AIDS治療の主役はどれ?―「ウイルスの生活環」で見抜く抗HIV薬
第102回医師国家試験 I問題 第32問
国試問題にチャレンジ
後天性免疫不全症候群〈AIDS〉の治療薬はどれか。
- a.エラスターゼ阻害薬
- b.プロテアーゼ阻害薬
- c.プロトンポンプ阻害薬
- d.Th2サイトカイン阻害薬
- e.シクロオキシゲナーゼ阻害薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
AIDSの根本治療はHIVの増殖を抑える抗HIV薬であり、HIVの生活環(侵入、逆転写、組み込み、蛋白合成、前駆体蛋白の切断・成熟)のどこを阻害するかで分類されます。HIVプロテアーゼ阻害薬は前駆体蛋白の切断を止め、感染能のない未熟なウイルス粒子しか作れないようにする薬で、蛋白の合成を止めるわけではない点に注意が必要です。エラスターゼ阻害薬(急性肺障害)、プロトンポンプ阻害薬(消化性潰瘍)、Th2サイトカイン阻害薬(アレルギー疾患)、COX阻害薬(NSAIDs)はいずれも抗HIV作用をもちませんが、PPIは一部の抗HIV薬の吸収を低下させるため併用に注意します。治療は作用機序の異なる3剤以上を組み合わせるARTが原則で、現在は核酸系逆転写酵素阻害薬2剤とインテグラーゼ阻害薬の組み合わせが初回治療の中心です。薬剤をウイルスの生活環と結びつけて理解することは、耐性や薬物相互作用を考える臨床判断の基盤になります。
解答・解説
正解はbです
問われていること
後天性免疫不全症候群(AIDS: acquired immunodeficiency syndrome)は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV: human immunodeficiency virus)の感染によってCD4陽性T細胞が徐々に減少し、細胞性免疫が破綻して日和見感染症や悪性腫瘍を発症した状態である。本問は、HIVそのものの増殖を抑える薬(抗HIV薬、抗レトロウイルス薬)を選択肢の中から見分けられるかを問うている。
考え方
抗HIV薬は、HIVの生活環(増殖サイクル)のどの段階を止めるかで分類される。HIVはRNAウイルス(レトロウイルス)で、①宿主細胞への吸着・侵入、②逆転写酵素によるRNAからDNAへの逆転写、③インテグラーゼによる宿主DNAへの組み込み、④ウイルス蛋白の合成、⑤プロテアーゼによる前駆体蛋白の切断(成熟)、という段階を経て感染性のあるウイルス粒子を作る。この各段階を標的とする薬が抗HIV薬であり、HIVプロテアーゼ阻害薬は⑤を阻害する代表的な薬剤群である。その他の選択肢は、膵炎・急性肺障害、消化性潰瘍、アレルギー疾患、疼痛・炎症など、HIVとは関係のない病態に用いる薬である。
選択肢考察
- ×a. エラスターゼ阻害薬
エラスターゼは好中球などが放出する蛋白分解酵素で、組織を破壊して炎症を悪化させる。好中球エラスターゼ阻害薬(シベレスタット)は、全身性炎症反応症候群(SIRS: systemic inflammatory response syndrome)に伴う急性肺障害に対して用いられる。急性膵炎などで使われるガベキサートやナファモスタット、ウリナスタチンも広い意味での蛋白分解酵素阻害薬である。いずれもHIVの増殖には作用しない。
- ○b. プロテアーゼ阻害薬
HIVは感染細胞内でGag蛋白やGag-Pol蛋白という長い前駆体蛋白を作り、これをウイルス自身のHIVプロテアーゼが切断することで、構造蛋白や酵素が完成し、感染性をもつ成熟したウイルス粒子となる。HIVプロテアーゼ阻害薬(ダルナビル、アタザナビル、ロピナビルなど)はこの切断を阻害し、感染能のない未熟なウイルス粒子しか作れないようにする。蛋白の「合成」を止めるのではなく、合成された前駆体の「切断・成熟」を止める点がポイントである。薬物代謝酵素CYP3A4の作用を抑える少量のリトナビルやコビシスタットと組み合わせて血中濃度を高めて使うことが多く、薬物相互作用に注意が必要である。
- ×c. プロトンポンプ阻害薬
プロトンポンプ阻害薬(PPI: proton pump inhibitor、オメプラゾールなど)は、胃の壁細胞にあるH+/K+-ATPase(プロトンポンプ)を阻害して胃酸分泌を強力に抑える薬で、消化性潰瘍、胃食道逆流症、Helicobacter pylori除菌療法などに用いる。抗HIV作用はない。むしろ、胃酸による溶解を必要とする一部の抗HIV薬(アタザナビルやリルピビリン)の吸収を低下させるため、併用に注意すべき薬である。
