StudyMed医師国家試験

溶接の光は夜に牙をむく―帰宅後の激しい眼痛と「電気性眼炎」の正体

第100回医師国家試験 H問題 第7問

国試問題にチャレンジ

第100回 H問題 第7問

45歳の男性。両眼の眼痛を主訴に夜間救急外来を受診した。昼間,建設現場でリベット(鋲打ち)作業をしていた。すぐ隣で鉄骨の溶接組み立てと塗装とが同時に行われていた。帰宅後,両眼の流涙,充血および眼痛が出現し,水道水で洗眼したが増悪し開瞼できなくなった。両眼ともに毛様充血があり,細隙灯顕微鏡検査で点状のフルオレセイン染色所見が角膜全体にみられる。 原因として考えられるのはどれか。

  1. a.鉄粉
  2. b.電撃
  3. c.紫外線
  4. d.微生物
  5. e.化学溶媒

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、作業現場での眼のトラブルから原因を突き止める問題だ。注目してほしいのは3点。両眼に起きていること、角膜全体に均一な障害があること、そして症状が作業中ではなく帰宅後に出ていることだ。まず所見の意味から確認しよう。毛様充血とは何を示しているかな。
医学生医学生
角膜輪部の周りに強い充血で、結膜炎よりも深いところ、角膜や虹彩毛様体の炎症を示すんでしたよね。
ドクタードクター
その通り。そしてフルオレセイン染色は角膜上皮が欠けたところを緑色に染め出す検査だ。それが角膜全体に点状に出ているということは、角膜上皮が広い範囲で細かく傷んでいるということになる。
医学生医学生
隣で鉄骨の溶接をしていたなら、鉄粉が飛んできたのかなと思いました。
ドクタードクター
自然な発想だね。でも鉄粉のような異物は、入った瞬間から痛みや異物感が出るから、作業中に気づくのが普通だ。しかも片眼のことが多く、細隙灯顕微鏡では異物そのものや周囲の錆、いわゆる鉄錆輪が局所的に見える。今回のように両眼の角膜全体に均一な障害が、数時間遅れて出るのとは合わないんだ。
医学生医学生
塗装もしていたので、化学溶媒が飛んだ可能性はどうでしょうか。
ドクタードクター
化学物質も、眼に入った直後から強い刺激症状が出る。作業中に何も感じず、帰宅してから両眼同時に悪化した経過とは食い違うね。ちなみに化学眼外傷では、すぐに大量の水で洗眼するのが最も大切な初期対応だ。
医学生医学生
時間差で両眼に均一に出る、というのがポイントなんですね。そうなると、溶接の光でしょうか。
ドクタードクター
正解。溶接のアーク光には強い紫外線が含まれている。紫外線は角膜上皮に吸収されて上皮細胞のDNAを傷つけ、細胞分裂やタンパク合成が障害されて上皮が脱落する。光を浴びた両眼の角膜全体が同じように傷むから、びまん性の点状表層角膜症になるんだ。そして曝露から6〜12時間ほどの潜伏期があり、その後に激しい眼痛、流涙、羞明、眼瞼けいれんが出て、目を開けられなくなる。
医学生医学生
だから夜間の救急外来に来たんですね。救急科の実習で、夜中に「目が痛くて開かない」という溶接工の方を見たことがあります。
ドクタードクター
まさに典型例だ。溶接光によるものを電気性眼炎、雪面の反射によるものを雪眼炎、いわゆる雪目と呼ぶ。角膜上皮には三叉神経由来の知覚神経が密に分布しているから、痛みがとても強いんだ。
医学生医学生
電気性眼炎という名前なら、電撃が原因なのかと思ってしまいそうです。
ドクタードクター
そこは国試でも引っかけになりやすい。電気性眼炎の原因は電流ではなく、アーク光に含まれる紫外線だ。電撃は高圧電流や落雷で体内を電流が通る障害で、眼科的には数か月から数年後に出る電撃白内障が有名だね。今回は感電の記載もないし、急性の角膜上皮障害の説明にはならない。
医学生医学生
微生物による角膜炎も、両眼同時にこんなに急に出るのは不自然ですね。
ドクタードクター
そうだね。細菌、真菌、アカントアメーバなどの感染性角膜炎は、通常は片眼性で、角膜の一部に浸潤や潰瘍をつくり、眼脂を伴うことが多い。日単位で進むのが一般的で、作業当日の夕方に両眼そろって角膜全体に点状障害が出るのは考えにくい。
医学生医学生
治療はどうするんですか。痛みがすごく強そうなので、点眼麻酔を出してあげたくなります。
ドクタードクター
そこが臨床での大事な注意点だ。診察時に点眼麻酔を使うのは構わないけれど、患者さんに持たせて繰り返し使わせると、角膜上皮の修復を妨げてかえって悪化させる。角膜上皮は再生が速いから、通常1〜2日で自然に治る。感染予防の抗菌薬点眼や眼軟膏、眼帯で安静にし、痛みには内服の鎮痛薬で対応するのが基本だ。
医学生医学生
予防としては、溶接時の遮光面や、スキーのときのゴーグルが大事なんですね。
ドクタードクター
その通り。発展として職業性眼障害も整理しておこう。紫外線は急性なら電気性眼炎、慢性なら翼状片や白内障。赤外線はガラス工白内障、電撃は電撃白内障、鉄粉は角膜異物や眼内鉄片による眼球鉄症、化学物質は化学眼外傷で、特にアルカリは深部まで浸透して重症化しやすい。原因ごとに病態と時間経過をセットで覚えると、問診だけでもかなり絞り込めるよ。

