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炎症は一番低いところにたまる―Douglas窩の圧痛が語る骨盤内炎症性疾患

第117回医師国家試験 E問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第117回 E問題 第3問

女性の骨盤内炎症性疾患を最も示唆する身体所見はどれか。

  1. a.帯下の悪臭
  2. b.脾臓の触知
  3. c.子宮口の開大
  4. d.下腹部腫瘤触知
  5. e.Douglas窩の圧痛

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、骨盤内炎症性疾患、いわゆるPIDを最も示唆する身体所見を選ぶ問題だ。ポイントは「どの所見がPIDの病態、つまり骨盤内の炎症を最も直接に反映しているか」。まずPIDとは何かから確認しよう。
医学生医学生
クラミジアや淋菌が原因の感染症、というイメージです。
ドクタードクター
そうだね。PIDは腟や子宮頸管から病原体が上行して起こる、上部生殖器と小骨盤内の感染症の総称だ。子宮内膜炎、卵管炎、卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎などを含む。主な起炎菌はクラミジアと淋菌で、腟内の嫌気性菌や腸内細菌が加わった混合感染も多い。
医学生医学生
性感染症が入り口なら、帯下の悪臭が一番それらしい気がしますが…。
ドクタードクター
そこが引っかけどころだ。悪臭のある帯下は、魚のようなにおいの細菌性腟症や腟トリコモナス症など、腟の感染症の典型的な所見なんだ。PIDで膿性帯下を伴うことはあるけれど、帯下に異常のないPIDも少なくない。つまり下部生殖器の局所の炎症だけで十分説明でき、骨盤内の炎症を特異的には示さない。
医学生医学生
なるほど、「入り口」の所見であって、「奥」で炎症が起きている証拠にはならないということですね。
ドクタードクター
うまい言い方だね。では、奥で炎症が起きていることを示す所見は何か。PIDの診断は主に臨床所見で行い、中心は下腹部の圧痛、内診での子宮や付属器の圧痛、そして子宮頸部を動かしたときに痛む子宮頸部移動痛だ。さらに炎症が骨盤腹膜に及ぶと、Douglas窩に滲出液や膿がたまる。
医学生医学生
解剖実習で見た直腸子宮窩ですね。腹膜腔の一番低いところだったと思います。
ドクタードクター
その通り。立位でも仰臥位でも腹膜腔の最下部にあたるから、炎症性の液体が重力でそこに集まる。内診や直腸診でそこを押すと強い痛みが出るのは、炎症が子宮・付属器周囲から骨盤腹膜まで広がっていることを直接示している。だから正解はDouglas窩の圧痛だ。
医学生医学生
下腹部腫瘤の触知も、卵管卵巣膿瘍ならありうるのでは、と迷いました。
ドクタードクター
良い疑問だ。確かにPIDが進行して卵管卵巣膿瘍や卵管留膿腫ができれば腫瘤として触れる。でもPIDで常に腫瘤ができるわけではないし、下腹部腫瘤は子宮筋腫、卵巣腫瘍、子宮内膜症性嚢胞でもよく触れる。特異性が低いんだ。
医学生医学生
子宮口の開大は、産婦人科実習の分娩見学で内診所見として聞いた言葉です。PIDとは関係なさそうですね。
ドクタードクター
そう。子宮口の開大は、妊娠中なら切迫流早産や頸管無力症、流産の進行、分娩の進行でみられる所見だ。PIDで大事なのは子宮口の開大ではなく、頸管からの膿性分泌物や子宮頸部移動痛のほうだよ。
医学生医学生
脾臓の触知は、伝染性単核球症や血液疾患、門脈圧亢進のときの所見なので、骨盤に限局した炎症とは結びつかないですね。
ドクタードクター
その通り。PIDで脾腫は一般にみられない。ここまでで、「骨盤腹膜の炎症を直接反映する所見を選ぶ」という考え方が見えてきたかな。
医学生医学生
はい。帯下や腫瘤は「あってもいいけど特異的じゃない」、Douglas窩の圧痛は「炎症の広がりそのもの」ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。臨床での注意点も押さえよう。下腹痛の若い女性を診たら、まず妊娠反応を確認して異所性妊娠を否定すること。急性虫垂炎、卵巣腫瘍茎捻転、卵巣出血も重要な鑑別だ。CDCの指針では、性活動のある女性の骨盤痛で子宮頸部移動痛、子宮圧痛、付属器圧痛のいずれかがあり、他疾患が考えにくければPIDとして治療を始めることが勧められている。
医学生医学生
見逃すと怖いから、疑ったら早めに治療するという考え方ですね。合併症は不妊でしょうか。
ドクタードクター
そう。卵管閉塞による不妊症、異所性妊娠、慢性骨盤痛、骨盤内癒着が問題になる。クラミジアが肝周囲に波及すると、右季肋部痛を伴うFitz-Hugh-Curtis症候群を起こすこともある。治療はクラミジア・淋菌・嫌気性菌をカバーする抗菌薬が基本で、膿瘍があれば穿刺排膿や手術を考える。性感染症が原因ならパートナーの検査と治療も忘れずにね。
医学生医学生
右上腹部痛の女性で胆嚢に異常がなかったら、骨盤のほうも考える必要があるんですね。
ドクタードクター
その発想は大事だよ。PIDは症状が軽いこともあり、将来の妊孕性に関わる病気だからこそ、身体所見を丁寧にとって拾い上げてほしい。

