癌が胃に穴を開けたとき―汎発性腹膜炎は「待てない」緊急手術の適応
第120回医師国家試験 A問題 第1問
国試問題にチャレンジ
胃癌に伴う消化管穿孔による汎発性腹膜炎の治療で適切なのはどれか。
- a.緊急手術
- b.腹腔穿刺ドレナージ
- c.薬物による抗癌治療
- d.プロトンポンプ阻害薬投与
- e.上部消化管内視鏡によるクリッピング術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
消化管穿孔によって汎発性腹膜炎に至った場合は、敗血症性ショックへ急速に進行しうるため、原則として緊急手術で穿孔部を処理し、腹腔内を洗浄・ドレナージします。絶食・経鼻胃管・プロトンポンプ阻害薬・抗菌薬による保存的治療が許されるのは、良性の胃・十二指腸潰瘍穿孔で、発症早期かつ腹膜炎が限局し全身状態が安定している例に限られます。胃癌による穿孔は腫瘍組織が脆く自然閉鎖が期待できないため、腹腔穿刺ドレナージ、化学療法、内視鏡的クリッピングはいずれも根本治療になりません。術式は全身状態に応じて、胃切除を同時に行う一期的手術か、大網充填などで救命を優先し後日根治切除を行う二期的手術を選び、輸液・広域抗菌薬などの全身管理を並行します。「どこまで広がったか」と「穴が自然に閉じるか」で保存的治療か手術かを判断する考え方は、急性腹症の診療全般に通じる重要な視点です。
解答・解説
正解はaです
テーマの要点
汎発性腹膜炎とは、炎症が腹腔の一部にとどまらず腹膜全体に広がった状態である。消化管に穿孔が生じると、胃液・消化管内容物・細菌が腹腔内へ流れ出て汎発性腹膜炎を起こす。放置すれば敗血症、敗血症性ショック、多臓器不全へ急速に進行し、死に至る外科的緊急疾患である。
正解を導く考え方
汎発性腹膜炎の治療の柱は、①感染源のコントロール(source control:穿孔部の閉鎖や切除により漏出を止めること)、②腹腔内の汚染物質の徹底的な洗浄とドレナージ、③抗菌薬の全身投与と輸液などの全身管理である。このうち①②は手術でなければ確実に達成できない。 良性の胃・十二指腸潰瘍穿孔であれば、発症早期で腹膜炎が限局し全身状態が安定している例に限り、絶食・経鼻胃管による胃内容の吸引・プロトンポンプ阻害薬・抗菌薬による保存的治療が選ばれることがある。しかし本問は、①腹膜炎がすでに汎発性であること、②穿孔の原因が胃癌であり、腫瘍組織は脆く血流も乏しいため自然閉鎖が期待できないこと、の2点から保存的治療の適応はない。全身状態を整えながら速やかに緊急手術を行う。 手術では腹腔内を大量の生理食塩液で洗浄してドレーンを留置し、穿孔部の処理として、全身状態が許せば胃切除(穿孔部を含む癌の切除)を一期的に行い、ショックなどで侵襲を抑えるべき場合は大網充填などで穿孔部を閉鎖して救命を優先し、全身状態の回復後に根治的な胃切除を二期的に行う。
選択肢考察
- ○a. 緊急手術
汎発性腹膜炎は短時間で敗血症性ショックに進行しうるため、開腹(または腹腔鏡)による緊急手術で穿孔部を処理し、腹腔内を洗浄・ドレナージする必要がある。胃癌による穿孔は腫瘍組織が脆弱で自然閉鎖が望めず、保存的治療の対象にならない。術式は全身状態に応じて、穿孔部を含めた胃切除を一期的に行うか、大網充填による閉鎖と洗浄ドレナージで救命を優先し、後日根治手術を行う二期的手術を選ぶ。
- ×b. 腹腔穿刺ドレナージ
腹腔穿刺ドレナージは、癌性腹水や肝硬変の難治性腹水による腹部膨満の緩和、あるいは限局した膿瘍の排膿などに用いられる。汎発性腹膜炎では汚染が腹腔全体に広がっており、細いチューブでは食物残渣を含む粘稠な内容物を十分に排出できない。さらに穿孔部の閉鎖という感染源のコントロールができないため、根本的な治療にならない。