まとめ

溶接作業の後、数時間遅れて両眼の激しい眼痛・流涙・開瞼困難が出現し、フルオレセイン染色で角膜全体に点状染色を認める場合は、紫外線による角膜上皮障害である電気性眼炎を考えます。曝露から6〜12時間程度の潜伏期があり両眼に均一に生じる点が、直後に発症し偏在しやすい異物や化学物質、片眼性で局所に浸潤をつくる感染性角膜炎との鑑別点です。名前に反して原因は電流ではなくアーク光の紫外線であり、電撃では電撃白内障が問題になります。角膜上皮は再生が速く通常1〜2日で治癒しますが、点眼麻酔薬を持たせて反復使用させると上皮修復を妨げるため避けなければなりません。曝露歴と発症までの時間経過から原因を絞る考え方は、夜間救急での眼痛診療や職業性眼障害の理解に直結します。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・作業環境:建設現場でのリベット作業。すぐ隣で鉄骨の溶接と塗装が同時に行われていた ・経過:作業中ではなく、帰宅後(数時間の潜伏期を経て)に症状が出現 ・症状:両眼の流涙、充血、強い眼痛。水道水での洗眼でも改善せず、開瞼できないほど増悪 ・所見:両眼の毛様充血、フルオレセインで角膜全体に点状の染色(びまん性の点状表層角膜症)

診断へのプロセス

毛様充血は角膜輪部(黒目の周囲)に強い充血で、角膜や虹彩・毛様体など眼球深部の炎症を示す。フルオレセイン染色は角膜上皮の欠損部を緑色に染め出す検査であり、角膜全体に点状に染まるのは、角膜上皮が広い範囲で細かく障害されていることを意味する。 鑑別の鍵は「両眼性」「角膜全体に均一な障害」「曝露から数時間遅れての発症」の3点である。異物や化学物質が眼に入った場合は、その瞬間から症状が出現し、障害は偏在・片眼性であることが多い。一方、紫外線による角膜障害(紫外線角膜炎)は、光を浴びた両眼の角膜全体が同じように障害され、曝露後6〜12時間程度の潜伏期を経てから激しい眼痛・流涙・羞明が出現するのが特徴である。溶接のアーク光は強い紫外線を含み、本例は隣の溶接作業の光を保護具なしで浴びたと考えられる。 以上から、溶接光に含まれる紫外線による角膜上皮障害、すなわち電気性眼炎と診断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  鉄粉

    鉄粉などの角膜異物は、飛入した瞬間から眼痛・異物感・流涙が出現し、作業中に気づくのが普通である。通常は片眼に起こり、細隙灯顕微鏡では異物そのものやその周囲の錆(鉄錆輪)が局所的に観察される。本例のような数時間遅れの発症、両眼性、角膜全体に均一に広がる点状の上皮障害とは合わない。

  2. ×b.  電撃

    電撃傷は、高圧電流への接触や落雷などによって体内を電流が通過して生じる障害で、全身の熱傷や心臓・神経の障害を来す。眼科的には受傷後数か月〜数年して発症する電撃白内障がよく知られている。本例では感電したという記載がなく、急性のびまん性角膜上皮障害の説明にもならない。「電気性眼炎」は名前が似ているが電流によるものではなく、電気溶接のアーク光に含まれる紫外線が原因である点に注意する。

