点滴を抜こうとする夜間せん妄―当直医が選ぶべき一手は抗精神病薬
第100回医師国家試験 C問題 第29問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,28~30の問いに答えよ。 56歳の女性。右乳癌の治療のため外科病棟に入院していたが,夜間急に興奮状態となった。 現病歴:3週前に右乳房切除術を受け,続いて抗癌化学療法を開始した。次第に上腹部不快感,抑うつ気分および不眠が強まった。「私はこのまま死んでいきたい。もう治療は受けたくない」と訴え,食事をとらなくなった。夜になって急に言動に脈絡がなくなり,点滴を自ら外そうとした。それを止めようとした看護師に物を投げつけ,「悪魔め,私の子供を殺すな」などと激しくののしった。 既往歴:特記すべきことはない。 家族歴:特記すべきことはない。 現症:かけつけた当直医が話しかけても,うわの空だったり,興奮したりする。ここが病院であることを理解していない様子である。
この状態への対応として適切なのはどれか。
- a.隔離する。
- b.興奮を自制させる。
- c.抗不安薬を投与する。
- d.抗精神病薬を投与する。
- e.抗てんかん薬を投与する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
過活動型せん妄で点滴の自己抜去や暴力など危険な行動が差し迫っている場合は、原因の検索・除去と並行して抗精神病薬で興奮を鎮めるのが適切であり、内服困難ならハロペリドールの注射、内服可能ならクエチアピン(糖尿病には禁忌)やリスペリドンなどが用いられます。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬はせん妄を悪化させうるため原則避けますが、アルコール離脱せん妄は例外として第一選択になります。意識障害に基づく興奮は説得では自制できず、隔離や身体拘束は見当識障害を悪化させうるため安易に用いず、時計やカレンダーの活用、睡眠覚醒リズムの調整、家族の面会といった非薬物的介入を組み合わせます。抗精神病薬は錐体外路症状やQT延長などに注意して最小限・短期間で使用します。せん妄は外科・内科を問わず病棟で頻繁に遭遇する病態であり、当直医としての初期対応を身につけることは実臨床で大きな意味を持ちます。
解答・解説
正解はdです
症例の整理と診断
右乳癌に対する乳房切除術後、化学療法中の56歳女性が、抑うつ・不眠・摂食不良が続いた後の夜間に、急に言動がまとまらなくなり、点滴を抜こうとし、看護師を「悪魔」と誤認して物を投げつけた。呼びかけても上の空で、病院にいることも分かっていない。急性発症・夜間の出現・注意障害・見当識障害・錯覚/幻覚を伴う興奮から、手術侵襲、抗癌薬、脱水や栄養障害などを背景とした過活動型のせん妄と診断できる。
せん妄への対応の考え方
せん妄の治療は次の3本柱からなる。 1. 原因の検索と除去: せん妄は身体的要因による意識障害であり、根本治療は原因への対処である。血液検査(電解質、カルシウム、血糖、腎・肝機能、炎症反応)、酸素飽和度、感染の有無、使用薬剤の見直し、必要に応じて頭部画像検査(脳転移の検索)を行う。本例では摂食不良による脱水・電解質異常の補正も重要である。 2. 環境調整・非薬物的介入: 照明や時計・カレンダーで見当識を補う、昼夜のリズムをつける、家族の付き添いを促す、不要なライン類を減らすなど。 3. 薬物療法: 興奮が強く本人や周囲に危険が及ぶ場合や、症状による苦痛が大きい場合に、抗精神病薬を少量から用いる。点滴ルートがあり内服が難しい場合はハロペリドールの静注・点滴静注がよく用いられ、内服可能ならクエチアピン(糖尿病には禁忌)、リスペリドンなども使われる。 本例は夜間に興奮して点滴を自己抜去しようとし、看護師に物を投げつけるなど、危険な行動が差し迫っている。原因検索と並行して、まず抗精神病薬で興奮を鎮めることが当直医としての適切な対応である。
選択肢考察
- ×a. 隔離する。
隔離は、患者を他の患者から遮断された個室に閉じ込める行動制限であり、精神科病棟では精神保健福祉法に基づき、精神保健指定医の判断などの要件のもとで最小限に行われる。外科病棟に入院中のせん妄患者を隔離しても、意識障害そのものは改善しない。むしろ刺激が乏しく孤立した環境は見当識障害や不安を悪化させ、せん妄を増悪させうる。まず行うべきは原因の検索と薬物療法による鎮静である。
- ×b. 興奮を自制させる。
