狭い門ほど締め付ける―大腿ヘルニアが「嵌頓しやすい」解剖学的理由
第101回医師国家試験 F問題 第38問
国試問題にチャレンジ
大腿ヘルニアで正しいのはどれか。
- a.鼠径部のヘルニアの約半数を占める。
- b.中年男性に多い。
- c.両側性に発生する。
- d.大腿動脈の外側に脱出する。
- e.嵌頓しやすい。
対話形式の解説
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医学生まとめ
大腿ヘルニアは、鼠径靱帯の下方にある大腿輪をヘルニア門とし、大腿静脈の内側(大腿動脈よりも内側)に脱出するヘルニアです。鼠径部ヘルニア全体の5%前後と頻度は低く、高齢の経産婦ややせた女性に多く、多くは片側性です。ヘルニア門が鼠径靱帯・Cooper靱帯・裂孔靱帯に囲まれて狭く伸びにくいため、鼠径部ヘルニアの中で最も嵌頓しやすく、絞扼・壊死から緊急手術に至ることが少なくありません。中年男性に多く門が広い内鼠径ヘルニア、最多で小児や成人男性に多い外鼠径ヘルニアとの対比で整理すると覚えやすくなります。高齢女性の原因不明の腸閉塞では大腿ヘルニア嵌頓を疑って鼠径部を診察するという姿勢は、見逃しを防ぐ臨床の基本です。
解答・解説
正解はeです
鼠径部のヘルニアは、脱出する部位によって外鼠径ヘルニア(間接鼠径ヘルニア)、内鼠径ヘルニア(直接鼠径ヘルニア)、大腿ヘルニアに分けられる。本問は、このうち大腿ヘルニアの疫学・解剖・臨床的特徴を問うている。
解剖
大腿ヘルニアは、鼠径靱帯の下方(尾側)にある大腿輪をヘルニア門とし、大腿管を通って大腿前面(卵円窩付近)に脱出するヘルニアである。大腿輪は、前方を鼠径靱帯(腸恥靱帯)、後方をCooper靱帯(恥骨櫛靱帯)、内側を裂孔靱帯、外側を大腿静脈に囲まれた狭い空間である。大腿鞘の中では外側から大腿動脈・大腿静脈の順に並び、その内側に大腿管があるため、ヘルニアは大腿静脈のすぐ内側、すなわち大腿動脈よりも内側に出てくる。鼠径ヘルニアが鼠径靱帯より上方に膨隆するのに対し、大腿ヘルニアは鼠径靱帯より下方に膨隆する点が鑑別の手がかりとなる。
疫学
鼠径部ヘルニア全体に占める割合は数%(5%前後)と少ない。中年以降、特に高齢の経産婦・やせた女性に多い。女性は骨盤が広く大腿輪も広めであること、妊娠・出産による腹圧上昇や組織の脆弱化、加齢に伴う腹壁の脆弱化が関与する。多くは片側性で、右側にやや多い。
臨床的特徴
ヘルニア門である大腿輪は周囲を硬い靱帯に囲まれて狭く、伸展性に乏しい。そのため脱出した腸管や大網が締め付けられて戻らなくなる「嵌頓」を起こしやすく、鼠径ヘルニアより嵌頓の頻度が明らかに高い。嵌頓した腸管は血流障害から絞扼・壊死に進みうるため、緊急手術となる例が多い。高齢女性の原因不明の腸閉塞では、鼠径部の小さな膨隆を見逃さないよう、大腿ヘルニア嵌頓を必ず鑑別に挙げる必要がある。腸管壁の一部だけが嵌頓するRichter型ヘルニアの形をとることもあり、この場合は腸閉塞症状が不完全で診断が遅れやすい。
選択肢考察
- ×a. 鼠径部のヘルニアの約半数を占める。
鼠径部ヘルニアの大部分は外鼠径ヘルニアで、次いで内鼠径ヘルニアであり、大腿ヘルニアは5%前後にすぎない。約半数を占めるという記述は誤りである。
- ×b. 中年男性に多い。
大腿ヘルニアは中年以降の女性、特に高齢の経産婦に多い。女性は骨盤が広く大腿輪が相対的に広いこと、妊娠・出産で腹圧がかかり支持組織が弱くなることが背景にある。中年男性に多いのは内鼠径ヘルニアであり、混同しないようにする。なお外鼠径ヘルニアは乳幼児から成人まで幅広く男性に多い。
- ×c. 両側性に発生する。
大腿ヘルニアの多くは片側性であり、両側性に発生するのは少数である。両側性を特徴とするものではない。
- ×d. 大腿動脈の外側に脱出する。
大腿輪は外側を大腿静脈に接しており、大腿動脈はさらにその外側を走行する。したがってヘルニアは大腿静脈の内側、すなわち大腿動脈よりも内側に脱出する。外側に脱出するという記述は解剖学的に誤りである。
- ○e. 嵌頓しやすい。
ヘルニア門の大腿輪は、鼠径靱帯・Cooper靱帯・裂孔靱帯という硬い組織と大腿静脈に囲まれた狭く伸びにくい孔である。このため脱出した臓器が締め付けられて還納できなくなりやすく、鼠径部ヘルニアの中で最も嵌頓を起こしやすい。嵌頓すれば腸管の絞扼・壊死に至るおそれがあるため、診断されたら待機的にでも早めの手術が勧められ、嵌頓例では緊急手術を要する。
鼠径部ヘルニアの比較
・外鼠径ヘルニア(間接):ヘルニア門は内鼠径輪で、下腹壁動静脈の外側から鼠径管を通って脱出する。小児(腹膜鞘状突起の開存)と成人男性に多く、鼠径部ヘルニアで最多。 ・内鼠径ヘルニア(直接):ヘルニア門はHesselbach三角(下腹壁動静脈・腹直筋外縁・鼠径靱帯で囲まれる)で、下腹壁動静脈の内側から腹壁を直接押し出す。中高年男性に多く、門が広いため嵌頓は少ない。 ・大腿ヘルニア:ヘルニア門は大腿輪で、鼠径靱帯の下方、大腿静脈の内側に脱出する。高齢の経産婦に多く、嵌頓しやすい。
大腿鞘内の配列
外側から内側へ、大腿神経(大腿鞘の外)・大腿動脈・大腿静脈・大腿管(リンパ管とRosenmüllerリンパ節を含む)の順に並ぶ。覚え方として、外側から神経(N)・動脈(A)・静脈(V)・空所(リンパ)の順と整理するとよい。
治療
自然治癒はなく、治療は手術である。前方到達法ではMcVay法(Cooper靱帯法)やメッシュプラグ法、近年は腹腔鏡下修復術(TAPP法・TEP法)も行われる。嵌頓例では腸管の血流を評価し、壊死があれば腸切除を行う。
POINT
・大腿ヘルニアは鼠径靱帯の下方、大腿輪をヘルニア門として大腿静脈の内側に脱出する。 ・鼠径部ヘルニアの5%前後と少ないが、高齢の経産婦・やせた女性に多い。 ・ヘルニア門が狭く硬いため嵌頓しやすく、緊急手術になりやすい。 ・高齢女性の原因不明の腸閉塞では大腿ヘルニア嵌頓を疑い、鼠径部を必ず診察する。
