照射は始まったばかり―全骨盤照射の「早い副作用」と「遅い副作用」を見分ける
第118回医師国家試験 D問題 第72問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性(4妊3産)。術後の定期検査の結果を聞くために来院した。3年前に子宮頸癌ⅠB期の診断で広汎子宮全摘出術と両側付属器摘出術を受けた。自覚症状はない。高血圧症と脂質異常症で治療中。認知機能は正常。日常生活は自立。腹部に手術痕を認める以外は,身体所見,尿所見,血液所見および血液生化学所見に異常を認めない。腹部骨盤造影CTで,骨盤内の多発リンパ節転移を認めた。本人と家族の希望で,外来にて全骨盤放射線照射を開始することになった。 放射線治療開始後,早期に出現する可能性があるのはどれか。2つ選べ。
- a.悪心
- b.血尿
- c.下痢
- d.腸閉塞
- e.仙腸関節炎
対話形式の解説
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ドクターまとめ
放射線治療の有害事象は、おおむね治療開始後90日以内に起こる急性障害と、数か月〜数年後に起こる晩期障害に分けて考えます。急性障害は腸管粘膜や骨髄など細胞の入れ替わりが速い組織の障害で一過性のことが多く、全骨盤照射では放射線宿酔による悪心や放射線腸炎による下痢が代表的です。一方、出血性膀胱炎による血尿、腸管狭窄による腸閉塞、骨盤骨の脆弱性骨折は血管障害や線維化を背景とする晩期障害で、不可逆的なことが多く、仙腸関節炎は放射線治療の典型的な有害事象ではありません。開腹手術歴があると腸管が癒着・固定され、晩期腸管障害のリスクが高まる点も重要です。障害の起こる仕組みから時期を推論する考え方は、照射中の支持療法と治療後の長期フォローの両方に役立ちます。
解答・解説
正解はa, cです
症例の整理
75歳の女性。3年前に子宮頸癌ⅠB期に対して広汎子宮全摘出術と両側付属器摘出術を受けており、術後の経過観察中に、腹部骨盤造影CTで骨盤内の多発リンパ節転移(再発)が見つかった。自覚症状はなく、身体所見・検査所見に異常はなく、認知機能も保たれ日常生活も自立しているため、外来通院での全骨盤照射が選択された。
設問の考え方
本問は診断ではなく、全骨盤照射によって生じる放射線障害(有害事象)を時期で区別できるかを問うている。放射線治療の有害事象は、おおむね治療開始から約3か月(90日)以内に起こる「急性(早期)障害」と、それ以降、ときに数年たってから起こる「晩期障害」に分けられる。 ・急性障害:細胞分裂が盛んで入れ替わりの速い組織(腸管粘膜、膀胱粘膜、皮膚、骨髄など)の幹細胞が傷害され、粘膜や上皮の再生が追いつかなくなって起こる。照射中から照射終了後しばらくの間に生じ、多くは一過性で回復する。全身症状としての放射線宿酔もこの時期に起こる。 ・晩期障害:主に血管内皮障害(閉塞性の血管炎による微小循環障害)や間質の線維化によって生じる。治療終了後、数か月から数年して出現し、不可逆的で治りにくいことが多い。 全骨盤照射の照射野には小腸・直腸・S状結腸・膀胱・骨盤骨(仙骨・腸骨)・骨髄が含まれる。これらの臓器ごとに、早期に出る症状と晩期に出る症状を整理して選ぶ。早期に起こりうるのは、放射線宿酔や小腸照射に伴う悪心と、腸管粘膜炎による下痢である。
選択肢考察
- ○a. 悪心
悪心は照射開始後早期に出現しうる急性障害である。照射を始めて数日以内に、悪心・嘔吐・食欲不振・倦怠感・頭痛などが起こることがあり、放射線宿酔と呼ばれる。照射範囲が広いほど、特に腹部・骨盤のように腸管が照射野に入る場合に起こりやすい。腸管の照射によって腸クロム親和性細胞からセロトニンが放出されることも、悪心の一因と考えられている。多くは一過性で、制吐薬などで対応できる。
