煙の中の犯人を名指しせよ―ニコチン、CO、ベンゾ[a]ピレンの正しい罪状
第103回医師国家試験 A問題 第5問
国試問題にチャレンジ
たばこ煙成分とその影響の組合せで正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.アセトアルデヒド ―― 閉塞性動脈硬化症
- b.一酸化炭素 ―― チアノーゼ
- c.カドミウム ―― 狭心症
- d.ニコチン ―― 脈拍数増加
- e.ベンゾ[a]ピレン ―― 肺癌
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
たばこ煙の代表的成分は、依存性と交感神経刺激をもたらすニコチン、CO-Hbを形成して組織低酸素をきたす一酸化炭素、ベンゾ[a]ピレンなどの発癌性物質を含むタールです。ニコチンは自律神経節や副腎髄質を刺激して脈拍数増加・血圧上昇・血管収縮を起こし、ベンゾ[a]ピレンはCYP1A1で代謝活性化されてDNA付加体を作り、肺癌の原因となります。一方、CO-Hbは鮮紅色のためCO中毒ではチアノーゼが生じにくく、カドミウムの代表的障害は腎近位尿細管障害と骨軟化症、アセトアルデヒドは気道刺激・線毛障害を起こす物質です。喫煙は癌、COPD、心血管疾患、周産期合併症など幅広い疾患に関わるため、成分ごとの作用を理解しておくことは、試験対策だけでなく禁煙指導など日常診療でも役立ちます。
解答・解説
正解はd, eです
たばこの煙には数千種類の化学物質が含まれ、そのうち数十種類以上が発癌性物質とされている。代表的な有害成分とその主な作用を、正しく結び付けられるかを問う問題である。 代表的な成分は次の3つで、まずこれを押さえる。 ・ニコチン:依存性の原因物質であり、交感神経を刺激して心拍数・血圧を上げ、血管を収縮させる。 ・一酸化炭素(CO):ヘモグロビンと強く結合して酸素運搬を妨げ、組織を低酸素にする。 ・タール:多環芳香族炭化水素(ベンゾ[a]ピレンなど)をはじめとする発癌性物質を多く含む。 そのほか、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、シアン化水素などの刺激性物質、カドミウム・ヒ素・ポロニウム210などの重金属・放射性物質、ニトロソアミン類(たばこ特異的ニトロソアミン)なども含まれる。 各選択肢については、成分の性質(どの臓器にどのような作用をもつか)から、組合せとして妥当かを判断する。ニコチンと脈拍数増加、ベンゾ[a]ピレンと肺癌の組合せが正しい。
選択肢考察
- ×a. アセトアルデヒド ―― 閉塞性動脈硬化症
アセトアルデヒドは刺激性の強いアルデヒドで、気道の粘膜を刺激し、線毛の運動を障害して異物を排出する働き(粘液線毛クリアランス)を低下させる。発癌性物質でもあり、飲酒時に生じるアセトアルデヒドは食道癌や頭頸部癌との関連で知られている。一方、閉塞性動脈硬化症(下肢の動脈が粥状硬化で狭窄・閉塞する疾患)の危険因子として喫煙は重要であるが、その主な担い手はニコチンによる血管収縮・内皮障害、COによる低酸素、酸化ストレスなどであり、アセトアルデヒドの代表的な影響として挙げられる組合せではない。
- ×b. 一酸化炭素 ―― チアノーゼ
一酸化炭素はヘモグロビンに対して酸素の約200〜250倍の親和性をもち、一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)を形成する。これにより酸素を運べるヘモグロビンが減るうえ、酸素解離曲線が左方へ移動して組織で酸素を手放しにくくなるため、組織が低酸素に陥る。しかしCO-Hbは鮮紅色であり、チアノーゼ(還元ヘモグロビンの増加による皮膚・粘膜の青紫色化)は生じにくい。重症の一酸化炭素中毒で皮膚が鮮紅色(チェリーピンク)を呈することがあるのはこのためである。喫煙者の血中CO-Hbは数%〜10%程度に上昇し、慢性的な低酸素が代償性の多血症や心血管疾患の一因となる。
- ×c. カドミウム ―― 狭心症
