意識は清明、でも記憶がない―軽症頭部外傷で「健忘」がCTを呼ぶ理由
第119回医師国家試験 F問題 第55問
国試問題にチャレンジ
35歳の男性。頭部を打撲したため救急外来を受診した。約1時間前に運動中に転倒し後頭部を打撲した。受傷時に意識消失は認めなかった。来院時,意識は清明。①軽度の頭痛と②後頸部痛を訴えている。身長168cm,体重65kg。③体温37.3℃。脈拍76/分,整。血圧124/78mmHg。呼吸数20/分。神経診察で脳神経系に異常を認めず,四肢の麻痺も認めないが,④打撲時から現在までの記憶がない。⑤打撲部位の圧痛を認めたが,同部位に肉眼的な異常は認めなかった。 下線部のうち,頭部CTを行うべき所見はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクターまとめ
軽症頭部外傷では全例にCTを撮るのではなく、GCS 15点未満、頭蓋骨骨折や頭蓋底骨折の徴候、繰り返す嘔吐、65歳以上、健忘、危険な受傷機転、けいれん、抗凝固薬内服などのリスク因子をもとに適応を判断します。意識消失がなくても受傷後の記憶がない外傷後健忘は脳振盪を示し、相応の外力が加わった証拠として頭部CTの適応となります。軽度の頭痛、打撲部の圧痛、運動後の微熱は単独ではCTの根拠にならず、後頸部痛は頸椎損傷の評価対象として別に考えます。後頭部打撲では前頭葉下面や側頭葉先端の対側損傷に注意し、スポーツでの脳振盪ではセカンドインパクト症候群を防ぐため当日の復帰を避け段階的に復帰させます。リスク因子に基づいて検査を選ぶ考え方は、救急外来で安全かつ効率的に診療するための基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・35歳男性。約1時間前に運動中に転倒し後頭部を打撲した。 ・受傷時の意識消失はなく、来院時の意識は清明(Glasgow Coma Scale〈GCS〉15点)。 ・バイタルサインは安定している(体温37.3℃と微熱程度、脈拍・血圧・呼吸数は正常範囲)。 ・脳神経に異常はなく、四肢麻痺もない。つまり局所神経症状(巣症状)はない。 ・訴えは軽度の頭痛と後頸部痛。打撲部に圧痛はあるが、陥没・開放創・皮下血腫など肉眼的異常はない。 ・受傷時から現在まで約1時間の記憶がない(外傷後健忘)。
病態の考え方
頭部外傷後に意識消失がなくても、健忘や見当識障害などの一過性の脳機能障害がみられれば脳振盪(びまん性脳損傷の最軽症型)と判断する。健忘が生じているということは、脳の機能を一時的に乱すほどの加速度(特に回転加速度)が頭部に加わったことを意味し、頭蓋内損傷が合併している可能性を考えなければならない。後頭部打撲では、打撃部位の反対側に損傷が生じる対側損傷(contrecoup injury)として、前頭葉下面や側頭葉先端の脳挫傷、外傷性くも膜下出血が起こりやすい点にも注意が必要である。
設問の考え方
軽症頭部外傷(来院時GCS 13~15点)で頭部CTを撮るかどうかは、頭蓋内損傷のリスク因子の有無で判断する。代表的な判断基準であるCanadian CT Head Ruleや日本の頭部外傷ガイドラインでは、意識レベルの低下(GCS 15点未満)、頭蓋骨骨折を疑う所見(陥没骨折・開放骨折、頭蓋底骨折の徴候)、繰り返す嘔吐、高齢、健忘、危険な受傷機転、けいれん、抗凝固薬内服などがCT撮影の根拠となる。下線部①~⑤のうち、このようなリスク因子に該当するのは④の健忘だけである。
選択肢考察
- ×a. ①
軽度の頭痛は、頭蓋内損傷の有無にかかわらず頭部打撲そのものや脳振盪で一般的に生じる症状であり、単独ではCTの適応を決める根拠にならない。ただし、激しい頭痛や時間とともに増悪する頭痛は頭蓋内出血を示唆する危険な徴候であり、その場合はCTを行う。
- ×b. ②