まとめ

骨盤内炎症性疾患(PID)は、クラミジアや淋菌などが腟・子宮頸管から上行して起こる子宮内膜炎、卵管炎、卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎などの総称です。診断の中心は下腹部圧痛、子宮・付属器の圧痛、子宮頸部移動痛であり、腹膜腔の最下部にあるDouglas窩の圧痛は炎症が骨盤腹膜まで及んでいることを直接示すため、PIDを最も示唆する所見となります。帯下の悪臭は細菌性腟症やトリコモナス症など腟の感染症でも生じ、下腹部腫瘤は筋腫や卵巣腫瘍でも触れるため特異性に欠けます。診療では妊娠反応で異所性妊娠を否定し、虫垂炎や茎捻転などとの鑑別を行ったうえで、疑えば早期に抗菌薬治療を開始し、パートナーの治療も行います。不妊症や異所性妊娠、Fitz-Hugh-Curtis症候群といった合併症まで含めて理解することが、若年女性の下腹痛を的確に診る力につながります。

解答・解説

正解はeです

骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease:PID)は、腟・子宮頸管から病原体が上行して起こる上部生殖器と小骨盤内の感染症の総称であり、子宮内膜炎、卵管炎(付属器炎)、卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎などを含む。主な起炎菌はクラミジア・トラコマティスと淋菌であり、これに腟内の嫌気性菌や腸内細菌などが加わった混合感染となることも多い。 PIDの診断は主に臨床所見で行う。中心となるのは「下腹痛と下腹部の圧痛」「内診での子宮や付属器(卵管・卵巣)の圧痛」であり、さらに子宮頸部を動かしたときに痛む子宮頸部移動痛も重要な所見である。炎症が骨盤腹膜に及ぶと、骨盤腔の最も低い位置にあるDouglas窩(直腸子宮窩)に炎症性の滲出液や膿がたまり、内診や直腸診でこの部位を押すと強い痛みを生じる。Douglas窩の圧痛は、炎症が子宮・付属器周囲から骨盤腹膜にまで広がっていることを直接示す所見であり、選択肢の中ではPIDを最も示唆する。 一方、帯下の異常や下腹部腫瘤は、PIDでみられることはあっても、他の疾患でも頻繁にみられ、またPIDで必ず生じるものでもない。設問は「最も示唆する」所見を問うているので、PIDの病態(骨盤内の炎症)を最も直接的に反映する所見を選べばよい。

