血液はなぜ固まりすぎるのか―Virchowの三徴で見抜く「仲間はずれ」
第102回医師国家試験 G問題 第4問
国試問題にチャレンジ
血栓傾向がみられないのはどれか。
- a.長期臥床
- b.大球性貧血
- c.経口避妊薬服用
- d.真性赤血球増加症
- e.抗リン脂質抗体症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
血栓傾向はVirchowの三徴(血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進)で整理すると理解しやすく、長期臥床は血流うっ滞、経口避妊薬はエストロゲンによる凝固能亢進、真性赤血球増加症は血液粘稠度の上昇、抗リン脂質抗体症候群は代表的な後天性血栓性素因に当たります。一方、大球性貧血はMCVによる形態的分類にすぎず、粘稠度はむしろ低下するため、それ自体は血栓傾向の原因とはされません。ビタミンB12・葉酸欠乏に伴う高ホモシステイン血症やPNHのように個別の原因疾患が血栓と関連することはありますが、分類名と病態を区別することが重要です。抗リン脂質抗体症候群で試験管内ではAPTTが延長するのに生体内では血栓傾向を示す点や、日本人で比較的多いプロテインS欠乏症などの先天性素因もあわせて押さえておきましょう。三徴を原因検索の枠組みとして使う考え方は、深部静脈血栓症の予防や血栓症患者の評価など臨床の幅広い場面で役立ちます。
解答・解説
正解はbです
血栓傾向(血栓性素因)とは、血管の中で血液が固まりやすく、血栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳梗塞など)を起こしやすい状態である。 血栓ができる要因は、古くから「Virchow(ウィルヒョウ)の三徴」として次の3つに整理されている。 1. 血流の変化(うっ滞):長期臥床、手術後、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)、心不全、血液粘稠度の上昇(多血症など) 2. 血管内皮の障害:手術・外傷、カテーテル留置、血管炎、自己抗体による内皮障害など 3. 血液の凝固しやすさ(凝固能亢進):エストロゲン製剤(経口避妊薬など)、妊娠、悪性腫瘍、ネフローゼ症候群、先天性凝固阻止因子欠乏症、抗リン脂質抗体症候群など 本問では、各選択肢がこの三徴のどれかに当てはまるかを考えればよい。長期臥床は血流うっ滞、経口避妊薬は凝固能亢進、真性赤血球増加症は血液粘稠度の上昇による血流の変化、抗リン脂質抗体症候群は凝固能亢進と内皮障害に当てはまる。一方、大球性貧血は赤血球の大きさが大きい貧血という分類にすぎず、それ自体が三徴のいずれかを直接もたらすものではないため、血栓傾向を示す病態としては挙げられない。
選択肢考察
- ×a. 長期臥床
下肢の静脈血は、歩行時にふくらはぎの筋肉が収縮して静脈を絞り上げる働き(筋ポンプ作用)によって心臓へ戻される。長期間寝たきりになるとこの筋ポンプが働かず、下肢の静脈で血流がうっ滞するため、深部静脈血栓症を起こしやすくなる。血栓が剥がれて肺動脈に詰まると肺塞栓症となり、命にかかわる。Virchowの三徴の「血流うっ滞」に当たり、血栓傾向がみられるので誤り。
- ○b. 大球性貧血
大球性貧血は、平均赤血球容積(MCV:赤血球1個の平均の大きさ)がおおむね100 fLを超える貧血を指し、ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏による巨赤芽球性貧血、骨髄異形成症候群、肝疾患、アルコール多飲などが原因となる。貧血では赤血球が減って血液の粘稠度はむしろ低下するため、血流うっ滞や凝固能亢進を直接もたらすことはなく、一般に血栓傾向の原因としては扱われない。したがって本問で「血栓傾向がみられない」ものとして正解である。
- ×c. 経口避妊薬服用
経口避妊薬(低用量ピルなど)に含まれるエストロゲンは、肝臓での凝固因子(第VII因子、第X因子、フィブリノゲンなど)の産生を増やし、凝固を抑えるプロテインSやアンチトロンビンを減らす方向に働く。その結果、凝固能が亢進し、深部静脈血栓症や肺塞栓症の危険が高まる。喫煙者(特に35歳以上)、肥満、血栓症の既往や血栓性素因のある人ではリスクがさらに上がるため、処方前に確認が必要である。血栓傾向がみられるので誤り。
