「水しか通らない」は危険信号―経過と内視鏡で見抜く進行食道癌
第102回医師国家試験 D問題 第30問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。嚥下困難と嘔吐とを主訴に来院した。2か月前から食物のつかえ感を自覚した。5日前から固形物をとると嘔吐し,水分のみが摂取可能となった。喫煙は30本/日を35年間。身長168cm,体重55kg。眼瞼結膜に貧血を認める。食道内視鏡写真を別に示す。 診断はどれか。

- a.食道癌
- b.食道異物
- c.食道静脈瘤
- d.胃食道逆流症〈逆流性食道炎〉
- e.食道アカラシア
対話形式の解説
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ドクターまとめ
固形物から始まり短期間で水分しか通らなくなる嚥下困難は器質的狭窄を示し、喫煙歴のある中高年男性、体重減少や貧血を伴う場合は食道癌を強く疑います。内視鏡で周堤と中心陥凹を伴う潰瘍性病変を認めれば進行食道癌(2型または3型)と考えられ、生検で確定診断します。食道異物は急激な発症、食道静脈瘤は青色調の静脈拡張、逆流性食道炎は食道胃接合部の線状発赤・びらん、食道アカラシアは年単位の経過と内腔拡張が特徴で、それぞれ経過と内視鏡像で区別できます。日本の食道癌は約9割が扁平上皮癌で胸部中部食道に好発し、喫煙・飲酒、特にALDH2低活性型の飲酒が重要な危険因子です。嚥下困難を「経過」「危険因子」「内視鏡像」の3点で整理する考え方は、上部消化管疾患の鑑別の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・55歳男性、2か月前から食物のつかえ感(嚥下困難) ・5日前から固形物で嘔吐し、水分しか通らなくなった ・喫煙30本/日×35年(ブリンクマン指数 30×35=1,050 の重喫煙者) ・身長168cm、体重55kg(BMI 約19.5とやや痩せ型) ・眼瞼結膜に貧血 ・食道内視鏡では、食道内腔の約半周を占め、周囲が堤防状に盛り上がり(周堤)、中央が陥凹して潰瘍を形成した不整な腫瘍性病変を認める。
診断へのプロセス
嚥下困難と嘔吐は、食道から胃の入口にかけての通過障害を示唆する。まず「固形物は通らないが水分は通る」という経過は、内腔が物理的に狭くなっていく器質的狭窄に典型的なパターンである。これに対し、食道アカラシアのような機能的(運動障害による)通過障害では、初期から固形物・液体ともに通りにくいことが多い。症状が2か月という短期間で進行している点、中高年男性で重喫煙者である点、貧血(腫瘍からの慢性出血や摂食不良による)を伴う点は、いずれも悪性腫瘍を強く疑わせる。 内視鏡で周堤と中心陥凹を伴う潰瘍性の隆起性病変がみられることから、進行食道癌と診断できる。肉眼型としては潰瘍限局型(2型)または潰瘍浸潤型(3型)に相当する所見であり、写真では病変の肛門側の境界が確認できないため、両者の区別まではできない。
設問の考え方
「器質的狭窄を示す経過」「危険因子(喫煙・中高年男性)」「内視鏡での潰瘍性腫瘍」の3点をそろえて食道癌を選ぶ。他の選択肢は、内視鏡像や症状の特徴がそれぞれ異なることを押さえて除外する。
選択肢考察
- ○a. 食道癌
固形物から始まり徐々に進行する嚥下困難と嘔吐は器質的狭窄を示し、重喫煙歴のある中高年男性という高危険群に該当する。内視鏡で周堤隆起と中心陥凹(潰瘍)を伴う不整な腫瘍を認めることから、進行食道癌(潰瘍限局型または潰瘍浸潤型)と診断できる。貧血は腫瘍からの出血や栄養摂取不良で説明できる。
- ×b. 食道異物
内視鏡像に異物は写っていない。食道異物は食道の生理的狭窄部(食道入口部、大動脈弓・気管分岐部との交差部、横隔膜貫通部)にとどまりやすく、誤飲の直後から急にのどや胸のつかえ感・胸痛が出現するのが典型で、2か月かけて徐々に進行する経過とは合わない。原因は小児では硬貨やボタン電池、高齢者ではPTP包装(錠剤のシート)や義歯が多く、内視鏡的に摘出する。