  3. ○c.  紫外線

    溶接のアーク光や殺菌灯、雪面・高山での反射光には強い紫外線が含まれる。紫外線(主にUVB・UVC)は角膜上皮に吸収され、上皮細胞の核酸(DNA)を傷害してタンパク合成や細胞分裂を障害し、上皮細胞の脱落を引き起こす。その結果、角膜全体に点状表層角膜症が生じる。曝露中は無症状で、6〜12時間程度の潜伏期ののちに両眼の激しい眼痛、流涙、羞明、充血、眼瞼けいれん(開瞼困難)が出現する。本例の作業状況、発症の時間経過、両眼性・角膜全体の点状染色はすべてこれに合致する。溶接光によるものを電気性眼炎、雪面反射によるものを雪眼炎(雪目)と呼ぶ。

  4. ×d.  微生物

    細菌・真菌・アカントアメーバなどによる感染性角膜炎は、通常片眼性で、角膜の局所に浸潤や潰瘍を形成し、眼脂を伴うことが多い。発症は日単位で進行するのが一般的であり、作業当日の夕方に両眼同時に急激な症状が出ることや、角膜全体に均一な点状障害が生じることは考えにくい。本例では眼脂などの感染を示唆する記載もない。

  5. ×e.  化学溶媒

    塗装に使われる有機溶剤や酸・アルカリなどの化学物質が眼に入った場合は、接触した直後から強い刺激症状が出現するため、作業中に気づくはずである。化学眼外傷では直ちに大量の水で洗眼することが最も重要な初期治療である。本例は作業中には症状がなく、帰宅後になって両眼に同時に発症している点が合わない。

紫外線角膜炎(電気性眼炎・雪眼炎)

・原因:溶接アーク光、殺菌灯、太陽灯(日焼けマシン)、雪面・水面・高山での太陽光の反射 ・病態:紫外線による角膜上皮細胞の障害と脱落(点状表層角膜症)。角膜上皮には知覚神経(三叉神経由来)が密に分布するため、痛みが非常に強い。 ・潜伏期:曝露後6〜12時間程度。夜間に激痛で救急受診することが多い。 ・症状:両眼の激しい眼痛、流涙、羞明、異物感、結膜充血・毛様充血、眼瞼けいれん ・所見:フルオレセイン染色で角膜全体(特に瞼裂部)に点状の染色 ・治療:角膜上皮は再生が速く、通常1〜2日で自然に治癒する。感染予防の抗菌薬点眼・眼軟膏、眼帯による安静、疼痛に対しては内服鎮痛薬などを用いる。診察時に点眼麻酔薬を用いることはあるが、患者に持たせて反復使用させると角膜上皮の修復を妨げ、角膜障害を悪化させるため避ける。 ・予防:溶接作業時の遮光面・遮光眼鏡、スキー・登山時のサングラス(ゴーグル)の着用

充血の種類

・結膜充血:眼瞼結膜・円蓋部に強く、角膜輪部に向かうほど弱い。鮮紅色。結膜炎などでみられる。 ・毛様充血:角膜輪部周囲に強い、やや紫がかった充血。角膜炎、虹彩毛様体炎、急性緑内障発作など眼球深部の病変を示唆する。

職業性眼障害の整理

・紫外線:電気性眼炎(急性)、翼状片・白内障(慢性) ・赤外線:ガラス工・製鉄作業者の白内障(ガラス工白内障) ・電撃:電撃白内障 ・鉄粉:角膜異物(鉄錆輪)、眼内に入った鉄片による眼球鉄症 ・化学物質:化学眼外傷(特にアルカリはタンパク質を溶かして深部へ浸透し重症化しやすい)

POINT

・溶接作業後、数時間遅れて出現する両眼の激しい眼痛・流涙+角膜全体の点状フルオレセイン染色は、紫外線による電気性眼炎。 ・潜伏期(6〜12時間程度)があることが、異物・化学物質(直後に発症)との鑑別点。 ・通常1〜2日で治癒する。点眼麻酔薬を持たせて反復使用させてはならない。 ・「電気性眼炎」の原因は電流ではなく紫外線。電撃では電撃白内障が生じる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。