下壁梗塞と房室ブロック―冠動脈の「地図」と「時計」で解く心筋梗塞の合併症
第103回医師国家試験 D問題 第1問
国試問題にチャレンジ
心筋梗塞で正しいのはどれか。
- a.右室梗塞では肺動脈圧が上昇する。
- b.心室瘤では心電図でSTが低下する。
- c.心室細動は発症3日以降に起こりやすい。
- d.房室ブロックは下壁梗塞で起こりやすい。
- e.乳頭筋断裂は左前下行枝病変で起こりやすい。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
心筋梗塞の合併症は、責任冠動脈の灌流域という「地図」と、発症からの時期という「時計」の2軸で整理すると理解しやすくなります。房室結節枝の多くは右冠動脈から分岐するため、右冠動脈閉塞による下壁梗塞では房室ブロックが起こりやすく、迷走神経反射も加わりますが、多くは一過性でアトロピンに反応します。右室梗塞では右房圧は上がっても肺動脈圧は上がらず輸液が治療の基本となり、心室瘤ではST上昇が持続し、心室細動は発症24時間以内、とくに最初の1時間に多く起こります。乳頭筋断裂は単一血流の後乳頭筋に多く下壁・後壁梗塞で起こりやすいなど、冠動脈の解剖と結びつけて覚えることが、急性期の病棟で合併症を予測し早期に対応する力につながります。
解答・解説
正解はdです
テーマ
急性心筋梗塞(AMI)の病態・心電図所見・合併症を、冠動脈の灌流域と発症からの時期に結びつけて理解しているかを問う問題である。
考え方
心筋梗塞の各論は、次の2つの軸で整理すると解きやすい。 1. どの冠動脈が閉塞し、どの部位(刺激伝導系・乳頭筋・右室など)が虚血になるか。 ・右冠動脈(RCA):右室、左室下壁、左室後壁の一部、洞結節(約60%)、房室結節(右冠動脈優位型では大部分、全体で約90%)、後乳頭筋(後下行枝経由)。 ・左前下行枝(LAD):左室前壁、心室中隔の前2/3、心尖部、ヒス束〜脚の大部分。 ・左回旋枝(LCx):左室側壁・後壁、前乳頭筋の一部(左回旋枝優位型では房室結節・後乳頭筋も)。 2. 合併症がいつ起こりやすいか。 ・発症直後〜24時間以内:心室細動などの致死性不整脈、房室ブロック、ポンプ失調。 ・数日〜1週間前後:乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、左室自由壁破裂などの機械的合併症。 ・数週以降:心室瘤、壁在血栓と塞栓症、Dressler症候群(心筋梗塞後症候群)、慢性心不全。 この整理に当てはめると、下壁梗塞(主に右冠動脈閉塞)で房室結節が虚血になり房室ブロックを起こしやすいという記述が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 右室梗塞では肺動脈圧が上昇する。
誤り。右室梗塞では右室の収縮力が低下し、右室から肺動脈へ送り出される血液量が減るため、肺動脈圧は上昇せず、正常〜低値となる。一方、右室が血液を送り出せないために右房圧・中心静脈圧は上昇し、頸静脈怒張がみられる。左室への血液流入(前負荷)も減るので肺動脈楔入圧は正常〜低値で、肺うっ血のない低血圧・低心拍出となるのが特徴である。したがって治療は輸液による前負荷の維持が基本で、硝酸薬や利尿薬は低血圧を悪化させるため避ける。右室梗塞は多くが右冠動脈近位部閉塞による下壁梗塞に合併し、右側胸部誘導(V4R)のST上昇が診断に役立つ。
- ×b. 心室瘤では心電図でSTが低下する。
誤り。心室瘤は、貫壁性梗塞で壊死した心筋が線維化して薄くなり、収縮期に外側へ膨隆する(奇異性運動を示す)状態である。通常、梗塞後のST上昇は数日〜数週でT波の陰転化とともに基線に戻るが、心室瘤では梗塞部誘導で異常Q波とともにST上昇が長期間(おおむね発症後数週以上)持続するのが特徴である。ST低下ではない。心室瘤は前壁梗塞(左前下行枝閉塞)の心尖部に生じやすく、心不全、瘤内血栓による塞栓症、心室頻拍の原因となる。
- ×c. 心室細動は発症3日以降に起こりやすい。
