CTの「黒い影」は腹腔の外にある―遊離ガスが告げる消化性潰瘍穿孔
第102回医師国家試験 D問題 第31問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。夕食3時間後に生じた急激な上腹部痛のため搬入された。体温37.8℃。脈拍72/分,整。血圧108/58mmHg。血液所見:赤血球482万,白血球12,300。腹部単純CTを別に示す。 診断はどれか。

- a.腸閉塞
- b.急性胃炎
- c.急性膵炎
- d.急性胆嚢炎
- e.消化性潰瘍穿孔
対話形式の解説
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ドクターまとめ
突然の激しい上腹部痛に発熱・白血球増加を伴う急性腹症では、急性膵炎や急性胆嚢炎、潰瘍穿孔などが症状だけでは区別しにくく、画像所見が鑑別の決め手になります。CTで腸管外の腹腔内にガス(遊離ガス)を認めれば消化管穿孔を意味し、上腹部に大量に存在して急激に発症した場合は、最も頻度の高い十二指腸潰瘍をはじめとする消化性潰瘍穿孔をまず考えます。腸閉塞では腸管内のニボーと口側腸管の拡張、急性膵炎では膵腫大と膵周囲の炎症、急性胆嚢炎では胆嚢腫大と壁肥厚がみられ、いずれも通常遊離ガスは伴いません。遊離ガスは臥位CTでは腹側、立位X線では横隔膜下に集まり、検出感度はCTが最も高いことも押さえておきましょう。治療は大網充填・被覆術などの緊急手術が基本で、条件を満たせば保存的治療も選択され、H. pylori除菌やNSAIDs中止による再発予防まで含めて理解することが臨床での適切な判断につながります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・65歳男性、夕食の約3時間後に突然生じた激しい上腹部痛(急性腹症) ・体温37.8℃の発熱、白血球12,300/μLの増加 → 炎症反応あり ・脈拍72/分、血圧108/58mmHg → 現時点でショックには至っていない ・赤血球482万/μL → 明らかな貧血はなく、大量出血は考えにくい ・腹部単純CT(上腹部、肝・胃・脾の高さの断面): 前腹壁の直下、肝の腹側に大量の空気(黒く写る低吸収域)が広がっている。これは消化管の外、腹腔内に漏れ出たガス、すなわち腹腔内遊離ガス(free air)である。背側には液体貯留(腹水)もみられ、ガスとの境界に液面形成(ニボー)を伴う。
診断へのプロセス
腹腔内遊離ガスは、術後や腹腔鏡後などを除けば、消化管のどこかに穴が開いたこと(消化管穿孔)を意味する。臥位で撮影するCTでは、ガスは最も高い位置である腹側(前腹壁の直下や肝の前面)に集まる。背側の液体は、穿孔部から漏れ出た消化液や、それによって生じた腹膜炎の滲出液と考えられ、発熱と白血球増加もこれに合致する。 穿孔部位の推定では、発症様式と疼痛部位が手がかりとなる。「突然の激しい上腹部痛」で発症し、上腹部に大量の遊離ガスがみられることから、上部消化管、とくに胃・十二指腸潰瘍の穿孔が最も考えやすい。消化性潰瘍穿孔では、胃酸を含む消化液が腹腔内に漏れて化学的腹膜炎を来すため、発症直後から板状硬(腹壁が板のように硬くなる筋性防御)を伴う激痛となることが多い。
設問の考え方
CTで「腹腔内遊離ガス」を読み取れれば、選択肢の中で遊離ガスを生じうるのは消化性潰瘍穿孔のみであり、正解が決まる。他の疾患でみられる特徴的なCT所見(腸管拡張、膵腫大、胆嚢壁肥厚など)と対比して除外するとよい。
選択肢考察
- ×a. 腸閉塞
腸閉塞では、閉塞部より口側の腸管がガスや液体で拡張し、腸管の内部に鏡面像(ニボー)がみられるのが特徴である。本例のCTでは、ガスは腸管の中ではなく腸管外の腹腔内に広がっており、拡張した腸管も認めない。また、腸閉塞の腹痛は間欠的な疝痛で、嘔吐や排ガス停止を伴うことが多く、急激な持続痛で発症した本例の経過とも異なる。
- ×b. 急性胃炎
