「尿が少ない」は本当に少ないのか―膀胱にたまった500mLが語る急性尿閉
第120回医師国家試験 E問題 第41問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,41,42の問いに答えよ。 75歳の男性。尿量の減少を主訴に来院した。 現病歴:約1年前から排尿困難感を自覚していたが医療機関を受診しなかった。2日前から感冒様症状があり,自宅近くの診療所から総合感冒薬とアセトアミノフェンが処方され内服していた。昨夜,飲酒をした後から排尿困難感が悪化し,尿が間欠的に少量しか出なくなった。下腹部の膨満感も強くなったため,救急外来を受診した。 既往歴:高血圧症,糖尿病。 生活歴:喫煙は70歳まで10本/日を50年間。飲酒は機会飲酒。 家族歴:特記すべきことはない。 現症:意識は清明。身長175cm,体重77kg。体温36.4℃。脈拍64/分,整。血圧140/92mmHg。呼吸数20/分。SpO2 97%(room air)。努力呼吸を認めない。皮膚,口腔内の乾燥を認めない。腹部は下腹部が膨隆しており,やや硬い。軽度の圧痛がある。腸雑音に異常を認めない。直腸指診で径5cm,弾性硬の前立腺を触知し,圧痛を認めない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖1+,潜血(-),沈渣に異常を認めない。血液所見:赤血球489万,Hb 15.0g/dL,Ht 44%,白血球5,200,血小板17万。血液生化学所見:総蛋白7.7g/dL,アルブミン4.8g/dL,総ビリルビン0.8mg/dL,AST 26U/L,ALT 15U/L,LD 200U/L(基準124~222),ALP 67U/L(基準38~113),γ-GT 40U/L(基準13~64),アミラーゼ108U/L(基準44~132),CK 180U/L(基準59~248),尿素窒素14mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,尿酸6.6mg/dL,血糖130mg/dL,HbA1c 6.5%(基準4.9~6.0),Na 138mEq/L,K 4.1mEq/L,Cl 100mEq/L。CRP 0.1mg/dL。腹部超音波像を下に示す。
最も考えられる病態はどれか。

- a.脱水
- b.尿閉
- c.心不全
- d.腸閉塞
- e.急性腎障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
「尿量減少」を訴える患者では、まず膀胱に尿がたまっているかを触診・打診や超音波で確認し、尿が作られない乏尿・無尿と、作られた尿を出せない尿閉を区別します。高齢男性で以前から排尿困難があり、前立腺が弾性硬に腫大している場合は前立腺肥大症が背景にあり、抗コリン作用やα刺激作用をもつ成分を含む総合感冒薬や飲酒が急性尿閉の典型的な誘因になります。少量ずつ漏れるように出る排尿は溢流性尿失禁であり、尿閉を否定する根拠にはなりません。脱水・心不全・腎性の障害では膀胱は空であり、腸閉塞とは膨隆の部位や腸雑音、超音波所見で区別できます。尿閉を放置すると水腎症から腎後性腎不全へ進みうるため、ベッドサイドで膀胱を確認する習慣は日常診療で大きな意味をもちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・75歳男性。約1年前から排尿困難感があり、未治療であった(下部尿路閉塞が以前から存在していた可能性)。 ・感冒に対して総合感冒薬を内服し、さらに飲酒した翌朝から排尿困難が急に悪化した。尿は「間欠的に少量しか出ない」状態で、下腹部膨満感が強い。 ・下腹部は膨隆してやや硬く、軽度の圧痛がある。腸雑音は正常。 ・直腸指診で前立腺は径約5cmと腫大し、弾性硬で圧痛はない(正常の前立腺はクルミ大、径およそ3cm程度)。 ・バイタルサインは安定し、発熱なし、努力呼吸なし、皮膚・口腔内の乾燥なし。 ・尿素窒素14mg/dL、クレアチニン0.9mg/dL、K 4.1mEq/Lと腎機能・電解質は正常。CRPも上昇していない。 ・腹部超音波では、膀胱が縦80mm×横100mm×長さ120mmと大きく拡張し、内部は無エコー(尿)で満たされている。概算の膀胱容量は 8×10×12×0.5 ≒ 480mL(π/6≒0.52を掛ければ約500mL)である。腎では、左腎に腎盂・腎杯の拡張(水腎症)がみられる。
診断へのプロセス
「尿量の減少」が主訴であっても、それが「腎で尿が作られていない(乏尿・無尿)」のか、「作られた尿が出せない(尿閉)」のかを区別することが最初のポイントである。本例では膀胱内に約500mLもの尿が貯留しており、腎は尿を産生している。すなわち、尿が膀胱から排出できない状態=尿閉であり、見かけ上の尿量が減っているにすぎない。 少量ずつ漏れるように出る排尿は、膀胱内圧が尿道抵抗を上回った分だけ尿があふれ出る溢流性尿失禁(奇異性尿失禁)と解釈できる。
尿閉の原因と誘因
