淋菌や嫌気性菌との混合感染も多いため、実際にはクラミジアと淋菌の双方をカバーする組み合わせ(例:セフトリアキソン+ドキシサイクリンまたはアジスロマイシン、必要に応じてメトロニダゾールを追加)が推奨される。後遺症を防ぐため早期に開始することが重要であり、「まず行う」治療として最も適切である。
- ×d. 胃粘膜保護薬投与
胃粘膜保護薬は胃炎や胃潰瘍など上部消化管の粘膜障害に用いる薬である。本例は下腹部の痛みで、上腹部症状や消化性潰瘍を示唆する所見はなく、原因疾患の治療にならない。NSAIDsを併用する際に胃粘膜障害の予防として添えることはあるが、それは補助的な位置づけにすぎない。
- ×e. 非ステロイド性抗炎症薬投与
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は痛みを和らげる対症療法として、抗菌薬と併用されることはある。しかし感染そのものを治すわけではなく、単独で用いれば原因に対する治療が遅れ、炎症の進展や卵管障害などの後遺症を招きうる。解熱・鎮痛作用によって経過の評価がしにくくなる点にも注意が必要である。本例で優先されるのは原因治療である抗菌薬である。
PIDの診断の目安
性的に活動的な若年女性で、下腹部痛があり、内診で子宮頸部の移動痛、子宮体部の圧痛、付属器の圧痛のいずれかを認め、他の疾患が考えにくければPIDとして治療を開始する(最小診断基準)。38.3℃を超える発熱、頸管からの膿性分泌物、赤沈亢進やCRP上昇、クラミジア・淋菌の検出などがあれば診断の確からしさが増す。経腟超音波で卵管の腫大や卵管卵巣膿瘍を評価し、妊娠可能年齢では妊娠反応で異所性妊娠を除外する。
治療の実際
・軽症~中等症:外来での経口・注射抗菌薬治療が可能である。 ・入院治療を考慮する場合:重症(高熱、悪心・嘔吐で内服できない)、卵管卵巣膿瘍、妊娠中、虫垂炎など外科的緊急疾患が否定できない、経口治療で改善しない。 ・手術(腹腔鏡・開腹):抗菌薬に反応しない膿瘍、膿瘍破裂、診断が確定できない場合など。 ・性パートナーの検査と治療を同時に行い、治療終了まで性交渉を控えるよう指導する。治療していないパートナーからの再感染(ピンポン感染)を防ぐためである。
クラミジアに用いる主な抗菌薬
・マクロライド系:アジスロマイシン(1g単回内服が代表的)、クラリスロマイシン ・テトラサイクリン系:ドキシサイクリン、ミノサイクリン ・ニューキノロン系:レボフロキサシン、シタフロキサシンなど 妊婦ではテトラサイクリン系(胎児の歯・骨への影響)とニューキノロン系を避け、マクロライド系を用いる。
Fitz-Hugh–Curtis症候群
クラミジアや淋菌による骨盤内感染が上腹部に波及して起こる肝周囲炎である。右季肋部痛を特徴とし、胆嚢炎との鑑別が問題となる。造影CTの動脈相で肝表面(肝被膜)の濃染がみられ、腹腔鏡では肝表面と腹壁の間に弦のような癒着(violin string adhesion)が認められる。治療はPIDと同じく抗菌薬である。
POINT
・性交歴+発熱+下腹部痛+帯下増加+炎症反応上昇 → STIを背景としたPIDと判断し、まず抗菌薬を開始する。 ・クラミジアにはマクロライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系が有効で、β-ラクタム系は効きにくい。 ・PIDでは淋菌との混合感染を考え、両者をカバーする治療を行う。 ・パートナーも同時に検査・治療する。 ・手術は膿瘍の難治例や診断困難例、NSAIDsは補助的な対症療法にとどまる。
