2か月前の転倒が今になって牙をむく―高齢者の慢性硬膜下血腫と穿頭ドレナージ
第102回医師国家試験 I問題 第55問
国試問題にチャレンジ
77歳の男性。頭痛を主訴に来院した。2か月前,飲酒後,自宅の浴室で転倒した。最近,歩行時に左足を引きずるようになった。意識は清明。左上下肢の筋力低下と深部腱反射亢進とを認める。頭部単純CTを別に示す。 治療として最も適切なのはどれか。

- a.穿頭ドレナージ
- b.脳室ドレナージ
- c.脳槽ドレナージ
- d.嚢胞ドレナージ
- e.膿瘍ドレナージ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者が軽微な頭部外傷の1〜2か月後に頭痛・片麻痺・歩行障害・認知機能低下を徐々に呈したら、まず慢性硬膜下血腫を考えます。CTでは脳表に沿った三日月状の病変を示しますが、等吸収のこともあるため、脳溝の消失や側脳室の圧排といった左右差に注目することが見逃さないためのこつです。症候性で圧迫所見があれば、被膜内の流動性の血腫を局所麻酔下に排出・洗浄できる穿頭ドレナージが標準治療で、脳室・脳槽・嚢胞・膿瘍ドレナージは病変の部位や性質が異なるため適応になりません。術後も1割前後で再発がみられるため経過観察が必要です。「治療可能な認知症」の代表である本症は、高齢者を診るすべての医師が押さえておきたい疾患です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・77歳男性:高齢で脳萎縮があり、脳表と硬膜をつなぐ橋静脈(bridging vein)が引き伸ばされて切れやすい。 ・2か月前、飲酒後に浴室で転倒:飲酒は転倒の誘因であり、慢性的な飲酒は血腫形成の危険因子でもある。外傷はごく軽いこともあり、本人が忘れていることも多い。 ・最近になって左足を引きずる:受傷直後ではなく、数週〜数か月たってから症状が出てきている。 ・意識清明、左上下肢の筋力低下と深部腱反射亢進:右大脳半球の圧迫による上位運動ニューロン障害(左片麻痺)である。 ・頭痛:血腫による頭蓋内圧の上昇を反映する。
画像所見
頭部単純CTでは、右大脳半球の表面(円蓋部)に沿って、頭蓋骨の内側に三日月状の病変を認める。吸収値は脳実質とほぼ同じ等吸収からやや高吸収で、脳実質との境界が見分けにくい。そのため病変そのものより、周囲への影響に注目することが読影のこつである。本例では、左半球では脳溝がはっきり見えるのに対し、右半球では脳溝が不明瞭(脳溝の消失)であり、右側脳室も左に比べて狭小化している。一方、大脳鎌や透明中隔などの正中構造には明らかな偏位はみられない。等吸収の慢性硬膜下血腫では、このように正中偏位が目立たないこともあるため、脳溝の左右差や脳室の変形を見比べることが大切である。
診断へのプロセス
高齢者が軽微な頭部外傷の1〜2か月後に、頭痛・片麻痺・歩行障害・認知機能低下などを徐々に呈した場合は、まず慢性硬膜下血腫を考える。CTで脳表に沿った三日月状の病変を認めたことで診断が確定する。三日月状の貯留は硬膜下腔の病変に特徴的で、同じ形をとりうるものには硬膜下水腫(CTで髄液と同じ低吸収、多くは無症状)や硬膜下膿瘍(低吸収で発熱など炎症所見を伴う)があるが、本例は外傷歴・経過・等〜高吸収の混在から慢性硬膜下血腫と判断できる。なお、急性硬膜外血腫はCTで凸レンズ状の高吸収域となり、受傷後早期に症状が出る点で区別される。
治療の考え方
本例は片麻痺という神経症状が出ており、CTでも脳溝の消失や側脳室の圧排といった右半球への圧迫所見があるため、血腫を取り除く外科治療の適応である。慢性硬膜下血腫の内容は被膜に包まれた流動性の古い血液であるため、開頭せずに、頭蓋骨に小さな穴を開けて(穿頭)内容を洗い出し、ドレーンを留置する方法で十分に効果が得られる。局所麻酔下でも行え、高齢者にも負担が少ない。
選択肢考察
- ○a. 穿頭ドレナージ
