抗結核薬で足がしびれる―イソニアジドが奪うビタミンB6
第100回医師国家試験 H問題 第8問
国試問題にチャレンジ
46歳の男性。1か月前から両足がジンジンしびれ,感覚が次第に鈍くなったため来院した。肺結核の治療で3か月前からリファンピシン,イソニアジドおよびエタンブトールを内服している。診察で四肢に深部腱反射の消失と両側下肢に靴下状の全感覚低下とを認める。 この患者で欠乏しているのはどれか。
- a.ビタミンA
- b.ビタミンB1
- c.ビタミンB6
- d.ビタミンC
- e.ビタミンE
対話形式の解説
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医学生まとめ
抗結核薬を内服中に、手袋靴下型の感覚障害と腱反射消失を示す多発ニューロパチーが出現した場合は、イソニアジドによるビタミンB6欠乏を考えます。イソニアジドはビタミンB6とヒドラゾンを形成して排泄を促し、活性型ピリドキサールリン酸への変換も妨げるため、機能的なB6欠乏から末梢神経障害が起こります。治療・予防はビタミンB6の投与であり、糖尿病やアルコール多飲、低栄養、妊婦、腎不全などの高リスク者では開始時から併用します。ビタミンB1欠乏も多発ニューロパチーを起こしますが背景因子が異なり、エタンブトールは視神経炎、リファンピシンは橙赤色尿や薬物相互作用、ピラジナミドは高尿酸血症、ストレプトマイシンは聴覚障害と、抗結核薬の副作用を薬剤ごとに整理しておくことが臨床でも試験でも役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・46歳男性、1か月前から両足のジンジンするしびれと、徐々に進む感覚鈍麻 ・3か月前から肺結核に対しリファンピシン(RFP)、イソニアジド(INH)、エタンブトール(EB)を内服中 ・四肢の深部腱反射消失、両下肢の靴下状(手袋靴下型)の全感覚低下
診断へのプロセス
深部腱反射の消失は、反射弓を構成する末梢神経の障害を示唆する(中枢性障害なら反射は通常亢進する)。感覚障害が左右対称に四肢の遠位部から始まる靴下状の分布をとるのは、長い神経線維ほど障害を受けやすい「長さ依存性」の多発ニューロパチーの典型像である。 多発ニューロパチーの原因としては、糖尿病、アルコール、薬剤、栄養障害(ビタミン欠乏)、尿毒症などが代表的である。本例は抗結核薬の開始から約2か月後に症状が出現しており、薬剤性を最も疑う。内服中の3剤のうち、多発ニューロパチーを起こす代表的な薬剤はイソニアジドである。 イソニアジドはビタミンB6(ピリドキシン)と化学的に結合して不活化し、その尿中排泄を増やすとともに、活性型(ピリドキサールリン酸)への変換も妨げる。その結果、機能的なビタミンB6欠乏が生じ、末梢神経障害が起こる。したがって本例で欠乏しているのはビタミンB6である。 治療・予防としては、ビタミンB6製剤(ピリドキシン)を補充する。糖尿病、アルコール多飲、低栄養、妊婦、腎不全などニューロパチーのリスクが高い患者では、イソニアジド開始時から予防的にビタミンB6を併用する。
選択肢考察
- ×a. ビタミンA
ビタミンA(レチノール)は網膜の視物質ロドプシンの構成成分であり、上皮組織の維持にも必要である。欠乏すると夜盲症、角膜・結膜の乾燥(眼球乾燥症)とBitot斑、角膜軟化症、皮膚の乾燥や毛孔性角化などを生じる。末梢神経障害は典型的な症状ではなく、イソニアジドとの関連もない。
- ×b. ビタミンB1
ビタミンB1(チアミン)は糖代謝の補酵素であり、欠乏すると脚気(多発ニューロパチーを主体とする乾性脚気、高拍出性心不全と浮腫を伴う湿性脚気)やWernicke脳症(意識障害、眼球運動障害、失調性歩行)を来す。したがって多発ニューロパチーの原因にはなりうるが、アルコール多飲、偏食、長期の糖質中心の輸液などの背景が必要である。本例にはそのような要因がなく、抗結核薬内服との時間的関連からはイソニアジドによるビタミンB6欠乏がより適切である。
- ○c. ビタミンB6
