スコア13点・QOL4点―前立腺肥大症の「最初の一手」はどう決める?
第102回医師国家試験 D問題 第57問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。排尿困難と夜間頻尿とを主訴に来院した。直腸診で鶏卵大の前立腺を触知するが,硬結は認めない。尿所見:蛋白(-),糖(-),沈渣に赤血球0~2/1視野,白血球1~3/1視野。PSA 1.2ng/mL(基準4.0以下)。1回排尿量200~250mL。国際前立腺症状スコア(軽症0~7,中等症8~19,重症20~35)とQOLスコアとを別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.抗菌薬投与
- b.睡眠薬投与
- c.α1遮断薬投与
- d.抗男性ホルモン薬投与
- e.経尿道的前立腺切除術
対話形式の解説
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医学生
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医学生まとめ
高齢男性の排尿困難と夜間頻尿で、直腸診にて硬結のない弾性硬の前立腺腫大を触れ、PSAと尿所見が正常であれば、前立腺肥大症と考えます。治療方針は国際前立腺症状スコア(軽症0〜7、中等症8〜19、重症20〜35)とQOLスコア、さらに尿閉や腎機能障害などの合併症の有無で決まり、合併症のない中等症ではα1遮断薬による薬物療法が第一選択です。前立腺体積が大きい例では5α還元酵素阻害薬を追加し、手術(経尿道的前立腺切除術やレーザー核出術)は薬物療法抵抗例や合併症を伴う例に行います。α1遮断薬の起立性低血圧や術中虹彩緊張低下症候群、抗コリン作用薬による尿閉誘発にも注意が必要です。「除外診断→重症度とQOLの評価→段階的治療」という流れは、日常診療で頻繁に出会う下部尿路症状への対応の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・65歳男性、排尿困難(尿の出にくさ)と夜間頻尿が主訴。高齢男性の下部尿路症状(LUTS:lower urinary tract symptoms)である。 ・直腸診:鶏卵大(おおよそ20〜30mL程度)に腫大した前立腺を触れるが、硬結はない。表面平滑・弾性硬の腫大は前立腺肥大症に典型的で、石様硬の結節を触れる前立腺癌とは異なる。 ・尿所見:蛋白・糖陰性、沈渣の赤血球0〜2/視野、白血球1〜3/視野はいずれも正常範囲であり、尿路感染症や血尿をきたす疾患(膀胱癌・結石など)を示唆しない。 ・PSA(前立腺特異抗原)1.2ng/mLと基準値4.0ng/mL以下で、前立腺癌の可能性は低い。 ・1回排尿量200〜250mLと膀胱容量は保たれている。 ・画像のI-PSS(国際前立腺症状スコア)は、残尿感1、排尿間隔1、尿線途絶3、尿意切迫(排尿の我慢)1、尿勢低下2、腹圧排尿2、夜間排尿回数3(3回)の合計13点で「中等症(8〜19点)」に当たる。QOLスコアは4点(不満気味)で、患者は現在の排尿状態に不満を感じている。
診断へのプロセス
高齢男性のLUTSの鑑別には、前立腺肥大症、前立腺癌、尿路感染症(前立腺炎・膀胱炎)、神経因性膀胱、膀胱結石・膀胱癌などが挙がる。本例は硬結のない前立腺腫大、PSA正常、尿所見正常であり、神経疾患・糖尿病などの既往の記載もないことから、前立腺癌・感染症・神経因性膀胱・膀胱内病変はいずれも考えにくい。診断は前立腺肥大症(BPH:benign prostatic hyperplasia)である。
設問の考え方
前立腺肥大症の治療方針は、症状の重さ(I-PSS)と患者の困り具合(QOLスコア)、合併症(尿閉、反復する尿路感染、膀胱結石、肉眼的血尿、水腎症・腎機能障害)の有無で決まる。合併症のない中等症例では薬物療法が基本であり、その第一選択は前立腺・膀胱頸部の平滑筋を弛緩させて速やかに排尿症状を改善するα1遮断薬である。手術は薬物療法で効果不十分な場合や合併症を伴う場合に検討される。
選択肢考察
- ×a. 抗菌薬投与
尿沈渣の白血球は1〜3/視野と正常で、発熱や排尿時痛などの炎症所見もなく、尿路感染症や急性・慢性細菌性前立腺炎を示す根拠はない。感染がない症例に抗菌薬を投与する意味はなく、耐性菌の誘導や副作用のリスクだけを生む。
- ×b. 睡眠薬投与