慢性硬膜下血腫の標準的な手術である。血腫の直上付近の頭蓋骨に直径1cm程度の小さな穴(穿頭孔)を開け、硬膜と血腫の外膜を切開して流動性の血腫を排出し、生理食塩水で洗浄したのち、必要に応じて血腫腔にドレーンを留置して残った液を排出する。局所麻酔で短時間に行えるため高齢者にも適しており、多くの症例で術後速やかに片麻痺や頭痛が改善する。一方で再発が1割前後にみられることは知っておくべきである。本例は症候性で圧迫所見を伴うため、最も適切な治療である。
- ×b. 脳室ドレナージ
脳室ドレナージは側脳室にカテーテルを入れて脳脊髄液を体外へ排出する方法で、脳室内出血や急性水頭症による頭蓋内圧亢進の治療、頭蓋内圧のモニタリングなどに用いる。本例の病変は脳の外側の硬膜下腔にあり、脳室に血液や拡大はないので適応がない。むしろ髄液を抜いて脳が縮めば、硬膜下腔が広がって血腫が増える方向に働くため、行うべきではない。
- ×c. 脳槽ドレナージ
脳槽ドレナージは脳底部の脳槽(くも膜下腔が広くなった部分)にドレーンを置き、くも膜下出血の術後などに血性の髄液を排出して脳血管攣縮を予防する目的で行う。本例の貯留はくも膜下腔ではなく硬膜下腔にあるため、適応はない。
- ×d. 嚢胞ドレナージ
嚢胞ドレナージは、くも膜嚢胞などの頭蓋内嚢胞が周囲を圧迫して症状を出す場合に、内容液を排出する方法である。慢性硬膜下血腫も被膜(外膜・内膜)に包まれてはいるが、真の嚢胞ではない。くも膜嚢胞は中頭蓋窩(側頭葉の前方)などに好発し、CTでは髄液と同じ低吸収で、丸みを帯びた局所的な形をとることが多く、脳表に沿って広く広がる三日月状の形とは異なる。
- ×e. 膿瘍ドレナージ
膿瘍ドレナージは脳膿瘍や硬膜下膿瘍に対して膿を排出する治療である。硬膜下膿瘍も三日月状に広がることがあるが、副鼻腔炎や中耳炎に続発することが多く、発熱や髄膜刺激症状など強い炎症所見を伴い、CTでは低吸収で造影により辺縁が増強される。本例は外傷後の経過で発熱の記載もなく、等〜高吸収の病変であり、膿瘍は考えにくい。
慢性硬膜下血腫の概要
・病態:軽微な頭部外傷などをきっかけに硬膜下腔に少量の出血や液体が生じ、その周囲に被膜が形成される。被膜の新生血管からの出血と、血腫内での凝固・線溶の亢進が繰り返されることで、数週〜数か月かけて血腫がゆっくり大きくなる。 ・危険因子:高齢、男性、飲酒(アルコール多飲)、抗血小板薬・抗凝固薬の内服、血液透析、脳室腹腔シャント術後、脳萎縮など。 ・発症時期:受傷から症状が出るまで通常3週〜2か月程度(1〜2か月が多い)。外傷のエピソードがはっきりしない例も少なくない。 ・症状:壮年では頭痛・嘔吐など頭蓋内圧亢進症状が目立ち、高齢者では脳萎縮で余裕があるため頭痛は目立たず、片麻痺、歩行障害、認知機能低下、意欲低下などで気づかれやすい。「治療可能な認知症(treatable dementia)」の代表である。 ・CT:脳表に沿った三日月状の病変。時期により高・等・低吸収、あるいはそれらの混在(鏡面形成を含む)を示す。等吸収の場合や両側性の場合は、正中偏位がはっきりしないため、脳溝の消失や脳室の変形・圧排に注目しないと見落としやすい。判断に迷う場合はMRIが有用である。 ・治療:症状や圧迫所見があれば穿頭血腫洗浄ドレナージ術。無症状の小さな血腫は経過観察とすることがあり、漢方薬(五苓散)などの薬物療法が試みられることもある。再発を繰り返す例では中硬膜動脈塞栓術が選択されることがある。
急性硬膜外血腫・急性硬膜下血腫との違い
・急性硬膜外血腫:中硬膜動脈の損傷が多く、頭蓋骨骨折を伴いやすい。CTで凸レンズ状の高吸収域。意識清明期(lucid interval)が特徴。治療は開頭血腫除去術。 ・急性硬膜下血腫:脳挫傷や橋静脈の断裂による。CTで三日月状の高吸収域。受傷直後から意識障害が強いことが多く、予後不良。治療は開頭血腫除去術。
POINT
・高齢男性、飲酒、軽微な頭部外傷の1〜2か月後に頭痛・片麻痺・認知機能低下 → 慢性硬膜下血腫。 ・CTでは脳表に沿った三日月状の病変で、吸収値は高・等・低・混在のいずれもありうる。 ・症候性の慢性硬膜下血腫の治療は穿頭血腫洗浄ドレナージ術(局所麻酔で可能)。 ・「治療可能な認知症」の代表として押さえる。