- ×d. Th2サイトカイン阻害薬
Th2サイトカイン阻害薬(スプラタスト)は、2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)からのIL-4やIL-5の産生を抑え、IgE産生や好酸球の浸潤を抑える抗アレルギー薬の一種である。気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎に用いられ、HIV感染症の治療薬ではない。
- ×e. シクロオキシゲナーゼ阻害薬
シクロオキシゲナーゼ(COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを作る酵素で、これを阻害する薬が非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs: non-steroidal anti-inflammatory drugs、ロキソプロフェン、イブプロフェンなど)である。解熱・鎮痛・抗炎症に用いられ、低用量アスピリンは抗血小板薬として使われるが、HIVの増殖は抑えない。
抗HIV薬の分類(作用点ごと)
・核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI: nucleoside/nucleotide reverse transcriptase inhibitor):テノホビル、エムトリシタビン、ラミブジン、アバカビル、ジドブジンなど。治療の骨格(バックボーン)として2剤を組み合わせる。 ・非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI: non-nucleoside reverse transcriptase inhibitor):エファビレンツ、リルピビリン、ドラビリンなど。 ・プロテアーゼ阻害薬(PI: protease inhibitor):ダルナビル、アタザナビルなど(ブースターとしてリトナビルまたはコビシスタットを併用)。 ・インテグラーゼ阻害薬(INSTI: integrase strand transfer inhibitor):ドルテグラビル、ビクテグラビル、ラルテグラビルなど。 ・侵入阻害薬:CCR5阻害薬(マラビロク)、融合阻害薬など。
治療の基本
HIVは変異しやすく、単剤では速やかに薬剤耐性が生じるため、作用機序の異なる3剤以上を組み合わせる多剤併用療法(ART: antiretroviral therapy。かつてはHAART: highly active antiretroviral therapyと呼ばれた)が原則である。かつてはNRTI 2剤にNNRTIまたはPIを加える組合せが中心だったが、現在は効果・耐性の起こりにくさ・副作用の少なさから、NRTI 2剤にINSTIを加えたレジメン(1日1回1錠の配合剤が多い)が初回治療の第一選択とされている。CD4数にかかわらず、診断されたすべての感染者に早期に治療開始が推奨される。ARTで血中ウイルス量を検出限界未満に抑え続けると、性行為による他者への感染がほぼ起こらなくなる(U=U: Undetectable = Untransmittable)。ただし現在の薬でもHIVを体内から完全に排除することはできず、生涯にわたる服薬継続が必要である。
日和見感染症との関係
CD4数が200/μL未満になるとニューモシスチス肺炎、100/μL未満でトキソプラズマ脳症、50/μL未満でサイトメガロウイルス感染症や非結核性抗酸菌症などのリスクが高まり、CD4数に応じてST合剤などによる予防内服を行う。重い日和見感染症の治療開始直後にARTを始めると、回復した免疫が病原体に過剰反応する免疫再構築症候群(IRIS: immune reconstitution inflammatory syndrome)を起こすことがある。
POINT
・抗HIV薬の主な分類:核酸系逆転写酵素阻害薬、非核酸系逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、インテグラーゼ阻害薬、侵入阻害薬。 ・HIVプロテアーゼ阻害薬は前駆体蛋白の切断を阻害し、ウイルス粒子の成熟を妨げる。 ・治療は作用機序の異なる3剤以上の多剤併用療法(ART)が原則で、現在はNRTI 2剤+インテグラーゼ阻害薬が初回治療の中心。 ・エラスターゼ阻害薬(急性肺障害)、PPI(消化性潰瘍)、Th2サイトカイン阻害薬(アレルギー疾患)、COX阻害薬(NSAIDs)は抗HIV作用をもたない。
