StudyMed医師国家試験

照射野が答えを決める―扁桃癌の頸部照射で「起こらない」障害はどれか

第101回医師国家試験 H問題 第45問

国試問題にチャレンジ

第101回 H問題 第45問

66歳の男性。1か月前に出現し,増悪する咽頭違和感と嚥下時痛とを主訴に来院した。扁桃に表面不整の腫瘍を認め,扁平上皮癌(T2N1M0)の診断で上咽頭から鎖骨上部の範囲に放射線治療を行った。初診時の口腔内写真(A)と治療終了時の口腔内写真(B)とを別に示す。 治療後の障害として起こらないのはどれか。

第101回 H問題 第45問の問題画像
  1. a.う歯
  2. b.咽頭痛
  3. c.味覚異常
  4. d.嗅覚異常
  5. e.唾液分泌低下

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、頭頸部癌に対する放射線治療の有害事象を考える問題だ。大原則はひとつ、「放射線の障害は照射野に入った組織にしか起こらない」。問題文に書かれた照射範囲を、頭の中で解剖に重ねてみることが着眼点になるよ。
医学生医学生
まず原発巣ですが、扁桃の扁平上皮癌なので咽頭癌ですよね。上咽頭癌でしょうか。
ドクタードクター
そこはよく間違えるところだね。口蓋扁桃は中咽頭の側壁にあるから、これは中咽頭癌の側壁型だ。照射範囲が上咽頭から始まっているのは、原発巣と頸部リンパ節領域をまとめてカバーするためと考えればいい。T2N1M0だから、頸部リンパ節転移はあるが遠隔転移はない段階だね。
医学生医学生
解剖学実習で咽頭を上・中・下に分けたのを思い出しました。軟口蓋の高さから上が上咽頭でしたね。
ドクタードクター
その通り。では写真を見よう。初診時は扁桃に表面がでこぼこした腫瘍があり、治療終了時には口腔から咽頭の粘膜に多数のびらんや白い偽膜が広がっている。これは放射線による口内炎・咽頭粘膜炎だ。
医学生医学生
粘膜は細胞分裂が盛んだから、放射線感受性が高いんですよね。基礎の放射線医学の講義で、細胞周期と感受性の関係を習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。だから咽頭痛は典型的な障害で、照射開始から2〜3週ごろに粘膜が赤くなり、びらんや偽膜ができて、強い咽頭痛や嚥下時痛が出る。ひどいとオピオイドを含む鎮痛薬や、経管栄養・胃瘻での栄養管理が必要になるんだ。
医学生医学生
唾液分泌低下も起こりますよね。耳下腺や顎下腺は照射野に入っていそうです。
ドクタードクター
その通り。唾液腺、とくに漿液性の唾液を多く出す耳下腺は放射線に弱く、口腔乾燥症が起こりやすい。しかも回復しにくく、晩期障害として長く残ることが多い。最近は強度変調放射線治療、いわゆるIMRTで、腫瘍への線量を保ちながら耳下腺への線量を下げる工夫がされているよ。
医学生医学生
う歯は放射線が歯に直接当たるからだと思っていたんですが、違うんですか。
ドクタードクター
主な原因は唾液の減少なんだ。唾液には自浄作用、酸を中和する緩衝作用、抗菌作用がある。それが失われると歯頸部から急速に進む放射線性う蝕が起こる。だから治療前に歯科で口腔ケアや、進んだう歯の抜歯をしておく。照射後の下顎骨に抜歯などの侵襲が加わると、治りにくい放射線性骨壊死を起こすことがあるからね。
医学生医学生
臨床実習で耳鼻咽喉科を回ったとき、照射前に歯科口腔外科へ紹介していたのはそういう理由だったんですね。味覚異常はどうでしょう。
ドクタードクター
味蕾は舌、軟口蓋、咽頭に分布しているから、舌が照射野に入れば味蕾細胞が障害されて味覚低下や味覚異常はほぼ必発だ。唾液が減って味物質が味蕾に届きにくくなることも悪化要因になる。多くは数か月かけて回復するけれど、完全には戻らないこともある。
医学生医学生
残るのは嗅覚異常です。上咽頭は鼻腔の後ろに続いているので、においにも影響しそうな気がしますが。
ドクタードクター
いい疑問だね。でも嗅上皮があるのは鼻腔の天井、篩板の下の嗅裂部に限られている。嗅神経は篩板を抜けて頭蓋内の嗅球に向かう。上咽頭から鎖骨上部を狙う照射では、この鼻腔上部までは通常入らない。だから起こらない障害として選ぶのは嗅覚異常だ。
医学生医学生
上咽頭が照射野に入っていても、嗅上皮のある鼻腔の最上部は離れているということですね。逆に鼻腔・副鼻腔癌への照射なら嗅覚障害が起こりうる、と。
ドクタードクター
その理解で完璧だ。最後に、頭頸部照射の有害事象を時期で整理しておこう。照射中から照射後3か月くらいまでの急性期には、粘膜炎、放射線皮膚炎、味覚障害、喉頭浮腫による嗄声などが出る。それ以降の晩期には、持続する口腔乾燥、放射線性う蝕、下顎骨壊死、咀嚼筋の線維化による開口障害、頸部の皮下線維化、甲状腺機能低下症、頸動脈狭窄などがある。
医学生医学生
甲状腺も頸部の照射野に入るから機能低下が起こるんですね。CBTの勉強では見落としていました。
ドクタードクター
照射後に年単位で出てくることもあるから、外来での定期的な甲状腺機能のチェックが大切だ。それから中咽頭癌は、喫煙・飲酒に加えてHPV、特に16型の関与が重要で、p16陽性例は放射線や化学療法への反応がよく、予後が比較的良好とされている。病期分類もp16の陽性・陰性で分けられているよ。

