途切れて太るひだが告げるもの―ひだ集中の陥凹から胃切除を選ぶ理由
第100回医師国家試験 F問題 第35問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。人間ドックで胃の病変を指摘され来院した。身体診察で腹部に異常を認めない。上部消化管造影写真(A)と内視鏡写真(B)とを別に示す。 治療として最も適切なのはどれか。

- a.胃粘膜保護薬の投与
- b.酸分泌抑制薬の投与
- c.内視鏡的粘膜切除
- d.迷走神経切離
- e.胃切除
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
ひだ集中を伴う胃の陥凹性病変では、ひだ先端の先細り・途絶・棍棒状肥大・癒合や陥凹辺縁の蚕食像から、良性潰瘍瘢痕ではなく0-IIc型早期胃癌を考えます。なかでもひだの棍棒状肥大や癒合は粘膜下層浸潤を示唆し、粘膜下層浸潤癌ではリンパ節転移の頻度が高まるため、内視鏡的切除ではなくリンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療となります。内視鏡的切除は分化型粘膜内癌などリンパ節転移の危険が極めて低い病変に限られ、粘膜保護薬・酸分泌抑制薬・迷走神経切離は消化性潰瘍の治療で胃癌を根治できません。潰瘍を伴う癌はPPIで一時的に治癒して見える悪性サイクルがあるため、生検による確認が欠かせず、深達度に基づく治療選択の考え方は消化管癌診療の基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
52歳の女性で、自覚症状はなく、人間ドックで胃の病変を指摘された。腹部の身体所見にも異常はない。 上部消化管造影(A、二重造影像)では、胃体部に不整な陥凹があり、そこへ向かって多数の粘膜ひだが放射状に集中している。集中するひだは陥凹の手前で先細り・途絶したり、棍棒状に肥厚したり、互いに癒合したりしている。内視鏡(B)でも、不整な形の浅い陥凹面とそこへ集まるひだが観察され、ひだの先端は途中でやせて途切れるように見える。
診断のプロセス
ひだ集中を伴う陥凹性病変では、良性の胃潰瘍(瘢痕)と陥凹型早期胃癌(0-IIc型)を鑑別する。良性潰瘍瘢痕では、集中するひだは陥凹の中心までなだらかに細くなりながら到達し、陥凹の辺縁も整である。これに対し、胃癌では癌が粘膜内を這うように広がるため、陥凹の辺縁が不整(蚕食像)となり、ひだの先端に先細り・中断(途絶)・棍棒状肥大・癒合といった悪性所見がみられる。本例はこれらの所見を示すことから、陥凹型の早期胃癌(0-IIc型)と診断する。
深達度の推定と治療方針
治療を決めるうえでは、癌がどの層まで達しているか(深達度)が重要である。ひだの先端の棍棒状肥大や癒合は、癌が粘膜下層(SM)まで浸潤している可能性を示す所見とされる。また本例はひだ集中を伴うことから、病変内に潰瘍または潰瘍瘢痕(UL)がある。粘膜下層浸潤が疑われる胃癌は、リンパ節転移の頻度が上がるため内視鏡治療の対象とならず、リンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療となる。
選択肢考察
- ×a. 胃粘膜保護薬の投与
胃粘膜保護薬(防御因子増強薬)は、胃炎や消化性潰瘍の治療で補助的に用いられる薬である。本例は胃癌であり、粘膜保護薬で癌そのものを治すことはできない。潰瘍を伴う陥凹型胃癌では、薬物療法で潰瘍部分が一時的に治癒して良性に見える(悪性サイクル)ことがあり、薬で様子をみると診断・治療が遅れる危険がある。
- ×b. 酸分泌抑制薬の投与
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬などの酸分泌抑制薬は、消化性潰瘍や逆流性食道炎の治療薬である。胃癌の根治治療にはならない。なお内視鏡治療後の人工潰瘍の治癒促進には用いられるが、それは本問で問われている癌そのものの治療ではない。