- ×c. 薬物による抗癌治療
化学療法は、切除不能・再発胃癌などに対して全身状態が安定している状況で行う治療である。抗腫瘍効果が現れるまでに時間がかかり、救命が優先される急性腹症には即効性がない。さらに骨髄抑制などで易感染性を高め、腹膜炎や敗血症を悪化させる危険があるため、穿孔・腹膜炎の急性期には禁忌に近い。
- ×d. プロトンポンプ阻害薬投与
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は胃酸分泌を強力に抑える薬で、良性の胃・十二指腸潰瘍穿孔のうち、発症早期で腹膜炎が限局し全身状態が安定している例では、絶食・経鼻胃管・抗菌薬と組み合わせた保存的治療に用いられることがある。しかし汎発性腹膜炎に至った例や、癌による穿孔のように自然閉鎖が期待できない例には適応がない。周術期の補助的な投与はありうるが、治療の主体にはならない。
- ×e. 上部消化管内視鏡によるクリッピング術
内視鏡的クリッピングは、潰瘍の露出血管からの出血に対する止血や、内視鏡治療中に生じた小さな医原性穿孔の閉鎖などに用いられる。癌組織は硬く脆いため、周囲の組織を寄せてクリップで確実に閉鎖することは困難である。また穿孔部があると内視鏡の送気が腹腔内へ漏れて腹腔内圧が上昇し、腹膜炎の増悪や循環障害を招くおそれがある。何より、すでに広がった腹腔内の汚染は内視鏡では除去できない。
消化管穿孔の診断
・症状:突然の激しい腹痛。腹膜刺激症状(筋性防御、反跳痛)を伴い、汎発性腹膜炎では腹部全体が板のように硬くなる(板状硬)。 ・画像:立位胸部X線写真での横隔膜下の遊離ガス(free air)や、CTでの腹腔内遊離ガス・腹水が診断の手がかりとなる。CTは少量の遊離ガスの検出や穿孔部位の推定に優れる。
穿孔部位による違い
・上部消化管(胃・十二指腸)穿孔:初期は胃酸による化学性腹膜炎が主体で、時間経過とともに細菌性腹膜炎となる。良性潰瘍の早期例で腹膜炎が限局していれば保存的治療が選択肢になる。 ・下部消化管(大腸)穿孔:腸内細菌を大量に含む糞便が漏出するため、重篤な細菌性腹膜炎・敗血症性ショックを起こしやすく、原則として緊急手術(穿孔部の切除と人工肛門造設など)を行う。ただし、前処置が行われた大腸内視鏡検査中の小さな医原性穿孔では、内視鏡的クリッピングで対応できる場合もある。
胃・十二指腸潰瘍穿孔の保存的治療の条件の目安
発症からの時間が短い(おおむね24時間以内)、腹膜炎が上腹部に限局している、全身状態が安定している、空腹時の穿孔で腹腔内の汚染が少ない、高齢でなく重い併存疾患がない、などの条件を満たす場合に限られる。保存的治療中も、症状や所見が改善しなければ速やかに手術へ切り替える。
胃癌穿孔の手術
・一期的手術:穿孔部を含めて胃切除を行い、同時に腹腔内を洗浄・ドレナージする。 ・二期的手術:まず大網充填や縫合閉鎖と洗浄ドレナージで救命を図り、全身状態が回復してから根治的な胃切除を行う。
汎発性腹膜炎の全身管理
細胞外液の大量輸液による循環の維持、広域抗菌薬の早期投与、経鼻胃管による減圧、必要に応じた昇圧薬投与など、敗血症に準じた管理を手術と並行して行う。
POINT
・消化管穿孔による汎発性腹膜炎は、原則として緊急手術(穿孔部の処理+腹腔内洗浄・ドレナージ)の適応。 ・保存的治療(絶食・胃管・PPI・抗菌薬)は、良性の胃・十二指腸潰瘍穿孔で早期・限局性・全身状態安定の例に限られる。 ・胃癌による穿孔は自然閉鎖が期待できず、保存的治療や内視鏡的閉鎖の対象にならない。 ・遊離ガス(free air)は立位胸部X線写真やCTで確認する。