後頸部痛は、転倒時に頸部が過屈曲・過伸展されたことによる頸部捻挫などで起こり得る症状であり、頭蓋内病変の存在を示すものではない。後頸部痛は頸椎損傷の評価(正中部の圧痛や神経症状の確認、必要に応じて頸椎の画像検査)の契機にはなるが、頭部CTの適応を決める所見ではない。
- ×c. ③
37.3℃は微熱程度であり、運動直後であることなども影響し得る。軽症頭部外傷で発熱が起こることは通常なく、体温は頭蓋内損傷のリスク評価に用いる項目ではない。頭部CTの適応判断には関係しない。
- ○d. ④
受傷時から現在までの記憶がないのは外傷後健忘であり、意識消失がなくても脳振盪を起こしていることを示す。健忘は脳に相応の外力が加わった証拠であり、軽症頭部外傷における頭蓋内損傷(急性硬膜外・硬膜下血腫、脳挫傷、外傷性くも膜下出血など)の重要なリスク因子として、CTの適応基準に挙げられている。本例は後頭部打撲であり、対側損傷として前頭葉下面の脳挫傷なども考慮して頭部CTで検索する必要がある。
- ×e. ⑤
打撲部位の圧痛は、頭部を打った以上ほぼ必発の所見であり、頭蓋内損傷の有無とは関係しない。陥没骨折や開放骨折を疑う変形・創、頭蓋底骨折を示す徴候(髄液鼻漏・耳漏、耳介後部の皮下出血〈Battle徴候〉、眼窩周囲の皮下出血〈パンダの目徴候〉、鼓室内血腫)があればCTの適応となるが、本例では肉眼的異常を認めない。
軽症頭部外傷でのCT適応(代表例:Canadian CT Head Rule)
受傷後に意識消失・健忘・見当識障害のいずれかがあり、GCS 13~15点の患者に適用される。 ・高リスク(脳神経外科的介入を要する損傷の予測):受傷2時間後もGCS 15点未満、開放骨折・陥没骨折の疑い、頭蓋底骨折の徴候、2回以上の嘔吐、65歳以上 ・中等度リスク(CTで検出される脳損傷の予測):受傷前30分以上の逆行性健忘、危険な受傷機転(車にはねられた歩行者、車外放出、約90cm以上または階段5段以上からの転落など) このほか、抗凝固薬・抗血小板薬の内服、凝固障害、けいれん、局所神経症状、意識レベルの低下傾向などもCTを考慮すべき所見である。
健忘の種類
・逆行性健忘:受傷より前の出来事を思い出せない。 ・外傷後健忘(前向性健忘):受傷後の新しい出来事を記憶できない。本例の「打撲時から現在までの記憶がない」はこれにあたる。
脳振盪
頭部への外力によって、意識消失、健忘、見当識障害、集中力低下、易刺激性などの精神・神経症状や、頭痛、めまい・ふらつきなどの自覚症状が一過性に生じる病態である。かつては意識消失を伴うものに限って脳振盪と呼んだが、現在は意識消失がなくても上記症状があれば脳振盪とする。頭部に回転加速度が加わって起こるびまん性脳損傷の最軽症型で、CTでは通常異常を認めない(MRIで微小出血がみつかることはある)。
スポーツにおける脳振盪の注意点
脳振盪後しばらくは集中力や平衡機能の低下が残り、再度の頭部外傷を受けやすい。回復前に再受傷すると急激な脳腫脹をきたし重篤化することがある(セカンドインパクト症候群)。そのため受傷当日の競技復帰は認めず、症状が消失したことを確認したうえで段階的に復帰させる。脳振盪を繰り返すと、慢性外傷性脳症という不可逆的な脳障害をきたし、認知機能障害やパーキンソニズムなどを生じることがある。
対側損傷
後頭部を打撲すると、頭蓋内で脳が前方へ移動し、前頭蓋底や蝶形骨縁の凹凸に擦れて前頭葉下面・側頭葉先端に脳挫傷が生じやすい。打撃部位の直下に生じる直撃損傷(coup injury)よりも、対側損傷の方が強く出ることがある。
POINT
・軽症頭部外傷では、意識消失がなくても健忘があれば脳振盪であり、頭蓋内損傷のリスク因子として頭部CTの適応となる。 ・CT適応の主なリスク因子:GCS 15点未満、頭蓋骨骨折・頭蓋底骨折の徴候、繰り返す嘔吐、高齢(65歳以上)、健忘、危険な受傷機転、抗凝固薬内服、けいれん、局所神経症状。 ・軽度の頭痛、打撲部の圧痛、後頸部痛、微熱は単独ではCTの根拠にならない(後頸部痛は頸椎損傷の評価対象)。 ・後頭部打撲では対側損傷(前頭葉下面・側頭葉先端の脳挫傷)に注意する。
