マンホールの奥に潜む「見えない敵」―酸素欠乏と測定義務を押さえる
第102回医師国家試験 I問題 第80問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。意識不明のため搬入された。1時間前,下水道の点検のため同僚とマンホールのふたを開けて内部を確認し,そのまま中に入った。同僚は通行人の誘導のためその場を離れ,20分後に戻ってみると本人の姿が見えず,間もなく下流で発見された。 この種の事故防止のために,測定が義務付けられているのはどれか。
- a.酸素
- b.メタン
- c.一酸化炭素
- d.二酸化炭素
- e.アンモニア
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
マンホールや下水道、タンク内などの閉鎖空間で作業者が短時間で倒れた場合は、まず酸素欠乏を疑います。下水道では有機物の微生物分解による酸素消費や、メタン・二酸化炭素・硫化水素の発生で酸素濃度が低下しやすく、高度の酸欠では自覚症状なく数呼吸で意識を失うことがあります。そのため酸素欠乏症等防止規則は、酸素欠乏危険場所での作業開始前に酸素濃度(場所によっては硫化水素濃度も)を測定することを義務付けており、酸素18%未満を酸素欠乏、硫化水素は10 ppm以下を基準としています。救助時には換気と空気呼吸器などの使用が必須で、防毒マスクは無効である点も重要です。職業性疾病の予防と二次災害の防止を理解することは、救急医療と産業保健の双方で役立つ知識です。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
・60歳男性が意識不明で搬入された。 ・下水道点検のためマンホールを開け、内部を確認してそのまま中に入った。 ・同僚が20分ほど離れている間に姿が見えなくなり、下流で発見された。
考え方
健康な作業者が、閉鎖された空間(マンホール、下水道管、タンク、井戸、船倉など)に入った直後に短時間で倒れた場合、まず疑うべきは空間内の空気の異常、特に酸素欠乏(酸欠)である。下水道では汚水や汚泥中の有機物が微生物によって分解される際に酸素が消費され、さらにメタンや二酸化炭素、硫化水素が発生して空気が置き換わるため、酸素濃度が低下しやすい。酸素濃度が大きく低下した空気を吸うと、自覚症状(息苦しさなど)をほとんど感じないまま数呼吸で意識を失うことがあり、そのまま転倒・溺水などにつながる。本例もマンホール内で意識を失い、流されたと考えられる。
設問のポイント
こうした事故を防ぐため、労働安全衛生法に基づく「酸素欠乏症等防止規則(酸欠則)」は、マンホール内部のような酸素欠乏危険場所で作業させる場合、事業者に対し、その日の作業開始前に空気中の酸素濃度(硫化水素が発生しうる場所では硫化水素濃度も)を測定することを義務付けている。選択肢のうち測定が義務付けられているのは酸素である。
選択肢考察
- ○a. 酸素
酸素欠乏症等防止規則により、酸素欠乏危険場所での作業では、作業開始前に空気中の酸素濃度を測定し、その記録を保存することが義務付けられている。規則では酸素濃度18%未満の状態を「酸素欠乏」と定義し、作業中は18%以上を保つよう換気することを求めている。マンホール内部や下水道管内は酸素欠乏危険場所に該当し、本例の事故の原因として最も考えやすいのも酸素欠乏である。
- ×b. メタン
下水道では有機物の嫌気性分解によりメタンが発生し、空気を置き換えて酸素濃度を下げる一因となる。またメタンは可燃性で、爆発・火災の危険もある。しかしメタン自体の毒性は低く、酸欠事故防止の目的で酸欠則が測定を義務付けているガスではない。
- ×c. 一酸化炭素
一酸化炭素はヘモグロビンと強く結合して酸素運搬を妨げ、意識障害や死亡の原因となる。職場では不完全燃焼を伴う作業(室内での内燃機関の使用、練炭・発電機の使用など)で中毒事故が多い。しかし下水道の酸欠事故防止の枠組みで測定が義務付けられている項目ではない。
- ×d. 二酸化炭素
二酸化炭素は有機物の分解などにより下水道内でも発生し、空気より重いため低所にたまりやすく、酸素濃度低下の一因となる。高濃度では中枢神経抑制作用もある。しかし酸欠則が測定を義務付けているのは酸素(および硫化水素)であり、二酸化炭素ではない。
- ×e. アンモニア
アンモニアは刺激臭の強いガスで、眼や気道の粘膜を刺激する。し尿の分解などで発生しうるが、強い刺激臭によって気付かれやすく、酸欠事故防止のために測定が義務付けられているガスではない。
酸素欠乏症等防止規則(酸欠則)の要点
・酸素欠乏:空気中の酸素濃度が18%未満である状態。 ・硫化水素中毒の防止:硫化水素濃度を10 ppm以下に保つ。 ・作業環境測定:酸素欠乏危険場所では、その日の作業開始前に酸素濃度(第2種酸素欠乏危険作業では硫化水素濃度も)を測定し、記録を3年間保存する。 ・換気:作業中は酸素濃度18%以上、硫化水素濃度10 ppm以下に保つよう換気する。換気できない場合は空気呼吸器などを使用させる。 ・その他:酸素欠乏危険作業主任者の選任、作業者への特別教育、入退場時の人員点検、監視人の配置、救出時の保護具の使用などが定められている。
酸素欠乏危険場所の例
マンホール・下水道管・暗きょ、井戸・たて坑、タンクや船倉の内部、醤油・酒などの醸造槽、穀物や飼料の貯蔵庫、冷蔵・冷凍室、ドライアイスを用いた場所、し尿・汚泥を入れたタンクや槽の内部など。
酸素濃度と症状の目安
・21%:通常の大気 ・18%:安全限界(作業の基準値) ・16%前後:呼吸数・脈拍の増加、頭痛、悪心 ・12%前後:めまい、筋力低下、判断力の低下 ・10%前後:意識障害、嘔吐、チアノーゼ ・6%以下:数呼吸で失神・呼吸停止し、数分で死亡しうる 高度の酸欠では前兆なく突然倒れるため、自分で危険に気付いて脱出することが難しい。
救助時の二次災害
倒れた作業者を助けようとした同僚が、保護具なしで中に入って次々に倒れる二次災害が多い。救助の際は換気と空気呼吸器・送気マスクの着用が必須である(防毒マスクや防じんマスクは酸欠には無効)。
POINT
・マンホール、下水道、タンク内などの閉鎖空間で急に倒れた場合は、まず酸素欠乏を疑う。 ・酸素欠乏症等防止規則により、作業開始前の酸素濃度(場所により硫化水素濃度も)の測定が義務付けられている。 ・酸素欠乏は酸素濃度18%未満、硫化水素の基準は10 ppm以下。 ・救助者の二次災害を防ぐため、換気と空気呼吸器等の使用が必要(防毒マスクは無効)。