急性胃炎は胃粘膜の炎症(びらん・発赤・浮腫)であり、胃壁の全層が破れることはないため、腹腔内遊離ガスは生じない。CTでは胃壁の浮腫性肥厚がみられることがあるが、本例のような大量の遊離ガスや腹水は説明できない。
- ×c. 急性膵炎
急性膵炎も急激な上腹部痛と発熱・白血球増加を来し、飲酒や脂肪の多い食事の後に発症しやすいため、臨床症状だけでは紛らわしい。しかしCTでは膵腫大、膵周囲の脂肪組織の濃度上昇や液体貯留がみられるのが特徴であり、腹腔内遊離ガスは生じない。提示されたCT断面は膵の主要部より頭側で、膵病変を示す所見もない。診断には血中・尿中の膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)上昇も参考になる。
- ×d. 急性胆嚢炎
急性胆嚢炎は脂肪食の後に発症しやすく右季肋部痛と発熱を来すが、CTや超音波では胆嚢の腫大、胆嚢壁の肥厚、胆嚢周囲の液体貯留、胆石の嵌頓などがみられ、腹腔内遊離ガスは通常生じない。本例のCT断面では胆嚢の異常所見は示されておらず、遊離ガスを説明できない。身体所見ではMurphy徴候(右季肋部を圧迫しながら深吸気させると痛みで吸気が止まる)が特徴である。
- ○e. 消化性潰瘍穿孔
CTで腹側に大量の腹腔内遊離ガスを、背側に腹水を認め、消化管穿孔と診断できる。突然の激しい上腹部痛で発症し、上腹部に遊離ガスが目立つことから、胃・十二指腸潰瘍の穿孔が最も考えやすい。発熱・白血球増加は、漏出した消化液による腹膜炎を反映している。
消化管穿孔の概要
・原因: 最も多いのは十二指腸潰瘍穿孔で、次いで胃潰瘍穿孔である。そのほか大腸憩室や大腸癌の穿孔、外傷、異物、内視鏡検査・治療に伴う医原性穿孔などがある。潰瘍の原因としては、Helicobacter pylori感染と、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)・低用量アスピリンの内服が二大要因である。 ・症状: 突然発症する激しい腹痛。上部消化管穿孔では消化液(胃酸)による化学的腹膜炎のため、早期から腹部全体に広がる強い痛みと板状硬を来す。時間経過とともに細菌性腹膜炎へ進展し、発熱、頻脈、ショックを来しうる。
腹腔内遊離ガスの検出
・立位胸部X線: 横隔膜下の三日月状の透亮像として描出される。 ・腹部CT: 最も感度が高く、少量のガスでも検出できる。臥位撮影のため腹側(前腹壁下、肝前面)に集まる。肺野条件(ウィンドウ幅を広げた表示)にすると、脂肪組織との区別がつきやすい。 ・上部消化管穿孔では遊離ガスが大量で上腹部に目立つ傾向がある。一方、大腸穿孔では便汁による細菌性腹膜炎が高度で、敗血症性ショックに陥りやすく重篤である。
治療
・消化性潰瘍穿孔: 緊急手術(大網充填術・大網被覆術など)が基本であり、腹腔鏡下で行われることも多い。発症からの時間が短い、腹膜炎が上腹部に限局している、全身状態が安定している、高齢でない、などの条件を満たす例では、絶食、経鼻胃管による持続吸引、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、抗菌薬による保存的治療が選択されることもある。 ・術後はH. pylori除菌やNSAIDs中止など、再発予防を行う。 ・大腸穿孔: 原則として緊急手術(穿孔部を含む腸切除と人工肛門造設など)を行う。
上腹部痛を来す急性腹症の鑑別
消化性潰瘍穿孔、急性膵炎、急性胆嚢炎・胆管炎、腸閉塞、急性虫垂炎の初期(心窩部痛から始まり右下腹部へ移動する)、腸間膜動脈閉塞症、腹部大動脈瘤破裂などがある。心筋梗塞(特に下壁梗塞)も上腹部痛を訴えることがあり、心電図の確認が欠かせない。
POINT
・急激な上腹部痛+腹腔内遊離ガス → 消化管穿孔、特に消化性潰瘍穿孔を考える。 ・消化管穿孔の原因として最も多いのは十二指腸潰瘍である。 ・遊離ガスは臥位CTでは腹側、立位X線では横隔膜下に集まる。検出感度はCTが最も高い。 ・急性胃炎、急性膵炎、急性胆嚢炎、腸閉塞では通常遊離ガスはみられない。 ・潰瘍穿孔の治療は緊急手術(大網充填・被覆術)が基本で、条件を満たせば保存的治療も選択される。