基礎疾患としては、高齢男性・1年来の排尿困難・直腸指診での腫大した弾性硬の前立腺から、前立腺肥大症が最も考えやすい。そこに次の誘因が重なって急性尿閉に至ったと考えられる。 ・総合感冒薬:抗ヒスタミン薬(抗コリン作用で排尿筋の収縮を弱める)、エフェドリン類(α受容体刺激で膀胱頸部・前立腺部尿道の平滑筋を収縮させる)、ジヒドロコデインなどの鎮咳薬(排尿反射を抑える)を含むことが多い。 ・飲酒:アルコールによる利尿で膀胱が急速に充満・過伸展し、排尿筋が収縮しにくくなる。さらに前立腺のうっ血も一因とされる。 なお、アセトアミノフェンは排尿障害をきたしにくい。また糖尿病があるため糖尿病性神経因性膀胱(低活動膀胱)の関与も完全には否定できないが、HbA1c 6.5%と比較的良好なコントロールであり、主因は前立腺肥大症と考えるのが自然である。
設問の考え方
問われているのは「病態」である。脱水・心不全・腸閉塞・急性腎障害といった、尿量減少や腹部膨満をきたしうる他の病態を、身体所見と検査値で一つずつ除外すると、膀胱の過剰充満を示す超音波所見と合致するのは尿閉のみである。
選択肢考察
- ×a. 脱水
脱水では腎への血流が減って尿の産生そのものが低下する(腎前性の乏尿)ため、膀胱に尿が大量にたまることはない。本例では膀胱に約500mLの尿が貯留しており、病態が逆である。身体所見でも皮膚・口腔内の乾燥はなく、頻脈や低血圧もない。検査でも尿素窒素/クレアチニン比は約16で、脱水で典型的な20以上の上昇はみられず、Ht 44%・アルブミン4.8g/dLも濃縮を示すほどではない。したがって誤りである。
- ○b. 尿閉
尿閉とは、膀胱に尿がたまっているのに自力で排出できない状態である。本例は、①前立腺肥大症を思わせる1年来の排尿困難と前立腺腫大、②抗コリン作用・α刺激作用をもつ成分を含む総合感冒薬の内服と飲酒という典型的な誘因、③下腹部の膨隆と圧痛、④超音波で約500mLの膀胱内尿貯留と左水腎症、という所見がそろっている。少量ずつしか出ないのは溢流性尿失禁であり、主訴の「尿量減少」は尿が作られないのではなく出せないことによる見かけ上のものである。よって最も考えられる病態は尿閉である。
- ×c. 心不全
心不全では心拍出量の低下により腎血流が減り尿量が減少することはあるが、その場合も膀胱に尿は貯留しない。本例では呼吸数20/分、SpO2 97%と保たれ、努力呼吸はなく、脈拍64/分・血圧140/92mmHgで循環は安定している。浮腫や頸静脈怒張、肺うっ血を示す所見の記載もない。心不全を示唆する根拠がなく、誤りである。
- ×d. 腸閉塞
腸閉塞でも腹部膨満はみられるが、通常は腹部全体の膨満に加え、腹痛、悪心・嘔吐、排便・排ガスの停止を伴い、腸雑音は機械的閉塞では亢進(金属音)、麻痺性では減弱する。本例は膨隆が下腹部に限局し、腸雑音は正常で嘔吐もない。超音波で膨隆の正体が拡張した膀胱であることが確認されており、誤りである。
- ×e. 急性腎障害
急性腎障害(AKI)は、KDIGO基準では48時間以内の血清クレアチニン0.3mg/dL以上の上昇、7日以内の基礎値の1.5倍以上への上昇、または尿量0.5mL/kg/時未満が6時間以上続くことで定義される。本例はクレアチニン0.9mg/dL、尿素窒素14mg/dL、K 4.1mEq/Lと腎機能は正常である。尿閉が長引けば両側の水腎症から腎後性AKIに進展しうるが、現時点では腎は尿を産生しており、尿が出ないのは下部尿路の閉塞によるものである。したがって最も考えられる病態ではない。
尿量減少の見分け方
・乏尿:1日尿量400mL以下(または0.5mL/kg/時未満)。無尿:1日100mL以下。いずれも「腎で作られる尿」が少ない状態で、膀胱は空である。原因は腎前性(脱水、心不全など)、腎性(急性尿細管壊死、糸球体腎炎など)、腎後性(両側尿管閉塞、尿閉など)に分けられる。 ・尿閉:尿は作られているが膀胱から出せない状態で、膀胱は充満している。 ・両者の区別には、下腹部の触診・打診と、膀胱の超音波検査(残尿測定)が簡便で有用である。膀胱容量は「縦×横×長さ×0.5(またはπ/6)」で概算できる。
前立腺肥大症と急性尿閉
・前立腺肥大症は、主に尿道周囲の移行領域が腫大する良性疾患で、加齢とともに増える。直腸指診では弾性硬で表面平滑、圧痛はない。硬く結節状であれば前立腺癌を、圧痛・発熱があれば急性前立腺炎を考え、PSA(前立腺特異抗原)測定などで鑑別する。 ・急性尿閉の誘因として、抗コリン作用をもつ薬剤(第一世代抗ヒスタミン薬、抗コリン薬、三環系抗うつ薬、抗パーキンソン病薬など)、α刺激薬(エフェドリン、プソイドエフェドリン等を含む総合感冒薬)、オピオイド、飲酒、寒冷、長時間の排尿がまんなどが知られる。前立腺肥大症患者では総合感冒薬の添付文書でも注意が促されている。 ・尿閉が続くと膀胱内圧の上昇が上部尿路に波及し、水腎症、さらに腎後性腎不全を起こしうる。また残尿は尿路感染症の温床にもなる。
溢流性尿失禁
膀胱が過伸展し、膀胱内圧が尿道の抵抗を上回ると、少量ずつ尿が漏れ出る。一見「尿が出ている」ため尿閉が見逃されやすく、「少量ずつ頻回」「たらたら漏れる」訴えでは必ず残尿を確認する。
POINT
・「尿量減少」の訴えでは、まず膀胱に尿がたまっているか(尿閉)を超音波や触診で確認する。 ・高齢男性+排尿困難の既往+総合感冒薬(抗コリン作用・α刺激作用)や飲酒=前立腺肥大症を背景とした急性尿閉の典型である。 ・少量ずつ間欠的に出る排尿は溢流性尿失禁であり、尿閉の否定にはならない。 ・脱水・心不全・腎性の腎障害では膀胱は空であり、尿閉とは超音波所見で区別できる。