- ×c. 内視鏡的粘膜切除
内視鏡的切除(内視鏡的粘膜切除術〔EMR〕や内視鏡的粘膜下層剥離術〔ESD〕)は、リンパ節転移の可能性が極めて低い早期胃癌が対象である。代表的な適応は、分化型の粘膜内癌(cT1a)で、潰瘍所見がなく大きさ2cm以下の病変である(現在のガイドラインではESDの適応はさらに拡大されている)。本例は、ひだの棍棒状肥大・癒合から粘膜下層浸潤が疑われ、潰瘍所見も伴うため、内視鏡治療の適応とならない。
- ×d. 迷走神経切離
迷走神経切離術は、胃酸分泌を刺激する迷走神経を切ることで酸分泌を減らす手術で、かつて難治性の消化性潰瘍(とくに十二指腸潰瘍)に対して行われた。現在はPPIやヘリコバクター・ピロリ除菌療法の普及により、ほとんど行われない。胃癌の治療にはならない。
- ○e. 胃切除
本例は0-IIc型の早期胃癌で、ひだ先端の棍棒状肥大・癒合から粘膜下層への浸潤が疑われる。粘膜下層浸潤癌ではリンパ節転移の頻度が高まり(おおむね20%前後)、内視鏡的切除では転移リンパ節を取り除けない。したがって、所属リンパ節郭清を伴う胃切除術(病変の部位に応じて幽門側胃切除術など)が最も適切である。早期胃癌では腹腔鏡下手術も広く行われている。
胃癌の肉眼型分類(胃癌取扱い規約)
・0型(表在型): 癌の浸潤が粘膜下層までにとどまると推定される形態。 0-I(隆起型)、0-IIa(表面隆起型)、0-IIb(表面平坦型)、0-IIc(表面陥凹型)、0-III(陥凹型、潰瘍を伴う)に分ける。日本の早期胃癌では0-IIcが最も多い。 ・1型(腫瘤型)、2型(潰瘍限局型)、3型(潰瘍浸潤型)、4型(びまん浸潤型)、5型(分類不能): 進行癌の形態。 早期胃癌は、リンパ節転移の有無にかかわらず、癌の浸潤が粘膜(M)または粘膜下層(SM)にとどまるものと定義される。
ひだ集中像の良悪性の鑑別
・良性潰瘍瘢痕: ひだはなだらかに細くなり陥凹中心に到達する。陥凹辺縁は整。 ・0-IIc型早期胃癌: 陥凹辺縁が不整(蚕食像)で、ひだ先端に先細り・中断(途絶)がみられる。 ・粘膜下層浸潤を示唆する所見: ひだ先端の棍棒状肥大、ひだの癒合、陥凹内の隆起、壁の硬化(伸展不良)など。
早期胃癌の治療方針の概略
・内視鏡的切除(EMR/ESD): リンパ節転移の危険が極めて低い病変が対象。基本は分化型の粘膜内癌(cT1a)で、潰瘍所見なしなら大きさを問わず、潰瘍所見ありなら3cm以下がESDの適応となる(胃癌治療ガイドラインの改訂により拡大されてきた)。未分化型でも潰瘍所見のない2cm以下の粘膜内癌は適応に含まれる。かつては「分化型・粘膜内・2cm以下・潰瘍なし」が絶対適応とされ、EMRが中心であった。 ・外科手術: 上記の適応外、すなわち粘膜下層浸潤が疑われるもの(cT1b)や適応を超える病変では、リンパ節郭清を伴う胃切除を行う。 ・内視鏡切除後の病理で粘膜下層深部浸潤や脈管侵襲が判明した場合は、追加の外科切除を検討する。
悪性サイクル
潰瘍を伴う胃癌では、癌内部の潰瘍が治癒と再発を繰り返すことがある。PPIなどで潰瘍が一時的に治っても癌は残っているため、ひだ集中を伴う陥凹病変では必ず生検で悪性の有無を確認する。
POINT
・ひだ集中を伴う陥凹で、ひだ先端の先細り・途絶・棍棒状肥大・癒合があれば0-IIc型早期胃癌を考える。 ・ひだの棍棒状肥大・癒合は粘膜下層浸潤を示唆する。 ・内視鏡的切除は、リンパ節転移の危険が極めて低い粘膜内癌(基本は分化型・cT1a)が対象。 ・粘膜下層浸潤が疑われる早期胃癌はリンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療。 ・粘膜保護薬、酸分泌抑制薬、迷走神経切離は消化性潰瘍の治療であり、胃癌の根治にならない。