- ×b. 血尿
全骨盤照射では照射野に膀胱が含まれる。照射中にも急性の放射線膀胱炎として頻尿、排尿時痛、尿意切迫感などが出ることはあるが、臨床的に問題となる血尿は典型的には晩期障害である。照射後数か月から数年たって膀胱壁の血管内皮障害と線維化が進むと、脆い拡張血管(毛細血管拡張)が粘膜にでき、そこから出血して出血性膀胱炎を起こし、肉眼的血尿をきたす。早期に起こる障害として選ぶのは適切でない。
- ○c. 下痢
下痢は全骨盤照射の代表的な急性障害である。腸管の上皮は細胞の入れ替わりが速いため、照射によって陰窩の幹細胞が傷害されると粘膜の再生が追いつかず、絨毛の萎縮、吸収障害、粘膜の炎症(放射線腸炎)が起こる。照射開始後おおむね1〜3週ごろから下痢や腹痛、しぶり腹(直腸炎による)が出現しやすい。通常は照射終了後数週で改善し、止痢薬や食事の調整で対処する。
- ×d. 腸閉塞
腸閉塞は晩期障害である。照射後数か月から数年の経過で腸管壁の血管障害と線維化が進み、腸管の狭窄や癒着が生じて腸閉塞をきたす。本例のように開腹手術の既往がある場合は、腸管が骨盤内に癒着して固定され同じ部位に線量が集まりやすいため、晩期の腸管障害のリスクはむしろ高くなる。いずれにせよ、照射開始後早期に起こる障害ではない。
- ×e. 仙腸関節炎
仙腸関節炎は強直性脊椎炎などの脊椎関節炎、炎症性腸疾患(Crohn病・潰瘍性大腸炎)に伴う関節炎、化膿性関節炎、外傷などでみられ、放射線治療の典型的な有害事象ではない。なお骨盤照射後の骨の障害としては、仙骨や恥骨などの脆弱性骨折(骨粗鬆症のように脆くなった骨に起こる骨折)が知られるが、これは照射後数か月以降に起こる晩期障害であり、高齢女性で特に注意を要する。
放射線治療の有害事象の時期による分類
・急性(早期)障害:治療開始後おおむね90日以内。入れ替わりの速い組織(皮膚、粘膜、骨髄、腸管上皮、毛包など)に生じる。可逆的なことが多い。 ・晩期障害:治療終了後、数か月〜数年以上たって生じる。血管障害と線維化が主体で、不可逆的なことが多い。
全骨盤照射でみられる主な有害事象
・全身:放射線宿酔(悪心、嘔吐、食欲不振、倦怠感など)。 ・腸管:急性期は下痢、腹痛、しぶり腹(放射線腸炎・直腸炎)。晩期は腸管狭窄・腸閉塞、直腸出血(放射線直腸炎)、瘻孔形成。 ・膀胱:急性期は頻尿、排尿時痛(急性放射線膀胱炎)。晩期は出血性膀胱炎による血尿、萎縮膀胱。 ・皮膚:急性期は紅斑、色素沈着、びらん(会陰部など)。晩期は皮膚の萎縮、毛細血管拡張。 ・骨髄:急性期は白血球減少、血小板減少(骨盤骨には成人の造血骨髄の多くが含まれる。化学療法を併用するとより顕著)。 ・骨:晩期に仙骨などの脆弱性骨折。 ・下肢:晩期に下肢リンパ浮腫(リンパ節郭清後は特に起こりやすい)。 ・卵巣:閉経前女性では卵巣機能不全・不妊(本例は両側付属器摘出後で該当しない)。
参考:全身被曝との区別
事故などで全身に大量被曝した場合にみられる急性放射線症候群(骨髄型、消化管型、中枢神経型)は、治療目的の局所照射とは状況が異なる。放射線治療の有害事象は、原則として照射された部位の臓器に起こると考えて整理する(放射線宿酔は例外的に全身症状として現れる)。
POINT
・放射線治療の有害事象は、急性(早期:おおむね90日以内)と晩期(数か月〜数年後)に分けて覚える。 ・急性障害は細胞の入れ替わりが速い組織の障害で可逆的、晩期障害は血管障害と線維化によるもので不可逆的。 ・全骨盤照射の早期障害:放射線宿酔(悪心など)、下痢・腹痛(放射線腸炎)、頻尿・排尿時痛、皮膚炎、骨髄抑制。 ・全骨盤照射の晩期障害:腸閉塞・腸管狭窄、直腸出血、出血性膀胱炎による血尿、脆弱性骨折、リンパ浮腫。 ・仙腸関節炎は放射線治療の典型的な有害事象ではない。