本例の夜間頻尿は、排尿困難を伴うことや前立腺腫大から、前立腺肥大症による下部尿路閉塞と二次的な膀胱の過活動・残尿によるものと考えられ、不眠症が原因ではない。睡眠薬で排尿回数は減らず、むしろ高齢者では夜間トイレ歩行時のふらつき・転倒の危険を高めるため不適切である。
- ○c. α1遮断薬投与
前立腺と膀胱頸部の平滑筋にはα1受容体(主にα1Aサブタイプ)が豊富で、交感神経刺激により収縮して尿道を締めつける(機能的閉塞)。α1遮断薬(タムスロシン、ナフトピジル、シロドシンなど)はこの平滑筋を弛緩させて尿道抵抗を下げ、数日〜1週間程度で排尿症状を改善する。I-PSS 13点の中等症で、QOLスコアも不満気味、かつ尿閉・腎機能障害などの合併症がない本例では、α1遮断薬が薬物療法の第一選択として最も適切である。副作用として起立性低血圧・めまい、射精障害などがあり、白内障手術時の術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)にも注意する。
- ×d. 抗男性ホルモン薬投与
抗男性ホルモン薬は主に前立腺癌の内分泌療法に用いられる薬剤群である。前立腺の増大はアンドロゲン(特にジヒドロテストステロン)に依存するため、わが国ではクロルマジノン酢酸エステルなどの抗アンドロゲン薬が前立腺肥大症にも適応をもつが、性欲低下・勃起障害などの副作用がありPSAを低下させて癌の発見を遅らせるおそれもあるため、初期治療の第一選択ではない。前立腺を縮小させる目的では5α還元酵素阻害薬(デュタステリド)が用いられるが、これも前立腺体積が大きい(おおむね30mL以上)症例でα1遮断薬と併用・追加するのが一般的である。いずれにせよ本例で最初に選ぶ対応ではない。
- ×e. 経尿道的前立腺切除術
経尿道的前立腺切除術(TURP)は前立腺肥大症の代表的な外科治療だが、適応は薬物療法で十分な効果が得られない場合、または尿閉・反復性尿路感染・膀胱結石・肉眼的血尿・水腎症や腎機能障害といった合併症を伴う場合である。本例は中等症で合併症もなく、まだ薬物療法も行っていないため、いきなり手術を選ぶのは過剰であり第一選択とならない。
前立腺肥大症の病態
前立腺の移行領域(内腺)が加齢とアンドロゲンの影響で結節性に過形成を起こす良性疾患である。一方、前立腺癌は辺縁領域(外腺)に好発するため直腸診で硬結として触れやすい。前立腺肥大症の尿道閉塞には、腺腫そのものによる物理的圧迫(機械的閉塞)と、平滑筋の緊張による締めつけ(機能的閉塞)の二つの要素がある。前者には5α還元酵素阻害薬や手術、後者にはα1遮断薬が作用する。
I-PSSとQOLスコア
I-PSSは、残尿感、排尿間隔(2時間以内の再排尿)、尿線途絶、排尿の我慢(尿意切迫)、尿勢低下、腹圧排尿、夜間排尿回数の7項目をそれぞれ0〜5点で評価し、合計0〜35点とする。0〜7点が軽症、8〜19点が中等症、20〜35点が重症である。QOLスコアは「現在の排尿状態が今後一生続くとしたらどう感じるか」を0(大変満足)〜6(大変不満)で評価する。同じI-PSSでも患者ごとに苦痛の程度は異なるため、両者を合わせて治療適応を判断する。
治療の流れ
・軽症でQOLへの影響が少ない場合:生活指導(夕方以降の水分・カフェイン・アルコールの制限、便秘の予防、長時間の座位を避けるなど)と経過観察。 ・中等症以上、あるいは困っている場合:薬物療法。第一選択はα1遮断薬。ほかにPDE5阻害薬(タダラフィル)もα1遮断薬と並ぶ選択肢である。前立腺体積が大きい場合は5α還元酵素阻害薬を追加し、過活動膀胱症状が残る場合は抗コリン薬やβ3作動薬を慎重に併用する。 ・薬物療法抵抗性、または合併症(尿閉、反復性尿路感染、膀胱結石、肉眼的血尿、上部尿路拡張・腎機能障害)を伴う場合:手術(TURP、ホルミウムレーザー前立腺核出術〔HoLEP〕など)。
注意すべき薬剤
抗コリン作用をもつ薬(総合感冒薬、抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬など)は前立腺肥大症患者で尿閉を誘発することがある。
POINT
・硬結のない鶏卵大の前立腺腫大+PSA正常+尿所見正常 → 前立腺肥大症。 ・I-PSS:0〜7軽症、8〜19中等症、20〜35重症。QOLスコア(0〜6)とあわせて治療方針を決める。 ・合併症のない中等症の前立腺肥大症では、薬物療法(第一選択はα1遮断薬)から始める。 ・手術(TURP、HoLEPなど)は薬物療法抵抗例や尿閉・腎機能障害などの合併症がある例に行う。 ・前立腺を縮小させる薬は5α還元酵素阻害薬(デュタステリド)で、前立腺体積が大きい例に用いる。