せん妄の興奮は意識障害に基づくものであり、患者は状況を正しく認識できず、自分の意思で抑えることはできない。言葉で説得したり叱責したりして自制を求めても効果はなく、患者は周囲を敵とみなしてかえって興奮を強める可能性がある。穏やかに声をかけて安心感を与えることは有用だが、それは自制させることとは異なる。
- ×c. 抗不安薬を投与する。
抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬など)は、それ自体がせん妄の原因薬剤となり、単独で用いると意識レベルを下げ、脱抑制や奇異反応を起こしてせん妄を悪化させるおそれがある。呼吸抑制や転倒のリスクもある。例外はアルコール離脱せん妄(振戦せん妄)やベンゾジアゼピン離脱で、この場合はベンゾジアゼピン系薬が第一選択となるが、本例には飲酒歴などその根拠はない。
- ○d. 抗精神病薬を投与する。
抗精神病薬は、ドパミン受容体を遮断することで興奮・幻覚・錯覚などのせん妄の精神症状を軽減し、意識レベルを大きく下げずに鎮静を得ることができる。点滴ルートがある場合、心血管系への影響や呼吸抑制が比較的少ないハロペリドールの静注・点滴静注が古くから用いられてきた。内服可能であればクエチアピンやリスペリドンなどの非定型抗精神病薬も選択肢になる。チアプリド(ベンザミド系で、脳梗塞後遺症に伴うせん妄などに適応をもつ)も使われる。本例は点滴抜去や暴力など危険な行動があり、早急に鎮静が必要であるため、抗精神病薬の投与が適切である。ただし、これは対症療法であり、原因の検索と除去を並行して行う。使用中は錐体外路症状、QT延長、過鎮静、誤嚥などに注意し、症状が落ち着いたら漸減・中止する。
- ×e. 抗てんかん薬を投与する。
抗てんかん薬は、てんかん発作や発作後のもうろう状態、非けいれん性てんかん重積状態などが疑われるときに用いる。本例にはてんかんの既往も、けいれんや自動症など発作を示唆する所見もなく、手術・化学療法を背景としたせん妄と考えられるため、抗てんかん薬の適応はない。なお、原因不明の意識変容が続く場合には脳波検査で非けいれん性てんかん重積状態を除外することはある。
せん妄に用いられる主な薬剤
・ハロペリドール(定型抗精神病薬): 注射剤があり、内服困難な患者に使いやすい。錐体外路症状、QT延長に注意する。パーキンソン病やレビー小体型認知症には原則避ける。 ・クエチアピン(非定型): 鎮静作用が強く、睡眠覚醒リズムの改善も期待できる。糖尿病患者には禁忌。 ・リスペリドン(非定型): 内用液があり使いやすい。腎機能障害では減量する。 ・チアプリド: 脳梗塞後遺症に伴う攻撃的行為・精神興奮・せん妄に適応がある。 ・わが国では2011年に、ハロペリドール、クエチアピン、リスペリドン、ペロスピロンの器質的疾患に伴うせん妄への適応外使用が保険審査上認められる旨の通知が出されている。 ・高齢者の認知症に伴う行動・心理症状に抗精神病薬を用いると死亡率が上昇するという報告があり、使用は必要最小限・短期間とする。
ベンゾジアゼピン系薬とせん妄
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬はせん妄の危険因子であり、せん妄の患者に単独で投与するのは避ける。アルコール離脱せん妄では、離脱症状の予防と治療の目的でベンゾジアゼピン系薬を用いる。
身体拘束・隔離について
一般病棟での身体拘束は、切迫性(生命・身体の危険が差し迫っている)、非代替性(他に代わる方法がない)、一時性(一時的である)の3要件を満たす場合に限って最小限に行うべきとされる。拘束は不動化による合併症(深部静脈血栓症、誤嚥、褥瘡)やせん妄の悪化を招くため、安易に用いない。
非薬物的対応
見当識を補う声かけ、時計・カレンダーの設置、日中の離床と夜間の睡眠確保、眼鏡・補聴器の使用、家族の面会、疼痛コントロール、脱水の補正、不要なカテーテルの抜去などは、せん妄の予防と治療の両方に有効である。
POINT
・せん妄の治療: 原因の検索・除去が基本、環境調整を併用し、興奮・幻覚には抗精神病薬(ハロペリドール、クエチアピン、リスペリドンなど)を用いる。 ・ベンゾジアゼピン系薬(抗不安薬・睡眠薬)はせん妄を悪化させるため原則避ける(例外: アルコール離脱せん妄)。 ・意識障害に基づく興奮は、説得や叱責で自制させることはできない。 ・隔離・身体拘束は最後の手段であり、せん妄をかえって悪化させうる。