イソニアジドは、ビタミンB6(ピリドキシン、ピリドキサール)とヒドラゾンと呼ばれる化合物をつくって尿中への排泄を促し、さらに活性型であるピリドキサールリン酸の産生も阻害する。ピリドキサールリン酸はアミノ酸代謝や神経伝達物質(GABAなど)の合成に必要な補酵素であり、不足すると主に感覚優位の多発ニューロパチー(手足のしびれ、灼熱感、感覚低下、腱反射低下)が生じる。ビタミンB6欠乏では、ほかに口内炎・口角炎・舌炎、脂漏性皮膚炎、小球性貧血(鉄芽球性貧血)、易刺激性・抑うつなどの精神症状、重度ではけいれんもみられる。イソニアジドを代謝するN-アセチル転移酵素2(NAT2)の活性が低い人(遅いアセチル化体質)では血中濃度が高くなり、神経障害を起こしやすい。治療・予防にはビタミンB6製剤を投与する。
- ×d. ビタミンC
ビタミンC(アスコルビン酸)はコラーゲン合成(プロリン・リシンの水酸化)に必要であり、欠乏すると壊血病を生じる。結合組織の形成が障害されて毛細血管がもろくなり、歯肉出血、皮下出血(毛包周囲出血)、関節内出血、創傷治癒遅延、易感染性などがみられる。現在の日本では明らかな壊血病はまれである。多発ニューロパチーの原因とはならない。
- ×e. ビタミンE
ビタミンE(トコフェロール)は脂溶性の抗酸化物質で、細胞膜の脂質を過酸化から守る。欠乏は脂肪吸収障害(胆汁うっ滞、慢性膵炎など)や遺伝性疾患(無βリポタンパク血症、ビタミンE単独欠乏性失調症)で起こり、脊髄小脳変性に似た運動失調(Friedreich失調症様)、深部感覚障害を伴う末梢神経障害、網膜症、溶血性貧血(特に未熟児)などを生じる。神経障害を来しうるが、欠乏には長期の吸収障害が必要であり、イソニアジドとは関係しない。
主な抗結核薬と代表的な副作用
・イソニアジド(INH):末梢神経障害(ビタミンB6欠乏)、肝障害、薬剤性ループス、けいれん ・リファンピシン(RFP):肝障害、尿・涙・汗などの橙赤色着色、血小板減少、インフルエンザ様症状。肝の薬物代謝酵素(CYP3A4など)を強く誘導するため、ワルファリン、経口避妊薬、抗HIV薬など多くの薬剤との相互作用に注意する。 ・エタンブトール(EB):視神経炎(視力低下、中心暗点、赤緑色覚異常)。投与中は定期的な視力・色覚検査を行う。 ・ピラジナミド(PZA):肝障害、高尿酸血症(痛風発作) ・ストレプトマイシン(SM):第VIII脳神経障害(聴力障害、めまい)、腎障害
肺結核の標準治療
原則として、INH+RFP+PZA+EB(またはSM)の4剤で2か月間治療し、その後INH+RFPで4か月間(計6か月)継続する。PZAを使用できない場合は、INH+RFP+EB(またはSM)で2か月、その後INH+RFPで7か月(計9か月)とする。本例の3剤併用はこの後者に相当する。
ビタミン欠乏症の整理
・ビタミンA:夜盲症、眼球乾燥症、皮膚角化 ・ビタミンB1:脚気(多発ニューロパチー、心不全)、Wernicke脳症 ・ビタミンB2:口角炎、舌炎、脂漏性皮膚炎 ・ビタミンB6:多発ニューロパチー、口内炎・口角炎、脂漏性皮膚炎、鉄芽球性貧血、けいれん ・ナイアシン:ペラグラ(皮膚炎、下痢、認知症) ・ビタミンB12・葉酸:巨赤芽球性貧血(B12欠乏では亜急性連合性脊髄変性症も) ・ビタミンC:壊血病 ・ビタミンD:くる病、骨軟化症 ・ビタミンE:運動失調、末梢神経障害、溶血性貧血 ・ビタミンK:出血傾向(新生児メレナなど)
ビタミンB6欠乏を来す薬剤
イソニアジドのほか、ヒドララジン、ペニシラミン、一部の抗てんかん薬などもビタミンB6の作用を妨げることがある。
POINT
・抗結核薬内服中の手袋靴下型の感覚障害+腱反射消失は、イソニアジドによる多発ニューロパチー。 ・機序はビタミンB6(ピリドキシン)欠乏。予防・治療にビタミンB6を投与する。 ・高リスク者(糖尿病、アルコール多飲、低栄養、妊婦、腎不全など)ではINH開始時からB6を併用する。 ・抗結核薬の副作用の組み合わせ:INH=末梢神経障害・肝障害、RFP=肝障害・橙赤色尿・薬物相互作用、EB=視神経炎、PZA=肝障害・高尿酸血症、SM=聴覚障害・腎障害。