選択肢考察

  1. ×a.  帯下の悪臭

    悪臭を伴う帯下は、細菌性腟症(魚臭様の帯下)や腟トリコモナス症などの腟の感染症で典型的にみられ、子宮頸管炎や萎縮性腟炎などでも生じる。PIDでも膿性帯下を伴うことはあるが、帯下に異常がみられないPIDも少なくなく、また帯下の悪臭は下部生殖器の局所の炎症で十分起こるため、骨盤内(上部生殖器)の炎症を特異的に示す所見ではない。

  2. ×b.  脾臓の触知

    脾臓を触知する(脾腫)原因には、肝硬変などによる門脈圧亢進に伴ううっ血、伝染性単核球症・マラリアなどの感染症、敗血症、白血病・悪性リンパ腫などの血液疾患がある。PIDは骨盤内に限局する炎症であり、脾腫は一般にみられない。

  3. ×c.  子宮口の開大

    子宮口の開大は、妊娠中であれば切迫流早産や頸管無力症、分娩進行、流産の進行(進行流産など)でみられる所見であり、PIDの所見ではない。PIDでは子宮頸管からの膿性分泌物や、子宮頸部を動かしたときの痛み(子宮頸部移動痛)が重要である。

  4. ×d.  下腹部腫瘤触知

    PIDが進行して卵管卵巣膿瘍や卵管留膿腫を形成すると骨盤内腫瘤として触れることはある。しかしPIDで常に腫瘤が形成されるわけではなく、また下腹部腫瘤は子宮筋腫、卵巣腫瘍、子宮内膜症性嚢胞などの器質的疾患でも高頻度に触知される。PIDを最も示唆する所見とはいえない。

  5. ○e.  Douglas窩の圧痛

    Douglas窩(直腸子宮窩)は立位・仰臥位で腹膜腔の最も低い位置にあり、骨盤内に炎症が及ぶと滲出液や膿が貯留しやすい。内診や直腸診でこの部位に圧痛を認めることは、炎症が子宮・付属器の周囲から骨盤腹膜に広がっていることを示し、PIDの存在を強く示唆する。子宮・付属器の圧痛や子宮頸部移動痛とともに、PIDの診断に有用な身体所見である。

PIDの範囲

子宮内膜炎、卵管炎、卵巣炎(付属器炎)、卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎などを含む。上行性感染が基本であり、性感染症(クラミジア、淋菌)が主な原因となる。性活動の活発な若年女性に多く、子宮内避妊具の挿入や子宮内操作の後にも起こりうる。

診断の考え方(わが国で用いられる基準の骨子)

・必須とされる所見:下腹痛・下腹部圧痛、子宮および付属器の圧痛 ・付加的な所見:38℃以上の発熱、白血球数増加、CRP上昇 ・より特異的な所見:経腟超音波やMRIでの卵管卵巣膿瘍・Douglas窩の液体貯留、腹腔鏡での炎症所見など 米国疾病予防管理センター(CDC)の指針でも、性活動のある女性の骨盤痛で子宮頸部移動痛、子宮圧痛、付属器圧痛のいずれかがあり他疾患が考えにくければ、PIDとして治療を開始することが推奨されている。

鑑別診断

異所性妊娠(必ず妊娠反応を確認する)、急性虫垂炎、卵巣腫瘍茎捻転、卵巣出血、子宮内膜症などが重要である。

合併症

卵管閉塞による不妊症、異所性妊娠、慢性骨盤痛、骨盤内癒着がある。クラミジアが肝周囲に波及すると右季肋部痛を伴う肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)を起こす。

治療

抗菌薬(クラミジア・淋菌・嫌気性菌をカバーするもの)を用い、膿瘍形成例では穿刺排膿や手術を考慮する。性感染症が原因であればパートナーの検査・治療も必要である。

POINT

・PIDの身体所見の中心は、下腹部圧痛、子宮・付属器の圧痛、子宮頸部移動痛、Douglas窩の圧痛 ・Douglas窩は腹膜腔の最下部で、骨盤腹膜炎の滲出液・膿がたまりやすい ・帯下の悪臭は腟炎(細菌性腟症、トリコモナス症など)でも生じ、PIDに特異的ではない ・PIDの合併症:不妊症、異所性妊娠、慢性骨盤痛、Fitz-Hugh-Curtis症候群

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。