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ヘルシンキ宣言は何を守るのか―ニュルンベルクから続く研究倫理の系譜

第102回医師国家試験 C問題 第2問

国試問題にチャレンジ

第102回 C問題 第2問

ヘルシンキ宣言はどれか。

  1. a.患者の権利の基本原則
  2. b.安楽死に関する基本原則
  3. c.地球環境保全の行動指針
  4. d.医師の国際雇用の倫理ガイドライン
  5. e.ヒトを対象とする医学的研究の倫理的原則

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療倫理の国際文書、特にヘルシンキ宣言の中身を問う問題だ。医療倫理の宣言や綱領は名前が似ていて混乱しやすいけれど、「どこで・いつ・何のために」作られたかをセットで覚えると一気に整理できる。まず、ヘルシンキ宣言と聞いて何を思い浮かべるかな。
医学生医学生
医療倫理の講義で、臨床研究のインフォームド・コンセントの話の中で出てきた気がします。でも患者の権利の宣言とどっちがどっちだったか、少し自信がありません。
ドクタードクター
そこが一番混同しやすいところだね。結論から言うと、ヘルシンキ宣言は1964年に世界医師会がヘルシンキの総会で採択した、ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則だ。正式な表題がまさにそれなんだ。
医学生医学生
ということは、患者の権利の基本原則のほうは別の宣言ですね。リスボン宣言でしたっけ。
ドクタードクター
正解。リスボン宣言は1981年に世界医師会が採択した患者の権利に関する宣言で、良質な医療を受ける権利、選択の自由、自己決定権、情報を得る権利、秘密保持、尊厳への権利などを掲げている。「研究ならヘルシンキ、患者の権利ならリスボン」と対にしておこう。
医学生医学生
安楽死の原則という選択肢もありますが、研究倫理とは全然違うテーマですよね。
ドクタードクター
そう、ヘルシンキ宣言は安楽死を扱っていない。世界医師会は安楽死について別の宣言を出していて、医師による積極的安楽死は非倫理的という立場だ。日本では安楽死を認める法律はなく、東海大学安楽死事件の横浜地裁判決で、積極的安楽死が許容されうる4要件が示されたにとどまる。
医学生医学生
耐えがたい肉体的苦痛、死期が迫っている、ほかに苦痛を除く手段がない、本人の明示の意思表示、の4つですね。法医学の講義で覚えました。
ドクタードクター
よく覚えているね。地球環境保全の行動指針はどうだろう。
医学生医学生
環境系なら、公衆衛生で習ったリオ宣言やアジェンダ21あたりでしょうか。
ドクタードクター
その通り。1972年のストックホルム宣言、1992年の地球サミットでのリオ宣言やアジェンダ21が環境分野の代表で、ヘルシンキ宣言とは無関係だ。最後に医師の国際雇用の倫理ガイドラインだけど、これは少しひっかけ要素がある。
医学生医学生
ヘルシンキで決まったとか、そういうことですか。
ドクタードクター
鋭いね。医療従事者の国際的な採用や移動に関する倫理指針は、世界医師会の2003年のヘルシンキ総会で声明として扱われたとされている。開催地が同じだから紛らわしいけれど、ヘルシンキ宣言とは別の文書だ。豊かな国が途上国から医師を引き抜くと、途上国の医療が弱体化するという懸念が背景にある。
医学生医学生
では、なぜ1964年に研究倫理の宣言が必要になったんでしょうか。
ドクタードクター
源流はニュルンベルク綱領だ。第二次世界大戦中のナチス・ドイツの医師による非人道的な人体実験を裁いた裁判の判決の中で、1947年に人体実験の許容条件が示された。被験者の自発的同意が絶対に必要だと最初に明示したのがこれで、その精神を医師の側から体系化したのがヘルシンキ宣言なんだ。
医学生医学生
ヘルシンキ宣言には具体的にどんな原則が書かれているんですか。
ドクタードクター
中心は、研究対象者の福利を科学や社会の利益より優先すること、自由意思によるインフォームド・コンセント、独立した倫理委員会による研究計画の事前審査、プライバシーの保護、それにプラセボ使用の制限などだ。1975年の東京総会での改訂で倫理委員会やインフォームド・コンセントの規定が強化され、その後も臨床試験の事前登録や結果公表、社会的弱者の保護などが加えられてきた。
医学生医学生
一度決まったら終わりではなく、改訂を重ねているんですね。
ドクタードクター
そう。2024年の改訂では、研究の対象となる人を「被験者」ではなく「参加者」と表現するようになった。研究される側ではなく、研究に参加する主体だという考え方の表れだね。
医学生医学生
臨床実習で治験の説明に同席したとき、同意書に「いつでも参加を撤回できます」と書いてあったのも、この流れなんですね。
ドクタードクター
まさにそうだ。日本の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」や、治験のルールであるGCPも、ヘルシンキ宣言の精神に基づいている。ほかにも、ヒポクラテスの誓いを現代化したジュネーブ宣言、研究倫理の3原則として人格の尊重・善行・正義を示した米国のベルモント・レポートも合わせて押さえておくといい。将来、研究に関わるときも、日常診療で患者さんに説明するときも、根っこにある考え方は同じなんだ。

