逆流が生む「大きな脈」と「往復する雑音」―大動脈弁閉鎖不全症の身体所見を血行動態から読み解く
第103回医師国家試験 A問題 第6問
国試問題にチャレンジ
大動脈弁閉鎖不全症でみられるのはどれか。2つ選べ。
- a.奇脈
- b.Ⅰ音の亢進
- c.脈圧の増大
- d.Ⅱ音の固定性分裂
- e.to and fro murmur
対話形式の解説
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ドクターまとめ
大動脈弁閉鎖不全症では拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流するため拡張期血圧が下がり、拡大した左室が大きな1回拍出量を駆出するため収縮期血圧が上がり、脈圧が増大します。これが速脈・大脈のほか、Quincke徴候、de Musset徴候、Traube音などの末梢所見の原因になります。聴診ではErb領域の拡張期灌水様雑音に加え、増えた流量による相対的狭窄の収縮期駆出性雑音が加わり、to and fro murmurとして聴こえます。奇脈は心タンポナーデ、I音亢進は僧帽弁狭窄症、II音の固定性分裂は心房中隔欠損症に特徴的な所見であり、ARではむしろI音が減弱しやすい点にも注意が必要です。所見を血行動態から導く習慣をつけておくと、弁膜症全般の身体診察を理論的に理解でき、急性ARのように典型所見がそろわない場面にも対応しやすくなります。
解答・解説
正解はc, eです
大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation:AR)は、拡張期に大動脈弁が完全に閉じず、大動脈から左室へ血液が逆流する弁膜症である。身体所見は、この血行動態から導くことができる。
ARの血行動態
①拡張期に大動脈の血液が左室へ逆戻りするため、大動脈圧は拡張期に急速に下がり、拡張期血圧が低下する。 ②左室には左房からの正常な流入に逆流分が加わるため、拡張期の容量負荷がかかり、左室は拡大する(遠心性肥大)。 ③拡大した左室は、逆流分も含めた大きな1回拍出量を収縮期に送り出すため、収縮期血圧は上昇する。 ④その結果、脈圧(収縮期血圧−拡張期血圧)が大きくなり、脈が急に立ち上がって急に消える速脈(大脈・速脈、水槌脈)となる。
聴診所見
・拡張期の逆流による拡張期灌水様雑音(高調で漸減性)を、胸骨左縁第3肋間(Erb領域)を中心に聴取する。前傾座位で呼気を止めると聴きやすい。 ・大動脈弁口を通過する血液量が増えるため、弁自体に狭窄がなくても大動脈弁領域(胸骨右縁第2肋間)で収縮期駆出性雑音を伴う(相対的な大動脈弁狭窄)。 ・この収縮期と拡張期の雑音が組み合わさって、往復するように聴こえるものを to and fro murmur(往復雑音)という。 設問は、これらの病態から直接生じる所見を選ぶ問題であり、脈圧の増大と to and fro murmur が該当する。ほかの選択肢は、別の疾患に特徴的な所見である。
選択肢考察
- ×a. 奇脈
奇脈とは、吸気時に収縮期血圧が10mmHgを超えて低下する現象である(正常でも吸気時に数mmHg程度は低下するが、それが誇張されたもの)。吸気で右室への静脈還流が増えると、心膜腔内の圧が高く心臓が外から圧迫されている状況では、心室中隔が左室側へ押され左室の充満と拍出が減る。代表的な原因は心タンポナーデであり、ほかに重症の気管支喘息発作やCOPDの増悪、収縮性心膜炎などでもみられる。ARに特徴的な所見ではない。むしろARでは拡張期に大動脈からも左室が充満されるため、心タンポナーデを合併しても奇脈が出にくいことが知られている。
- ×b. Ⅰ音の亢進
Ⅰ音は主に収縮開始時に僧帽弁と三尖弁が閉じる際の音である。Ⅰ音の亢進は、僧帽弁狭窄症(左房圧が高く、収縮直前まで弁が大きく開いているため勢いよく閉じる)、PQ時間の短縮、頻脈、心拍出量が増える状態(運動、発熱、貧血、甲状腺機能亢進症)などでみられる。ARでは、逆流で拡張期に左室圧が早く上がり、収縮開始前に僧帽弁が半ば閉じてしまうため、Ⅰ音はむしろ減弱することが多い(特に急性ARで目立つ)。