- ×c. 食道静脈瘤
食道静脈瘤は門脈圧亢進症(主に肝硬変)により食道の静脈が拡張したもので、内視鏡では直線状・数珠状・結節状に連なる青色調(または白色調)の隆起としてみられ、潰瘍を伴う腫瘍像とは異なる。破裂しない限り通常は無症状で、嚥下困難や嘔吐を主訴とすることはまれである。本例には肝疾患を示唆する所見もない。
- ×d. 胃食道逆流症〈逆流性食道炎〉
逆流性食道炎の主症状は胸やけや呑酸(酸っぱい液が上がってくる感覚)であり、つかえ感を伴うこともあるが、水分しか通らないほどの高度な狭窄は通常来さない。内視鏡では食道胃接合部から口側へ伸びる、長軸方向の線状・地図状の発赤やびらん(粘膜傷害)がみられ、周堤を伴う腫瘍性病変とは異なる。
- ×e. 食道アカラシア
食道アカラシアは下部食道括約部(LES)の弛緩不全と食道体部の蠕動消失による機能的な通過障害で、固形物・液体ともに嚥下困難を来しやすく、食べた物をそのまま吐き戻す(口側への逆流)のが特徴である。経過は年単位と長いことが多い。内視鏡では食道内腔の拡張、食物残渣の貯留、粘膜の正常な下部食道の狭小化がみられるが、腫瘍性病変は認めない。なお、アカラシアは食道癌の危険因子の一つである。
食道癌の概要
・組織型: 日本では約90%が扁平上皮癌で、その多くは高分化・中分化型である。欧米ではBarrett食道を背景とする腺癌が増加しており、日本でも腺癌の割合が徐々に増えている。 ・好発部位: 胸部中部食道が最も多く、次いで胸部下部食道である。 ・危険因子: 高齢男性、喫煙、飲酒(特に少量の飲酒で顔が赤くなるALDH2〈アルデヒド脱水素酵素2〉低活性型の人の飲酒)、熱い飲食物、頭頸部癌の既往(重複しやすい)、食道アカラシア、腐食性食道炎(アルカリ誤飲後など)、Barrett食道(腺癌の危険因子)。 ・症状: 早期は無症状のことが多い。進行すると固形物のつかえ感から始まり、狭窄が高度になると流動物しか通らなくなり嘔吐を来す。反回神経浸潤による嗄声、気管浸潤による咳嗽や食道気管瘻、体重減少なども生じる。 ・リンパ節転移: 食道は粘膜下層に豊富なリンパ管網をもつため、早期から頸部・胸部・腹部の広い範囲にリンパ節転移を来しやすい。
食道癌の肉眼型分類(食道癌取扱い規約)
・0型: 表在型(癌の深さが粘膜下層までと推定されるもの) ・1型: 隆起型 ・2型: 潰瘍限局型(周堤が明瞭で、周囲との境界がはっきりしている) ・3型: 潰瘍浸潤型(周堤の一部または全部が不明瞭で、周囲に浸潤性に広がる) ・4型: びまん浸潤型 ・5型: 分類不能型 進行癌では2型・3型が大部分を占める。
診断と検査
・上部消化管内視鏡: 病変の観察と生検による確定診断。表在癌の拾い上げにはヨード染色(癌部は不染帯となる)や狭帯域光観察(NBI)が有用である。 ・食道造影: 狭窄や不整な陰影欠損、病変の長さの評価。 ・CT・PET-CT・超音波内視鏡: 深達度、リンパ節転移、遠隔転移の評価(病期診断)。
嚥下困難の鑑別の考え方
・固形物から始まり徐々に進行 → 器質的狭窄(食道癌、良性狭窄など) ・固形物・液体とも初期から困難、経過が長い → 機能的障害(食道アカラシアなど) ・急激な発症 → 食道異物など
POINT
・「固形物が通らず水分のみ通る」→ 器質的狭窄を示す。 ・中高年男性、喫煙・飲酒歴は食道癌の高危険群。 ・日本の食道癌は約90%が扁平上皮癌で、胸部中部食道に好発する。 ・周堤と中心陥凹を伴う潰瘍性病変は進行癌(2型・3型)の所見。 ・食道静脈瘤は青色調の静脈拡張、逆流性食道炎は食道胃接合部の線状発赤・びらん、アカラシアは内腔拡張と下部食道の狭小化で、それぞれ内視鏡像が異なる。