カドミウムはたばこの葉に取り込まれる重金属で、喫煙により体内に蓄積する。主な標的臓器は腎臓で、近位尿細管を障害してβ2-ミクログロブリン尿などの尿細管性蛋白尿をきたす。慢性中毒では腎障害に伴うリン・カルシウム代謝の異常から骨軟化症を起こし、イタイイタイ病(富山県神通川流域の公害病)の原因となった。吸入による肺障害(肺気腫)や、肺癌の原因物質(ヒトに対する発癌性あり)としても知られる。狭心症の代表的な原因物質としては位置付けられておらず、誤りである。
- ○d. ニコチン ―― 脈拍数増加
ニコチンはニコチン性アセチルコリン受容体に結合して作用する。自律神経節や副腎髄質の受容体を刺激すると、交感神経の活動が高まり、副腎髄質からアドレナリンなどのカテコラミンが放出される。その結果、脈拍数の増加、血圧の上昇、末梢血管の収縮(皮膚温の低下)が起こり、心筋の酸素需要が増す。このため組合せは正しい。またニコチンは中枢神経の報酬系(中脳辺縁系のドパミン神経)を刺激してドパミンを放出させ、強い依存性を生む。これがたばこをやめにくい原因であり、禁煙治療ではニコチン置換療法(パッチ・ガム)やバレニクリン(ニコチン受容体の部分作動薬)が用いられる。
- ○e. ベンゾ[a]ピレン ―― 肺癌
ベンゾ[a]ピレンはタールに含まれる代表的な多環芳香族炭化水素で、有機物の不完全燃焼で生じ、たばこの煙のほかコールタールや自動車の排気ガス、焦げた食品などにも含まれる。それ自体は反応性が低いが、体内で薬物代謝酵素(シトクロムP450、特にCYP1A1)により代謝され、ベンゾ[a]ピレンジオールエポキシドという反応性の高い物質に変わる。これがDNAに結合して付加体を作り、p53遺伝子などに変異を起こして発癌に至る。国際がん研究機関(IARC)はヒトに対する発癌性がある物質(グループ1)に分類しており、喫煙による肺癌の代表的な原因物質である。したがって組合せは正しい。
たばこ煙の主な成分と影響
・ニコチン:依存性、交感神経刺激(頻脈、血圧上昇、血管収縮)、冠動脈や末梢動脈の攣縮 ・一酸化炭素:CO-Hb形成による組織低酸素、心血管疾患、胎児の発育不全 ・タール(ベンゾ[a]ピレンなどの多環芳香族炭化水素、ニトロソアミン類など):発癌(肺癌、喉頭癌、口腔・咽頭癌、食道癌、膀胱癌など) ・刺激性物質(アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、アクロレインなど):気道粘膜の刺激、線毛障害、慢性気管支炎 ・シアン化水素:線毛障害、細胞呼吸の阻害 ・重金属(カドミウム、ヒ素など):腎障害、発癌
喫煙と関連の深い疾患
癌(肺扁平上皮癌・小細胞癌が特に強い関連をもつ、膀胱癌、膵癌など)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、虚血性心疾患、脳卒中、閉塞性動脈硬化症、閉塞性血栓血管炎(Buerger病)、歯周病、骨粗鬆症などがある。妊娠中の喫煙は低出生体重児、早産、常位胎盤早期剥離、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを高める。
受動喫煙
火のついた先から立ちのぼる副流煙は、喫煙者が吸い込む主流煙よりも多くの有害物質を含む。日本では健康増進法(2018年改正、2020年全面施行)により、多数の者が利用する施設での原則屋内禁煙が定められた。
禁煙治療
喫煙量の評価にはブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が用いられる。禁煙外来では喫煙状況を客観的に確認するため、呼気中の一酸化炭素濃度を測定する。薬物療法としてニコチン置換療法やバレニクリンがある。
POINT
・ニコチンは交感神経を刺激して脈拍数増加・血圧上昇・血管収縮をきたし、依存性の本体である。 ・ベンゾ[a]ピレンは多環芳香族炭化水素で、代謝活性化されてDNAに結合し、肺癌の原因となる。 ・一酸化炭素はCO-Hbを作り組織低酸素をきたすが、CO-Hbは鮮紅色でチアノーゼは生じにくい。 ・カドミウムの代表的障害は腎近位尿細管障害と骨軟化症(イタイイタイ病)である。 ・アセトアルデヒドは刺激性・線毛障害性の物質で、閉塞性動脈硬化症の代表的な原因物質ではない。