まとめ

放射線治療の有害事象は原則として照射野内の組織にのみ生じるため、照射範囲に含まれる臓器を解剖学的に考えることが解答の鍵になります。口蓋扁桃の癌は中咽頭癌であり、上咽頭から鎖骨上部への照射では咽頭粘膜炎による咽頭痛、唾液腺障害による唾液分泌低下、それに続く放射線性う蝕、味蕾障害による味覚異常が代表的な障害です。一方、嗅上皮は鼻腔最上部の嗅裂に限局しており通常この照射野に含まれないため、嗅覚異常は起こりにくいと考えられます。照射前の歯科処置はう蝕と下顎骨の放射線性骨壊死の予防に重要で、晩期には甲状腺機能低下症などにも注意が必要です。照射野と解剖を結びつけて有害事象を予測する考え方は、あらゆる部位の放射線治療に応用できる基本です。

解答・解説

正解はdです

症例の整理

66歳男性が、1か月前から増悪する咽頭違和感と嚥下時痛を訴えている。初診時の口腔内写真(A)では口蓋扁桃に表面不整の腫瘍がみられ、生検で扁平上皮癌と診断された。口蓋扁桃は中咽頭の側壁に位置するため、本例は中咽頭癌(側壁型)である。T2は原発腫瘍の最大径が2cmを超え4cm以下、N1は頸部リンパ節転移がある段階、M0は遠隔転移がないことを示す。

治療と画像

中咽頭癌は放射線感受性が比較的高く、放射線治療(しばしば化学療法を併用する化学放射線療法)が標準治療の一つである。本例では、原発巣とともに上咽頭から鎖骨上部までの頸部リンパ節領域を含めて照射されている。治療終了時の口腔内写真(B)では、口腔・咽頭粘膜に多数のびらんや白色の偽膜がみられ、放射線による口内炎・咽頭粘膜炎が生じていることがわかる。

考え方

放射線による障害は、原則として照射野(放射線が当たった範囲)に含まれる臓器・組織にしか起こらない。したがって本問は、「上咽頭から鎖骨上部」の照射野に何が含まれ、何が含まれないかを考えればよい。 照射野に含まれるもの:口腔・中咽頭・下咽頭の粘膜、舌(味蕾)、耳下腺・顎下腺などの大唾液腺、下顎骨・歯槽部、喉頭、頸部の皮膚など。 照射野に含まれないもの:鼻腔上部の嗅上皮(嗅裂、篩板付近)とそこから頭蓋内に入る嗅神経。 よって、唾液分泌低下、それに続発するう歯、味覚異常、咽頭痛は起こりうるが、嗅覚異常は通常起こらない。

選択肢考察

  1. ×a.  う歯

    起こりうる障害である。照射野に含まれる耳下腺・顎下腺が障害されると唾液分泌が減り、唾液による自浄作用、酸を中和する緩衝作用、抗菌作用が失われる。その結果、歯頸部から急速に進行する放射線性う蝕(放射線う歯)が生じやすくなる。このため治療前に歯科で口腔ケアや、進行したう歯の抜歯などの処置を行い、治療後もフッ化物塗布などで予防を続ける。なお、照射後の下顎骨に抜歯などの侵襲が加わると、治りにくい顎骨壊死(放射線性骨壊死)が起こることがあり、これも照射前の歯科処置が重視される理由である。