- ×d. 真性赤血球増加症
真性赤血球増加症(真性多血症、polycythemia vera)は、多くの症例でJAK2遺伝子変異を伴う骨髄増殖性腫瘍であり、赤血球が過剰に産生される。ヘマトクリット(血液中に占める赤血球の容積の割合)が上がると血液の粘り気(粘稠度)が増して血流が遅くなり、さらに血小板増加を伴うことも多いため、脳梗塞、心筋梗塞、門脈・肝静脈血栓症(Budd-Chiari症候群)などの動静脈血栓症を起こしやすい。治療では瀉血でヘマトクリットを下げ(目標は45%未満)、低用量アスピリンで血栓を予防する。血栓傾向がみられるので誤り。
- ×e. 抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群(APS:antiphospholipid syndrome)は、リン脂質やそれに結合するたんぱく質に対する自己抗体(ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテインI抗体)が持続的に陽性となり、動脈・静脈の血栓症や、妊娠合併症(習慣性流産・不育症、妊娠高血圧腎症など)を繰り返す自己免疫疾患である。後天性の血栓性素因として頻度が高く、全身性エリテマトーデス(SLE)に合併することも多い。なお、ループスアンチコアグラントは試験管内では凝固時間(APTT:活性化部分トロンボプラスチン時間)を延長させるが、生体内では血栓傾向を示す点が特徴的である。血栓傾向がみられるので誤り。
血栓傾向をきたす主な原因
・血流うっ滞:長期臥床、手術後、下肢骨折・ギプス固定、下肢麻痺、長時間の飛行機移動、心不全、肥満、妊娠(増大した子宮による静脈圧迫)。 ・血液粘稠度の上昇:脱水、真性赤血球増加症などの多血症、本態性血小板血症。 ・凝固能亢進(後天性):経口避妊薬・ホルモン補充療法などのエストロゲン製剤、妊娠・産褥、悪性腫瘍(Trousseau症候群)、ネフローゼ症候群(尿中にアンチトロンビンが失われる)、抗リン脂質抗体症候群、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)、高ホモシステイン血症。 ・先天性血栓性素因:アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症(日本人で比較的多い)。欧米では第V因子Leiden変異やプロトロンビン遺伝子変異が多いが、日本人ではほとんどみられない。
大球性貧血についての補足
大球性貧血そのものは血栓傾向の原因ではない。ただし、ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏では、これらが必要なメチオニン合成が進まず、血中ホモシステインが上昇することがある。高ホモシステイン血症は血管内皮を傷つけ、血栓症や動脈硬化の危険因子とされる。また、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は網赤血球増加のためMCVが高めになることがあり、血栓症を起こしやすい疾患として重要である。いずれも「大球性貧血だから血栓ができる」わけではなく、個別の原因疾患の性質によるものである。
抗リン脂質抗体症候群の診断
臨床所見(血栓症または妊娠合併症)と、抗リン脂質抗体が12週以上の間隔をあけて2回以上陽性であることを組み合わせて診断する。治療は、血栓症の既往がある場合はワルファリンによる抗凝固療法、妊娠時は低用量アスピリンとヘパリンの併用が基本である。
POINT
・血栓形成の要因はVirchowの三徴(血流うっ滞、血管内皮障害、凝固能亢進)で整理する。 ・長期臥床=血流うっ滞、経口避妊薬=凝固能亢進、真性赤血球増加症=血液粘稠度上昇、抗リン脂質抗体症候群=後天性血栓性素因。 ・大球性貧血自体は血栓傾向の原因ではない。 ・抗リン脂質抗体症候群は、試験管内ではAPTTが延長するのに生体内では血栓傾向を示す。 ・先天性血栓性素因:アンチトロンビン・プロテインC・プロテインS欠乏症。