誤り。心筋梗塞に伴う心室細動(VF)は、虚血による心筋の電気的不安定性が最も強い発症直後に多く、とくに発症1時間以内、大部分が24時間以内に起こる。これが病院到着前の突然死の主な原因であり、急性期にはCCU(冠疾患集中治療室)での心電図モニター管理と迅速な電気的除細動が重要となる。発症数日以降に問題となりやすいのは、むしろ乳頭筋断裂・心室中隔穿孔・心破裂といった機械的合併症である。なお、慢性期にも瘢痕を回路とする心室頻拍が起こることはある。
- ○d. 房室ブロックは下壁梗塞で起こりやすい。
正しい。下壁梗塞(II・III・aVFのST上昇)の多くは右冠動脈の閉塞で起こる。房室結節を栄養する房室結節枝は約90%で右冠動脈から分岐するため、右冠動脈閉塞では房室結節が虚血となり房室ブロックを生じやすい。さらに左室下壁には迷走神経の受容器が多く、下壁の虚血でBezold-Jarisch反射(迷走神経反射)が起こり、徐脈・血圧低下や房室伝導の抑制をきたす。下壁梗塞の房室ブロックは房室結節レベルの障害で、QRS幅が狭く、アトロピンに反応しやすく、一過性で回復することが多い。これに対し前壁梗塞に伴う房室ブロックは、広範な中隔梗塞によりヒス束以下が障害されたもので、QRS幅が広く、永続的になりやすく予後不良である。
- ×e. 乳頭筋断裂は左前下行枝病変で起こりやすい。
誤り。左室の乳頭筋は前乳頭筋(前外側乳頭筋)と後乳頭筋(後内側乳頭筋)の2つがある。前乳頭筋は左前下行枝の対角枝と左回旋枝の鈍縁枝の2系統から血流を受けるため虚血に強い。一方、後乳頭筋は後下行枝の1系統のみで灌流されることが多く、後下行枝は多くの人(右冠動脈優位型)で右冠動脈から分岐する。このため乳頭筋断裂は後乳頭筋に起こりやすく、下壁・後壁梗塞(右冠動脈または左回旋枝病変)に多い。左前下行枝病変に特徴的な機械的合併症はむしろ心室中隔穿孔(前壁中隔梗塞に伴う)や心尖部の心室瘤である。乳頭筋断裂は急性の重症僧帽弁閉鎖不全を起こし、突然の肺水腫・心原性ショックと新たな収縮期雑音で発症する。
心筋梗塞の梗塞部位と心電図・責任冠動脈
・前壁中隔(V1〜V4):左前下行枝 ・側壁(I、aVL、V5、V6):左回旋枝、左前下行枝の対角枝 ・下壁(II、III、aVF):右冠動脈(左回旋枝優位型では左回旋枝) ・後壁(V1〜V2のR波増高とST低下=鏡像変化):左回旋枝または右冠動脈 ・右室(V4RのST上昇):右冠動脈近位部
心筋梗塞の主な合併症と時期
1. 不整脈 ・心室期外収縮、心室頻拍、心室細動:発症早期(特に24時間以内)に多い。 ・徐脈性不整脈(洞徐脈、房室ブロック):下壁梗塞で多く、多くは一過性。前壁梗塞の房室ブロックは重篤で、一時的ペーシングの適応となることが多い。 2. ポンプ失調:広範囲梗塞で心不全・心原性ショック(Killip分類、Forrester分類で重症度を評価)。 3. 機械的合併症(発症数日〜1週間前後に多い) ・左室自由壁破裂:心タンポナーデで急死しうる。高齢女性、初回の貫壁性梗塞、高血圧などが危険因子。 ・心室中隔穿孔:左右シャントによる急性心不全、胸骨左縁の新たな全収縮期雑音。前壁中隔梗塞に多いが下壁梗塞でも起こる。 ・乳頭筋断裂:急性僧帽弁閉鎖不全。後乳頭筋に多く、下壁・後壁梗塞で起こりやすい。 4. 慢性期の合併症 ・心室瘤:ST上昇の持続、心不全、壁在血栓による塞栓症、心室頻拍。 ・Dressler症候群:発症数週後に起こる自己免疫的な心膜炎。発熱、胸痛、心膜摩擦音。 ・梗塞後狭心症、慢性心不全。 急性期に経皮的冠動脈インターベンション(PCI)で早期再灌流が行われるようになり、機械的合併症や心室瘤の頻度は減少している。
右室梗塞の血行動態
右房圧↑、肺動脈圧→または↓、肺動脈楔入圧→または↓、心拍出量↓。三徴として低血圧、頸静脈怒張、肺野清明(肺うっ血なし)が知られる。
POINT
・下壁梗塞(右冠動脈)→房室結節枝の虚血と迷走神経反射で房室ブロック・徐脈が起こりやすい。多くは一過性でアトロピンが有効。 ・前壁梗塞の房室ブロックはヒス束以下の障害で予後不良。 ・右室梗塞:右房圧は上昇するが、肺動脈圧・肺動脈楔入圧は上昇しない。治療は輸液。 ・心室瘤:梗塞後もST上昇が持続する。 ・心室細動は発症24時間以内(特に最初の1時間)に多い。 ・乳頭筋断裂は後乳頭筋(単一血流)に多く、右冠動脈・左回旋枝領域の梗塞で起こりやすい。