まとめ

ヘルシンキ宣言は、1964年に世界医師会がヘルシンキ総会で採択した「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」で、ナチスの人体実験への反省から生まれたニュルンベルク綱領(1947年)の精神を受け継いでいます。研究参加者の福利の優先、自由意思によるインフォームド・コンセント、倫理委員会による事前審査、プライバシー保護などが柱で、改訂を重ね2024年には「被験者」を「参加者」と表現するようになりました。患者の権利はリスボン宣言(1981年)、医師の誓いはジュネーブ宣言(1948年)、研究倫理の3原則はベルモント・レポートと、名称と内容を対にして整理することが重要です。国内の研究倫理指針やGCPもこの宣言に基づいており、臨床研究や治験に関わるすべての医師にとって欠かせない基盤となる知識です。

解答・解説

正解はeです

ヘルシンキ宣言は、1964年にフィンランドのヘルシンキで開かれた世界医師会(World Medical Association:WMA)の総会で採択された、人間を対象とする医学研究に携わる医師のための倫理原則である。正式な表題は「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」であり、臨床試験や臨床研究を行う際の国際的な倫理基準として位置づけられている。 医療倫理に関する国際的な宣言・綱領は名称と内容を対応させて問われることが多い。ニュルンベルク綱領(研究倫理の出発点)、ヘルシンキ宣言(医学研究の倫理)、リスボン宣言(患者の権利)、ジュネーブ宣言(医師の誓い)を組み合わせて整理しておけば、本問は迷わず解ける。

選択肢考察

  1. ×a.  患者の権利の基本原則

    患者の権利の基本原則を示したのは、1981年に世界医師会がポルトガルのリスボンで採択したリスボン宣言(患者の権利に関するWMAリスボン宣言)である。良質な医療を受ける権利、選択の自由、自己決定権、情報を得る権利、秘密保持の権利、尊厳への権利などが掲げられている。なお、それに先立つものとして、アメリカ病院協会による「患者の権利章典」(1973年)がある。

  2. ×b.  安楽死に関する基本原則

    ヘルシンキ宣言は安楽死を扱ったものではない。世界医師会は安楽死に関する宣言(1987年マドリッド総会など)を別に出しており、医師による積極的安楽死は非倫理的であるとの立場をとっている。我が国では安楽死を認める法律はなく、東海大学安楽死事件の横浜地方裁判所判決(1995年)で、積極的安楽死が許容されうる4要件(耐えがたい肉体的苦痛、死が避けられず死期が迫っている、苦痛を除く他の手段がない、本人の明示の意思表示)が示されたにとどまる。

  3. ×c.  地球環境保全の行動指針

    地球環境保全に関する国際的な原則としては、1972年の国連人間環境会議で採択されたストックホルム宣言(人間環境宣言)や、1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で採択されたリオ宣言、行動計画であるアジェンダ21、同会議で署名が開始された気候変動枠組条約・生物多様性条約などがある。ヘルシンキ宣言とは関係がない。

  4. ×d.  医師の国際雇用の倫理ガイドライン

    医師などの保健医療従事者の国際的な採用・移動に関する倫理指針は、世界医師会が2003年のヘルシンキ総会で声明として扱ったものであり、開催地が同じヘルシンキであるため紛らわしいが、ヘルシンキ宣言とは別の文書である。医療人材の豊かな国が途上国から医師を引き抜くことで、途上国の医療体制が弱体化することへの懸念が背景にある。

  5. ○e.  ヒトを対象とする医学的研究の倫理的原則

    ヘルシンキ宣言の正式な表題そのものである。第二次世界大戦中のナチス・ドイツの医師による非人道的な人体実験を裁いた裁判から生まれたニュルンベルク綱領(1947年)の精神を受け継ぎ、1964年の世界医師会ヘルシンキ総会で採択された。研究対象者の福利を科学や社会の利益より優先すること、自由意思によるインフォームド・コンセント、倫理委員会による研究計画の事前審査、個人情報の保護、プラセボ使用の制限などが定められている。

医療倫理に関する主な国際文書

・ニュルンベルク綱領(1947年):ナチスの人体実験を裁いたニュルンベルク医師裁判の判決の中で示された、人体実験の許容条件。被験者の自発的同意が絶対的に必要であることを最初に明示した。 ・ジュネーブ宣言(1948年、世界医師会):ヒポクラテスの誓いを現代的に表現した医師の倫理規範。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会):ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則。 ・患者の権利章典(1973年、アメリカ病院協会):患者の権利を明文化した先駆け。 ・リスボン宣言(1981年、世界医師会):患者の権利に関する宣言。 ・ベルモント・レポート(1979年、米国):研究倫理の3原則として人格の尊重、善行(恩恵)、正義を示した。

ヘルシンキ宣言の改訂

ヘルシンキ宣言は採択後も繰り返し改訂されている。1975年の東京総会での改訂では、研究計画を独立した倫理委員会が審査する仕組みやインフォームド・コンセントの規定が強化された。その後の改訂で、プラセボ対照試験の使用条件、研究終了後の治療へのアクセス、臨床試験の事前登録と結果公表、社会的弱者の保護などが盛り込まれた。2024年のヘルシンキ総会での改訂では、研究の対象となる人を「被験者(subjects)」ではなく「参加者(participants)」と表現するようになった。

我が国での位置づけ

我が国の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」や、医薬品の臨床試験の実施基準(GCP:Good Clinical Practice)も、ヘルシンキ宣言の精神に基づいて定められている。

POINT

・ヘルシンキ宣言=ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則(1964年、世界医師会)。 ・その源流はニュルンベルク綱領(1947年)。 ・中心となる原則:被験者(参加者)の福利の優先、インフォームド・コンセント、倫理委員会の審査、プライバシー保護。 ・患者の権利はリスボン宣言(1981年)、医師の誓いはジュネーブ宣言(1948年)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。