  2. ×b.  咽頭痛

    起こりうる障害である。咽頭粘膜は細胞分裂が盛んで放射線感受性が高く、照射開始後2〜3週ごろから粘膜の発赤、びらん、偽膜形成を伴う放射線粘膜炎が生じる。写真Bにみられる多数のびらんがこれにあたり、強い咽頭痛や嚥下時痛をもたらす。重症では経口摂取が困難となり、鎮痛薬(オピオイドを含む)や栄養管理(経管栄養・胃瘻など)が必要になる。急性期の粘膜炎は照射終了後数週間で改善することが多い。

  3. ×c.  味覚異常

    起こりうる障害である。味覚の受容器である味蕾は舌や軟口蓋、咽頭に分布しており、照射野に舌が含まれると味蕾細胞が障害されて味覚低下や味覚異常がほぼ必発である。唾液分泌の低下によって味物質が味蕾に届きにくくなることも味覚障害を助長する。多くは照射終了後数か月かけて徐々に回復するが、完全には戻らないこともある。

  4. ○d.  嗅覚異常

    起こらない障害として選ぶべき選択肢である。においを感じる嗅上皮は、鼻腔の天井にあたる嗅裂部(篩板の下面から上鼻甲介・鼻中隔上部)に限局しており、嗅神経は篩板を貫いて頭蓋内の嗅球へ至る。上咽頭は鼻腔の後方に続く部位であり照射野に含まれるが、鼻腔上部の嗅上皮までは通常照射範囲に入らない。したがって、上咽頭から鎖骨上部を対象とした照射では嗅覚障害は考えにくい。一方、鼻腔・副鼻腔癌や頭蓋底に及ぶ病変に対する照射など、照射野が鼻腔上部に及ぶ場合には嗅覚障害が起こりうる。

  5. ×e.  唾液分泌低下

    起こりうる障害である。唾液腺(とくに漿液性唾液を多く分泌する耳下腺)は放射線に対する感受性が高く、照射野に含まれると高頻度で唾液分泌が低下し、口腔乾燥症(口渇、会話や咀嚼・嚥下のしにくさ)を生じる。耳下腺の障害は回復しにくく、晩期障害として長く残ることが多い。近年は強度変調放射線治療(IMRT: intensity-modulated radiation therapy)により、腫瘍への線量を保ちながら耳下腺への線量を減らして口腔乾燥を軽減する工夫が行われている。

頭頸部への放射線治療による主な有害事象

放射線の有害事象は、発症時期により急性期(照射中〜照射後おおむね3か月以内)と晩期(それ以降、数か月〜数年後)に分けられる。いずれも照射野内の組織に起こる。 急性期:口腔・咽頭粘膜炎(口内炎、咽頭痛、嚥下時痛)、放射線皮膚炎(発赤、色素沈着、びらん)、味覚障害、唾液分泌低下の始まり、喉頭浮腫(嗄声)など。 晩期:口腔乾燥症(持続する唾液分泌低下)、放射線性う蝕、下顎骨の放射線性骨壊死、開口障害(咀嚼筋の線維化)、頸部の皮下線維化、甲状腺機能低下症(頸部照射で甲状腺が照射野に入るため)、嚥下障害、頸動脈狭窄など。

中咽頭癌の概要

中咽頭は口蓋扁桃を含む側壁、舌根を含む前壁、口蓋垂・軟口蓋を含む上壁、後壁に分けられ、側壁(扁桃)由来の癌が多い。組織型は大部分が扁平上皮癌である。危険因子は喫煙・飲酒に加え、ヒトパピローマウイルス(HPV、特に16型)感染が重要で、HPV関連癌は免疫染色でp16陽性を示し、放射線・化学療法への反応が良く予後が比較的良好である。現行のTNM分類(UICC第8版)では、p16陽性と陰性とで病期分類が別に定められている。

嗅覚の解剖

嗅上皮は鼻腔の最上部(嗅裂)に存在し、嗅細胞の軸索(嗅神経)が篩骨の篩板を通って嗅球に達する。嗅覚障害の原因としては、慢性副鼻腔炎などで嗅裂に空気が届かない呼吸性嗅覚障害、感冒(ウイルス感染)後嗅覚障害、頭部外傷、神経変性疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病)などが知られる。

POINT

・放射線の有害事象は照射野内の組織にのみ生じる。問題文の照射範囲から、含まれる臓器を考える。 ・頭頸部照射では、口腔・咽頭粘膜炎(咽頭痛)、唾液分泌低下(口腔乾燥症)、それに続く放射線性う蝕、味覚障害が代表的である。 ・嗅上皮は鼻腔最上部にあり、上咽頭〜鎖骨上部の照射野には通常含まれないため嗅覚障害は起こりにくい。 ・照射前の歯科的処置は、う蝕と下顎骨の放射線性骨壊死の予防のために重要である。 ・口蓋扁桃の癌は中咽頭癌(側壁型)であり、HPV(p16)陽性例が増えている。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。