- ○c. 脈圧の増大
ARでは拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流するため、拡張期血圧が低下する。一方、拡大した左室は逆流分を加えた大きな1回拍出量を駆出するため、収縮期血圧は上昇する。その結果、脈圧が増大する(例:160/40mmHg)。脈圧の増大は、速脈・大脈(水槌脈、Corrigan脈)や、爪床の毛細血管拍動(Quincke徴候)、心拍に一致した頭部の揺れ(de Musset徴候)、大腿動脈の聴診で聞こえるピストル音(Traube音)など、ARに特徴的な末梢所見の原因になる。なお、脈圧の増大は動脈硬化が進んだ高齢者の高血圧や、甲状腺機能亢進症、貧血、動脈管開存症などでもみられる。
- ×d. Ⅱ音の固定性分裂
Ⅱ音は大動脈弁(ⅡA)と肺動脈弁(ⅡP)が閉じる音で、正常では吸気時に右室への還流が増えて肺動脈弁の閉鎖が遅れるため分裂が広がり、呼気時には狭くなる(生理的分裂)。固定性分裂とは、分裂の幅が呼吸によって変わらず、常に一定に広い状態である。代表は心房中隔欠損症(ASD)で、左房から右房への短絡により右室の容量負荷が常に続き、呼吸による右室への流入量の変動が短絡量の変化で打ち消されるため、分裂幅が一定になる。ARに特徴的な所見ではない。
- ○e. to and fro murmur
ARでは、拡張期の逆流による拡張期灌水様雑音(Erb領域で最もよく聴こえる高調・漸減性の雑音)に加え、逆流分だけ増えた大きな1回拍出量が収縮期に大動脈弁口を通過するため、胸骨右縁第2肋間を中心に収縮期駆出性雑音も聴取される(弁口に器質的な狭窄がなくても流量が多いために生じる相対的狭窄の雑音)。収縮期と拡張期に続けて聴こえるこの雑音を to and fro murmur(往復雑音)とよぶ。II音をまたいで途切れる点で、動脈管開存症の連続性雑音(II音をまたいで途切れずに続く機械様雑音)とは区別される。
ARの原因
・弁そのものの異常:リウマチ性、先天性二尖弁、感染性心内膜炎、加齢による変性 ・大動脈基部の拡大:大動脈弁輪拡張症、Marfan症候群、大動脈解離、高安動脈炎、梅毒性大動脈炎、強直性脊椎炎など 急性AR(感染性心内膜炎や大動脈解離による)では、左室が拡大して適応する時間がないため、脈圧の増大は目立たず、急性の肺水腫や心原性ショックをきたしやすい。
ARのその他の所見
・Austin Flint雑音:逆流ジェットが僧帽弁前尖の開放を妨げて生じる心尖部の拡張中期ランブル。僧帽弁自体の狭窄はない。 ・二峰性脈(bisferiens pulse):高度のARで、脈波の頂上が2つに分かれて触れる。 ・Duroziez徴候:大腿動脈を聴診器で圧迫すると収縮期と拡張期の往復雑音が聴こえる。 ・心尖拍動は左下方へ偏位し、広く強く触れる。 ・胸部X線で左第4弓の突出(左室拡大)、心電図で左室肥大所見を認める。確定と重症度の評価は心エコー(カラードプラ法)で行う。
治療
症状(労作時息切れ、狭心痛など)がある場合や、無症状でも左室駆出率の低下や左室の高度な拡大がみられる場合には、大動脈弁置換術(外科的弁置換)を検討する。
本問の他の所見が特徴的な疾患
・奇脈:心タンポナーデ、重症喘息発作 ・Ⅰ音の亢進:僧帽弁狭窄症 ・Ⅱ音の固定性分裂:心房中隔欠損症
POINT
・ARでは拡張期血圧が低下し収縮期血圧が上昇するため、脈圧が増大する(速脈・大脈)。 ・拡張期灌水様雑音はErb領域(胸骨左縁第3肋間)で、前傾座位・呼気止めで聴きやすい。 ・相対的な大動脈弁狭窄による収縮期駆出性雑音と合わせて to and fro murmur(往復雑音)となる。 ・Austin Flint雑音、Quincke徴候、de Musset徴候、Traube音、Duroziez徴候などの末梢所見を覚える。 ・奇脈は心タンポナーデ、Ⅰ音亢進は僧帽弁狭窄症、Ⅱ音の固定性分裂は心房中隔欠損症に特徴的である。
